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オアシス 前編①

 辺りはついに、緑も見えぬ砂原。


「はぁ······はぁ······」


 その焼けるような砂の中を、マントについたフードを被るジャックは、俯き、影を落としながら汗を垂らしていた。


「はぁ······死ぬ······」


 しかし、他の者は同じような格好ではあるものの平気な顔をしていた。


 それもそのはず。


「はぁ······非常に······重たいの······ですが······」

「さっき変わったばっかだろ? ジャック。踏ん張れって」

「そうですよジャックさん。だらしないですね」

「そうよ。ほんとに元兵士? 私こんなに平気なのに」

「てめぇらなんも持ってねぇだろっ!」


 ジャックは地面へ叩きつけるように、持っていたロープを投げ捨てる。ロープの先に繋がれた木のソリには、水の入った樽と食料、そして、あの研究科入り口に置かれていたリュックを含め、全ての荷物がそこにあった。


「スライ······なんでお前がそんな馬鹿力か······わかった気がする······」


 荷物は、ジャックとスライが代わる代わるでの運搬だったが、今は三度目の交代を終えたばかりのこと。彼から「時々スーラへ行く人の手伝いをしていた」と、最初の交代をしてすぐに聞かされていたものの、ジャックはようやく、これまでの訓練の時など含め、彼との膂力りょりょくの差とその理由を理解。


「こんなの······砂漠ですることじゃねぇ······」


 ともあれ、それはさておき、幼馴染に「ほんとに元兵士?」と言われたことはジャックの対抗心プライドを見事に刺激していた。『元兵士だから運べない』は『元兵士だからこそ』という運べないという理由にも変換も出来るが、今ここに現役の兵士――況してや同期の訓練生がいる状況ではその甘えは使えなかった。彼とは互いに切磋琢磨、研鑽しあってきたからこそ、こんなところで引けを取るような事は、自分自身の対抗心プライドが許さなかった。


 そのため――、


 ジャックはロープを拾い上げると、再び、


「んんーっ!」


 歯を食い縛り、唸り声を上げ、止めていた足を動かした。そのスピードは亀の歩みから小犬の散歩程度にはアップ。


「おぉ、すげぇ元気になったな、あいつ。――ジャック! 先行くのはいいけど、あんま飛ばすとバテるぞー?」


 だが、振り返らぬジャックは、速度を一切落とさず進み続ける。そんな前方の小犬を指差しながら「ミナっち、あれ分かっててやったの?」とスライ。尋ねられた彼女は「さぁ、何のこと?」と、とぼけた様子。スライは「いや······」と苦笑いすると、同期の仲間にそっと憐れみを覚えた。


 四人は、出発から大した休憩もなく歩き続けた。スライが時折、持っていた銀時計を確認しては、時間と方角を確かめつつ。一度、小犬が道を逸れかけたが、それでも修正しては正しい方へ進んでいた。


 そして、奮起していた小犬が二度ほど舌を出してバテたところで、


「一度休憩にしよっか。予定の場所は超えてるだろうだから」


 銀時計を閉じたスライがミーナに呼び掛ける。短針は、二時を過ぎた頃だった。







 ソリに座った一行は、遅めの昼食。


 木皿の上には、切ったレタスにミニトマト。そこに刻んだ干し肉がまぶすように。仕上げにはレモンと胡椒が掛けられた。そのサラダの側には三切れのパン。


「はぁー、うまそーっ!」


 フィリカは胸の辺りで手を組んで、いまかいまかと、待ち遠しそうに目を爛々と。


「あとちょっと待ってねー、これ掛けちゃうから。このザバ特製スパイスが旨いんだ」


 すると、一度濡れタオルで手を拭いたスライは、スーラで買った袋からスパイスを一摘まみ取って、サラサラと雪のように振り掛けていく。その白い粉は緑の地表に触れると瞬く間に溶けていった。それを四つの皿へ掛け終えると、スライは皿とフォークを乗せ、配った。


「はい、どうぞ」

「わぁー、ありがとうございます!」

「締めにスイカもあるからね」


 しかし、既にフィリカはその皿に目を奪われ、その彩りよく盛られた食材を見ては、大事そうに持ちつつも垂涎すいぜん。――と、すると、既にそれを口に運んでいたミーナが、


「んんっ、ほんとに美味しいわね」


 新たな発見をしたように目を驚かせては舌鼓。よくあるサラダに見えるがその味は別格だった。


 噛めば噛むほど味の染み出る干し肉。それに絡まるレモンの果汁。そして、瑞々しさと仄かな苦味を含んだレタスに、プチっとした甘みのあるトマト。そこにピリッとしつつも塩気と深みのある独特のスパイスの組み合わせはまさに絶品だった。


