東雲(しののめ)④
「うっ······うぅ······」
目を開けると辺りは真っ暗だった。ランタンの火が消えたことに気付くミーナは上体を起こす。
「ね、ねぇ、フィリカ······? 大丈夫······?」
震えた声で呼び掛けるが、暗闇には自分の声が反響するだけで彼女の返事はなかった。二、三度同じように呼び掛けるも状況は変わらず。
不安になるミーナは立ち上がって探そうとするが、膝を曲げようとした時、足にズシリとくるような、重りが乗っかるような感触が伝った。
それを、何だろう? と思うミーナは先の状況を途端に思い出す。
確かあの時、フィリカが叫んで視界がぐるりとしたら私は後ろに倒れるように······。と、ミーナはどうしてそうなったのかを想像をし、まさか! と、足に乗る重みへ急いで手を伸ばす。
すぐ柔らかい感触に当たった。
脚の付け根辺りにあるそれは張りのあるようなものではなく、もっと線が細く手を簡単にすり抜け、弾むもの――髪の毛だった。
それが幾度か撫でたことのあるあの髪だとすぐに判ったミーナは、ここにいるのがやはり彼女だと気付く。
「フィリカ······フィリカ······!」
だが、その頭に触れながら呼び掛けるも、返事はない。
嫌な不安に陥るミーナはなんとか状況だけでも確認しようと、腰の革袋から手探りで急いでマッチを取り出す。そしてその時少し痛みを覚えながらも、ミーナは手触りと経験だけを便りに、小さな棒切れを自分の端で燃やす。
薄い明かりが取れ、辺りが僅かに確認できるようになる。が、顔を戻したミーナは絶句する。
「――っ!!」
自分の足元でうつ伏せで倒れる彼女の背中には、数え切れぬ程の黄色いトゲが突き刺さっていた。
朧気な世界の中でそれを見たミーナは、ようやく、あの時フィリカが咄嗟に庇うように飛び出してくれていたことを知る。この小さな身体が、上手に自分への攻撃を全て防いでくれたのだと。
「フィリカ······フィリカ······!」
気の動転したままミーナは彼女の肩を小さく揺する。だが、相変わらず反応してくれる気配はない。トゲが麻痺するだけとはいえ刺さっている量、またトゲそのものが刺さっている事実は怪我と相違ない。それはミーナに、軽い怪我から最悪なケースまでをも容易に想像させる。
「フィリカ、お願い······! 返事をして······!」
血こそ見えないものの、自分の上で全く顔を起こす気配のない彼女に不安は増長していく。そして涙目になってもう一度、
「フィリカ!!」
そう呼び掛けた時だった。
本当に僅かだったが、フィリカの首がくくっと動いた。その微かな振動を受け取ったミーナは、
「フィリカ!」
と、喜びと安堵の声で叫ぶと、脱力しきった彼女の身体を胸まで引き上げ抱き抱える。
「ごめんなさいフィリカ······私のせいで······ごめんなさい······」
半口を開け、虚ろな眼のフィリカは辛うじて首を横へ動かす。だが動いたのは鼻一つ程度。それを見るミーナは「ごめんなさい、無理しないで······」と彼女の頭を涙声で抱く。
その時だった。
「どうした!?」
ガラスの割れる音を聞いて急遽引き返してきたジャックが、二人の元へ現れる。曲がり角の隅でうずくまる二人と、その内の一人――鼻と目元を真っ赤にする幼馴染を見たジャックは、
「おい、大丈夫か?」
と、側へ近寄ろうとする。――が、
「だ、だめ!」
声を潜めてだが、震える強い声でミーナは静止を呼び掛けた。目を少しだけ見開いて足を止めるジャックに、ミーナはすぐその理由を話す。
「カヤクダケがまだそこにいるかもしれないの。フィリカ、こうなる前『少し魔物が』って言ってて······だから、複数居るのかもしれない······」
魔物が『トゲを飛ばせば逃げていく』という情報があるとはいえ、それら全てがそこに居ない可能性を否定できなかった。
また、自分が攻撃を受けたのはランタンの明かりがあった時――まさに、今ジャックがこうしているような状況だったと、ミーナは思い出していた。
「······だから少しだけ、離れた場所で待ってて」
