オアシス 後編⑩
それから少しして、ミーナ達は泉の緑へ立っていた。
「まだ根に持ってんのかー? ジャック」
何だかんだ、三人が泉のほうへ歩き出したことを見たジャックは、置いてかれるのは嫌だと、ヤシの木の下で座って膝を抱えていた。しかし、自分へそう言ったスライに対して、まだ不機嫌から、ぷいっ――と、そっぽを向く。
「子供みたいですね······」
「ちょっとやり過ぎたかしら······」
すると、その彼女等の言葉を聞いたスライが「ったく······」と溜め息を付いてジャックのほうへ。そして、後ろからジャックの脇に手を通して羽交い締め。そのまま持ち上げる。
「おいっ! やめろっ!」
ジャックは暴れるも、その膂力の差には抵抗も虚しく。そのままスライはミーナ達の元へ運ぶ。通った砂の道は伸ばした両足の線が跡を残していた。
「は、な、せっ!」
「いよいよお披露目なんだからちゃんと側で見ようぜー、ジャック」
「いいっ! あそこで見れる!」
「見るには見るんですね、ちゃんと······」
しかし、そのフィリカの声を耳に入れないかのように、それからもまだ、わーわー、と不満を漏らすジャック。その呆れるくらいの珍しい駄々っ子ぶりに、フィリカは呆れて隣を見る。
「もう、ミーナさんも何か言ってあげてくださいよ······」
「そうねぇ······」
左手で右肘を抱え、頬に手を当てていたミーナ。しかし、程なくしてその手を下ろすと、
「スライ。もう放してあげていいわよ」
と、思いのほか素っ気なく言った。その指示を出された――キョトンとするスライは「ん、いいの?」と、抱える力をそっと緩めた。しかし、その拘束から解放されてもその場を離れぬジャックは、少し離れている――髪を束ねていた幼馴染を虎視眈々と。ひどく怒っているわけでもなく、単に、いま目を逸らしたら負けのような気がしてならないから逸らせないだけだった。
「······なんだよ」
そして、やがて先に痺れを切らすジャックはぶっきらぼうにそう言った。だが、彼女のほうは閉口。しかし、少し間を置いてジャックの側へ来ると、少し背伸びをして、ジャックにだけ聞こえるよう耳元で囁いた。
「嬉しかったわよ、ジャック。あんな風に心配してくれて。この上なく私はいま――幸せよ」
「えっ?」
息がこそばゆく触れながら届くその予想外の言葉に、ジャックは言葉を消失。
「とてもいいモノ貰ったから、今度は、私があなたに感動を返してあげる。私の魔法で。だから、しっかり見てなさいよ?」
そうして彼女は身体を翻し、その背を見せたまま離れていった。ジャックはポカンと口を開け、しばらくそこで呆然。――と、そこへ、
「どうした、ジャック。それはどっちの反応だ?」
そうニヤニヤとするスライ。
その声で我に返るジャック。
「······なんでもねぇ」
「んー、そうかー、良いほうかー」
「うるせぇっ!」
これ以上追及されまいと、また恥ずかしさを紛らわすように、スライを一度殴ってから、枯れた泉のほうへ先に歩いている――赤い髪の彼女の元へ、ジャックは大仰に歩いて向かう。
それを見届ける二人は、
「あー、溜め息出るくらい微笑ましいねぇ」
「全くですね。じゃっ、私達も行きましょ?」
「そうだね」
わざと少し離れて、前を歩くジャック達の後をゆっくり追いかけた。
その魔法を使う前にジャック達は、オアシスの真ん中で穴を掘り続けるザバの人の元へと向かっていた。それは当然、万が一にも魔法で巻き込んでしまわないようにの配慮なのだが······しかしともあれ、四人がその大きな砂穴の縁に着くと、男達は昨日のように砂を掘っては働き続けていた。昨日よりもその顔は険しく、苛立ちを含む張り詰めた空気を伴っている。
だがしかし、その穴の中でも一人異色の、掘削道具を一切持たず、腰に手を当てウンザリしきった顔の、だが、掃き溜めに鶴のような彼女が、ジャック達の目に真っ先に止まった。
「あれ、姉貴? 何やってんだ?」