「んんんっ〜! ホントにうまいです~!! スライさん、料理まで出来るんですねっ!」


 フィリカも、フォークを振りながらその美味しさを彼に伝える。すると、微笑のスライは控えめに、


「喜んでもらえて嬉しいけど、俺、そんな料理が出来るもんじゃないからね。ちゃんと調理したわけじゃないし。それに、ザバだとみんなで一つのものを分け与えるのが普通だったから、その癖が付いてるだけだよ」


 見栄を張らず、嘘偽り無いように答えていた。その姿勢に胸を打たれる二人。


「やだ、謙虚ですよ······」

「本当ね······」

「チャラいさんなのに、チャラくないですよ······」

「これは落ちる女性多いわね······」


 女性陣はひそひそと、出会ってからこれまでの、彼の話し方とそのギャップについて食事の一品として語っていた。そして、それが少し盛り上がった所で、


「ねぇ、ジャック。あなたも少しは見習ったら? おんなじ兵士だった者として手本に彼を――」


 ミーナは振り向き、幼馴染にそう提案をする。――が、


「っあぁー! 生き返るうぅっ!」


 その幼馴染――ジャックはそれどころでは。真っ赤な果実を犬のようにかぶりつき、ミイラのように枯れた喉を必死に潤していた。皆が、彼の手料理に手を付ける中、ジャックだけは先にそちらを食べていた。


「聞いてませんね······」

「えぇ······」


 その、お世辞にも行儀良いとは言えない食べっぷりに、二人は苦笑い。窘めようとしていたミーナはそれを再度言う気も削がれていた。


 そうして、ジャックはスイカの色が変わる所まで食べ終えると、


「はぁー、うまっ······」


 顔を上げて心から満足気な顔。一種の訓練を終えた後の補給は至福で、その顔は、まるでどこか食欲旺盛な少女がよく見せる時のよう。そんなジャックが顔を下げて、その至福から戻った時、ふと、視界一杯に広がる砂丘を歩く、黒の物体を発見する。


「ん? なんだありゃ?」


 目を凝らしてその姿をよく確認する――と、六十センチ程のトカゲに似た生き物だった。


「珍しいな。あれは『バジリスク』だ」

「バジリスク? 魔物か?」

「あぁ、一応はな」


 すると、


「噛まれると石になる、っていうあれかしら?」

「そっ、それ。牙の毒でね」

「石になる?」

「あぁ、石化って言って、身体が石になっちまうんだ。例えじゃなくて本当に、身体の奥から血までな」

「はぁー、そりゃこえぇな。初めて聞いた」


 ジャックは、その黒に目を向けたまま警戒しつつそう口にした。だが、スライは平然と皿に目を向けながら、レタスをフォークで刺していた。


「仕方ねぇよ。ウィルドニア周辺じゃ絶対見ない上に、ここらでも滅多に見ないくらいだから。話にもそう挙がらねぇんだ」

「へぇー。でも、とにかく魔物だって言うんなら倒す準備したほうがいいんじゃないか? いま襲ってきたらまずいだろ」

「いーや、そこは心配ねぇよ。あいつは手出さない限り噛み付いてこねぇから、放っときゃいい」


 スライはそう言って、レタスを口へ運ぶ。彼の皿はレタスだけが先に無くなりそうだった。ジャックはその彼の呑気な様子に「ふーん、そっか」と肩の力を抜いた。――と、今度はフィリカが疑問に思ったことを。


