英雄(ヒーロー)⑤
建物の中は薄暗く、パチパチと燃える音とその匂い、そして、少しの埃っぽさが立ち込める工房だった。
外見からパッと見た時よりも中は広く、所々置かれた大きめの長机には剣、鎧、矢、盾など、そのどれもがほとんどパーツ毎にバラバラにされ未完成の状態で置かれていた。布が被せられた机もあったが、その内も多くが同じだった。
そんな、様々なものが散らばる机を観察しながら、ジャックはふと後ろのガラス窓を見る。しかし、入り口横にあるそれは、汚れで外もマトモに見れない状態にあった。そのため「ここ、誰か居るのか?」とジャックは尋ねるが、少し先を歩くミーナは「えぇ」とだけ。
三人はさらに奥へ進む。――と、火の付いた炉と鞴、そして金床にハンマー等が見えてくる。先程の雑然と置かれた未完成品とは違い、その周辺に置かれた武具やパーツは整理されたように置かれ、人が使用している事を感じさせた。
と、ここでミーナ。
「あら、どこ行ったのかしら」
一番奥まで来たのだが辺りに人影がないため、彼女はひとりごとのようにそう言った。そして、
「エドじい! 私よー!」
ミーナはその者の存在を確認するようにその名を呼ぶ。――が、鈴のような彼女の声が濁って反響するだけで、返事は一つもなかった。彼女は少し口を尖らせる。
「エドじい!」
「居ないんじゃないか?」
「そんなはずないわ。――エドじい! 私よ!」
その後、声を大きくして何度呼び掛けるも相変わらず返事はない。しばらくしても返ってくるのは沈黙ばかりで、いよいよ痺れを切らしたように、ミーナはイライラから語気を強めて言葉を強める。
「エドじい! エドワード!! 居ないなら勝手に持ってちゃうわよ! 間違って持ってっても知らないからー! あとで文句言うんじゃないわよー! ハゲー!」
と、その時だった。
「誰がハゲじゃ!! まったくさっきから! こっちは気持ち良く寝とるのに起こしおって!!」
怒声と共に、部屋の端で膨らんでいた布がむくりと盛り上がった。そしてそれがめくれたように落ちると、煤けた白髭を生やした一人の老人が中から。――と、
「なによ、居るじゃない。エドじい、私よ」
その者を見たミーナはすっかり、素っ気ない感じの普段の様子に。まだ夢現の翁はその相手を確かめるように眼を細めるが、ようやくこちらを捉えると呆れたような溜め息。
「なんじゃ、ミナか」
「なんだはないでしょ? こっちは約束の時間に来たってのに」
「んー、そうじゃったか。もうそんな時間か」
するとミーナのことを『ミナ』と呼ぶ、その目覚めたばかりの老人は、まだ醒めきらぬ重い身体を起こして寝床から出てはそのまま炉のほうへ歩く。そしてその上方――天井から下がるランプに火を灯しては、その側にあった切り株のような椅子へ座り、作業台に置いてあった煙管を手にしては煙草に火をつける。
そうしている間に、そのほんのりした明かりの元へ移動した三人。そしてジャックが耳打ちするように小声で彼女へ尋ねる。
「ミーナ、誰だ? この爺さん」
「鍛治師の『エドワード』よ。皆からは『エドじい』と呼ばれてるわ」
彼女に少し顔を寄せていたジャックは「ふーん」と、その大雑把な素性が分かると顔を離した。そして、その老人のほうへ視線を。
まるで習慣とも取れるような素振りで、左手に煙管を持つ彼――エドワードは煙を勢いよく天井へ吐いていた。年のせいでハゲきった頭と、それとは対照的に生えた、口だけを見せた、耳下から頬、顎にかけてのふさふさだが煤けた白髭が、ジャックにはどこか面白いと思えた。
そしてそんな、椅子に座る、年の割りにまだ細さを知らぬ逞しい腕を、袖を折ったカーキ色の作業服から見せる老人に、
「エドじい。初めて会うでしょうけど、この二人が、あのジャックとフィリカよ」
