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英雄(ヒーロー)⑦

 ジャックとミーナ――()()は、あれからエドワードの工房へと戻っていた。しかし、


「だからって、わざわざ回り道までして来なくていいのに。私、どうしていいか分からないから置いてけぼりでしたよ?」


 机にもたれるジャックや立ったままのミーナと違い、フィリカは床に布を敷いて、体育座りをしながら頬を膨らませていた。


「いや、あの流れは絶対あー去るのがカッコいいだろ」

「ねぇ、完全にその流れだったわよねぇ」

「知りませんよ······」


 男児に手を振ったジャックとミーナはその後、周囲の注目を浴びていることに気付いた。それは男児から大声で英雄ヒーローと呼ばれたことによる脚光。それを決して悪いものじゃないと思う二人は目をチラと合わせると、フィリカとエドワードに「またな」と手を掲げて街へ去っていた。


 その行動を格好を付けるためだとは知らず、フィリカは街へ戻って行く二人に呆然。その場で混乱しつつ、遠ざかる二人とエドワードを何度も見返していた。その後、フィリカは追いかけようとすぐに思うが、先にエドワードが「放っとけ、戻ってくるわい」と鼻をふんと鳴らしたことでその場に留まる。故に、フィリカはエドワードと共に工房へ帰着。数分後、あの二人もエドワードの言葉通りここへ戻って来ていた。すっかりと誇らしげな顔で。


 と、そうして戻ってきた二人だが、


「じゃが、その事実を知ってしまうと······ほんとにカッコ悪いのぉー!」

「うっせぇぞジジイ! 何度目だ!」

「そうよ! たまにはいいでしょ!」


 年の功はそれをすっかり見透かし、茶化していた。だが、それでも時折惚けているジャックとミーナ。フィリカは「本当に浮かれてますね、二人とも······」と、顎を自分の膝に乗せては目を細め、呆れていた。


 それからも二人が惚ける度、エドワードから揶揄からかわれるが、しかし、それも繰り返されると、流石に熱も落ち着きを取り戻し始める。そして、


「――で、どうするんだ? フィリカ」


 四人の話は、自分達の中心に置かれた銃を使用するのかという話に戻っていた。フィリカは変わらずの姿勢で座っていたが、しばし膝頭に目を伏せては沈黙し、やがて顔を上げる。


「······私、これ使いたいです」


 真剣な眼差しを彼女は向けていた。


「エドじいさんが使ってるのを見て、これなら私にも出来るんじゃないかと思いました」

「の? 簡単じゃったろ?」

「はい。それにカッコ良かったです」

「そうじゃろー」

「じゃ、決まりね」

「残念だなー。断ってくれたら俺が使ったのに」


 それぞれ言葉を述べるが、皆、納得の笑みだった。


 そして、あの切り株のような椅子から立ち上がったエドワードは背後の机へ向かうと、その机の端に置かれていた小さな二つの木箱を手に取り、それを懐中銃と共にフィリカへ渡す。


「この黒い箱に麻痺の矢が入っとる。もう片方の白いのは試し撃ち用のやつじゃ。最初は白箱こっちでしっかり練習するようにの」

「······はい! ありがとうございます!」


 フィリカはそれを両手で大事に受け取ると、自分の傍へ置いていた鞄へしまう。小銃と箱は、どれも鞄にちょうどいいサイズで収まっていた。


「後は、自分に合うサイズの手袋グローブを手に入れるようにの。革のやつじゃぞ」

「はい。分かりました」


 そしてフィリカが返事をすると、先の箱のサイズ指定までしていたミーナが口を開く。


「じゃあエドじい。今回の分だけど、請求は私宛にしておいてちょうだい」

「ふむ。開発部のほうでよいかの?」

「えぇ。そっちでお願い」

「お前のとこは相変わらず金がないんじゃの」

「うるさいわよ」


 自分の立ち上げた部署と比べられ、怒るミーナ。だがすぐに「あっ、そうだ」と口にすると寸前の怒りを忘れたように、


「それと、ゴタゴタして言えなかったけど、実はもう一つ相談があるの」


 やや神妙にミーナは、切り株へ腰を下ろすエドワードにそう言った。エドワードは側の台にある煙草へ手を伸ばそうとしていたが、ふと何かに気付いたようにその手を止めると、


「なんじゃ?」


 と、ミーナのほうを見て片眉を上げる。すると、


「ジャック、ちょっと剣貸して」


 ミーナは理由わけも言わず手を出して、剣を要求。ジャックは「ん? あぁ······」と言うが、直前に怒りを消した幼馴染の違和感があったため素直に従った。剣を受け取った彼女は、


