オアシス 後編⑦
胴の辺りからバキっと折れた――倒れた石像の間を通り抜けると、彼女等の言葉通り、半壊のゴーレムの中に両手に収まるほどの真っ赤な核が浮いているのが見えた。
「直接当たったというよりは、重みに耐えられなくて弾き飛ばされたって感じだったのね」
人で言う胸部に石像が当たったであろうゴーレムの本体は両足が崩れ、祈祷場のほうへ弾き飛ばされていた。その飛ばされた勢いで半壊して、明滅する赤い核を覗かせた――というのがミーナの推測。二人はその、半壊して自分達の腰の高さで浮く、赤い核の前に居た。また、ゴーレムも修復には力がいるようで、その速度は衰えている。しかし、
「ジャック。早いうち、その剣と魔法でやってみてちょうだい。もし駄目だったらもう一度出直さなきゃいけないわ」
「わかった」
頷くジャックは剣を引き抜いては、エドじいの剣が勝つか、それとも······。と思いながら、斬ることに全身全霊を込めるように身体能力を魔力で限界まで高める。チャンスが二度あるとは限らない。割れるなら一旦剣は持てなくなってもいい。それぐらいのつもりで魔力を身体に。
「いくぞ」
そして、両手で持った剣を振り上げる。
持てる力、全てで勢いよく振り下ろす。
「うおおおおおおー!!」
無音の太刀。
風を斬る音さえも置き去りにする速さだった。だが――、
ガキンッ······。
鳴り響いたのは金属音。
それは高々と飛び、やがてカラカラと虚しく転がった。
······折れたのは、ジャックのほうの剣。
折れた片割れは瓦礫の中へ落ち、姿を消していた。
剣を振り抜いた体勢のまま、沈痛な面持ちを浮かべるジャック。
「くっ······!」
限界まで送り込んだ魔力の反動を全身に受け、折れた剣を支えに片膝をつくジャックとは対象に、無情にもゴーレムは修復を続ける。
「くそ······だめか······」
だが、諦めようとしたその時だった。
「待って!」
剣の間合いに入らぬよう、少し後ろに退っていたミーナが声を上げた。
「見て!」
指を差すその声に、ジャックはハッとする。再びゴーレムへ視線を戻すと、先まで傷一つ無かった真っ赤な核にヒビが現れ、少し触れれば砕けそうなほどの大きなヒビ割れになっていた。ジャックの攻撃は、表面にこそすぐに現れなかったものの、確かにその核にダメージを与えていた。
「いけるわ! ジャック、もう一度!」
「あぁ!」
魔法の反動で痛む身体に鞭を打ちながら、ジャックはすぐさま剣を逆手に持ち直す。両手で突き刺すような姿勢で振り上げては、今度は歩けなくなってもいい――それぐらいのつもりで魔力を送った。
そして、剣を振り下ろす。先より速度はない。
だが、ただ剣を振るよりは幾らか強いであろう――全力だった。
折れた切っ先は核のほうへ、僅かな弧を描いて下りていく。
瞬きをする頃には触れていたはずだった。
······ゴーレムが、最後の抵抗をしてこなければ。
「――っ!?」
突如、激しい明滅を起こした真っ赤な核が、纏った石の鎧を内側から爆発させた。修復過程とはいえ、それでも礫が散弾のように飛ぶのには変わらない。
「うぁっ!」
「きゃっ!」
無数の石の破片は後方のミーナまで襲いかかる。
爆発勢いで、後方へ吹き飛ぶ二人。
「う、うぅ······大丈夫······?」
「あ······あぁ······」
だが、ミーナの傷と違い、近距離で爆発を食らったジャックは立ち上がることが出来ない。魔力の反動は勿論、吹き飛ばされた際の打撲や擦り傷、幾つかの礫によって負った全身の傷は決して小さいものではなかった。
「待って······いま治療するから――」
「いい······から······はやく、核を······」
全身に傷を負うジャックはなんとか動く指を動かし、ゴーレムのほうを指す。
「あれなら、お前でも無理なくいけるはずだ······」
「で、でも、あなたの怪我を――」
「はやく······!」
鎧を無くした赤い核は弱々しい光を放ちながら、先程のような修復ではなく、細かい塵のような石を集め、自分を守るドームの壁を作ろうとしていた。
「次また······像を倒させるなんて、しばらく無理だ······。だから、今しか······」
ジャックは傍らに落ちる、折れた剣を目で指す。
――ミーナは、それを見た瞬間に思った。
出直すという二度目の機会が失われてしまったこと。絶対に核を手に入れるつもりでいたのは、自分よりも幼馴染のほうであったことを。
ここで治療をしたい気持ちは拭えない。だが、
「······分かった。すぐ戻るから」
彼ほどでないにしろ、ボロボロに傷付いた身体でふらふらと剣を拾うミーナ。本当は立ってるのも厳しいものの、強化魔法を無理に使い、一歩一歩身体を動かす。
「もう少し······頑張って······」
ゴーレムのほうへ向かうミーナは、そう自分に言い聞かせる。吹き飛ばされた衝撃で負傷した――血の流れる、本当は歩くのさえ怪しい、力も入らぬ足の筋肉を収縮させて歩行。痛みもないわけではない。
そのため――その無理な反動はすぐに現れた。
あと数歩という所で、糸が切れたようにミーナは膝をついた。それから何度、魔力を人間離れしたように扱うも、痛みを伴うペタリとした両足は全く動かない。
「お願い······あと少しなの······!」
剣を落とし、手で足を叩いて奮い立たせるもそれは虚しく終わる。吹き飛ばされた衝撃で、土台である――傷付いた自分の身体が、先に限界を迎えてしまっていた。土台から壊れてしまえば、その上でいくら頑張ろうと意味がない。
目の前では、ヒビ割れた赤い核が身を隠していく光景。
もう数秒すれば、それを視認することさえ出来ない。
顔を上げ、その核の一部が隠れ始めたのを見た時ミーナは、
ごめんなさい······。
今回は······ダメかも······。
――と、心で思った。
完全に諦めの声だった。
そうして、力を完全に失くしたように、ゆっくりと顔を伏せた。しかし――、
その時、頭に響く声がする。
(ミーナさん、絶対に動かないでください)
その声に「えっ?」と顔を上げようとした刹那、ミーナの耳元で風がすり抜けた。
そして、同時に視認していたのは“一本の線“。
その風よりも速く、光のように駆け抜けた一本の筋は、
——パキリッ······!