フィリカが最悪の事態でないことを把握したミーナは少しだけ落ち着いていた。そして既に、ここからフィリカとどう安全な場所へ移動するかに頭を巡らせていた。当然、ジャックの力を借りることを最初に思案していたが、万が一にも二度目の被害を受けた時、全滅してしまう恐れがあるため破棄を選んでいた。
盾を持っていればすぐにでも状況を打開できるが、急いで引き返してきたジャックがいま持つのはランタンのみ。故にミーナは、フィリカを乗せたままこの状態で手足を少しずつ動かして、彼のほうへ移動することにする。
ミーナは薄い明かりの中、数歩で行けるところを身体を引きずるように少しずつ進んでいく。ジャックは曲がり角の先から死角になる場所へ明かりを置いて、逸るように手を伸ばしては待機していた。そして、その手が届く場所まで来ると彼はフィリカを引っ張り、その移動を手伝った。
「はぁ、はぁ」
短い距離とはいえ慣れぬ動きに疲労のミーナ。だが息が整うよりも先に、フィリカを受け取ったジャックのほうへと這うように近寄った。
「ねぇ。フィリカ、大丈夫?」
彼は彼女を横向きに寝かせ、容態を見ていた。
「多分な。医者じゃねぇから断言は出来ねぇけど、刺さる具合や出血具合――少し血は出てるかもしれないけどそれが服に染みてない辺りだけ見れば大丈夫だ」
「本当?」
「あぁ。俺等の声にも反応はしてるから意識はあるみたいだし、本当に麻痺で動けないだけって感じだ。早めに城へ運べば問題ないと思う」
「そっか······」
素人とはいえ、信頼できる幼馴染のその診断を聞いたミーナは「良かった······」と、ようやくちゃんとした安堵の声を漏らす。
「普通これだけ刺さってたら相当な痛みなんだろうけど、それもトゲの麻痺で誤魔化されてるんじゃねぇかな」
と、少し感心の声で、フィリカの背中を服の上から見ていたジャックは上体を起こす。――と、今度は視線をミーナの方へ。
「お前は? それ以外ねぇか?」
「えっ? あっ――」
最初、彼が何を言っているのか分からないミーナだったが、その視線を追い、ようやく初めて自分の状態に気付いた。膝の上に置いた右手の内から垂れるように血が滴っていた。手を持ち上げ、他に怪我がないことを確認するミーナはそれを近くで見る。手のひらが赤い線を作り、真っ直ぐに切れていた。
「ガラスで切ったのかしら? 痺れもないし······」
「浅い傷かもしれないけど帰ったら見てもらえよ? 一応」
「うん」
それを手の汚れてない部分でミーナは一拭き。血は止まりかけてはいるものの染みるような痛みが走り、後にジンジンとした痺れにも似たものが脈打つように手に残る。
だが、それだけ。
それ以上その痛みについて何とも思わなくなるミーナは、曲がり角で倒れる――割れたランタンへ目を移す。そして、あれが自分の物で良かった。と、やや場違いながらに思うと視線をさらに横へ。
「拾ってくるか?」
と、その視線を追っていたジャック。そこには気絶した魔物がまだ変わらずに横たわっていた。彼の言う通りミーナはそれらを拾っておきたいと思うが、
「······いえ、一旦戻りましょう。今度でいいわ」
やはり大事なのはこちらだった。
以前ならこのような状況でも取りに行きたいと思うミーナだったが、あの日――あの火山でのことを教訓のように抱えていた。自分勝手なだけの欲によって、誰かの命が疎かになるのはあってはならない、と。
そんなミーナを、異論を唱えることなくそっと見つめるジャックは「そっか」と頷いた。
ミーナは、虚ろな目をする少女の顔に自身の顔を寄せる。
「フィリカ、もうすぐ城へ戻るから。あと少しだけ我慢して。――ジャック。この子は私が背負ってくわ。あなたは盾があるだろうから。ただ、最初背負うのだけ、手伝ってくれる?」
と、右手の怪我を見せるミーナに、ジャックは「あぁ」と返した。
そしてミーナは、フィリカの傍へ膝をつくように座る。その頼みに従い、ジャックはトゲに触れぬようフィリカの両脇を掴み、持ち上げようとする。――が、その直前だった。
「······」
突如、遠くを見て半口を開けたままのフィリカが、その口を必死に震わせ動かそうとした。
