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オアシス 後編③

 ジャック達は思考を停止し、彼女の言葉の意味を反芻していた。そして言葉をなんとか先に理解したのはフィリカだった。


「あの······ミーナさん? ミーナさん確か、ゴーレムとの関連性はさっき不明だって······」

「えぇ、関連性は不明よ。でもいいの」

「どういう事です?」


 ――と、そこへ、


「いやいやいやいや、待てって」


 遅れて脳の動き出したジャックが会話に。


「俺等はその前にゴーレムを倒す方法を知るためにここに来たんだろ? それがまだ解決してないのに倒すのは無理じゃないのか?」

「そうね」

「そうね、じゃなくてな······」

「それは行ってから考えるわ」

「マジか······」


 正気とは思えぬ発言に、心から落胆のジャック。だが、そんなことは御構い無しにミーナは、フィリカの質問の答えを言うように話を続ける。


「けど、もし倒せれば薬が作れるかもしれないわ。ここにある素材とゴーレムの魔石で」


 その言葉を聞いて、ジャックとフィリカは同時に「えっ?」と驚き。そして、聞き間違いでないか確かめるようにジャックは、


「倒す方法はともあれ、それってつまり······」

「魔法が出来るってことですか!?」

「そうよ」

「おおおおおぉーっ!」「おおおおぉー!」


 日差しで項垂れていたジャックとフィリカの表情に活気が戻り始める。炎や身体強化――それ等の魔法を知っている二人だからこそ飛び出た喜び。なんせ、わざわざ彼女が“今、この場で“そう言うという事は、泉を戻せる可能性を見つけたと言っているようなものだから。


「えっ、ってことは、今回は水が生み出せる魔法か!?」

「流石にそれは違うわ」

「ん?」

「忘れたの? 魔法は“魔物の特徴“から生み出すの。だから、あの日記から推測するに、ゴーレムの能力から水を生み出すのは不可能よ。だからあくまで、私が作れるのはゴーレムの力と同じ魔法」

「あぁー、そっか」


 若干、拍子抜けな声のジャックだが、しかし話の本質は別。


「でもミーナさん。そこから水を戻せる可能性があるってことですよね?」

「えぇ、そこは可能性としてはね」

「なら、いいじゃないですか! 早速行きましょう!? 何もしないよりいいですし、私も喉が渇きました!」


 ジャックは「正直だな、お前······」と、ややほとほとするが、ともあれ“可能性がある“と、信頼する憧憬の彼女から確かな証言が取れたフィリカは、完全にやる気の満ちた目をしていた。だがしかし、ミーナはどこか力なくニコリと笑っては、それを優しくやや窘めるように、


「でも、過度な期待は駄目よ? 私達は、私達が出来ることをするだけなんだから」


 その笑みには、もしかしたらここで自分達は詰むかもしれない、という意味が隠れていた。もし、ゴーレムを倒せなければ、その魔法を使って水を戻せなければ、自分達はここで飢える――というそんな意味が。先を考える事が得意な彼女だからこその憂慮だった。


 しかし、そんな幼馴染を見たジャックは、


「可能性でもなんでもいい。どうせアテがないんだ。生きようとしなきゃ生きられない。あの人等も生きようとしてんなら、俺等もゴーレムの所へ行くしかないだろ?」


 ――と、彼女を後押し。


 思いもよらぬ発言にハッとさせられるミーナは、一旦しんみりと顔を伏せてから


「······そうね」


 と、顔を上げた。そして、


「あなた達、ついてきてくれるかしら?」


 ジャックとフィリカの顔を改める。二人の答えは、


「もちろん」

「当然です!」


 軽快な二つ返事。ミーナは少しだけ、ふふっ、と顔を緩めてから小さく「ありがとう」と口にした。そして、軍に所属する上司らしく場を引き締める。


「じゃあ、私達のする事は当初の予定通り――ゴーレムの討伐。遺跡の場所を聞いたらすぐに準備よ。少しでも早く、けど焦らずに、絶対に目標の物を手に入れるわよ! いいわね!?」