と、ミーナが紹介をした。すると、
「ん? あぁ、お前さん等があの二人か」
まるで既知というようにそう言っては、
「エドワードじゃ。“エドじい“とでも呼んでくれ」
彼は座ったまま握手を求めた。差し出された右手はごつごつしていた。そしてその手に寄る二人。
「初めまして、ジャックです」
「同じく初めまして、フィリカです」
と、手を握る。――が、その他人行儀さに、
「なに、そんな堅く話さなくてもええぞ。よく来たな」
フォッフォッフォッ。と、少し嗄れた声をしてエドワードは愉快に笑った。皺があまり浮き出ぬふっくらした顔の、人の良さそうなその姿に、やや面食らうジャックとフィリカは緊張を幾らか緩ませる。右手を下ろしたエドワードは、煙草を一口吸っては人の居ぬほうに吐き、そんな二人の顔を見比べては出し抜けにこう言った。
「ミナから話はよく聞いとる。馬鹿のジャックに、食いしん坊のフィリカじゃろ?」
と、小馬鹿にしたように。
あながち間違いではないが、エドワードのその言葉に二人は虚を突かれたように目を見張ると、自分達の真ん中に立つ上司のほうを見ては、
「お前、何話してんだよ······」
「本当のことじゃない」
「なんか悪意ありません······?」
納得いかないといった渋面と苦笑いを見せる二人。そのため、まずジャックから、椅子に座るエドワードのほうを向き直り、彼の抱いている自分の印象を正そうとする。
「えっと、エドじい······って呼んでいいのかな。俺は自分の名誉のために訂正しとくけど、頑張り屋なの。ひたむきな努力家」
「私もですよ。単なる成長期による食欲なんです!」
「やっぱ馬鹿と食いしん坊じゃろ」
「違ぇ!」「違います!」
「ほらね。私がエドじいに嘘吹き込んだみたいに言わないでくれる? こんな、優しさしかない私がそんなことするはずないでしょう?」
「それも違ぇだろ! それも!」
「そうですよ······。本当に優しい人は自分で優しいって言いません······」
と、いよいよ、彼女のことをよく理解し始めたフィリカもその性格に突っ込みを入れる。
それからしばし三人は各々の主張を言い合う。とはいえ、騒いでいるのは主にミーナを除く二人。すると、そのやり取りを見ていたエドワードが、フォッフォッフォッ。と、先の笑いをした。その嗄れながらも突如響く声を耳にした三人は言い合いを止め、彼を見た。
「ミナ、お前の周りも賑やかになったのぉ」
「まぁ、おかげさまでね」
言い合いの中でもずっと冷静な口調だったミーナは、腕を組んで静かな笑みを見せた。――と、その人を弄んだような彼女に、ジャック指を差して、
「エドじい。こいつ、こういう奴だからな? 勘違いすんなよ」
「あぁ、心配せんでもよく知っとる。昔からおちょくるのが好きなんじゃろ?」
「ん? あぁ、そうだけど······」
思わぬ返答に目を丸くするジャック。
なんだ、そこまで知ってんのか。と、安心のような小さな驚きと、こいつがそこまで話してるってどんな仲なんだ? と、新たな疑問が浮かんでいた。――が、ジャックがそれを尋ねるよりも先に、左手の煙管をひっくり返しては、傍らの壺へ中身を捨てたエドワードが口を開く。
「んー、それで、今日は何の用じゃったかの? 軍の試作品だったか?」
「あら、忘れちゃったの? あなたが三日ほど掛かるって言ったあれを取りに来たのよ」
「······あぁ、それじゃったか」
「完成してるかしら?」
「あぁ、とっくにの」
「あら流石。やっぱ年の割りに仕事が早いのね」
「年の割りには余計じゃ」
小さく「ふん」と笑うエドワードは煙管を最初の位置に置いて、膝に手をつき「まぁいい、こっちじゃ」と徐に立ち上がる。そして「お前さんは注文が多いからな、どれかすぐに分からんくなるんじゃ」と不満を漏らしながら、先の寝床付近――彼の座っていた、切り株後方やや左側の机へと向かった。