「お、おい、フィリカ?」
「どうしたの?」
幼馴染の動揺した声に、早くしてよ、というように斜め後ろを見るミーナだが、
「フィリカ!?」
音にならない、ひゅーひゅーと息が漏れるようなその訴えを目にして思わず声を上げる。ジャックも、容態が急変したのではないかと不安の色を浮かべた。そのジャックがフィリカの上体を慎重に素早く起こしては、そして軽く揺する。
「おい、フィリカ大丈夫か!?」
すると、
「······」
その呼び掛けに、寸前まで今にも死の間際を彷彿とさせるような息だったフィリカが途端に嘘のような落ち着きを見せ、今度は「はい」と言いたげな息でゆっくり二回吐息。加えて、何度もゆっくりながら首を縦に。
焦点は相変わらず怪しいものの、自分達の声に対する確かな反応を見せる彼女に、思わず顔を見合わせる二人。
「大丈夫、なのか?」
「だといいけど······」
すると、それに応えるように、
「······」
なんとか動かした「は」の口を震えるように横へ引っ張るフィリカ。次の形はやや不完成ながらも、その彼女の自己申告も確かに平気を伝えるものだった。
二人は深く胸を撫で下ろす。
「はぁ······ったく紛らわしいな、こいつ」
「ほんと······。でもよかった······」
「ホントに大丈夫なんだよな?」
ジャックは念のため確かめるも、虚ろな顔のフィリカは先と同じイエスの反応。今度は鼻で溜め息を吐くジャック。
「ならいいんだけど。けどどうしたんだ? 急に」
「ねぇ、ホントに。――どうしたの?」
だが当然、彼女は答えられるはずもなく二人は困惑。
「コンタクトで分からないのか?」
「難しいと思うわ。この状態じゃまともに魔力も使えないだろうから」
「うーん、そっか」
しかし一応、ジャックと対の位置へ移動したミーナはコンタクトの発動を試みていた。ジャックと同じように上体を支えながら、フィリカの手を握り「コンタクト、できる?」と声を掛ける。が、やはりしばらくしても魔力の変化はなく、それを感じ取るミーナは「やっぱり難しいわ」と首を横に。
ミーナが逆からフィリカの上体を支えていたため片手分ほど余裕が出来ていたジャックは「そっか」と、予想はついていてもやはり右手で頭を掻いた。
「まぁいいや、とりあえず戻ろうぜ。早いとこ医者に見せたほうが安心だろうし」
「そうね。本当に急変なんてしたら大変よね」
と、二人は戻ることを改めて言う。――が、その時またしてもフィリカが何かを訴えるように速い息を発しては首を左右へ動かす。またしても二人は焦りを見せる。が、ほんの少し前とまたしても全く同じやり取りとなり、それには流石の二人も違和感を抱いた。
「フィリカ?」
「こいつ遊んでんじゃねぇよな?」
「まさか。私じゃあるまいし」
冗談で言ったつもりはないのだが、ミーナのそれには何か言いたげな顔を見せるジャック。――が、それは今は口にせず、少しして顔を戻すと「うーん」と目線を上げ、それをまた元のほうへ。そして、
「じゃあ、このまま取りに行けって言ってんじゃねぇか? そこん魔物」
「馬鹿じゃないの。そんなわけ――」
と、ミーナは言うがフィリカのほうを見ると、彼女は縦に頭を動かそうとしていた。ジャックは「ほら」とミーナを見る。自然、ジャックに向けて言った言葉がフィリカにも向けての言葉となりバツの悪くなるミーナだが、
「駄目よフィリカ。今はあなたが心配なの」
そのことが間違いじゃないと自分に言い聞かせるミーナは、叱るようにフィリカへそう言う。しかし、フィリカは首をなんとか横へ振って、黙ってはいるものの言うことを聞きたくないというような、駄々をこねる子供のような否定をしようとする。
「フィリカ」
ややキツく言うもののそれは変わらず、ミーナは埒があかないと思うと「もう無理にでも連れていくわよ」と言おうとした。――と、その時、それより先に、ある事に気付いたジャックが口を開く。
「ってかさ、なんでこいつ、こんな魔物を持ち帰ることに必死になってんだ? お前じゃあるまいし」
一言余計なんだけど。と、ミーナは彼を睨んではそう思うが、
