勇者パーティ現る⑤
一行は桟橋の前に立って、別れを挨拶していた。
「僕等はここに数日滞在して、次は君等の国へ行くつもりだ。だから近いうち、また会うかもしれないね」
「会ったって何ももてなさないわよ?」
「構わないよ。用事はその先――海の向こうだからね」
村長への報告の往復で、彼等は少しだけ打ち解けていた。三人がウィルドニアから来たことも、彼はその時に聞き、知っていた。
「その前のちょっとした息抜きさ。余計な気遣いはいらないよ」
「ふーん、そっ。まぁそれでいいならせいぜいゆっくりしてったらいいわ」
「そうさせてもらうよ」
クレスタの軽く笑ったその言葉で、話は一段落。――したと誰もが思った。が、彼はミーナに向け突然こんな事を口走る。
「ところで君、僕等と来る気ないかい?」
「えっ?」
彼以外の全員が目を見張った。その言動は仲間さえも予想範疇を越えていた。その驚きのあまり、
「ちょっとクレスタ本気?」
思わず見兼ねたユーイが割って入る。しかし彼は悠然とした調子で、
「だってユーイも見ただろう? あの炎。どういう種かは知らないけど、あんなの僕等誰にも出来ないよ。だからもし彼女が仲間になってくれたらとても心強いと思うんだ」
「た、確かにアレは凄いと思ったけど、だからってこんな幼いのを······」
味方にコロボックルという小柄な少年がいるにもかかわらず、ユーイはミーナを仲間に入れることに抵抗があるようだった。――が、そんな彼女の反対は関係なしに、
「悪いけどお断りするわ」
ミーナが、まだ話し合いをしていた二人を遮るように言葉を被せた。
「私にはまだこの二人とやる事があるの。ゴメンなさいね」
虚を突かれたクレスタは目を丸くしていた。――が、隣のユーイはどこか安心と「ほら見なさい」と言わんばかりの冷笑。そして、
「あら、振られたわね」
と、鼻で笑う。それに続いてシェリエとコロボックル。
「はやかったですね」
「最速じゃない?」
クレスタは仲間のからかいに「君等ね······」と横目で苦笑。だが、落胆する様子でもなかった。そして微笑の張り付いた元の表情へ戻るクレスタは、ミーナのほうを向き直る。
「そっか。まぁ残念だけど、でもキミならいつでも歓迎するから気が変わった時はいつでも言ってくれ。今度の息抜きも含め、また立ち寄ることもあるだろうから、その時にでもね」
「意外とあっさりね」
「引き際と思ってるだけさ。別に諦めたわけじゃない。君が来てくれるなら毎日お願いしに行ったっていいよ」
「あら、情熱的ね」
「それくらいのつもりってことさ」
「ふーん。まぁ気持ちは嬉しいけどそれだけ受け取っておくわ。私、しつこいのは嫌いなの」
「ははっ、だと思ったよ」
軽く息を漏らすように笑うクレスタはミーナを指差すと、隣のユーイを見て「君に似てるね」と、そっと言う。ユーイは「全然似てないわ」と気の抜けたように素っ気なく返すと身体を翻し、後ろへ下がった。
と、そんな二人のやり取りを見ていたミーナはふと、その隙間を使って静かに自分達の後方へ目を移す。すると、
「まぁ、この辺にしとこうか。あまり待たせちゃ悪いからね」
その行動で胸中を察したクレスタが、ミーナの向いた方向――水馬のほうを同じように目線で指しながら言う。顔を前へ戻していたミーナは「そうね」と返した。
そうして、クレスタが仲間を代表するように一人一人と握手を交わす。
「また会いに行くよ」
だが、ジャックと握手をする時だけ彼は軽く顔を寄せ、耳元でこう囁いた。
「君にもね」
ジャックは眉を顰めたが、何も返さなかった。
そうして、挨拶を終えたクレスタ達は馬車へ乗り、先に村へと戻って行く。それを見送るミーナ達もやがて桟橋から、水馬と繋がる木船へ乗り込んでいく。ミーナから順に一番最後はジャック。――と、その際、
『君は何故、魔物が絶えないか考えたことあるかい?』
ジャックは不意にその言葉を思い出し、後ろを振り返った。ムスリカ村へ続く獣道を、あの馬車はまだ見える位置で走っていた。そして、その小さくなる馬車を睨むようにジャックは見据えると、
――んなの、考えたこともねぇよ。
と、心で一人に吐き捨てては、船へと乗り込んだ。
川を下るにもかかわらず、船はあの陽が射し込む穏やかな森の中を、行きと同じゆったりとした心地よさで、今日のことを振り返るためのように緩やかな時間を与えていた。
足を抱えるように座って、青葉が作り出す船上の影を見ていたフィリカは、行きと違い横座りをしていたミーナへと尋ねる。
「そういえば、今回は魔物を倒しても何も無しなんですね」
