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オナジ③

 デッキを慌ただしく行き交う船員クルー。船内へ通ずる扉は避難する乗客で溢れかえっていた。船員の中で戦闘が出来る者は備えてあった剣や槍を取り、それを外へと向けては魔物が姿を現すのを待っていた。


「ミーナ、客のほうを頼む。俺とスライが魔物にいく」

「わかったわ。あなた、魔法は?」

「大丈夫。持ってる」

「······そう。じゃあ頼んだわ。気を付けて」


 何か一瞬ミーナは考えたが、すぐに「行くわよ、フィリカ」と言うとジャック達にデッキを任せ、船客の最後尾へ続いた。そのうち船内へ消えると、彼女はドアの向こう――微かに曇った丸い窓から顔をチラつかせる。そこで、万が一ここの者等が突破された時の襲撃に備えていた。


「良い連携だな。伝達も簡潔だし」

「別に、気遣わず話してるだけだっての」


 甲板に残るジャックとスライは剣を抜いていた。


「それで、さっき言ってた魔法ってのはどんなんなんだ?」

「お前には教えてねぇ。奥の手だからな」

「······お前、まだ俺がおちょくったの引きずってんだろ?」

ちげぇ、奥の手だ」

「嘘つけ。――まぁいいや、くるぞ」


 すると、その声の直後に現れる魔物の影。


 剣を構えたジャック等の前に現れたのは、片手に銛を持ち二足歩行をする、頭と口がタコのような、成人男性ほどの水棲生物。


「······ギルマンか」

「手強いか?」


 寸刻前の調子と違い、二人は隙を見せぬ兵士の顔。


背後(うしろ)さえ気を付けりゃ俺等なら一人でも勝てる相手だ。親玉以外、攻撃は並みだからな。――ジャック、そっち頼むぞ。俺はあっちを行く」


 と、右舷を指すスライ。


「敵は次々くるはずだ。手前から手早く片付けろよ!」

「あぁ、わかった!」


 そして、二人は各々のほうへと別れた。


 船の左舷へと向かったジャックは早速、へりに上った一体のギルマンを目掛けて走っていく。


 敵はまだ辺りを見回していた。


 まだ武器を構えていないその相手の隙を見たジャックは、すぐさま目立たぬよう態勢を低くし、そして、さらに疾駆するように強く踏み込むと素早く、奇襲の如く先手を取りにかかる。


 身体の影から生えるように伸びるつるぎ

 剣は敵の胸へと刺さり、敵に悲鳴を上げさせる。


 ——キュオオオオオォ!!


 ギルマンは持っていた銛を落とし、反撃の余裕もなく手足をバタバタとさせた。手応えを感じたジャックはすかさずそのギルマンに足を掛けると、剣を引き抜きながら相手を外へ強く押し蹴る。船縁に立っていた魔物は、そのまま海へと頭から落ちた。


「よし」


 ジャックは一体片付き、順調な出だしに自身へ納得の声。――が、


「······うぉっ!」


 喜びも束の間、左を振り向くと同時、すかさずしゃがんだジャックの頭上を、太い風の音と共に、薙ぎ払われた三叉の銛が通り抜ける。それを髪に掠めた程度で過ごしたジャックは、


「今度は真っ向勝負か」


 と、デッキへ降りていた次のギルマンに対しほくそ笑む。


 さっきは、ジャックの頭を銛の側面で弾こうとしていたギルマンは、今度は真っ直ぐに銛を構えていた。突きにくる構え。それに気付くジャックは、その銛先が飛ぶ瞬間と方向に集中。直後、読み通り銛は放たれた。胴や頭、足など、相手さえ突ければいいという無作為な攻撃だった。だが、そこまでスピードもなく、避けることは出来る単調な攻撃。だが、


「くそっ、近付けねぇな······」


 魔物の腕と銛のリーチだけは長く、避けて懐へ入り込もうとするも、その頃には次の突きが繰り出されていた。傷は負わないものの、そのためジャックは船の中のほうへと押されていく。そうしている内に、やがて踵に当たるマスト。簡単には壊れぬ木の硬さがジャックの背を伝う。