「あぁ!」

「はい!」


 彼女の鼓舞に部下は力強く返事。


 ジャックはひっそり思う。いつだって大事な局面を間違えなかった――人のことを救おうとする幼馴染を信頼してついていく事だけが、自分に出来る最大の助けだろう――と。





 遺跡に行くことを決めた三人はスライの家へ戻った。そして、スライとエルシアに事情を話し、彼等に遺跡までの道程などを尋ねた。それを聞いたエルシアは「本当にいいのかしら?」と、ザバの者ではない人間に遺跡の場所を教えていいのか悩んでいた。しかし、


「いいだろ別に。悪いことしないのは俺が保証するし、俺もついてくんだから」


 スライの“この一言“で彼女は「······まぁ、それなら別にいいかしらね」と折れていた。元々スライは同行するつもりだっただろうが、遺跡までの道案内と戦闘も含め彼には同行してもらう予定で話を進めたのが幸を奏す。


「でも、本当に泉に水を戻すような、そんな事が出来るの?」

「だいじょーぶ、こいつ等を信じてみろって。少しだけど魔法を目にした俺が言うんだから間違いねぇから」

「でも――」

「だから、大丈夫だって」


 自信に満ちた弟の言葉に、彼女はやや困りながら閉口。そして、


「······そこまで言うなら、仕方ないわね」


 彼女は深く、はぁ、と息を吐いた。

 遺跡に向かうのは了承したが、心配はあるよう。


「でも、日記に書いてあったけど、ゴーレムは危険なんでしょ? 仮に倒せなくてもいいから、必ず帰って来なさいよ?」

「あぁ、もちろん。どうせ怒られんなら帰ってくるよ」


 心配そうな顔の姉に、弟は真っ直ぐに答える。その呆れそうなほど怖いもの知らずな弟の調子に、ふーっ。と、彼女も覚悟が決めたように溜め息。


「じゃあスライ。そこまで言うんだから、しっかりこの子等を連れてってあげなさいよ」

「おう、当然だ」


 それを頷いて聞き入れるエルシア。すると彼女は突然立ち上がり、壁に接していた小さな(かめ)を、こちらに持ってきて差し出す。


「これ······少ないけど持ってって」


 彼女が差し出したのは、枯れる前に汲んでおいたであろう貴重な飲み水だった。中身を覗いたミーナは驚いて顔を上げ、エルシアを見る。


「そんな、これは受け取れません」

「遠慮しないで。少しでも万全に近いほうがいいでしょ? このどうしようもない弟が信じるんだから、私もあなた達を信じるわ。あなた達が再び、泉に水を戻してくれるって」


 ミーナは、しばし間困惑した。だが、


「······ありがとうございます」


 今ここでコレを差し出してくれた彼女の想いを汲み取ると、それを大事に受け取った。


 その後、甕の水を各々の水筒に移し、そのままスライの家で戦いの準備に取り掛かった。荷物を武器と水筒、そして魔法薬を携えただけの――普段のウィルドニアの時と変わらない、戦闘と遺跡を往復するだけの最低限のものに。


