勇者パーティ現る④
勇者等はクレスタを先頭に武器を構え、襲来するグリフォンに備えていた。
「シェリエは飛んでる奴を。僕とユーイ、グールは地に墜ちたやつだ。コロはグールの後ろで援護。相手の方が数は一枚上だ。後ろを取られないようにいくよ」
彼がそう発破をかけると、彼の仲間は口を揃えて返事をした。
手始めに、後方左側からシェリエが弓を引く。狙いは群れの先頭にいるグリフォンだった。彼女は自身の背にある木筒から矢を一本取ると弦と共に引いて狙いを定める。そして、パシュッ、という風切り音を奏で、勢いよく矢を放った。
そこまでの動作は全く止まることなく、端から見ればいい加減なものに見えたが、その放たれた矢は見事にグリフォンの右翼へと突き刺さった。たった一本、それだけで翼をやられたグリフォンはバランスを失い、たちまち墜落。
クレスタ達がそこへと駆け始める。
だが、エルフの彼女だけは動かなかった。彼女は今度は二本の矢を取っていた。片膝を前へ伸ばすように腰を少し落とし、上体を反らす。そしてそのまま弓をやや斜めに構える彼女は、その態勢で二本の矢を放った。すると、矢はどちらも全くブレることなく真っ直ぐ、空を射抜くツバメの如く、斜めに並ぶ敵へと命中。
絶命にまでは至らないものの、やはり先と同様墜落。
そして彼女は腰を起こすともう一度矢を放つ。残りの敵には一本ずつだったがそれを二、三度。瞬く間に空を飛んでいた敵は居なくなった。
「すごい······」
いつの間にか馬車の横脇へと移動していたミーナの、思わずこぼれた感嘆の声が耳に届いた。アイツまた勝手に前来やがって、とジャックはそちらをチラと見て思うが、それ以上来ないとわかるとまた前線へ視線を戻した。
彼等は墜としたグリフォンと戦い始めていた。
その中で最初に目に付いたのはあの、ミーナへ挑発をしていた獣人のユーイだった。彼女は槍を持って、鋭いくちばしを振り下ろすグリフォンと戦っていた。
くちばしは彼女の頭へ食い付くように、狂気のように何度も振り下ろされる。だが、彼女はそれらを紙一重で交わした。
そしてグリフォンがやや大きめ振りかぶって、深く頭を振り下ろした直後。それを待っていたかのように彼女は宙返りで素早く躱し、その場で高く飛び上がった。菫の髪が垂れ、華やかに舞う。
その髪を身体を捻って持ち上げる彼女はその勢いを使って、真下を通過するグリフォンの頭へ向け、持っていた槍を針の如く伸ばす。
グリフォンの脳天へ槍が突き刺さった。
槍が刺さったままのグリフォンは糸が切れたように大地へ倒れ、そのまま二、三度足をばたつかせると、それ以上動かなくなった。槍を一度手放し、宙へと舞っていた彼女はその亡骸の側へ降り立つと、敵が絶命したのを、彼女元々の冷めた眼で見下ろしては躊躇いもせず、槍を引き抜いた。些か血が飛ぶが彼女に付着することはなく、彼女は槍に付いたその残滓も、槍を一払いしては振り落とした。彼女は次の敵へと向かっていく。
ユーイが幾つかいる敵の影へ消えると、ジャックは、それ以上は追えないと思い、陣形の対になるほうへと目を移した。グールが戦っていた。
巨体の彼は、その全身包まれた漆黒の鎧で、鋭い爪やくちばしを(ことごとく)く受け止めていた。その鎧の硬さ。敵のくちばしが欠け始めているのが見えた。――と、その時、彼の後ろに居た少年がファニーバッグから取り出した何かを投げる。すると、グールは自分の視界を腕で覆った。
少年の指笛が鳴ると同時、刹那、強烈な光が辺りへ広がった。
だがすぐにまた元の景色へと戻る。若干、眼を細めたジャックが再度見ると、変わらぬ光景が広がっていた。全員戦いを続けていた。しかしその中、グールの前のそのグリフォン一体だけが彼よりも大きな巨体をユラユラと揺り動かしていた。敵が閃光を目の前で浴び、視界を奪われたのだとジャックは分かった。
グールはその隙を見逃さない。彼は背中の大斧を手に取ると、それを地面低くから天へと掬い上げるように振り抜く。その力任せに放たれた一振りで、馬よりも大きいであろうグリフォンの巨体は胴から真っ二つになり、瞬く間に肉塊へと変わった。
「グール、ナイス!」
後ろに隠れていたコロボックルが彼の背中を勢いよく叩く。叩かれたグールは後ろを見て黙って頷くと、再び前を向いた。そして、二人して奥――ユーイのほうへ加勢に。
圧倒されるジャック。だが、そんな目立つよう倒された二体とは別に、あの三人によって視界が開けたことで、ジャックはようやくある異常さに気付く。