「ちょっと見て欲しいの」


 と、剣を鞘から抜くと、裸身のそれをエドワードへ渡した。エドワードは渡されたそれを炉の明かりを頼りに、先のガルウルフの血が僅かに染みた、そのボロボロの刃先をまじまじと見る。そして、その大きく目を見張ったような顔で、


「こりゃまた······ひどいもんじゃな······」


 独り言のようにボソリと言った。彼は剣をさらに凝視。


「剣心にまでヒビが入っとるじゃのうか。よう壊れんかったのぉ。どうしたらこうなるんじゃ?」

「魔法を使って斬ると、剣がついていけないみたいなの」

「どんな魔法じゃ?」

「身体強化と言えばいいかしら。剣を振る速度や握る力が瞬間的に上がるの」

「なるほどのぉ」


 エドワードは「ふむ······」と言ってミーナに剣を返すと、台の煙草を手に取っては火をつける。それからタバコをゆっくり一吸いしては、身体以上にも思える量の煙を天井へ吐き出す。その白煙はゆっくり、誰かが色を奪ったように薄れていく。そして、その色が認識しづらくなる所でエドワードは口を開いた。


「じゃと······単純に強度不足か斬れ味不足じゃろうな。お前さんのおかげで、剣も幾らかは丈夫になったと思ったんじゃがのぉ」


 エドワードは煙管を口へ運んで煙草をもう一吸い。今度は鼻から白煙を漏らす。


「前みたいにはいかんのかの?」


 受け取った剣を鞘へ納めたミーナは、それをジャックに返した後、腕を組んで話を聞いていた。ちょうど、前にいる老人と同じような困った顔で。


「だからあなたの所へ来たのよ。私にはいい精錬方法が浮かびそうにないの。たとえ精錬じゃなくてもいいから、何かいい方法はないものかしら?」

「そうじゃのぉ······」


 俯いては、煙管を咥えたまま考え込むエドワード。

 それからしばらく沈黙しては頭を掻いて、


「うーん、あるにはあるがのぉ······」


 と、浮かない顔をしていた。だがミーナは、


「何かしら? とりあえず聞かせて」

「そうじゃのう······。鍛錬ならわしに全て任せておけばいいが、ただ、その方法で斬れ味や強度を上げるには"あるもの"がいるんじゃよ」

「あるもの?」


 首をやおら傾けるミーナ。エドワードは煙草を傍の灰壺へトントンと捨てると空の煙管を持ったまま、地面に視線を落として言う。


「······ゴーレムの魔石じゃよ」


 それを聞いた途端、僅かに驚いたミーナの表情は眉根を寄せた険しいものに。すると、二人から広がる重い空気と幼馴染の表情に気付くジャックが尋ねる。


「どうした? 珍しくそんな顔して」


 ミーナは、口を尖らせたまま目だけでジャックを一瞥。そして、その口のまましばらくして口を開く。


「ゴーレムは······いまの私達じゃ倒せないの」

「倒せない? んな事ないだろ、魔法もあるんだし」

「だから、その魔法が通用しないのよ。ゴーレムは石の身体を持つ魔物。私の炎も、あなたの剣も、フィリカの小銃も、その敵の前じゃ無力でしかないのよ」

「あぁ、そういうことか······」


 ウィルドニア周辺や噂で聞く魔物については知っているが、その魔物の名を初めて聞いたジャックは、ようやく二人の顔が晴れない意味を理解。


「じゃあ、ゴーレムを倒す術は全くないのか?」


 尋ねられたミーナは、考え込んだまま答えなかった。そして、代わりにあの老人が口を開く。


「そうじゃなぁ······。奴の身体にあるコアさえ破壊出来れば、倒せないこともないんじゃが、ただそれがまた硬くてのぉ······」


 エドワードから返ってきたものは、とても好転へ向かうものとは呼べなかった。三人は顔を渋らせる。


 ――と、その時だった。


 端で聞いていたフィリカが「あ、あの」と手を挙げてその話へ加わる。そして彼女は、エドワードのほうを見ると、