「その、石化した場合ってどうするんですか? 石のままなんですか?」


 バジリスクは、ちょこちょこ、っと移動しては止まって、ちょこちょこ、っと移動しては止まってを繰り返し、一個のサボテンへ近付いていた。


「んー、そうだねー、ずっと晒しもんかなー。なんか売られもするらしいよ」

「えぇー! うそっ! そんな嫌です、私っ!」


 と、己の身を抱き寄せるフィリカ――だが、


「うそうそ。ちゃんと治療するよ」


 スライは笑って冗談だと伝える。他の二人は彼の妙にいい加減な答え方からそれが嘘だと分かっていた。それと『付き合い』と『知識』からも。


 ともあれ、それを聞いたフィリカは、


「なんだ、冗談ですか」


 不貞腐れたように、己を抱いていた腕を下ろして顔を逸らす。だが彼女は、その顔もすぐに戻して首を傾げた。


「けど、治療なんて出来るものなんですか? 身体の隅まで石になってしまうんですよね? 石化というもの自体、現象としては不可思議ですけど、普通に考えると戻らない気もするんですが······」

「俺も現象については詳しくは分からないよ。ただ、昔からザバに伝わる治療法があってね、配合はちょっと覚えてないから、俺もザバに行かないと分からないけど、色々混ぜた薬草を水に漬けて、その水を石化した人に掛けると戻るんだ。身体にみていって元の元通りまでね」

「へぇー」

「まっ、とにかく、今の俺等にはその水がないからね。それも含め触らぬが吉ってとこかな。石化作用があるのは牙だから、牙さえ気を付ければ、狩るのはなんてことないんだけどね」


 それを聞きながらフィリカがサボテンの方を見ると、いつの間にか、そのトカゲは何処かへ行ってしまっていた。


「まぁ、見掛けた時は気になるかもしんないけど、問題ないって覚えとけばいいよ。それより······早く食ったほうがいいよ? あんま時間経つとほら、パサパサになるし」


 そう言ってスライは、自分の皿の残り小さな一切れのレタスを摘んで見せる。彼の言う通り、既にそのレタスは暑さから萎れかけ、最初の瑞々しさも失われ始めていた。それを見た三人は、なんで彼がレタスを先に食べていたのかを理解し、ジト目。彼は「まぁー、そういうこともあるよね」と、伝え忘れていた事を笑って誤魔化す。三人は急いで、皿の緑を中心に、再び残りの、小さな食卓へと手をつけた。





 皿は、見事なまでに綺麗になっていた。


「あぁー、食った。ごっつぁんー」

「ご馳走様」

「ご馳走さまでした。スライさん」

「いいえ、全部食べてくれて嬉しいよ」


 すると、


「最後までイケメンみたいなこと言いますね······」

「本当ね。でもあれ、無意識みたいよ······?」

「やっぱチャラいさんじゃないですか······?」


 食器を缶の水で軽く洗っては片付けるスライに、女性陣は再びひそひそ話。その横では、ジャックは手を広げ、腹を叩きながら仰臥ぎょうがしていた。


「見事なまでに対照的ですね······」

「ほんと、見習って欲しいわ······」


 そんな話を彼女等はしてたが、ともあれ、その後四人は食事を終えて一息。その一息が終わったら出発予定だった。それまでの話は研究科のこと。


「ミナっちが研究してる魔法ってどういうもんなの?」


 ミーナは「機密に関するとこまでは言えないけど」というのを前置きに、研究科の内容について答える。


「モンスターの一部と、魔力を合わせて作るものよ」

「へぇー、例えば?」

「そうね。“ドラゴンの血から炎の魔法を作る“とかかしら?」

「ん? それってつまり『魔力さえあれば炎が使えるようになる』ってこと?」

「そうよ。事前の準備はあるけどね」

「はぁー、そりゃすごいな」


 すると、今は胡座をしていたジャックが、


「なぁ、せっかくだから試させてやったら? 炎の魔法」

「えぇっ?」


 ミーナは思わぬ提案に、“嫌“ではなく“困惑“の顔で驚いた。


「あれもう残り少ないのよ?」

「そりゃ、最初採ったのが小瓶程度だったからそうかもしんないけどさ、一回分くらい余裕あるだろ。お前のことだから、予備とか言って」

「そ、そりゃあ、確かに予備はあるけどさ······」

「じゃあいいじゃん。こいつなら間違っても悪用しねぇから」

「うーん、それはそうかもしれないけど······」


 ――と、そんな二人を見て、遠慮するように、


「なんかよく分かんねぇけどわりぃってジャック。俺、部外者だし。――ほら、ミナっちもいいよ」

「いやいや、いいからいいから。――ほら、司令官も“彼の実力を見て――“とか言ってたし、それに今回の礼も兼ねてさ。別にお前が責任者なんだから、お前が“いい“って言えば問題ないわけだろ? なら、そんな悩むこともないじゃん。もし、これで何かあった時は俺の責任にでもすりゃいいから。なっ?」


