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英雄(ヒーロー)①

 ジャックが立ち直ってから数日が経ったある日のこと。


「あー······全身いてぇ······」


 そのジャックは机に突っ伏していた。


「身体の内から張り裂けそう······」

「あんた、またやってたの?」

「あぁ······」


 あれからジャックはあの同期の兵士――スライの時間がある度、いつも朝から剣の訓練をしていた。そして今それが終わり、あの部屋で身体を休めているところ。


 そんな、いつしかの誰かのように伏せているジャックへ素気なく、


「ホント、馬鹿ね」

「あぁ!?」


 なんでそんなことやってると思ってんだ、と怒るジャックは、顔だけを素早くその誰かへと向け、机に頬当てながらがなるような声を出す。――が、そんなものには目もくれず、彼女は澄ました顔で本を読んでは、カップで紅茶を悠々と飲みつつ、次に手に入れられそうな魔法の素材を探していた。


 そんな幼馴染を見て、相手にされてないと思ったジャックは「ったく······」と言って、また顔を伏せる。そして、


「はぁ、ほんと俺のあいつじゃ元がハンデ有りすぎなんだって。スライのやつ、なんであんな見た目と違って馬鹿力なんだよ······」


 と、ひとりぼやく。


 それなりに筋力のあるジャックは訓練で酷使した痛みを紛らわせるように拳を作っては広げ、拳を作っては広げを繰り返し、自分の手の調子を確かめる。――すると、


「誰です? スライさんって?」


 ジャックの対面に座る――自分の知らぬ者の名を耳に入れたフィリカが、指を栞にして読んでいた本を一度下ろしては尋ねてきた。


「ん? あぁ、そいつな」


 ジャックは石段の一件から彼女にお世話になったことを思い出し「よいしょ」と言っては上体を起こし、その事も踏まえて答えようとする。――が、それよりも先に、


「彼の稽古相手よ、訓練時代からのね。今は南地区の兵士を担当してるの」

「はぁー、そうでしたか」


 と、フィリカは納得の声を出すが、身体を起こしたジャックは目を丸くしていた。


「あれ、なんでお前あいつ知ってんだ?」

「あなたをここへ呼ぶ前、調べてる内に知ったの」

「ふーん」


 二人が互いに知り合いではないことはこれまでのその練習相手との会話から分かるため、ジャックは、こいつ、また何か企んでんじゃないか? と、自分の幼馴染を不審の目でジーッと観察。――と、その集中を乱す視線に気付いた彼女は本を少し下げると、


「なによ。別に単純に調べてただけよ。だって訓練生時代のあなた達、気っ持ち悪いぐらいいっつも一緒にいたんですもの」

「んな溜めて言うことねぇだろ······」


 ジャックが完全に否定をしないのは改めれば、確かにずっと居た気がする、と思ったからだった。訓練は武器を使った実戦形式もあるため、その彼はそういう相手だったが、そこから昼休みや短い休憩も話すようになるようなる仲に。その間にも色々あったが、それはまた別の話。ともあれ、その彼はお互い兵士になる過程での研鑽し合う仲だった。――のだが、


「へぇ、ジャックさんにそんなパートナーが······」

「その言い方やめろ」

「二人は身を寄せ合うパートナーだったのよ」

「まぁ······」

「ちげぇ! ちがくねぇけどちげぇよ! その言い方マジで誤解招くからやめろお前ら! せめて『肩寄せる』とか『助け合う』にしろ!」


 と、ジャックは必死に抗議の声を上げるが、やはりともいえるここまでの謀略を巡らしていた彼女はもはや本の中。片手サイズの本を左手に、満足気に、優雅に紅茶を飲んでいた。


 このやろう······。とジャックは思うが、もう一つ気掛かりなことが浮かんだためとりあえずはそちらへ。


「ってかフィリカ。“そんなパートナー“って、お前もしかして俺がずっとひとりぼっちだとでも思ったのか?」

「――? はい。やること無い日もしょっちゅうここに来てるので、てっきりそうなのかと」

「ハッキリ物を言いやがる奴だな······」


 あまりに歯に衣着せぬ様子に、もはや怒る気力すらも奪われ項垂れるジャック。そして、溜め息を吐くと徐に顔を上げ、


「まぁ俺は一人で寝るのは好きだけど、人付き合いが駄目ってわけじゃねぇんだって。気の合うのがたまたま同期の中じゃあいつだったってだけでさ」


 すると、フィリカ、


「気が合うのがあいつだけだなんて、まぁ······」

「お前な、いい加減にしろよ? ちゃんと聞け」


 そして呆れたように頬杖をついたジャックは、ほんとこいつミーナに似てきたな。と、またも溜め息。こんなのが増え続けたら俺溜め息しかでねぇぞ? 一体どれだけ俺はこいつらに溜め息をしなきゃなんねぇんだ······。と、ほとほとするジャックだったが、突如本来のことを思い出し「ってかそうだよ」と頬杖をやめる。