 一瞬、後方へ目を側めるジャック。


 すると、それを追い詰めたと思ったのか、その好機を逃さぬようギルマンは今までよりも勢いをつけ、ジャックの腹部を目掛けて強く攻撃を繰り出した。


 しかし――。


 その勢いをつけたのは完全な不覚。ギルマンの攻撃は、横へ跳ぼうとしていたジャックに別の選択肢を与えていた。魔物が大きく振りかぶったのを見て、ジャックはより足に力を込める。


 ギルマンの突きが繰り出された直後、ジャックは後ろを振り向くと同時に跳び、さらに、トップへと続くロープを左手で掴んでマストを蹴った。自身の身長より高く跳び、宙返りしながら敵のほうへ舞う。その下を、銛が細い風切り音を立てて突き抜けていた。


 やがて、ガツっと矢尻が木へ刺さるような硬い音。


 攻撃が避けられた事に気付くギルマンは、急いで次の攻撃を繰り出そうとする。――が、自身の力で勢いよくマストに刺さった獲物は、魔物の力とはいえ、おいそれと抜くことは出来なかった。


 そして、その作り上げた致命的な隙を逃さぬジャック。


 宙返りした勢いのまま、両手で持っていた剣を降り下ろす。獲物を引き抜くようにしていたタコは、空から舞い降りたジャックにより一刀両断。魔物の柔らかい身体は、あっという間に頭から二枚おろしになっていた。


「甘いっての」


 着地の――膝を曲げた状態から立ち上がるジャックは、敵が側に居ないのを感じては見下ろすようにそう言って、へっ、と笑う。そんなジャックはふと斜め後方に目を移す。するとそこには、ギルマンが落とした銛を投げて倒す同期の姿が。


「負けてらんねぇな」


 そんな彼に対抗心を燃やすジャックは、新たに船縁へと現れる魔物へ走っていった。





 それから三体のギルマンを倒したジャックは縁から顔を出し、船の下を覗いていた。そして、こっちはもう大丈夫そうだな。と心に思っては一息。左舷デッキ上にも、魔物の影は見られなかった。


 ジャックは「ふぅ」と息を整える。あの後、休む間もなく三連続で同じ魔物を片付けたため、少しだけ息が乱れていた。もうちょっと、動き続けれるようにしないとなぁ。それか、無駄を減らすか。と反省するジャックは、右手の剣を見てそっと鼻で溜め息。そして、そういやスライは······。と、右舷後方を確認しようとする。


 ――が、剣から右舷のほうへ顔を向けた時だった。


「ぐああああぁっ!!」


 突如、男の断末魔が船上デッキに響き渡った。


 ジャックはすぐさま、声のした船頭のほうを振り返る。するとすぐに、一人の船員が一際大きな銛で身体を貫かれ、宙へ浮いているのが目に入った。今まで退治したものより一回り大きな身体のギルマン。その巨躯きょくを備えたギルマンは、片手で持った大きな銛を振り回し、刺した船員を海へと放り捨てる。


 その魔物に、サーベルや剣を持った別の船員が取り囲むよう立ち向かうが、魔物が銛を一振りするだけで、受け止めはするものの男達は勢いを殺しきれず、次々と端へ跳ね飛ばされた。明らかに先までのギルマンとは違った。


「ちっ、あれが親玉か······」


 自分よりガタイの良い男等が弾き飛ばされる光景と捨てられた船員クルーに、若干の畏れを覚えるジャックだったが、致命的な怪我は負わずに済んでいるものの立ち上がれなくありつつある生きた船員を見て、そこへ向かわないわけにはいかなかった。


 加えて、不意に蘇るあの勇者の姿。


 ――アイツならきっと簡単に······。


 憎きかたきではあったが、その存在はジャックの畏れを弾き飛ばすよう覚悟を決めさせ、奥歯を噛みしめた舌打ちと共に奮いを呼び込んだ。





 ジャックは親玉との戦闘に加わっていた。しかし、倒してきたどのギルマンよりも近付くことが容易ではなかった。身体が大きい分振りが大きいものの、銛の長さがそれをカバーしていた。そしてその分だけ動かされる。避けるのに耐え兼ね、ジャックの側にいた一人の船員が銛の腹を掴んで受け止めようと試みるも、まるで物干し棒に掛かる服のようにぶら下がっては、そのまま海へと投げ捨てられた。僅かに止まったものの、それも僅かだった。