 そしてジャックは、この通り、というように手を合わせる。やけに懇願してくる幼馴染に、ミーナはより「うーん······」と煩悶。頭に両手を当ててグリグリと悩んだり、腕を組んでは目を瞑って、難し気な顔のまま左右に揺れたり、悩んでは悩んで、さらに悩んで、散々悩んだ挙げ句、さらに悩みに悩み抜いた結果――ミーナは、


「仕方ないわねー」


 ブツブツ呟きながら、腰の袋から丸薬を取り出すことに。だが、一番の決定打は、忘れかけていた司令官の言葉だった。それを知らぬスライは、いいのかな、と言える困惑顔で頬を掻いていた。


 ともあれ、ミーナが取り出した赤い丸薬。彼女はそれを自分の右手に乗せ、スライの前に差し出した。


「はい」

「――? これは?」

「これが私達の機密。私の、魔法を使うための薬よ」


 ミーナは少しだけ『私の』を強調して言った。スライは驚いたように「はぁー、ただの薬かと思った」と言って、その一粒を左右から覗き見る。


「これ飲めば、俺も炎が使えるってこと?」

「魔力があればね。あなた、魔力は使えるのよね? 操作のほうも」

「うん、少しだけ」


 手を持ち上げたスライは、親指と人差し指が平行になる程度だけ開いて見せる。それを『使用は可』と確認したミーナは、


「じゃあ、これ飲んだら掌を上に軽く前に出して。そしたら、その上で炎をイメージするだけでいいから。すぐ、魔力が炎となって現れるわ。本当に、ほんのちょっとの魔力で充分よ」

「ほんのちょっとで?」

「えぇ」


 その傍では「あまり魔力送ると、ジャックさんみたいになりますから」「お前······余計なこと言わなくていいよ」というフィリカとジャックのやり取り。


 だが、その声が耳に入らぬスライは、


「ほんと? そんな簡単に?」


 ミーナを見て、思わず再確認。


「嘘ついてどうすんのよ」


 未知の薬に、スライはまだ少しだけ億劫ではあったが「そうだぞ。折角、許可出てるんだから、こいつの気が変わらないうちのほうがいいぞ」と勧めてくる、月白髪の同期の顔に、あまり見たことない、どこか楽しそうな様子を見受けると、


「うーん、それじゃあ······お言葉に甘えてっ!」


 と、半信半疑ながらも振り切ったように、楽しげに、右手で手刀を切って、失礼します、というのを伝えて薬を摘まんだ。――しかし、これをそのまま飲んでいいものか悩むスライ。


「水でもそのままでもいいから、それを飲んで、その後はさっき言った通り、ただ、炎をイメージするだけよ」


 スライは「ん、わかった」と言うと、傍に置いてあったコップの水でその薬を飲んだ。そして、彼女の言う通り手を前に出し、炎をイメージ。


 すると、


 ——ボッ。


 スライの手に、ミニトマトほどの炎が出現。

 そして、それはすぐに消える。


 だが、さっきまでの表情と一転、スライは目を見開いたまま、言葉を失って固まっていた。


「ふふっ、どう?」


 スライはまだ、自分の目の前で起きた事が信じられず、その言葉に無反応。それにジャックが「おーい、聞いてるかー?」と確かめるように彼の眼前で手を振ることで、ようやく、


「あ、あぁ······ごめん、ちょっと驚いてた」


 ――が、スライはまだ、自分の手をまじまじと見ていた。そして彼は、しばらくそのまま茫然としていたが「ミナっち」と口にすると、


「ごめん。俺、正直“大したことないだろ“とか思ってたけど······これ、素直にすげぇわ」


 と、楽しいよりも驚きが勝った顔を上げる。


「だろ?」

「ちょっと、なんであんたが言うのよ」


 あたかも自分の物のように言うジャックに叱るミーナ。しかし、彼女は凛とした顔から、嬉しさが滲み出ていた。それは、自分の魔法が認められてのもの。最初からこうなることを分かっていたジャックは、そんな彼女を横目にチラと見ては、楽しげに、