一見雑然としたように見えるこの場所でも迷うことなくそこへ向かった彼は、その木机の横へ立つと、一緒に付いて歩いてきた三人を見る。そして、そこにあった小さな膨らみを持った布に手を掛けながら、
「ただ、年寄りにこの大きさはしんどいわい」
と、文句をミーナに言って、その白い布をバッと取り払った。まるで、お披露目するよう勢いよく取り払われた布は床へと捨てられる。そして彼は、
「ほれ、望み通りじゃろ?」
まだ綺麗に揃っている歯をニッと見せて笑った。
そして三人の先頭に立つ、机を見たミーナは、
「まぁ、可愛らしい」
取り払われた布の中から現れたもの――その机の上にあったのは、剣でもナイフでもなければ、防具でもなく、ちょっとした護身用武器。マスケット銃を縮小したような、十センチ程の小さな懐中銃だった。見た目は、銀と木材で作られた至ってシンプルなもの。変わった点を挙げるならば、左側面に付属したレバーが一つ。
「これなら安心そう。やっぱ良い腕してるわね」
「当然じゃ。何年生きとると思っとる」
と、エドワードが軽く笑ったところで、
「おおおおおぉー!!」
興奮するものが一人いた。それは、この二人がどういう関係かについておおよその検討がついた、ミーナの後ろから顔を覗かせて机の上を見た少年――ジャックだった。
「ちょ、うるさいわね。いきなり大声出さないでくれる?」
ミーナは突然の大声にビクリとして顔を顰めては、やや身を竦めていた。ジャックは、
「あぁ、悪い悪い。まさかこんなとこでこれが見れると思わなくてな」
と、謝罪は口にするものの彼女を一度も見ず、視線は終始その机の上にある懐中銃だった。――と、そんな爛々とした目をする少年にエドワードが、
「どうじゃ、カッコいいじゃろ?」
「あぁ! 何度か見たことはあったけどやっぱカッけぇ。特にこんな小型なのは初めて見た! これエドじいが作ったんだろ!? すげぇな!」
「なに、わしの手にかかれば、こんなのはお茶の子さいさいじゃ」
と、その少年の興奮っぷりにすっかり気分を良くするエドワード。ちなみに通常のマスケット銃が平均一・五メートルに対し、この銃はその十五分の一。懐中銃が平均十五センチとはいえそれよりも五センチ小さい。
とはいえ、
「あの······盛り上がってるところ申し訳ないんですが、これ、何なんです?」
武器には疎く、その凄さが全く分からぬフィリカが一般の反応を見せる。すると、それを聞いたジャックが、まるで商品を宣伝する商人のように手を広げ、彼女に説明を始める。
「いいか、フィリカ。これは『銃』って言ってな、火薬を使って弾丸を飛ばす、非常に高い攻撃性能を持つ遠距離武器なんだぞ」
「へぇー、そんな武器が。でも、私こんな武器見たことありませんよ? どうしてそんな凄いものなのに、この国では使われないんです?」
「それはだな、ウィルドニアじゃ火薬の原料となる硝石があまり採れないからなんだ。ほら、ここって農園や牧場など自然があるとはいえ、ほとんどが石畳の街だろ? 硝石は家の床下の『土』が元になりやすいんだけど、それだと何年とかかる上に、雨を凌ぐ土地がないからこの国じゃ作れる量が限られてるんだ」
「へぇー」
「まぁ逆に、雨のあまり降らない乾いた土地では沢山取れるんだけどな。ただ、そう言った環境の他国から買うにしても値が張ってな、本体と交換で売るにしても戦争の道具になりかねないからどちらも取引はしてないんだ。だから、ウィルドニアでは、本体を作れてもそう言った理由があって、撃てないから全く作られてない。それだったら剣や槍を作ったほうが貧乏国なりにも安定するからな。もう一つ理由を挙げるとしたら、時折やってくる大型モンスターに備えての、大砲に使う火薬で一杯一杯ってのが理由ってとこだな」