「確かに、言われてみればそうね······」
そもそも悪いのは私の不注意だし、この子に責任はない。いや、仮に責任をフィリカが感じていたとしてもここでこんな駄々をこねる子じゃない。そう思ったミーナは、左手を自分の口元へ当ててはその意味をさらに思案。
そうすること十数秒。
「安全にいける術がある、とか」
ミーナは呟いた。すると、
「······」
逸るような息を見せるフィリカ。それが急変ではないと分かるジャックは「マジか」と声を漏らした。ミーナも彼女の意思が分かり「やっぱり」とやや笑顔を見せる。が、顔をジャックに移すと、
「······けど、どうやって?」
「知るか······フィリカに聞けよ······」
肝心の内容はフィリカの頭の中だった。連れて帰ろうとしていた二人だが、すっかり彼女の言いたいことを考えていた。
「盾持ってこいって事か?」
「だったらわざわざここで引き止める?」
「あー、そっか。じゃあ、また石を投げるとか」
「それじゃあトゲの危険性は消えないわ」
「んー、お前がサーチ使うとか。いるかいないかくらい分かんだろ?」
「分かんないわよ。魔力が跳ね返ってきても、それが何を写してるか全然掴めないもの」
「むむむ······」
ジャックはそれ以上の手が見当たらず消沈。ミーナも考えを逡巡するも、彼と同じく浮かばず撃沈。そして二人に、やはり帰るのが先か、と考えが浮かんだ時、またしてもフィリカが口をなんとか動かそうとしていた。
「フィリカ?」
彼女は口の形を丸く開けて、息を三回、ふっ、ふっ、ふっ、と発する。
「フィリカ?」
「何か伝えようとしてるのか?」
首を縦に振る彼女は、その後も同じように三回リズム良く息を吐く。二人はしばらく、そのフィリカの様子をジッと見る。
「うーん、何かしら?」
「さっぱり分かんねぇな······」
「『お』の口には見えるけど······」
「お?」
それを聞いてジャックは悩ましげな顔。
だがすぐに「あっ」と閃く。
「もしかして『ほ、の、お』って言ってんじゃねぇか?」
「炎? どうして?」
「さぁ、分からないけど」
「そうなの? フィリカ」
彼女は口を閉じると頭を下に下げる。すると今度は二種類の口に変わる。「う」と「あ」の口だった。
「つた?」
「イーリアの森か?」
「何かヒントになるものあったかしら······?」
「お前が引っ掛かったのとか」
「なんでそれがヒントになんのよ」
「いや、フィリカに聞いてねぇと分かんねぇって」
と、二人はフィリカの顔を見るが、彼女は首を横へ振る。
「ほら、みなさい」
「うーん、違うか······」
「当たり前でしょ。とはいえ、じゃあ何なのかしら? うた?」
「歌えってか?」
「そんなわけないわよね」
「声で反応するならお前が俺を止めた時、トゲが飛んでるはずだもんな」
「そうよね······」
と、二人はまた考え始めるが、
「まぁいいや。どうせ二文字だしこうなったらローラーだ。――フィリカ。俺がその行の言葉一つずつ言ってくから、それに当たったら息でも何でも反応を――」
と、ジャックが手当たり次第進めようとした時だった。
「待って」
ミーナが引き留める。
「もしかして『ゆか』じゃないかしら?」
「ゆか?」
「地面よ」
すると、フィリカが肯定するように息を荒げた。
「合ってるみたいね。ってことは············あぁ、そっか」
ミーナはようやく思いついた。
「見えなくても良かったのね。曲がり角なら」
「――? どういうことだ?」
「炎を使って、向こう側の敵を攻撃すればいいのよ」
「でも、炎は使えないんだろ?」
「いえ、少しなら使えるわ。ランタンの灯りほど大きさで、炎を床に這わせればいいの」
「そんなので倒せるのか?」
「別に倒す必要はないの。トゲさえ飛ばさせればいいんだから」
「あぁ、なるほど」
「最初に攻撃を受けたのはランタンの灯だったわ。でもその後マッチを燃やしたけど攻撃は受けなかった。きっとランタンほどの明るさに反応するんだわ」
「そういうことか。――それで合ってるのか? フィリカ」
彼女は速い息をしつつ、ゆっくり首を縦へ。