「いいから、もっかいやってみ?」


 もう一度同期の彼に、幼馴染の魔法を試すよう勧める。――のだが、


「えっ? あー、いやぁー、あー、それは······ちょっと無理かも」


 笑顔ではあるものの、後頭頭に手を当ててそう言うスライ。一同は疑問を浮かべる。そして、それまで黙って見学していたフィリカが、その事態につい口を開く。


「どうしたんですか?」

「いやね、炎が出ないのよ」

「出ない? 遠慮してるわけじゃないのよね?」

「うん。実は今、こっそり何度も試してたんだけど、どれだけやっても炎が出ないんだよね」

「――? ミーナ、どういう事だ?」


 そしてジャックが彼女のほうを見ると、彼女は頬に手を当て、独り言を呟きながら既にその理由を考えていた。


「どうしたのかしら? いくらなんでも短すぎるわよね······? 丸薬にしたのが間違い? いや、でも私は大丈夫だったし······たまたま配合のミス? いや、そんな初歩的なことジャックじゃなきゃ有り得ないし······。薬は魔力が切れない限り効果は持続するけど個人差が······? んー······」


 無意識にさりげなくけなしてんじゃねぇよ。と、ジャックは苦笑いを浮かべるが、彼女が真剣に熟考しているため黙過。――が、しかしともあれ、彼女の呟き――最後の言葉を聞いたスライは、どうして使えなくなったのかピンときたようだった。


「あぁ、そういうこと」


 ポンっと手を打つスライ。


「なんでお前が納得してんだよ」


 それを耳にしたジャックは思わず突っ込む。自分やフィリカ、況してや幼馴染より薬に関して詳しいはずもない彼が納得出来る理由が見当たらないため仕方なかった。


 しかし、ジャックはとりあえず耳を傾けてみた。


「でも、なんか心当たりあるのか?」

「うん、一つだけ」


 ジャックは「あぁ」ではなく「うん」と言った彼に若干の違和感と嫌な予感を覚える。


 また、彼の言葉はミーナの耳にも届いたようで、フィリカだけでなく彼女も彼に顔を向ける。すると彼は、胡座のような――足の裏をくっ付けた座りをし、その合わせた箇所を自分のほうへ寄せ、そして、ゆらゆら前後へ楽しそうに揺れながら言った。


「いや、だって俺——」


 三人の信じられない言葉を。





「操作出来ても、全く魔力無いんだよね」





 スライは満面の笑み。時が止まった――開いた口が塞がらない三人の視線を浴びながらも。


「はぁー!?」「はぁー!?」「えぇー!?」


 当然、三人は同時に責めと驚きの声。

 そして真っ先にジャックが詰め寄る。


「いやいやいやっ! お前魔力使えるって言ったよなっ!?」


 続いてそこに、


「そうよ! あんたも司令官も、魔力が使えるって言ったじゃない!?」


 嘆きと憤怒のミーナ。だが彼は、


「うん、言った」


 ミーナは、その軽さに怒りを通り越して呆れ、項垂れる。代わりにジャックが、


「じゃあなんで、そんな大事なこと言ってねぇんだよ!」

「いやいや、だから俺も司令官も言ってたじゃん。魔力がすこーし使えるって。ちょーっと語弊はあったけど」


 平行の親指と人差し指を顔の前に持ってきては片目を瞑るスライ。――だが当然、それは火に油。


「んな語弊分かるわけないでしょ! ほぼ初対面なのにっ!」

「いやね、だからこうして何度も伝えてたよ? ――特に、ジャックには」


 ――と、もう一度指を持ち上げて見せる。


「んな指で分かるかっ! 言葉で言えや! こ、と、ば、でっ!」


 まさか、こんな事になるのだけは予想つかなかったジャックは、頭を抱えてうずくまると後悔の念から「ふざけんなよぉ」と、呻きに呻いて、身悶えしては転がり、そして呻いた。その側で「珍しいですね······ジャックさんがこんな後悔するなんて······」と、苦笑いしつつも一番落ち着いているフィリカ。


 ちなみにその一方で、


「分かってたら私だってこんな大事な薬渡さなかったわよ······なんで先言わないの······ばかじゃなぃの······」


 いつの間にか、荷物のリュックを何度も叩きながら、泣きそうな声で、それにすがって沈むミーナ。


「ミーナさん。気持ちは分かりますけど、薬はもうどう頑張っても戻らないですよ?」

「うぅ······もったいないことした······ばか······」

「聞こえてないですね······」

「うぅ······先に『コンタクト』しとくべきだった······」

「コンタクトって?」

「今は聞いてあげないでください······」


 わざとではないが、興味から傷口に塩を塗ろうとする彼を止めるフィリカ。だが、憧れの人の稀有な姿に「こんなミーナさんも初めてですね······」と、ボソリと呟いていた。