と、つらつらと理由を話すジャック。フィリカは途中から「はぁー」と、ポカンと聞いていたが、もう一人の彼女――硝石のことから軍の事情にまで、あまりに仔細話す幼馴染の話を黙って聞いていたミーナは違った。彼女は驚いたように目を丸くして、
「あなた、やけに詳しいのね」
「ほとんど聞いたことなんだけどな」
「そうなの?」
「あぁ。たまたま銃を売りに来てた異国の行商に聞いたんだ。遠くから来たみたいなんだけど、この国は初めてらしくて“全然売れない“って嘆いてたんだ。――で、その時にマスケット銃のこと知って、ついでに、この国の事情とか愚痴とかも色々聞いたんだ」
「へぇ、そうだったの」
と、納得を浮かべるミーナだったが、彼女はその内容よりも、
「あなた、意外とこういうのに興味持つのね」
その事に目を光らせる幼馴染を発見したことに興味を。しかし、
「そりゃそうだろ。だってこの武器で言うなら、このフォルム、そこから放たれる弾丸。たった一撃で仕留められるその性能に男なら惚れない者はいないってもんだろ」
「······それはちょっと、私にはよく分かんないけど」
と、そこにはやや困惑のミーナ。しかしそこで、そんなジャックにあの老人が共感した。
「お前さん、よく分かっとるな」
「だろ? これを手に入れるために兵士になるのやめて、その商人の国に連れてってもらおうか本気で悩んだくらいなんだ」
「おぉ、分かるぞ、その気持ち。わしも昔、武器のために世界各地を回ろうと考えたことあるからな」
「エドじい本当か。同志だな!」
「じゃな」
すっかり意気投合する二人。そして、二人は武器の話へ。
「本来こういうのは火打ち石を使ったフリントロック式の銃なんじゃがな、さっきお前さんが言った欠点を、スプリング式にしたことで火薬を使わなくてもいいよう改善したんじゃ」
「なに、そんなこと出来んのか!? でもそれだと威力があんまでないんじゃねぇか?」
「と、思うじゃろ? だがそのバネの弾性をじゃな――」
と、魅力を語るように話し合う二人だが、
「なんか、変な二人ですね」
「そうね」
そんな二人の話に全く興味の沸かぬ女性陣は、退屈と言わんばかりの冷ややかな目を向けていた。――と、それからしばらくして、少しだけ落ち着いたジャックが自分の気になっていたことを口にする。
「なぁそれでさ、この銃ってどうするんだ? どうせなら俺に使わせてくれよ」
それでもまだワクワクが止まらないジャックは、その目で幼馴染と老人を交互に見る。――が、それには、幼馴染の彼女がやや声のトーンを落として答える。
「······ジャック。水を差すようで悪いけどね、この銃、フィリカに持たせようと思ってるの」
「はっ!?」「えっ!?」
突拍子もない事に、フィリカも思わず声を上げていた。――と、そんな彼女へミーナが、
「そんな驚かないの。これは、一時的なあなたの護身用にと思って作ったの。私達は剣や炎があるけど、あなたはまだどちらもちゃんと扱えないでしょ?」
「そ、そうですけど······」
「炎がちゃんと扱えて、身を守れるようになるまでの間だけよ。それに、あなたが武器を持ってるほうが、私達も安心しやすいでしょ? ――ねぇ?」
「確かに。少しは安心するかも」
いまは真面目に首肯をするジャック。だがフィリカはまだ、
「で、でも、私、複雑な武器の扱いは出来ませんよ?」
不安の表情で顔を俯かせて言う。すると、
「簡単じゃよ。玉を込め、相手に向け、引き金を引くだけじゃ」
と、その武器を作った老人が言った。
「そうなんですか······?」
「うむ」