「合ってるみたいだな」
と、ほくそ笑むように片頬を少し上げるジャック。
そして、最後の決定を上司に委ねるように、
「――で、こいつすぐ連れて帰るのか? それとも取りに行くのか?」
「······取りに行くわ。私もそれなら確実にいけると思うし、何より――」
ミーナは、虚ろな眼のフィリカを見る。
――こんな状態になってまでこの子はこれを伝えてくれた。
その彼女の想いを反故には出来なかった。当然、一度悩みはしたものの『大丈夫』と言う二人の言葉を信じてミーナは決断を下す。
「この子の為にも、絶対取りに行くわよ」
ミーナの決意した顔を見るジャックは「よし」と言うと、フィリカをゆっくり横向きに寝かせる。そして立ち上がると、
「トゲが飛んだら俺はあの倒れてる奴だな。炎をある程度広げたと思ったら合図頼むな」
それに「えぇ」と返したミーナは、横になったフィリカに「ごめんなさい、フィリカ。すぐ終わらせるから待っててね」と言葉を残し、彼女の土で汚れた頬を少し拭う。フィリカは口角を少しだけ上げた拙い笑みを返していた。
立ち上がったミーナはすぐさま腰の革袋から小瓶を一つ取る。そしてそのヒイラギの実のように赤く染まった液体を口へ。開ける時、少し血が瓶の縁に付き鉄の味がしたものの、ミーナは構わずそれを一口でゴクリと飲み込む。そうして、曲がり角の縁――奥から死角になる場所へと二人は立った。
「いいかしら? 敵の爆発が一回とは限らないわ。私がある程度飛ばせたと思うまで絶対に出ちゃ駄目よ?」
「分かってるよ」
「じゃあ行くわよ。······あっ、そうだ。あとランタンも拾ってくれる? ガラスの破片は大きいのだけお願い」
「あいよ」
「······集中してる? 床は私達を攻撃した魔物のトゲがあるんだから、拾うとき気を付けてよ?」
「分かってるって」
と、必要以上に念を押すミーナだが、一応は気を引き締めた顔の彼を見ると、
「いくわ」
曲がり角の先へ出ないよう右手を伸ばした。
足元から、蝋燭のような小さい炎だけが向かいの壁へ、まるで一つ一つ並べたように現れ始める。坑内が全体的に薄っすら明るくなった。――が、状況にまだ変化はない。
そのためミーナは魔力を操り、曲がり角の先へとその炎を移動させていく。その蝋燭は床を滑るように、二人の視界の外へと消えていく。
と、それからすぐだった。
次々と鳴る爆発音。それは一度ならず、四度ほど鳴った。
坑内の至る所で何かの当たる音。ミーナ達の前にもその要因は弾丸のようになって現れていた。が、真っ直ぐに飛ぶそれは、向こうからは死角の位置に背中を付ける二人には、決して当たることはなかった。
それが消えてもう一度ミーナが魔法を操る。
しかし、今度は爆発音は鳴らない。そして、
「今よ」
その声を受けたジャックは壁から背を離し走り出す。そして魔物の元へ辿り着くと鳥の両足を掴むようにモンスターの足を掴んで逆さに持ち、一度引き返すとそれをミーナに渡した。そして、彼は残りの物を拾いに。
ちょっとした中型犬のような、重みのあるそれを受け取ったミーナはそれを持ってフィリカの元へ駆け寄った。
「見て。やったわよ、フィリカ!」
見えているかは怪しいものの、ミーナはフィリカに見せるようにそれを掲げる。彼女は少しだけ笑ったような顔をしていた。と、そこへ、
「やったな」
ランタンの回収を終えたジャック。ミーナは「ありがと」と、革袋に畳んで入れてあった少し大きめの革袋を彼に渡す。そして、手に持つ魔物を見ながら、
「じゃあ、この魔物が目覚める前に帰りましょうか」
「そうだな。フィリカの容態もあるしな。······ん?」
と、袋に壊れたランタンを入れるジャックは、フィリカのほうへと視線を移す。すると、先程まで目を開けていた彼女は安心したようにすっかり目を閉じて、寝息を立てていた。
二人は少し呆れたような微笑で息を吐く。
「······今回は、全部この子のおかげね」
「あぁ、そうだな」
「大した子」
「頼もしいやつだよ」
そうして、幼馴染に魔物を渡したミーナは気を失ったフィリカを背負い、来た道を戻っていった。