「そういえば、俺がここに来なくなってからあの伝言伝えてくれたのそのスライだぞ」


 思い出したのは、あの石段でのこと。


「えっ、そうなんですか?」

「あぁ。たまたま通りかかった時教えてくれた」

「へぇー。じゃあ今度、お礼しなくちゃいけませんね」

「いや別に、あいつはそんな事気にしないと思うぞ」

「えー、そうなんですか?」

「あぁ。そんなことよりむしろ、お前のほうに興味があるみたいだったぞ」

「えっ!? そ、そんな、やだ·····私に興味を持つだなんて······ど、どうしよう······」


 フィリカは頬に両手を当て、顔をふるふるとする。――が、


「そんなんじゃねぇから。お前が何者なんだ、って話だよ」


 と、勘違いする前にそれを告げるジャック。だが、それを口にしてからもう一つ思い出す。


「······あっ、そうだ! それよりフィリカお前、伝言に司令官使っただろ?」

「ん? 使ったなんて人聞き悪いですね。頼んだだけですよ?」

「いや、そうじゃなくてさ、頼むにしても普通あんな上の上官には頼まないだろ。大事なことや緊急なことならまだしも、こんな私情に近い事になんて普通は——」

「私は緊急だと思いましたけど?」


 フィリカは、キョトンとしつつも毅然として言った。

 思わず、ジャックは言葉を詰まらせる。


 一瞬だけ緊張が走る――も、それはすぐ緩み、


「まぁ、ハイゼルさんも喜んでましたし、今回はいいじゃないですか」

「ハイゼルさんって······」


 ジャックはもはや何処から突っ込んでいいのか分からなかった。そしてその時、耳だけはそばだてていたミーナが本に目を通しながら話に加わる。


「いいんじゃない? 司令官が喜んでるのなら」


 ジャックは幼馴染に顔を向け、その本の向こうの彼女に問いかける。


「いいのか? そう甘やかすと、またこいつやりかねないぞ?」

「相手が喜ぶならいいのよ」

「そういうもんか······?」

「そういうもの。だからいいの」

「うーん······」

「いいんですよ」

「お前が言うな」

「それより静かにして、ジャック。読めない」

「嘘つけ、充分進んでんじゃねぇか」

「私も読めません」

「お前、読んですらねぇだろ!」

「うるさいわよジャック」

「いや、だからこいつが······あー、もうキリがねぇ!」 


 思わずひとつひとつ突っ込んでしまうジャック。


 そして、おちょくって楽しそうなフィリカ。

 ミーナも本の向こうでは静かに笑っていた。


 決して賑やかではないこの部屋だったが、徐々にいつもの雰囲気に空気は戻りつつあった。その事は三人が三人共、心のどこかで同じように感じていた。


 と、それを感じつつ、ともあれ一息しては気を鎮めるジャックは、


「それにしても、お前ら本ばっか読んでるよなぁ、疲れないのか?」

「悪いかしら?」

「新しいことを知れて楽しいじゃないですか」

「そうかもしんないけどさ、さっきからずーっと座ってる気がすんだけど。もう少し身体動かしてもいいんじゃないのか?」

「それはあなたが動き足りないだけよ」

「どういう事だよ」

「私達はこれで十分だもの」

「そうですよ」

「お前ら、絶ってぇ動きたくねぇだけだろ······」


 と、それには本を見て返事をしない彼女等。もうどうでもいいって感じだな。と、呆れるジャックは腰を押さえては後ろへ反る。そして「あー、身体いてぇ」と天井を見上げた頃、この身体どうにかならんもんかねぇ、と思った時、ふとあることを思い付く。