そして、彼はその懐中銃を手に取ると、そのやり方をフィリカに教える。
「まず、この本体横のレバーを引くじゃろ? ······と、その前にこっち説明じゃな。——ジャック、銃の威力の元は知っとるかの?」
「中で爆発した火薬だろ?」
「あぁ、そうじゃ。しかし、さっきのお前さんの話にも出てきた通り、この国では火薬は貴重でなかなか手に入らん。そこでコレを代用したんじゃが······見えるかの?」
彼は、その銃口をジャックとフィリカに見せる。
「なんでしょう······? 白い細いのが見えますけど······」
「糸······じゃないな。ワイヤーじゃないか?」
「ワイヤーですか?」
「そうじゃ。クロスボウに使われるワイヤーとさっき言ってたスプリングを中に仕込んである」
「つまり、銃とクロスボウを合わせたってわけか」
「そうじゃ。クロスボウだと矢をセットするのに結構な力が必要じゃろ?」
「あぁ」
「それを補うためのこの銃身じゃ。小さな力でも簡単に充填が出来るよう、本体を小さくし、このレバーを引いて、スプリングと弦を引いて、歯車で止めることで、女子でも使えるようになっとる」
「はぁー、なるほど。すげぇな」
ジャックは一人で驚きを。だが、それがいまいち理解が出来ぬフィリカは、
「えっと、とりあえずそれが、最初にレバーを引くのに繋がるんですよね?」
本来の使い方の話を尋ねる。
「すまんすまん、話が逸れたの。お前さんの言う通り、まずレバーを引く。そして、この専用の矢を中に入れるんじゃ。カチッと音がするまでの」
そして、彼が、机に置いてあった矢を砲身へ入れると、同時、矢を留めるような、カチッ、という金属の音が鳴った。
「そしたら、あとは的に向け、引き金を引くだけじゃ」
彼はそう言って、近くに置いてあった丸太に銃口を向け、引き金を引いた。パシュっという音と共に、勢いよく飛び出した矢が丸太へと突き刺さる。
フィリカは「はぁー」と感心のような声。――が、今度はジャックが首を傾げ、腑に落ちない顔をしていた。それは、少ないながらもある、魔物との戦いの経験と、武器の性能を考慮してのものだった。
「でもさ、この威力じゃ刺さりはするだろうけど、武器としても護身用としても厳しいんじゃないのか?」
魔物の急所を確実に狙えるならまだしも、武器の扱いも戦いの経験も全くないフィリカに、それは難しいだろう。と、ジャックは思っていた。そしてそれは正しく、
「あぁ、その通りじゃ。じゃが、この武器の本質はそっちじゃないんじゃ。――のう、ミナ」
と、そこで話を振られた彼女は「えぇ」と言って、その武器の説明をする。
「そこにカヤクダケのトゲから採った、麻痺性の矢を使うの」
「麻痺性の矢?」
「矢尻に、あのトゲの麻痺成分を仕込むの。ドラゴンみたいな大型モンスターには効果は薄いだろうけど、街の周辺にいるような動物型になら効果はあるから」
「はぁーん、なるほどね」
それを聞いたジャックはすっかり納得。貫くほどの威力よりも、むしろ刺さる程度の威力が最適であると理解。――と、ここで念のため、
「ちなみに、いま飛ばしたのはただの矢で試用品じゃがの。本物はこっちにある」
エドワードが、机に置いてあった小さな木箱を指差す。そしてそれを開けては、
「実際使う時には、皮の手袋でもするようにの。自分にでも刺さったら本末転倒じゃからな」
その五センチとない矢の先端を見せながら言った。刻みの入った丸面の後方とは違い、その先端はそれだけでも刺すことが出来そうな鋭利さだった。
「と、まぁ、説明はこんなもんかの。――まだ他に何かあったかの?」
「いいえ。少し言っておくとしたら欠点くらいね。複数には向かない事と、外した際の再装填に少し時間がかかること」
「そうじゃな。じゃが、そこは装填速度と的を外さないよう練習するしかないからの」
