オアシス 後編①
次の日になると、彼女等はすっかり元気になっていた。
「ミーナさん! なんでそんな大事なこと私に言ってくれなかったんですか! そんなことだったら私、すぐに飛んで行きましたのに!」
頬を膨らませてご立腹のフィリカは、昨晩の“ミーナの食事“のことを聞いていた。ちゃんと動けないから『ジャックに食事を食べさせてもらった』と、それ以上の詳細は無しに、だが。
「いいじゃない。あなたも疲れていたでしょう?」
「そうですけど、それをやらせて頂いたほうが、私の疲れだって雲の彼方まで吹っ飛びました!」
「何言ってんの。あなたはもう昨夜には対して疲れもなかったでしょう? それくらい、側にいて、魔法に携わる私ならお見通しなの······よっ」
「痛ぁっ!」
フィリカがしゃがんで、パチン、とデコピン弾かれたおでこを両手で押さえる。そして「ううぅ······」と唸っては不満顔を上げ、口を尖らせては、顔に掛かる丸眼鏡越しにミーナを見る。
「ミーナさん、最近、私の扱いひどくなりましたね。それがミーナさんの場合良いこととは分かってますので······悪い気はしないですけど······」
「この間ので、あなたの本性が見え始めただけよ」
「この間?」
――と、立ち上がって後を追い掛けるフィリカは、あたかも惚けたように、
「何のことか私サッパリですよ? それに本性だなんて······まったくミーナさん、何を言ってるんですくぁ――」
「それのこと言ってんの、この猫かぶり」
わざと内容を言わせようとするフィリカのほっぺを、ミーナは両手で、ぎゅーっ、と引っ張っていた。
「や、やみぇてくじゃしゃい······」
そういう割に、どこか御満悦である。
そんな二人の様子を、ジャックと共に前を歩くスライが尋ねる。
「あの子ら仲いいね。いつもあんな感じなの?」
「あぁ、俺が初めて見た時からな。ただ最近はなんか、より距離が近くなった気はするけど」
「ふーん」
――と、携帯していた水筒の水を飲みながら後方を見るスライ。
ちなみにだが、道程の四分の三を越えた頃、自分達の食料も水も程よく(しかし水はギリギリだが)なってきたため、ジャック等はソリを砂漠に捨て、水筒やリュックなど、旅の初めのような“最低限の荷持“で砂漠を渡っていた。
ともあれ、
「でも、ちょっとフィリカちゃん、ミナっちのこと好き過ぎじゃないか?」
喉を潤したスライは顔を寄せて、後方の二人には聞こえないようにそう囁いた。日差し避けにフードを被るジャックは、背中の大きなリュックの重みから、ただ一点を見つめるように、
「元々あいつはミーナに憧れて、近付くためだけに、役立たないと言われた魔力――魔法まで身に付けたくらいだ。それほどだから、たまに出る、ミーナが好きすぎるゆえの愛情だよ」
ジャックが『あの日のこと』は伏せてそう言うと、スライは「なるほどねぇ」と納得。――が、何気なくもう一度後ろを振り返ると、今度は、頬を擦り付けるように抱き付くフィリカを、ミーナが怒りながら必死に引き剥がそうとしているところだった。その光景に思わず、
「そうならいいけど······」
と、苦笑いのスライ。ジャックは特に気にしなかった。
「んじゃあ、美味しいもん食った時に出す、あの変な声はなんだ?」
「あれは、変態なだけだ」
「変態って······」
そして、頭をがくりとさせるスライは「お前等にとっちゃ、それがもう当たり前なのね······」と独り言を呟いた。
それから五分程して一つの小さな砂丘を超えると、そこには一際大きな砂丘が姿を現した。
「ようやく見えてきたな。あの丘を越えればザバだ」
「長かった······」
その丘の頂上には、乾ききった丸太に、目印となる二本の旗がなびいていた。村のシンボルか、ヤシの木に湖が簡単に書かれた旗だった。スライが「あそこを越えればザバだ! もう少し頑張ってくれーっ!」と、後ろの二人にも声を掛けると、彼女等は手を挙げて返事をした。
砂の勾配。最後の最後で立ちはだかるそれを、一歩一歩踏みしめて歩く四人。それからさらに五分ほどして、頂上まであと少しという所で、
「うおおおおおー!!」
背中に大荷物を背負うジャックは、突如そう叫んでは走り出す。我先にと行く理由は、最後の気力を振り絞りその丘の頂上へ向かう理由は単純に『ゴールが見えたから』である。そして、そのテッペンに誰よりも先に着いたジャックは、そこからの光景に、思わず声を漏らす。
「おぉー、すげぇー!」
広大な砂漠に転がった、無数の巨大な岩。
その側にはとても小さくだが、カゴやら桶、スコップなどを持つ人々。また岩にはめられた半楕円のドアを開け閉めする人も居れば、走り回る子供もいた。岩の形こそバラバラではあったが、砂漠に無数に転がる巨大な岩の一つ一つは、紛れもなく人の家だった。
そしてもう一つ、ジャックの目を興味深くひいたものは、その岩々が転がる少し右手――大きな土の円を中心に、砂漠とは思えぬほど絶え間なく、周りに生えていた緑だった。その中心には、男の影と思しき人物が複数。
「ホントに人が住んでるんだなー」
思わず感嘆の声を漏らすジャックは、その村を、我を忘れるように、とても不思議なモノのように眺めていた。――と、そうしていると、
「どうだ、俺の故郷は?」
後方から頂上のこちら向け、砂を踏みしめるスライ。
「単純にすげぇ。この景色もだけど、単純にすげぇ」
「だろ? だからザバの人間は強いんだぜ?」
と、自慢気に言うスライ。だが、ジャックはそれを認めるように「自分で言うか」といういつもの突っ込みさえも出ない様子。
しかし――、
そんなジャックとは違い、同じように丘の頂上まで登り詰めた彼は、そこからの光景を見た途端、血相を変えた。
「――っ!? おい······なんだよ、これ······」
スライは完全に青ざめ、言葉を失っていた。その、同期の平常ではない顔を横目に見たジャックは、
「ん? どうしたスライ。ここがお前の故郷だろ?」
――と、尋ねる。だが、彼はまだ言葉を失ったまま。
「おい、聞いてんのか?」
ジャックが再度尋ねるとようやく、
「あ、あぁ······」
と、自失から返るスライ。
しかし、焦燥の色はまだ消えてはいない。
「どうしたんだって。別に、魔物が居るわけでもないだろ?」
「あぁ、そうだが······無いんだ······」
「無い?」
――と、そこへ、
「わぁ、すごいですね」
「ほんと。こんな急に現れるのね」
遅れてきたミーナ等が合流。しかし、最初は驚いていた彼女等も、先に辿り着いていた二人の顔を見て様子を変える。そして「なに、どうしたの?」と、そう言った幼馴染にジャックが目を合わせて首を傾げた所で、
「水······」
と、故郷のほうを見たままの彼が、唇を震わせながら恐る恐る口にした。
「泉が······オアシスが、枯れてるんだ······」