「いや、ミナっち悪かったって。――ジャックも、次は気を付けるからさ」

「次があると思ってんじゃねぇ!」「次があると思ってんじゃないわよ!」

「んな怒鳴らないって」


 スライは両手を前に出して宥めるが、二人の怒りがそう簡単に収まるはずもなかった。加えて、言葉のシンクロに、少しだけ反省の色が薄まってしまった笑みなのだから。


「でもほら、ミナっち等がとんでもないことしてんのは、よーく分かったからさ」

「もう褒められても複雑よ······」

「俺もだ······」


 二人は不貞腐れたように言う。


 ともあれ、二人はまだ不満の顔であるもの、この件に関しては一段落付きつつあった。そして、それをいち早く感じる一番冷静なフィリカが、間違ってもまた戻らぬように声を掛ける。


「まぁ、スライさんも謝ってますし、そろそろこの辺にしましょ? あまり怒ると折角食べたのにお腹空いちゃいますし。それに喉も渇きますよ? 先は長いんですから、体力も薬も、無駄な消耗はここまでにしましょっ?」


 自分達の顔を順に見る最年少の少女に窘められ、どこか情けない三人。しかし、彼女の言うことは、誰もに向けた頷ける事柄だったため、


「はぁ······そうね、そろそろ切り替えなきゃ」

「仕方ねぇ······一旦忘れるか」

「悪いね、二人とも。ちゃんと反省してるから」

「してなきゃお前、今頃、生き埋めだっての」

「そうよ。それに忘れるってわけじゃないんだから」

「ホントごめんって、二人とも。――フィリカちゃんも、苦労掛けたね」


 そして最後に「いいえ。でも大事なことは忘れずにお願いしますよ?」「うん。ちゃんと気を付けるよ」というやり取りで、小さな珍事件は一段落した。そうして各々立ち上がり、残りの旅路に向けて準備に掛かる。


 ロープの結びを確認したり、髪を留め直したり、眼鏡を拭いたり、各種様々。


 そんな中、一足先に準備を終えるジャック。


「よし、そんじゃ、行きますかねー」


 皆が乗るソリの上で「んんんー」っと、燦々の日差しを浴びながら天を仰ぐほどの伸び。そして、ジャックはソリに置いていた剣に手を掛けようとする。


 が、その時だった。


 ——ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ······。


 突如、四人の周りで地鳴りが沸き起こる。


「なんだ?」


 そして、直後には地響きまで。


「地震······かしら?」

「大きいですね······」


 ミーナとフィリカは座って寄り添い、その周りを、中腰でジャックとスライが警戒するように囲んでいた。


「やけに長いな······」

「この辺、地震はよくあるのか?」

「いや、こんな長いのは俺の経験じゃ無いな」


 四人は、音が収まるのを待ちつつ、静かに辺りを見回す。だが、その音も揺れも、一向に収まる気配はなかった。その時、砂以外ほぼ何もない広大な砂漠に、念のためサーチをしていたフィリカが、


「ひっ!」


 一瞬、何かを捉える。そして彼女は震えたように、


「し、下に何か居ます!」

「下?」


 それを聞いたスライが、その正体を悟る。


「まさか······!」


 だが、彼がその声を発しようとした時、


 ——バシャアアアアン!!!


 遠く、あの小さく見えていたサボテンの側で、隕石が落ちたような飛沫が舞い上がった。


「お、おい······なんだよ、ありゃあ······」


 天高く舞い上がった砂飛沫の奥。

 そこには塔のように高くそびえる黒い影が現れていた。


 しかし、その影は塔などという無害で無機質な物とは程遠く、湾曲で、先端に大きな口と――その内に鮫のような鋭い歯を無数に携えていた。まるで、飲み込んだものを容赦なく木っ端微塵にするような。


 そして、砂の雨が降ると共にその霧は晴れ、薄い青緑と茶色の斑点――その“影“の全貌が見えた所で、スライは絶望したように言葉を漏らした。


「ありゃあ······サンドワームだ······」

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