そしてミーナがその言葉に「そうね」と賛同した所で、この説明にも区切りがついた。そうして、ミーナはもう一度側の彼女に尋ねる。
「どう? フィリカ。使ってみてくれる?」
しかし、
「えっと······」
やはり経験が無くそんなものを自分が扱えるのかという不安で、フィリカは答えに悩んでいた。すると、その彼女を見たミーナが優しく言う。
「別にいま焦って決めなくてもいいわ。もし使わないなら私が使うだけだから。今日一日考えて、また答えを聞かせてちょうだい」
「······はい」
悩ましげな顔をしながらも、ミーナの目をしっかりと捉えて、フィリカは一度頷いた。――とはいえ、あまりに思い詰めて考えているように見えたため、ミーナが「もっと気楽に考えなさい、うちの馬鹿みたいに」と、そのフィリカの頭を悪戯にわしゃわしゃと掻く。その側では、その少年が何か言いたげな顔をしていたが、自然と少しだけ笑みを戻したフィリカを見て言うのをやめた。
ともあれ、おかげで場は元のように和らぎ始めていた。そして、そうしたところでジャックが口を開く。
「そういえばさ、エドじい。これって全部一人で作ったのか?」
「いや、仮の設計図を作ったのはミナじゃ」
「ミーナが?」
ジャックは、そうなのか? と問うような顔をミーナに向ける。すると、
「でも、そこにスプリングとかの改変を加えたのはエドじいよ。部品の製作から組み立てまで全部したのもね」
「はぁー······」
「だから、私は武器の大まかな設計と要望を伝えただけ。ほとんどエドじいの仕事よ」
私がしたのは大したことじゃないわ、と言わんばかりに冷静な口調の彼女と、その腕を組む彼女の側で、誇らしげな顔の白髭から元気な歯を覗かせるハゲ頭。
そして、自分の上司の言葉を聞いて「それでも、十分すごいと思いますけど······」と呆気とするフィリカが、感嘆としていたジャックに話し掛ける。
「なんていうか、お二人とも奇才というか天才ですね······」
「類は友を呼ぶって奴かねぇ······」
ともあれ、自分が知らない『彼女の空白』を少しだけ知ったジャックはどことなく安心していた。一人で部署を作るまで至ったとはいえ、こうした影の支えがちゃんとあった事実に。――と、ここで、幼馴染にこんな繋がりがあると知ったジャックが、ふとある考えを閃く。そしてそれを、武器を手に持っては眺めていた彼女に。
「なぁ、ミーナ。こういった繋がりがあるならさ、じゃあ俺にも――」
「やだ」
「······俺まだ何も言ってねぇぞ?」
「どうせ碌でもないこと思い付いたんでしょう? そこまで聞けば分かるわ」
と、図星でぐうの音も出ず、渋面で黙るジャック。
ミーナは持っていた懐中銃を机に戻しながら「ふん」と言うと、
「どうせ、自分も同じの作ってくれー、とか言うんでしょ? 嫌よ」
「な、なんで······」
「なんだ。やっぱ図星なんじゃない。呆れた」
「うぅ······」
“誘導のハッタリ“にすっかり騙されたジャック。ミーナの中ではほぼ確実であったとはいえ百パーセントではない。そのため、それを百にするための発言だった。
「あなたはまだ剣を磨きなさい」
苦悶の様子を見せたことで自らその魂胆を暴露したジャックは、作ってはもらえないと確実に分かり落胆していた。しばらく立ち直れなさそうなぐらいに。――と、ここで、その話をしたことで、ミーナはこの工房へ訪れたもう一つの理由を思い出していた。
「そうだ。エドじい。実はもう一つ相談したいことがあってね」
「なんじゃ?」
「剣のことだけど――」
と、ミーナがその続きを話そうとした時だった。
「きゃあああああ!」
突如、建物の外から女性の悲鳴が、緊張の糸を引いてここまで響いた。