と、前方で何かを砕く音を立てていた。
それは、間違いなくあの“真っ赤な核“が割れる音だった。
崩れ始める石のドーム。
その中心にあった――宙に浮いたゴーレムの核は周りのドームを完全に失うと、断末魔を上げるように一度強力に光っては、バラリと砕け、やがて地面へこぼれ落ちた。
ミーナは、敵が動かないことをその場から見て確かめる。
核の割れたゴーレムが二度と動くことはなかった。
「やった、の······?」
そして、その赤い石の傍らに“粉々に砕けた木と穂先“が落ちているのを見てから、徐に後ろを振り返った。
「なっ、持ってきて正解だったろ?」
そうジャックに話しているのは、背負っていたはずの槍を無くした彼の同期――スライだった。ミーナは、彼が魔法を使って槍を投擲したのだと悟った。
「ったく、ひでぇ怪我だな。ヒヤヒヤさせんなよ」
「へへっ······わるいな······」
仰向けになっていたジャックはボロボロながらも、いつものように鼻で笑っていた。そしてジャックは寝ているが、三人がしゃがんで少しそこで“やり取り“があってから、
「ミナっちも無事?」
と、こちらに歩きながらヘラヘラと笑うスライ。
その様子に、“やり取り“の間に冷静になっていたミーナは、ちょいちょい、と彼を手招き。
「おっ、俺の活躍を讃えてくれる? なんなら、俺を推薦で研究科に入れてくれてもいいんだ――うっ!」
「あんたねぇ······投げるなら先に言いなさいよ······。“伏せて“でもいいでしょ? なんで“動いちゃ駄目“なのよ」
足は動きはしないが、まだ動かせる手で、ミーナはスライの首根っこを掴む。――それも魔法で。そのため、力自慢の彼も容易に剥がせず、ミーナの手を叩いて「ギブアップ」と、その苦しみを声の代わりに示す。
「っはぁ······はぁはぁ······。いやいや、ごめんごめん。急だったしさ、それに緊張感あるほうが俺も身が締まるっていうか、集中力が増すって言うかさ······うぐっ!」
「二度と私が前にいる時にはしないで。心臓止まるから」
今度は、わかった、わかった。と言うように自分の首に伸びる手をポンポンと叩くスライ。しかし、凄んだ笑顔で繰り出されたその手を放されても「でも、あれぐらいの的、砂漠の獲物に比べりゃ楽勝なんだけどなぁ」と、反省の色はなかった。ミーナは、類は友を呼ぶのかしら。と、ウンザリしたように鼻から怒りと呆れの溜め息。
すると、
「ミーナさん! 大丈夫ですか!? すぐ『キュア』しますから!」
――と、その彼の後ろからぶつかる程の勢いで駆けて現れては、ミーナの身体をあちこちと触るフィリカ。どこか、これとばかりに触っているような気が······と、ミーナは怪訝に思うが、ともあれ、
「ありがとフィリカ。でも、私は後でいいわ。それよりジャックを先に――」
「何言ってるんですか。そのジャックさんに言われて来たんですよ。“まだやることがあんのはあいつだ“って」
ミーナは目を丸くして、ゴーレムに必死で忘れていた本来の目的を思い出す。そして頭に、目の前の少女の鞄が敷かれたジャックを見ては「そう······」と俯いた。
しかし、不安はまだ残る。だが、そんな不安を消すように、
「あと、スライさんが診た感じですが、ジャックさん、怪我は酷いですけど死ぬほどじゃないそうです!」
元気のいい声の真偽を確かめるように、ミーナがスライのほうを見ると「新米だから、ボロボロの兵士は割りと運ばされたほうだよー」と軽い調子で頭で腕組み。それを聞いてミーナはなんとか安堵。そのため、ミーナは一度俯いてから顔を上げ、
「フィリカ、じゃあお願い······。もちろん、その後で彼も」
「はい、もちろんです!」
そうして、フィリカは二人が歩ける程度になるまで『キュア』で治療を、その間にスライは初仕事として、バラバラになったゴーレムの核を余すことなく拾い集めることをしていた。