その汗水垂らす男達とは別の苛立ちを背中に感じさせる、掘削作業中の男達の後ろで、スライと同じ金色の髪を縛って背中に流す彼女は「あぁ、あなた達」とこちらを一瞥。そして、ここに居る理由を明かした。
「この男共の御飯が準備出来たから呼びに来たってのに······。全く聞く耳持たないのよ。ホントにこいつ等ときたら······」
すると、その小言を耳にした、この男等のリーダーであろう――昨日はミーナに穴へ入ることを快く許してくれた彼が、
「はやくしないと······皆、死んじまうだろ······」
と、焦りと苛立ちを混ぜた背中で語る。その言葉には誰かの為に動かなくてはならないという重みが強く滲み出ていた。そしてそれは、他の黙々と作業をこなす男達も同じ気持ちのよう。表情には鬼気迫るものがある。だがしかしそれは、共にザバで過ごす彼女も同じ気持ちではあった。
「それはあんた達も同じでしょ!? 特にあんたなんか昨日から御飯も食べてないのくせに、何言ってんの!」
「あぁ、あぁ、うるせぇなぁ······」
――と、そこへミーナが穴の上から静かに割って入る。
「あの、少しだけ、御飯を食べる間だけでもいいので、泉を調べさせてもらえませんか?」
しかし――、
「あぁ? なんだって?」
一刻を争うほどの極限状態にいる振り向いた彼からは、こちらに構ってられないというような不機嫌な声が。ミーナは眉根を困らせて胸に手を当てる。
すると「はいはい、もういいから。仕事に戻って」と、その男の側にいたエルシアが宥めるように彼の身体を元のほうへ振り向かせた。そして溜め息だけ吐いて何も言わずに作業へ戻る男。
エルシアはその様子を見て似たような溜め息。それからこちらへと向かって歩いた。そして、梯子を上って穴の外へ出ては、
「ごめんね、ミナちゃん」
「いえ、慣れてますので」
弟同様、名前を親しげな様子で呼んだ――しかし、申し訳なさそうに謝るエルシアに、ミーナはそっと微笑と目礼。エルシアは「そっか」と微笑。そうしてから、彼女は腰に手を当てると、
「それで、そっちは上手くいったの?」
と、こちらの一人一人を改めながら尋ねる。
それには当然、ミーナが答えた。
「まだ魔法そのものは試してませんが、上手くいくと思います」
「そう、それはよかった」
「期待していいと思うぞ、姉貴」
「あんたに言われなくても、こんなしっかり言うミナちゃん見れば分かるわよ」
「ほんとかぁ?」
――と、そうして姉に頭を叩かれる弟の端で、またジャックも、幼馴染の魔法が上手くいくであろうことはその彼女の自信から感じていた。しかしただ一つ、別の憂いを感じていたが。
そのミーナの表情にもこぼれ始めて居る心配に、弟と小さな諍いをしていた姉のほうも気付く。
「どうしたの?」
「いえ、ちょっとだけ困ったことがありまして······」
そして、またも眉根を困らせたミーナは、枯れた泉にある大きな穴のほうへ視線を移す。
「この魔法にまだ慣れてないのもありますし、あのままじゃ彼等を巻き込んでしまう可能性があるんです」
ジャックの心配もそれだった。
ここへ来たばかりの自分達が「泉を再生させる」と言って、素直に彼等が「あぁ、いいよ」と場所を空けてくれるかどうかが。スライも居る上、魔法が上手くいかないということも万に一つ程度あるだろうが、このまま交渉すれば、波風が立たないというのは避け難かった。それをミーナは、自分がよそ者であるが故に良しとは思わなかった。それ以上に彼等は、死力を尽くしてザバの全村人の為に動いているのだから。
「あー、そういうこと」
それを彼女も理解した。ミーナが、彼等の誇りと面子を守るため、また、不和を生じさせない為に行動に倦いているのだと。
だがしかし、
「じゃあ私に任せなよ。ちょっとあいつ等にはムカついてるし」
「えっ?」
すると、弟のほうを見るエルシア。
その弟――スライは呆れたように肩を竦めていた。
そうして彼女は、再び穴のほうへ踵を翻す。