その彼の異常さに。
彼は剣一つで、とても普通に見える戦いっぷり。あくまで普通に見える。それが異常というのはいうのは、彼がジャックと同じ大きさの長剣たった一つで、二体のグリフォンと戦っているからだった。仲間は誰も加わっていない。エルフの彼女でさえも。
ウザったいほど眩く光る黄金の鎧とは裏腹に、目立たない――至って地味で普通に見えるほどに、彼の動きは無駄がなかった。
その彼――勇者クレスタは鋭い爪やくちばしを剣でいなしては避け、時には上体だけを反らし、グリフォン共の猛襲を躱していた。たまに前後左右へステップを踏むもそれもあくまで最小限。顔や鎧のギリギリを敵は通過する。
ただそんな中でも、彼の微笑は崩れない。
それが余裕の現れに、ジャックには見えた。そして、その口角が上がった笑みとは別に、彼の眼は虎視眈々と、そのタイミングを伺っているようだった。
そしてその時は突如訪れる。
二体のグリフォンが同時にくちばしを振り下ろす。それを見た彼は一体を剣でいなし、もう一体を頭を屈ますように前へ躱してはその首元へ入った。そして彼は素早く、弧を描くように剣を振り上げた。
グリフォンの頭が高く跳ね上がった。
しかし彼の動きはまだ止まない。
それが落ちるよりも早く――頭を無くした巨体が倒れるより速く振り返ると、いなされ態勢を崩していたもう一体の胴へ彼は剣を突き刺した。脇から斜め上へ刺された瞬間、グリフォンは絶命した。それはジャックにも分かった。断末魔を忘れた亡骸から剣を引き抜く彼は振り返り、仲間の元へと歩いていく。
二つの巨体が彼の居た場所へ倒れる。
するとその傍らへ、宙へ飛んでいたあの頭が落下した。仲間の亡骸をクッションにして転がったそれはそのまま地面を転がり、まるで元の身体へ吸い付くように、斬られた後を感じさせないように、己の本来あるべき場所へと綺麗に収まった。
ジャックは畏怖にも似た寒気を覚えた。
まるで、彼がそこまで意図して作り上げたようだったから。言葉も出なかった。だが、それとは裏腹に、目の前の惨状とは別の身震いもしていた。
――すげぇ······。
ジャックはあの気に食わない存在に、昔、街のほとりから見たような――そんな純粋な感動を与えられていた。悪い奴へ正面から向かって行きやっつける、そんな、あの日見た兵士のような彼に。
ジャックは奥歯を噛み締め、強く拳を握った。己の弱さや嫉妬、羨望の織り混ざった、濁った色だった。そうしていると、勇者を除く四人がまた一体グリフォンを片付け、いよいよ残りは一体となっていた。
「よし、残りはこいつだけだ。ここで仕留めるよ」
五人は、最後のグリフォンを囲むように立っていた。だが、彼が檄を飛ばした瞬間だった。グリフォンが身体よりも大きな――埃で汚れた焦げ茶の大きな羽を羽ばたかせた。しかしそれは逃亡を図るものではなく、砂を巻き上げ、彼らの視界を塞ぐため。
「くっ······!」
全員が動きを止め、警戒しつつ煙が引くのを待った。――が、まだ晴れ切らぬ砂埃の中、勇者が気付く。
「しまった! どこだ!?」
クレスタの頭上を影が通り抜ける。
グリフォンは跳び上がり、彼等の包囲網を抜けていた。そしてその敵が向かう先は馬車――ジャック達のほうだった。
「おい、マジかよ······」
誰か仕留めてくれるのでは、と一瞬願ったが、ジャックは敵の後方へ目を移すと誰も間に合う気配はなかった。あの弓を持つ彼女さえ、まだ煙の中。
自身の後ろに守るべき者がいるジャックは、襲ってくるグリフォンと向き合うしかなかった。剣を構え、先の彼等の動きと、兵士になるまでの鍛練を思い出す。――が、ジャックはふと気付いてしまう。自分はただの兵士だったのだと。
手が震えていた。
武者震いもあるが、ジャックのそれは、ほとんどが不安や恐怖を織り混ぜたものだった。
これまで命の危険はいくつもあったものの、それでも、真っ向から自身より遥かに大きな敵へ立ち向かうのはこんな怖いものなんだと、初めてジャックは知る。
またあの時、彼等に感動を覚えてしまったこと。それは即ち、自分がまだそこへ到達していないことの裏返しでもあった。だから尚の事、ジャックは自分がまだ未熟であることを嫌でも思い知らされ、それがまた拍車をかけていた。だがしかし、
――何やってんだ、俺······! ドラゴンのほうが断然怖かったろ!