「······そうだ、ミーナ。なんかこう、爆発的に筋肉がモリモリになる魔法でもないのか? そしたらこうやって身体を痛める必要も無いだろ?」


 ジャックは身体を痛める――筋肉痛になるのは土台の差による筋肉の酷使だと考えていた。つまり、これはいつまで経っても解消するのか怪しい問題ではないのか、と。


 しかし、そんな安直な考えを諌めるように、


「何言ってるんですか、ジャックさん。いくらなんでもそんな都合のいいものあるわけないじゃないですか。いくらミーナさんでもそんなものは――」

「あるわよ」

「えっ」「えっ」

「近いものなら」

「嘘だろ······」

「あるんですか······」


 予想外の答えに、ミーナを同時に見た二人は呆然としていた。


 すると、彼女は読んでいた本に栞を挟むと徐に立ち上がり、炎の時と同じ――例の棚から薬を取り出すと、それを持ってジャック等の机の前へ。


「これ、あのキノコから作ったもの」


 それを机に置いたミーナは腕を組んで、その薬包紙を見ながら喋る。――と、ジャックはその包みへ無意識に手を伸ばそうとするが、


「······あんた、それでいいの?」


 包みに触れる直前で、ミーナがそう言った。

 ジャックは手を止め、その薬を見たまま耳を傾けた。


「剣が上手くなるわけじゃないのよ?」


 ミーナは、真っ直ぐに彼の眼を見ていた。すると、


「痛いとこ突いてくるな」


 失笑しながら手を引くジャックは、彼女の眼を改める。彼女は目を逸らすことなく、


「当然でしょ。あなたの目指す"強さ"とはちょっと種類わけが違うんだから」


 その言葉は、先日ある決意をしたジャックの芯に揺さぶる言葉だった。そんなジャックは視線を落とし、一人、頭の中で思いを巡らす。しばし長い沈黙が部屋に流れる。


 そして、


「······あぁ、そうだな」


 そう言ってジャックは、包みを彼女のほうへ押し返した。そんな、少し元気を無くす幼馴染の眼を見据えたミーナは、


「ふぅ······」


 安心したように深く吐息。すると、彼女は包みを手に取るとジャックの隣まで歩いた。そして、


「それが分かってるならいいの」


 ジャックの左手を取り、彼女はそこに薬包紙を乗せた。


「使ってみなさい。悪いもんじゃないから」

「······いいのか?」

「えぇ。どうせ近いうち渡すつもりだったもの」

「······そっか」


 ジャックは、手に乗るその薬包紙をしばらく見ては感謝するようにグッと力を込めて握った。そしてミーナのほうを向く。――が、すると彼女は既に、この部屋の小さな鉄鍵と用紙を持って、外出の準備をしていた。


「どこ行くんだ?」

「外よ。その力を試すのにこの場所じゃ不十分だもの」


 と、試せることには嬉しいジャックだが、彼女の魔法がまだ軍では実用化に至ってないのを思い出すと、


「いいのか? 外で魔法なんか使ったら割りと人目につくだろ? 上との支障があるんじゃないのか?」


 すると彼女は、


「平気よ。あなたがいつも訓練してる場所の奥。あそこなら誰も来ないから」

「······あぁ、あそこか」


 目線を上にして、その彼女の言う場所を思い出しジャックは納得。訓練生の時にそこへ立ち寄ることはなかったが、何もないそこを、人がわざわざ立ち寄る場所ではないことも知っていた。


 そしてケープを羽織る彼女。


「フィリカ。あなたも行くわよ」

「えっ、あ、はいっ!」


 二人を静かに見守っていた彼女は、途端に呼び掛けられ、その言葉に従うように慌てて立ち上がった。そして椅子に置いてあったカバンを肩に掛け、急いでミーナの隣へ。ジャックも、立て掛けてあった剣だけを持って彼女等の元へ。


 そうして、三人は部屋を出ようとする。――が、その時「あ、そうだ」とジャックが口を開く。そして、部屋の隅にある(かめ)を指差しながら、


「水、持ってっていいか?」

「好きにしなさい」


 ジャックは近くにあった――手の内に収まる程度の瓶を拾ってはそれに水を入れに。


 ――と、その様子を見守る彼女等。すると、


「戻ってきて良かったですね」


 距離の離れた少年には聞こえぬよう、フィリカがボソリと呟く。そして、そんな隣の彼女を一度見たミーナは、


「そうね」


 と、今度は視線をジャックの背中へ。そして、


「ありがとね、フィリカ」

「ふふっ、私は何もしてませんよ?」

「そうかしら?」

「えぇ、ほんとですよ」

「······ふーん」


 と、そこへ、栓をした容器を持つジャックがやってくる。


「わりぃ、待たせたな。――ん? なんかあったか? 二人して笑って」

「いいえ、何もないわ。――ねぇ?」

「はい。なーんにも」


 そして、目を合わせて笑うミーナとフィリカ。事情は分からないが二人が楽しそうなため、ジャックはそんな彼女等に首を傾げることしか出来なかった。


 と、そんないつかの日常のような雰囲気の中、


「じゃ、行きましょっか」


 ミーナの言葉を皮切りに、三人は部屋を後にする。

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