東雲(しののめ)⑦
「······」
一人の剣の切っ先が、首元で止まっていた。
いつしか雨も勢いを増し、土砂降りへと姿を変え。
「君の筋が悪いとは思わない。だが、まだ荒い。君は彼女の護衛みたいだけど、その腕じゃ、いつかあの子を守れなくなるよ」
ジャックの手には何も握られておらず、握られていたはずの剣は、遠く離れた地面へと突き刺さっていた。外で見ていた彼女等は勝負が決しても、雨で掻き消される二人の会話を、ただ眺めている事しか出来なかった。
「最後、力づくで君の剣を飛ばしはしたが、正直、それまでの攻撃全て受け止めてた事には驚いたよ。本当ならもっと早く決着を着けられると思ってたからね」
そうしてクレスタは緊張を解くと、ジャックに向けていた剣を鞘に収める。
「だからそれに免じて、彼女の事は諦めるよ」
右手を差し出すクレスタ。
だが、ジャックはその握手に応えなかった。
クレスタは、仕方ないか、というように手を下ろす。
「君は良い眼を持ってる。強くなったら······また手合わせ願うよ」
そう言って、クレスタは立ち去っていった。
その跡を、あの彼女は隣へお辞儀をしては追いかけていく。
ジャックは降りしきる雨の中、まだ動けずに、ただ虚空を見つめ、立ち尽くしている事しか出来なかった。
城の角を曲がった所で、クレスタは一人の兵士とすれ違う。
「とんでもない剣だな」
クレスタは立ち止まる。
「あんたがあいつの言う勇者か」
しかし、クレスタは答えなかった。だが、その兵士は続ける。
「手加減しろとは言わないけど、あんま俺の親友をいじめないでくれよ? 案外脆いんだ」
「······すまない。どうも昔の僕と似ていてね。放っておけなかったんだ」
クレスタは先程まで居た場所へと目を見遣る。
そこにはまだ、一人の少年が立ち尽くしていた。
クレスタはそこから、話し掛けてきた兵士のほうへと顔を戻すと、軽く目を伏せるにして、
「······彼を頼むよ」
それだけ言って、城の外へと消えて行った。
憎き相手が立ち去ってからしばらくして、ジャックは地面へと座り、俯いていた。その顔は見えず、月白の髪を伝う水滴はズボンの上へと、ポタッ、ポタッ、と無情にも落ちていた。
「············なんか言えよ」
そして、その側では赤髪の少女が片肘を抱え、言葉を探すような沈痛な面持ちで立っていた。
「······いつもみたいに、なんか言ってみろよ」
だが、それでも彼女は目を逸らすだけで、何も答えなかった。
雨の音だけが、沈黙を支配する。
二人に会話は生まれなかった。
その音だけが酷薄にも流れ、しばらくして、俯いたまま立ち上がるジャック。顔は見せないまま、力の無い、だが普段に近い足取りで、自分の捨てた鞘の元へ向かう。それを拾うとそのまま元の場所へ戻ることなく、今度は剣へ。そしてそれを鞘に収める。
城のほうへ歩き出すジャック。
その際、あの彼女の横をすれ違うが、目を合わせる事なく、顔も見せず、ジャックは通り過ぎる。
城の角を曲がり、ジャックはその誰もいない場所で、一度立ち止まった。そして、そこで初めて歯を強く食いしばると、城壁に手を置き、拳を固く握りしめる。
「············くそっ! ······くそっ!!」
ジャックは彼女から見えない所で、その右手を何度も、何度も強く城へ叩きつけていた。