ここでは絶対に引けない。と、ジャックは柄を強く握り直し、自分をキツく叱っては奮い立たせ、その『怖さ』を無理矢理にでも押さえ込む。やはりここで引くのだけは自分の矜持が絶対に許さなかった。
そのうちに、グリフォンはもう近くまで来ていた。
蹄は鷲のようだが、馬のような脚で駆けるグリフォンは、肉を容易く抉れるだけのくちばしをこちらに向けていた。
いよいよジャックは覚悟を決め、固唾を飲んだ。
次第に縮まる距離。
ジャックは先の勇者の動きを思い出す。
――あいつみたいに、一撃で仕留めれれば······。
だが、動きこそ似せれれど、あれと同じことが出来るとは到底思えなかった。だからジャックは多少の怪我を覚悟で、せめて相手に致命傷を作ることだけを狙う。すれ違うように、くちばしの横から縦に振り下ろすようにして。
きっと直後に、自分の身体は弾き飛ばされるだろう。
だが、それで動きが止まるなら――と、ジャックはその動き(イメージ)を限りなく確実に近く出来るよう、全神経を手足の先まで集中させ、虎のように見据えた。
そして、自分の思う距離まで敵が来ると、一歩、地面を抉る勢いで前へと跳んだ。
ジャックは自然と叫んでいた。
「おおおおおおおぉ!!」
そして剣を振りかぶり、その鳥頭に向け、剣を振り下ろそうとしたその時だった。
炎が――ジャックの横を通り抜けた。
何処からともなく現れたその炎は、瞬く間にグリフォンの巨体を包み、両者の進行を止めさせた。立ち馬のように足を止めたグリフォンはそのままにしばらく、その場で暴れ回った。
ジャックは数歩退いて、その様子を見守った。
炎が、薄い羽の部分から徐々に焼けていく。そして本体も同じようにパチパチ音を立てると、巨体はそれに耐えられなくなり、やがて倒れた。だが、猛炎はまだ止まない。
グリフォンが身体をバタつかせ、数秒後だった。
猛炎の中の影は動かなくなった。
すると、嘘のように炎も消えた。そこに残っていたのは、あのグリフォンの形をした黒い塊だけだった。肉の焦げた匂いが、少し辺りに漂った。
ジャックは剣を右手に持ったまま、ゆっくりと後ろを振り返った。馬車から少し離れた所で、空の小ビンを持ったミーナが左手を前に突き出していた。
やがて彼女は手を下ろし、平然とした顔で言う。
「悪いわね、あなたの晴れ舞台奪っちゃって」
そして、お得意の顔は見せなかった彼女がジャックの元へと歩いてくる。――と、そこへ、前線で戦っていた五人も早足でやって来た。
「すまない、僕等とした事が······」
「いや······」
「それにしても――今のは君かい? 面白いもの使うね」
彼はジャックのほうではなく、ミーナのほうを見た。ミーナは「えぇ」と、何でもない調子で返事をした。すると「へぇ、そんなの初めて見たよ」という、クレスタの感心の籠った言葉を皮切りに、
「私も初めて見ました」
「やるわね。子供だと思って舐めてたわ」
「凄いね、その炎!」
勇者一行はミーナの周りに集まって、興味津々で彼女に話し始めた。その中でも一番に興味を持っていたコロボックルは、ミーナの手を触ってはあらゆる角度から観察していた。自分だけのものを持つミーナは、まんざらでもない様子だった。
それを見たジャックは誰にも気付かれぬよう、そっと静かに踵を返し、後方の馬車へと身を引く。そして馬車の横へ来た頃、ちょうど、外の歓声を聞いたフィリカが出てきたところだった。頭に荷台の草がついていた。
「終わったみたいですね」
「あぁ」
ジャックは、彼女の頭についた草を取りながら素っ気なく言う。
「ありがとうございます。――ん、どうかしました? 片付いたんですよね?」
「あぁ」
またしても素っ気なく言いながら、ジャックはその草を地面へ捨てた。するとフィリカは、
「じゃあもっと喜びましょうよ。無事終わったんですから」
彼女の言うことはもっともだが、やはりジャックは素直に喜べなかった。だが、ここでこいつに変な気を遣わせてもな、と思うジャックは、
「······あぁ、そうだな」
無理をして微笑を作った。それでフィリカは安心した。そしてジャックとハイタッチをして、彼女は瞬く間にミーナの元へと駆けて行った。風の子のようだった。
いつもならここで自然な微笑と溜め息が出そうなものだったが、やはり、ちっとも嬉しくない今のジャックにとっては、仮面を被るよりも難しいことだった。
――俺は、何をしにきたんだろうな······。
蟠りを持った一人を置いて、こうして任務は無事終わりを迎えた。