 銛を回転させるように振り回すギルマン。

 吹き飛ばされる熟練の船員クルー


 その内に、魔物の側に立っているのはジャックだけに。親玉ギルマンは先まで銛を振り回していたものの、いよいよ向かってくるのが一人になるとその一人――船頭、左舷船縁付近に立つジャックに向け、銛先を構える。突きの構えだった。ジャックは咄嗟に先のことを思い出した。あの、マストに銛を刺して隙を作った魔物のことを。


 直後、放たれる凶異の三叉。


 ジャックはすかさず左へ跳んでは転がり、それをかわす。そして、すぐに態勢を立て直し、銛が抜けなくなるであろう敵に反撃の姿勢を取ろうとした。――が、ジャックの居た後方――船縁へと鋭く刺さった銛は勢いそのまま、船縁をバキリッとビスケットのように断ち割った。


「くそっ、容赦ねぇな······」


 反撃カウンターを止め、一歩後退するジャック。苦しくもそれは失敗に終わったと感じていた。


 再び放たれる鋭利な先端。

 完全に相手のペースだった。


 ジャックはなんとか避けるも、敵の身体――攻撃が大きい分やはり大きく避けねばならないため疲労が溜まりつつあった。


「はぁ、はぁ······」


 ただ、近付けぬだけで、その分相手のモーションも大きいため、避けるのだけは可能だった。


 しかしとはいえ、


 ――このままじゃ、ジリ貧だな······。


 そう思うジャックは、一気に片を付けようとズボンポケットの薬へ手を伸ばそうとする。――が、


「あ、ぶねっ」


 頬のすんでのところを通り抜ける銛。矢のように次々と繰り出される攻撃から、あと一歩だけそれを掴む余裕がなかった。


 するとそこへ、


「大丈夫か?」


 残りの敵をあらかた片付けたスライが加勢に。ジャックはいつの間にか船の中程まで移動していた。


「あぁ、なんとかっ!」

「おっ、まだ元気そうだな。俺は必要なかったか?」

「んな軽いもんじゃねぇ! 手伝えって!」

「わかってるよ、冗談だ」


 だが、彼はジャックの少し後ろに位置を取ったまま、周りの見渡し始めていた。


「何やってんだよ!?」


 しかし彼は答えず、敵と向かい合ったまま叫ぶジャックの後方で攻撃をかわしながらそれを続ける。辺りの男等は動けはするが負傷して、このギルマンと武器で戦える様子ではない。――が、するとスライは、


「ジャック、もう少し踏ん張ってくれ」

「はぁっ!?」


 彼は一人の船員に駆け寄り、何かを伝える。話し掛けられた船員は腹を抱えるように立ち上がると、そのまま他の船員へ伝言のようにそれを伝えている様子。そしてスライが戻ってくる。


「ジャック。あの銛、止めれると思うか?」


 ジャックは「あぁ?」と、スライと敵の攻撃を避けながらがなるように言うと、


「一人じゃ無理だろうけど、二人なら可能性くらいは!」

「よし、んじゃあその言葉信じるぜ。あの銛、正面から止めるぞ」

「はぁっ!? 何言ってんだ! 可能性だぞ!?」

「心配すんな、お前の眼はそう外れねぇから。行くぞっ!」


 親玉ギルマンは既に銛を引き、突きの構えをしていた。


「あぁ、くそっ!」


 迷ってる時間がないと思うジャックは彼の言葉に従った。


 直後、放たれる親玉ギルマンの銛。


 顔の辺りに飛んでくる大きなそれを、二人は同時に腰を落として攻撃を交わしつつ、三叉のそれぞれの間に剣を通し、押し返しつつ持ち上げるかのように競り合った。致命傷を狙った攻撃は回避。


 しかし、銛の勢いはそれでは完全に収まり切らず、ジャック達はそのまま足を滑らせるようにジリジリとデッキの端へ追いやられていく。その先には、魔物が直前に破壊した、海面を覗かせる縁の隙間があった。このまま自分達を海へ落とそうとしていた。


「······くっ、どうすんだよ!!」


 二人は、なんとか踵に引っ掛かる縁の一部を便りに踏ん張った。だが、その脚も次第に震えを覚え始めている。ジャックの右にいる彼も口をニヤリとさせてはいるものの、その頬には汗が垂れ始めていた。


「いいか、ジャック······時が来たら、あと一回歯食い縛れよ······」


 ジャックは既に食い縛った歯で、スライのほうへ耳だけを傾けては、何言ってんだよ! と、心で叫ぶ。自分達は既に態勢も崩れ掛け腰が上がりつつあり、眼前には鉄の三叉が迫りつつあった。


 瞳に迫る鋭利な銛先。

 その先端は徐々に影を増していく。


 目を刺されるか、海へ落ちるかの二択。

 しかし当然、そのどちらも受け入れられるわけはない。


 ――あぁ、くそっ!!