「あっ、ちょっと······」
ミーナは引き止めようと手を伸ばすが、
「三人とも気にすんなよ」
スライはミーナの行動を止めるように、だが軽い調子でそう言った。そうして彼は、頭で手を組んだままエルシアの後を追う。――と、その直後だった。物凄い剣幕で怒鳴る彼女の声がここまで届いた。
「あんたらねぇいい加減にしなさいよ! 誰のおかげでいつも美味い飯食えると思ってんの!? そこまで来ないって言うんなら、作ってくれた人達に"今まで我慢してクソみたいな飯食ってた"って伝えといてあげるから! そこで水が出るまで掘り返してろ! バカっ!」
ジャック達もそちらへ向かうと、作業をしていた男達は皆驚いた顔で彼女のほうを見ていた。その端では、スライが梯子を一つずつ引き上げている。
「お、おい、スライ。お前何やってんだ」
「わりぃシルバ、俺も姉貴が怖えぇんだわ。手伝わないと突き落とすって言うからさ」
するとあの、さっきまで苛立っていたリーダーの彼が、怒るエルシアが何をしようとしているのか悟り、途端に慌てた様子を見せる。
「ちょ、ちょっとエルちゃん······落ち着いて——」
「うっさい! 人の話を聞かなかったのはあんた達でしょ!」
そう言っていよいよ彼女は、残りひとつだった――下界と此処とを繋ぐ梯子に手を掛ける。
「もし水が湧いても、もうあんた達に飯を作ってなんかやるもんか! ザバに居場所もあると思うな!」
そして、梯子をついに引き上げた。
――と、その言葉と行動から本気だと知り、さっきの彼女の“嘘の告げ口“を思い出す男達は、同時に顔を青ざめさせて隣を見合わせる。恐らくほとんどが妻子ある者で、彼等は気が気ではない様子。自分のそんな些細な意地のせいで、家族の故郷と居場所を失くすなんてのは是が非とも避けたいらしい。
そして、あの彼も例外ではないよう。
「わ、わかった! すぐ行く! すぐ行くからエルちゃん! 頼むからそれだけは勘弁してくれ!」
焦ったように言うリーダーの彼は、なんとか落ち着くように――と、両手を前に出して宥める。するとそれに続くように、その彼の周りからも「そうそう、俺等が悪かった!」「嫁さんに捨てられるのだけは勘弁だ!」などと同じような仕草の謝罪が。
すると、足元の砂を一度強く踏みつけるエルシア。
それと同時に、静まる男達の声。
しばしの沈黙。
「······ふん」
その穴の中を見下ろす彼女は、溜め息と共に梯子を落とした。そして、
「全員よ、さっさとして。折角作った御飯が冷めてたら承知しないから」
そう吐き捨て、彼女は家々のほうへ身体を翻した。男達はまだ動揺から周りの仲間達を見合っていたが、リーダーの彼が「お、おい、休憩だ! 早く行くぞ!」と言うと、皆が一斉に我に返り、スコップやツルハシを置いては、唯一残された梯子を上ってこちらへ上ってくる。一人、また一人と現れては、誰もがそのままそそくさと家々のほうへ小走りで消えていった。
そうして、その彼等が完全に戻っていったのを確認すると、
「まっ、この村じゃそれぞれ強い立場があるからねー」
姉の手伝いを終えた弟がこちらへ。
まだ、嵐のような出来事に困惑のミーナは、ザバの男達が消えていったほうを見ながら、
「いいのかしら······?」
「いいのいいの。時々あることだから」
そうして呑気な様子で、頭に手を組みながら言うスライは、誰も居なくなった穴のほう縁に立つと中を指差して、
「ジャック、ちょっと手伝ってくれるか?」
と、兵士を目指す時によく見たような顔で笑った。
泉の縁へ全ての道具を出し終え、掘られた大穴のほうへ戻ろうとした頃、彼女は戻ってきた。
「ありがとね。あの男共に気を遣ってくれたんでしょ?」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
「いいのいいの。どうせ元々、渡しはあいつ等呼びに来てたんだから」