「エドじいさん。私達が倒せるかどうかは置いておいて、その情報があるって事は、過去にそのゴーレムを倒した人がいるって事ですよね?」


 ジャックとミーナは目をパチリとさせた。盲点だった、とでも言うように。しかし、


「あぁ、そうじゃな。じゃが、その者の話を聞いたのはわしがまだ若い時でのう、誰だったか思い出せんのじゃ······」


 エドワードは張りのない声音だった。そしてそこへ付け加えるように、


「エドじいが若い時なら、その人ももう死んでそうだな······」

「そうじゃのぉ······」


 それを聞いて、四人に再び沈黙が通る。薪のパチパチと燃える音が無情にも響く。フィリカの小さな疑問の次に出せる、希望に繋がる、可能性を持った言葉を誰もが模索していた。――と、そんな、時間が止まってしまったような、駆け引きのような空気の中で、ひとり、先に結論を出した彼女が口を開く。


「エドじい。そのゴーレムの話、何処の話かは分かるかしら?」


 尋ねられたエドワードは「場所か?」と、ミーナに確認するように顔を上げては答える。ミーナは黙って首肯。


「それなら覚えとるよ。その村の名前と“ゴーレムが出た“って話だけは、仲間内じゃが、セットで何度も騒がれておったからの」

「倒した人の名前はそこで出なかったの?」

「んー。わしらなんてのは倒した事実より、そんな凄い魔石が手に入るかもしれないってほうが大事なんじゃよ」

「······なんだか、自分の名前だけ覚えられてないその人は不憫なものね」


 と、ミーナは、その顔も名前も知らぬ誰かに同情をするが、


「それで、その村の名前は?」


 すぐに元の質問へ。同じように、今ミーナが関心あるのは『その人』ではなく『場所』のほうだった。エドワードは思い出したように煙管を台へ置いて答える。


「······『ザバ』じゃよ」


 耄碌もうろくを思わせぬ、芯の入った調子だった。


「ザバ、ね······」

「ザバ?」


 そう尋ねるジャックを、ミーナは横目で見ると、


「ここから海を越えて、南東の大陸にある砂漠の小さな村よ」

「はぁー、海の向こうにそんな場所が」

「それはまた遠いとこですね」

「そうね。船と徒歩、合わせても数日はかかるし」


 と、溜め息を吐いたようにミーナ。その裏でジャックは、ミーナが場所を尋ねた辺りからある予感をしていた。そしてジャックは、こいつの中ではもう答えは決まってるんだろうが。と、ほとほと思いつつも尋ねる。


「行くのか?」

「えぇ。他に手掛かりがないもの、行くしかないでしょ? ······別に、あなたの剣がそのまま駄目になっても良いって言うんなら考え直すけど。これから使う剣、上には全部、あなたが壊したって事だけが伝わるだけだもの」

「······悪意ねぇか? 事実かもしんねぇけど」


 だが、ミーナの言うことも正しかった。このままだと上から問題児と目をつけられるのは間違いなかった。良い意味を含むのならまだしも、今回は悪い意味以外考えられなかった。ジャックは深い溜め息。それにこいつなら、本当に自分の魔法は棚に上げそうだ――とも思って。


「······はぁ、行くしかねぇか」

「まぁ、あなたに決定権はないけど」

「んなの分かってるよ。――で、お前はどうすんだ、フィリカ。司書のほう何日も休みもらうって事になるけど」


 フィリカは、ザバへ行くということを聞いてから組み合わせた手の親指同士をくるくると回していた。そして「そうですね」と考えるように一間置いては指を止めると、


「私も、行きたいです。ザバに」


 フィリカは意志の籠った、真っ直ぐな目をジャックとミーナに見せた。足手まといにはならぬよう、しっかり力になりたいと思わせる目だった。ジャックは「そっか」と軽く笑う。