「こんなものね。——スライ。ここから遺跡まではどのくらいかしら?」

「十分ほどだ。そう遠くない」


 髪を後ろで纏め上げるミーナに彼は答える。そして「そう、なら迷うこともなさそうね」と、いつもの冷静な口調で返した彼女は髪を纏め終えると全員のほうを改める。


「じゃあ、行きましょう」


 目を合わせて頷き、四人は扉へ向かう。――が、扉を出る直前、スライは立て掛けてあった槍を目にし、


「あっ、そうだ姉貴。この槍、持ってっていいか?」

「いいけど······それ、お父さんのだからかなり古いわよ?」

「いいよ。ほら、日記の男が持ってたって言うし、もしかしたら役立つってこともあるかもしれないだろ?」

「邪魔な荷物になるだけな気もするけど······」

「んじゃあ、持ってくな」


 ミーナに尋ねるよう目を向けるスライは、そちらの首肯も受け取ると背中にその槍を負う。そして姉を見ては、


「じゃ、行ってくる」

「えぇ。気をつけて、スライ。——あなた達もね」


 エルシアは弟に軽く抱擁。そして一行は岩の住居を出て、手を振る彼女に見送られながら遺跡へと向かった。





 遺跡までの道中は何事もなかった――が、今回、日除けのマントを纏っていないため、十分とはいえ、遺跡へ着く頃には強い日差しによってかなりの体力を奪われていた。


「着いたな······」


 近くへ行かないと、ただ二本の石柱が建っているようにしか見えないそこが――遺跡の入り口。その石柱の間にある、ポッカリと空いた地下へ続く階段を汗を流しながら見ていた四人は、ひとまず中の日陰へ入った。


 階段の途中だが中は真っ暗。

 当然、陽の光も当たらなかった。


 しかし、最初に入ったスライが壁に触れると瞬く間に、奥へと続く階段を暖色の淡い明かりが照らした。


「へぇー、すごいわね」

「これさっきと同じ石か? さっきも思ってたけど便利だなー」


 スライの僅かな魔力によって『魔光石』が連動して奥までを点々と照らしていた。


 そうして、四人は階段を下りていく。


 階段を下まで降りたジャック達の目に、やや薄暗い、平らに整えられた真っ直ぐな通路が見えてくる。そこを歩きつつ、スライ以外の各々は観光でもするかのよう辺りを物珍しげに、


「こんな大きなモノ、一体どうやって造ったんでしょうねぇ」

「ほんと、興味深いわね」

「ザバの人等がここ管理してんだろ?」

「管理って程じゃないけどな。祭礼前に掃除したり、大きな異常がないか時々見に来るだけだし」

「でも、神聖な物とか置いてんじゃないのか?」

「置いてはあるけど、この光源とか像ぐらいだ。触ってみると分かるけど、そう持ち出せるもんじゃないから管理は適当でな」

「へぇー」

「それと、この遺跡の造り方を知ってる人も、もうザバにも居ない。俺等もそれなりの手だてで補修することはあるけど、なんせ何百年と、紙が伝わる前の事らしいからな······。だから今は、大体岩を削って形を保つだけのツギハギの遺跡だ」

「へぇ。それでも、これは十分な技術に思えるけどね」


 ミーナはそう言いながら、壁の一部を指先で触れて観察。


「ミナっちが言うなら確かなのかもね。遺跡の建造に関しては失われた歴史だけど、そうして何か分かるなら好きに見てってくれ。誰も文句なんて言わないだろうから」


 そうして、度々ミーナだけ立ち止まりながらその道を歩いていくと、ヒンヤリとする、先程の通路より少し広くなっただけの、まるで民家の一室のような小さな空間に辿り着いた。その空間の先にも道は続いており、


「この先が、恐らくゴーレムの潜む場所――『祈りの間』だ」


 そうしてスライは「ここで万全にしていこう」と、腰を下ろしながら三人にも休憩を促す。続いて座るジャック達。そして、携帯していた水を飲みながらミーナが最終確認へ。


「いい? 最初は相手のことを観察するしかないわ。エドじいの情報では核はとても硬質で、おまけに、日記通りなら核の周りは瓦礫の鎧。だから、最初は逃げながら観察してそこから活路を見出だすわよ。私とジャックは“身体強化“を使いつつ前線で、フィリカとスライは後方から観察。フィリカは、敵と対峙したら私とすぐに『コンタクト』をお願い」