船上には人ひとり隠れられそうな布袋にたんまり入った薬草が置いてあったが、それ以外は行きと同じ、四人の人間以外には何もなかった。敢えて付け加えるならミーナの腰に、なんとか重みを感じさせるほどの金貨入りの革袋が追加されてることぐらいだった。だが、その袋を携えるミーナは、
「そんな事ないのよ?」
と、フィリカの問いに優しく答える。
しかし、足を抱える手を組んだままのフィリカは、疑問を乗せた顔だけをミーナへ向けると小首を傾げた。ミーナは、川にまたがる木々からフィリカへやんわり目を移す。そして、
「グリフォンの羽根は矢や服に。肉は食料にもなるし、爪やくちばしなんかは薬にもなるのよ」
と、穏やかな口調でそう言った。フィリカは「へぇ、そうでしたか」と感心の声。だがすぐに「あれ?」と、また首を傾げる。当然の疑問があった。
「でも私達、道中に置いてきちゃいましたよ? あの魔物」
それらしいものがないとでも言うかのように、フィリカは船の上へ視線を巡らせる。するとミーナは微笑んで、
「だってほら、せっかくの船が汚れちゃうじゃない」
それがこの船の持ち主のためなのか、自分の行き来にそんなのを乗せたくないからなのか、はたまた自分を思ってそうしてくれたのかは分からなかったが、恐らく最初のは気にしているのだろう。と、フィリカは思った。
「ムスリカ村へ彼等が一度運んでおいてくれるみたいよ。血抜きやら処理までしてね。だから今日帰ったら軍に手配して、明日腐らないうちに取りに行く事になってるの」
「そうでしたか。というより、あの人達はそこまでしてくれるんですね」
「村の食料と矢を作る分だけはその代わりに欲しいと言われてるけどね。······でもまぁ、それでもどうにも釣り合わないとは思うけどね」
「ですよねぇ」
「ともあれ、その辺も踏まえて処理しておくから残りはお好きに、だってさ」
「へぇ、なんかとことん変わった人達ですね」
「ホント。人としての欲が無いみたい」
「悪い人等ではなさそうですけどね。疑っちゃいそうです」
「ふふっ、そうね。でも今回彼等のおかげで楽に終えれたんだから感謝だけはしておきましょ」
「はい、そうですね」
そうして、微笑の二人の結果報告会は終わる。
森の奥から温かな風が吹いて、ミーナの留めた後ろ髪がそっと揺れる。――と、その時ポチャンと小石が落ちたような音が二人のの後ろでした。フィリカが船縁から覗くと、船と並ぶように水の中を一匹の小魚が泳いでいた。
「はぁー」
フィリカはそれをしばらく眺める。しかし、
「ん? あっ、だ、ダメです! あぁ! あぁー! あぁ······」
悠々と泳いでいたその小魚は、どこからか突如現れた一回り大きな魚に食べられてしまっていた。その始終を見ていたフィリカは思わず変な声が。――と、その事情を知らない、目を瞑って声だけを聞いていたミーナは苦々しい顔の目を開ける、
「あんま顔出してると危ないわよ?」
と、軽く忠告するように言う。すると、いつの間にか新しい魚が来てそれに夢中になっていたフィリカは顔をミーナへ向けると、
「大丈夫ですよー。だってほら——」
と言って身体を起こす。そして、こちらに向け背を見せて横になる兵士のほうを見ては、
「あんなんですから、きっとモンスターも寝てますよ」
と、楽しげな口調でそう言う。それを聞いたミーナも今しがたのことは忘れ、自然と表情が緩むと、
「······ふふっ、そうかもね」
と、笑った。
それから二人は、一緒に川を覗いて楽しげに話していた。
「あっ、見て見てフィリカ。あれ」
「ん、なんですか? あの魚」
「ウナギよ」
「えっ! こんなとこにウナギっているんですか!? それに初めて見ました!」
「あらそうなの? じゃあフィリカこれは知ってる? ウナギって焼いて食べたらすごい美味しいらしいわよ」
「そうなんですか!? 初耳です! じゃああれ捕まえて食べましょう!」
「いや、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど······。それに血に毒があるからちゃんとそれを処理して······って、あっ、こら! ······もう、危ないじゃない。あんま手伸ばさないの。落ちるとこだったじゃない」
「いや、だってー」
「だってじゃないの、もう······。街にもそういう店あるから、今度この報酬で食べに行きましょ」
「えっ、いいんですか!?」
「えぇ。一応は私達の報酬だもの。好きにして問題ないわ。後で両替して三人で分配しても食べるくらいは出来るから、だから今は眺めるだけに――」
「はい! わかりました!」
「······はぁ、もう」
ジャックはそんな二人の会話を、ギシギシと木のひしめき合う船の上で、目を瞑りながら聞いていた。