会釈するミーナに、エルシアは軽い調子で顔の前で手を振ると、少しだけ不満を思い出したのか、腰に手を当て、鼻で深く溜め息。「もう、ホント手の掛かる男等だわ」と。
――と、そんな彼女に、ミーナが疑問に思った事を。
「あの、エルシアさん。エルシアさんは食事のほうは?」
「あぁ、もう途中まで食べてたから。それだけ片付けてきた」
「そうでしたか」
しかし、食事を終えた彼女がここへ来たのは、ただそれを終えたからではないようだった。彼女は、艶のある口元に柔らかい笑みを浮かべると、
「それより、もし邪魔じゃなきゃ私も見ていい? スライが兵士より優先したその魔法を、私も見てみたいの」
思いもよらぬ発言に、ミーナは少し驚いたように目を見張る。だが、
「はい。先程のお礼もありますし、もちろんです」
――と、やや緊張を覚えたような顔で頷いて、彼女の立ち会いを快く受け入れた。
掘られた穴から幾らか離れた場所にいるミーナは、己の手を見て独り言を呟いていた。
「まだ、効果は切れてないわね······」
「ちゃんと見てるからな、しっかり頼むぞ?」
少し後ろに立っていたジャックが小さくそっと言うと、彼女はその顔を見て「ふふっ」と口角を上げる。そして、
「任せなさい」
と、揚々な顔つきで前を向いた。
ミーナはその場にしゃがみ、砂の地面に手を置く。一同が、何をしているのだろうか――そう無音ながらに同じことを思っているであろう空気の中、その変化はすぐに起きた。
「――っ!?」
天変地異のような光景。
あの彼等によって掘られた穴が、まるで、大地の底が抜けたように――隕石でも落下したかのように、ドッ、と音を立てて、瞬く間に陥没した大きな穴へと変貌していた。
「すごい······」
エルシアは感嘆の声を漏らす。
だがしかし、それでもまだ肝心の水は涌き出ていなかった。
「やっぱり、水が来てない······」
するとミーナは、右方に見える――さっき自分達が歩いてきた道、あのジャックが膝を抱えて座っていた木のほうを見る。
「けど、あれはまだ枯れてないから······」
それからすぐのこと、底の抜けた大穴から一本の線が、地割れのように伸びていく。それはその木のほうへ向かって、砂を左右へ押し広げながら。しかし、その伸びる線の途中には、出発前にミーナが気にしていたあの大岩があった。
「やはり、あれを動かさないと駄目みたいね······」
鎮座するその大岩は、その地割れ程度でもビクともしなかった。だがしかし、ミーナがそちらを向き、両手を翳した瞬間だった。ザバの男達でも動くか怪しいであろうその大岩が横へと転がり始める。
「うへぇ、マジかよ······」
と、その光景に言葉を失うスライ。それも仕方なかった。なんせ、今あの大岩を動かしているのは、自分達より幾らか線の細い――たった一人の矮躯な少女だと知っているから。
「ですけど、あれ······ミーナさんが持ち上げて······?」
フィリカはそう言うが、しかし、否――石は持ち上げられたわけではなく、こちら側の大穴同様――陥没したように新たに生まれた穴へと飲まれていた。
まるで、流砂に飲まれるようにゆっくりと左へ転がる巨岩。
そして、それが元より幾らか沈んだように見えた頃だった。
「――っ!? 見てくださいっ!」
ミーナが最初に作った大穴――ザバの屈強な男達が掘った穴の底から、冷涼さ漂う、透明な液体が溢れ始めていた。
「すごい······水が······」
エルシアは声を上げるが、ミーナはまだ手を尽くす。
「これで水脈は戻った······。後は······」
ミーナは再び、あの大穴を向いて両手を翳した。
すると、今度は自分達の足ギリギリの場所まで砂が大きく陥没。
――と、同時だった。
「あ、あぁ······」
涙を浮かべるエルシアの視線の先には、まるで、この枯れた泉の外まで溢れ出るのではないかという勢いで水が噴き出していた。そして、それは瞬く間に男達が作った大穴を満たし、やがてジャック達の足元までやってくる。そうして、すぐにそれが足首までをも満たした時、