 身体が限界に近付きつつあるジャックは怯えも忘れ、その震える手足が崩れぬようにするので精一杯だった。自分が刺された瞬間、隣の彼もやられると無意識下でわかっていた。とはいえ現状はその臨界点間近。


 いよいよそれを自身でも感じるジャックは立て直す案を伝えようと、隣の彼へ、振り絞るように声を上げようとする。そして、それが胸を通り、喉へ込み上げようとする――その時だった。


 ピィーッ! 


 忘れていた鼓膜を通りすぎるように、響く指笛の


「来たぜ、ジャック······っ!」


 すると、今まで以上に不敵に笑ったスライは、


「せーので上へ押し退けるぞ!」


 と、腕に力を込める。その余力はコクリと頷くジャックにも伝わる。そしてそれが伝わった直後、


「いくぜっ! すぐ横に跳べよ! ······せーのっ!」


 ジャックはその声に合わせ最後の力を振り絞る。僅かに持ち上がった銛が二人の頭上を通り過ぎる。すぐさま二人は各自左右へと転がるように別れた。その直後だった。


 ドゴオオオォン!


 轟音と、爆発を起こすギルマン。


 背中から起きたその爆破の風と共に、ギルマンは壊れた縁の隙間を通り抜けていく。吹き飛んだ巨躯は動くことなくそのまま船外を舞い、海へと落下。


「はぁ、はぁ······」


 敵がデッキから吹き飛んだのを確認したジャックは、自身が転がっては態勢を立て直す最中さなかに見た、魔物の背に迫る黒い球体――それが飛んできた、反対側の舷をゆっくり見た。

 

「はぁ、そういう事なら······先言っといてくれよ······」


 そこには硝煙を上げた大砲が、こちらに砲口を向け佇んでいた。その周りには、スライが声を掛けた船員と他の負傷者達が、息を切らすジャック達同様に転がっている。


「ただ落とすだけじゃ、またどっかで会うかも知れねぇだろ? でもあれならきっと御陀仏だ」

「下手したら、俺等も御陀仏だっての······」


 一足先に少しだけ息の整ったスライは膝に手を付きながら立ち上がり、剣をしまっては、壊れた縁から海を覗く。そして「片付いたな」と声を漏らすと、その縁の右側へ、もたれるようにドサリと座り込んだ。まるで緊張の糸でも切れたように。


「へっ、親玉があんな手強いとは思わなかったけど、やりゃあ出来るもんだな」

「なんだ、それ······。お前、戦ったことあるような口振りだったじゃねぇか······」

「戦ったことあるけどあんな大型じゃなかったんだよ。それに、そん時はちゃんと皆武装してたんだ。弓とか」

「あぁ、そいつは便利だ······」

「だろ?」


 折った右膝に右肘を乗せるスライは、剣を納めて仰向けに倒れ込んでいたジャックのを見る。


「まぁともあれ――」


 魔物が片付いたことを確認した船員等は、勝鬨かちどきをあげていた。


「勝ったんだからいいだろ?」

「いや、別に、こんな勝ち方じゃなくて良かったんだよ······。俺にはな······奥の手があったんだ······」

「なにが奥の手だ。使えなきゃ、奥の手も抜けない刀身と一緒だ」

「うるせぇ、ちょっと時間くれりゃよかったんだよ······。そしたら俺が一人で――」

「あぁわかったわかった、次から聞いてやるよ、お前が危うい時にでも」

「危うくない内に聞けよ······」

「まぁ、とりあえず一旦仕事を終えたってことで――ほれ」

「俺は、お前と同じ兵士じゃねぇっての······」


 そうしてジャックは、スライから差し出された拳に、全力の、力の入らない拳を突き返した。

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