「じゃ、決まりだな」

「仕事のほうは、戻ったら司書の方々と相談してみます」

「別にそんな焦らなくていいわよ。私も司令官に確認取らなきゃいけないから。明日の仕事終わりにでもゆっくり聞かせてちょうだい」


 そして、フィリカの「分かりました」という声を聞くと、ミーナの考えは次の事へ。


「とはいえそうなると······明日は準備かしら?」

「遠出ですからね。今回は準備も大変ですね」

「そうね。戻ったら、必要なものだけリストアップしておきましょ」


 そうして、ザバに向けての計画が次々と立っていく。


「フィリカ。ドタバタしちゃうかもしれないけど、明日は時間あるかしら?」

「ありますけど、何かあるんですか?」

「いえ、一緒に昼、買い物行けたらなーと思ったんだけどどうかと思って――」

「行きます! 何時間でも空けておきます!」

「それじゃ仕事してないでしょ。ともあれ、じゃ、明日迎えに行くわね」

「はい! 待ってます!」


 フィリカは、膝を抱えたままウキウキと左右へ揺れる。すると、今度はエドワード。


「そうじゃ。その剣、わしが預かっておくぞ。打ち直しておくで、また出発前にでも取りに来るとよい。前より多少丈夫には出来るはずじゃ」

「あら、そう? 助かるわエドじい」

「構わん。任せとけ」


 そしてミーナは、半ば強引にジャックから剣を奪うと「じゃあ、よろしく」とそれをエドワードへ。その後、鍛錬のお金のことや買い物の話など、どんどん()()の中で話が進んでいく。


 ――が、その時だった。


「なぁ、ちょっと」


 突然、ジャックが話を遮った。


「一つ言いたい事があるんだけど」


 いつの間にか椅子に座って、両膝に肘を預けては手を組み、そこに額を預けては目を瞑っていた。その様は、さながら国議会の重鎮のよう。


「な、なによ······」


 その気迫にはミーナさえも圧されていた。頭を起こし、徐に目を開けるジャック。手を下ろしては、睨むかの如く顔をすごめたまま三人を一瞥。パチリ、パチリ、と薪の燃える音だけがしばし響いていた。そして、一際大きくパチリと薪が鳴った直後、ジャックは慎重に口を開いた。


「······俺、身体痛い。休み欲しい」


 それを聞いたミーナとフィリカは唖然。


「あぁ、そういえば」

「忘れてましたね」


 途端、空気は緩み、いつもの雰囲気へ。


「忘れんなよ······。俺いま、腕だけじゃなくて足もパンパンになってきてんだぞ! はやく横になりてぇなーって思いながらもザバの所まではしょうがねぇかと思って堪えて話聞いてたのに、お前らどんどんどんどん話延ばしやがって! エドじいはまだしもお前らの買い物話は戻ってからでいいだろ!? いい加減にしろよ!」

「なによ! そんなに言うなら一人さっさと帰れば良かったじゃない! 大体それに、あんたの身体の都合なんて分かるわけないでしょ! 平然としてんだから! ホントにこの――」


 と、ミーナはジャックの左足を何度も蹴る。


「いて、いて、いてぇな! 何しやがんだ!」


 ジャックは椅子に座っているものの、それだけでフラフラと床へ倒れそうになっていた。


「ふんっ、確かにそんな身体じゃ足手まといでしかないわね」

「だから最初から言ってんだろ! わざわざ確かめんな!」

「しょうがないじゃない。だってあなた時々、嘘つくもの」

「どの口が言ってんだ!」


 それにはプイッと顔を背けるミーナ。そして、呆れて煙草を吸おうとしていたエドワードのほうを見て、ややぶっきらぼうに、


「エドじい、鍛錬はどのくらいかかるかしら?」

「三日ぐらいかの」


 ミーナは、ジャックのほうを向き直る。


「じゃあそうね。明日と言わず三日くれてあげるわ。存分に休みなさい」

「なんでそんな上から目線だ! 完全にエドじいに合わせただけじゃねぇか!」


 と、突っ込むが、


「そういうことだからフィリカ、四日後に出発よ」

「はい!」

「聞けや!」

「エドじい。剣はまたその日取りに来るわ」

「あぁ、好きにせい」


 ともあれそうして、総括するようミーナはもう一度、二人に最後の確認を取る。


「それじゃあ四日後にザバへ出発。それまでに各々、準備と休息をしっかり取ること。いいわね? 分かった?」

「はい!」

「はいはい······」


 ウィルドニアから遠く離れた別の大陸。そこにある『ザバ』に向けての、研究科一同の、()()()()旅がこうして決まった。


「ちなみにジャック。兵士は一度しか“はい“は言わないものよ」

「知ってるっての。っつーか、俺もう兵士じゃねぇし······」

「あら、あなたは()()()()近衛兵でしょ? 違う?」

「··················はいよ」

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