「あ······あぁ······よかった······っ!」
エルシアは膝から崩れるように腰を落とし、両手を顔に当てて堰を切ったように泣いた。程なくして、その泉の変化に気付いたザバの人々も泉の周りに集まり始める。
「お、おい、あれ······」
――と、水を見て抱き合う人。
彼女のように腰を落として涙する人。
泉へ駆け込んで、その恵みの有り難さを身で享受する人。
堪えから解放され、我先にと水を口に含まんばかりの人。
ザバに住む全ての人々が、その奇跡に溺れていた。それを見て、
「よかった······」
安堵の声を漏らすミーナ。――と、そこへ、
「やったな、ミーナ!」
「やりましたね、ミーナさん!」
水を跳ね上げて駆け寄るジャックとフィリカ。
そうして、跳び跳ねて喜ぶフィリカと手を取り合うミーナに、
「おつかれ。新しいやつ、すごい魔法だな」
「当然よ。誰が作ったと思ってるの?」
「へへっ、言いやがる。でも、そうだな······ともあれ――」
そう言ってジャックは視線を周りに巡らし、泉が戻ったことに喜ぶ人達を見る。そうしてから、赤い髪を後ろで留めた――誇らしげにその髪を揺らす幼馴染の顔を見て、
「感動した、とても」
「ふふっ。でしょ?」
目を細めて笑うミーナはもう一度、加えるように、今まで以上に屈託ない笑顔を見せた。それは、燦々と輝く太陽の下に、オアシスが甦った瞬間のことだった。
二日後のこと。
「お世話になりました」
家の前で、ミーナを代表に挨拶をしていた。
「もう行っちゃうんだ、寂しいわ」
「またお時間があったら遊びにきます」
「うんうん、是非是非。いつでも遊びに来て」
ミーナのことをすっかり気に入った彼女は快活にそう頷いた。しかしすぐに「あっ」と弟を見ては「でも、あんたは帰ってこなくていいわよ、シッシッ」と手を払う。弟のほうは「なんだそれ、ひでぇな」と呆れたように肩を竦めていた。ともあれ、そんな姉弟喧嘩にまでは至らないやり取りの後「まっ、ミナちゃん」と言う彼女は、再びミーナのほうを見ると、
「今度遊びに来た時は、また違う水着でも着て遊びましょ? あなた達に似合いそうなのは、私が、探しといてあげるから」
「は、はぁ······。ありがとうございます······」
途端に歯切れの悪くなるミーナ。
まるで、嫌な予感がする、とでも言うようだった。
しかしそれはさておき、その話はまた今度、とでも言うようにエルシアは話を戻す。
「まぁなんにしても、あなた達が居なかったら、私含めザバの皆は死んでたと思うわ。改めてお礼を言わせてちょうだい。――ありがとう」
そうして深々と頭を下げるエルシア。
それには、直前ので晴れぬ顔だったミーナも「そんな、頭を上げてください」と、身体の前で両手を振る。その傍では、「そうだよ、どうせついでだったんだから気にすんなって」と弟が口に。ただその後に「何言ってんの? あなた以外にありがとうって言ったに決まってるでしょ」と、姉のその言葉をキッカケに、また、初めてスライの家を訪問した時のような――ドアの外で聞こえていた小さな争いが勃発したのは言うまでもあるまい。
「はぁ······ったく、もう行くよ。姉貴とこんなことしてたらザバ出る前に陽が沈んじまう」
「あんたが余計なこと言ったんでしょ?」
すると、もう相手にするのも面倒くさいというように、そっぽを向くスライ。お互いまだ何か言いたげだったが、しかし、溜め息を乗せた彼女の笑顔でそれは小休止となる。
「まぁ、気を付けて行ってきなさい。元気でね」
「あぁ、姉貴もな」
そうしてもう一度、ちょっとした別れと感謝の言葉をを述べて歩み出す四人。
「また遊びにおいでー! いつでも待ってるわー!」
自分達が見えなくなるまでそう大きく手を振る彼女に、ザバでの目的を果たした一行は、笑顔で、感謝の気持ちと再会の想いを込めるように手を振り返した。