「わかりました」


 ――と、そこで「ん?」と、“あること“に疑問を持つジャック。


「なぁ、魔法を同時に使用って出来るのか? お前も炎か身体強化の魔法使うんだろ?」

「確かに、薬と薬の併用は出来ないけど、自身魔力を核とした魔法と薬の併用は出来るの。あなたには無縁そうだから言わなかったけど」

「あぁ、そう······」


 さらに幼馴染に物申したいジャックだが、今は顔だけに控える。「話を戻すわ」と、お構いなしのミーナは、


「ただともあれ、日記には詳しく書かれてなかったけど、相手が瓦礫をどこまで飛ばせるかは不明よ。だから後方でも常に注意は必要して。もしかしたら兆候があるかもしれないから、それが確認出来たらすぐに『コンタクト』で共有。それが分かるだけで危険はかなり減るから。それを第一にしましょう。相手を倒す術はそこから。最悪、一時撤退でもいいから負傷しないことを念頭に――いいわね?」


 三人は各々、了解の意思表示。


 それを確認すると、ミーナは自分とジャックに紅白の玉を二つ、フィリカにも一つずつ、スライには白だけを二つ渡した。


「今はこれだけしかないけど、必要だと思ったら使って。無いよりはマシだから」


 そしてミーナは「さっきの話にも出たけど、薬同士の併用は出来ないわ。効果が残るのは後に飲んだほうだけ。それも忘れないように」と付け加える。そうして、三人がそれを各々ポケットやカバンにそれをしまい終えた頃、


「さて、そろそろ行きましょうか。これ以上休むと気が緩み過ぎちゃうわ」


 皆の息が整っているのを見て、ミーナは声を掛ける。

 ジャック達三人も、同じ意思というように首肯。


 ――と、そこで何かを思い出すスライ。


「そうだミナっち。これ終わったら俺も研究科入れてくれよ」

「えっ?」


 ジャックが既に存じていたあの事を彼は口に。

 突然のことに、それには少し目を丸くしたミーナ。


 だが、


「いいわよ」


 やけにあっさりとした返事。それは拍子抜けな程だが、


「おおおおぉっ!? マジかっ!?」


 スライはすっかりと喜んだ。――が、しかし、そんな彼の話を聞いていたジャックが待ったを掛ける。


「お前、それ······今はやめとけって······」

「――? なんで?」

「いや、だってさ······それ、よく死ぬ前の奴が言うやつじゃん」


 ジャックは「お前も知ってて言ったろ······」とミーナを見るが、彼女は「一番いい答えは出したつもりよ」とそっぽを向いて黙り。スライはまだ「ん?」と、ピンと来ぬ顔をしていたが、若干の間があった後に意味が分かり、


「あぁ、そうだ!」


 何かを思い出したように手を打っては、ジャックを指を差す。


「そうだよこれ! 兵士の都市伝説でよく聞くやつじゃん!」


 兵士との交流が薄いジャックでも知ってる噂の事だった。他には「戦地に赴く前に婚約を誓う」や「最近の幸せをやけに吹聴する」などなど。スライの発言もそれに近かった。


 ともあれそのため、それを思い出し自分の行動に驚愕したスライは、すぐに両手を合わせてミーナに懇願。


「ミナっち、やっぱ今の無し! いや、入りたいのは本当なんだけど、今のは聞かなかったことにして!? 俺、まだ死にたくねぇから!」

「もう聞いちゃったわよ······。残念ね。あなたとこれでお別れだなんて」

「スライさん、ご愁傷様です······」

「安心しろ、骨は砂漠に捨てといてやるから······」

「勝手に想像すんなよおおおぉ······」


 叫喚するスライの声が通路に響く。

 ただ――そのおかげで、四人の緊張は程よい感じに緩んでいた。


「大丈夫よ。あなたみたいのは、そう簡単に死なないんだから」

「そうだな。瓦礫に潰れされても持ち上げれそうだし」

「二人とも俺をなんだと思ってんだ」

「料理人ですよね!?」

「兵士だよ!」


 そうして結束が深まった四人は、再び落ち着いた所で立ち上がり『祈りの間』へ歩みを進めた。

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