勇者パーティ現る③
出発を阻まれたジャック達は、村長の家へと戻って来てはあの土間で話を話をしていた。だが、村長の話相手は村の入り口でジャック等に発言をした、あの金鎧の男――青年だった。
「突然押し掛けてすみません。僕はタルバスカ王国から来た『クレスタ』と言います。想像はついているかもしれませんが、僕等もそこに居る彼ら同様、馬車を護衛するために来ました」
「ほぉ、それはそれは、どうもありがとうございます」
昨日とは違い、深々と頭を垂れ、柔和に感謝を述べる村長。だが彼はすぐに申し訳なさそうな、些かの困った顔をした。
「ですが、私共お恥ずかしながら、これ以上お金に余裕が御座いませんでして、果たして報酬をいったいどうしたら良いのやら······。もし許すのであれば、お二方で報酬を折半という形をとってもらえるのが、私は一番助かるのですが······」
と、村長は視線を向けるのも躊躇うように、ミーナとその男――クレスタを順に見た。すると、その彼がミーナのほうを見るまでもなく、顔色一つ変えず「そこは構いません」と答えた。そして、
「報酬は全てこの者達に与えて頂いて」
彼と彼の仲間以外の全員が一斉に目を見張った。護衛を請け負うと聞いていた者からしたら信じられない発言だった。すると村長が、
「い、いや、それは流石に······」
あまりの動揺に言葉を詰まらせた。そうしていると、またしても彼は「ただ、その代わり」と、毅然と言う。あまりの発言に村長は、もしや村など、もっととんでもないものを請求されるのでは。と、逆に少し身構えてしまったが、それは杞憂だった。
「僕等はしばらくこの辺りを回りたいと思ってまして、その休憩場所としてこの村を使わせてもらませんか? 食事と寝る場所は自分達で用意しますので、ちょっとした場所をお貸し頂けたらそれ以上は何も要りません」
村長は飛び出そうなほど目を見張った。耳を疑った。当然、それは聞いていたジャック達も。
「な、なんと······! そ、そんな事でよろしいのですか!?」
「はい、もちろんです」
彼は微笑の浮かべた、悪意のない顔で答えた。
「あ······ありがとうございます······!」
村長は彼に、額が床へ付くほど深々と頭を下げる。手が感激のあまり震えていた。
一方ジャック達は、目の前にいるその二人のやり取り――突如現れた男の嘘偽りを感じさせない様子に眩しさを覚えながら囁き合っていた。
「おい、こいつら何者なんだ······?」
「知らないわよ。とにかく眼が痛いわ。キラッキラして······」
「聖人君子でしょうかね······」
そうして三人がヒソヒソと土間の左側で談義していると、クレスタのすぐ後ろに立っていた仲間の、槍を持つ巨乳の女が口を開いた。
「いいのよ村長さん。彼は『勇者』として当然の事をしているだけだもの」
『勇者』という言葉にジャック達は思わず顔を見合わせた。
「だから、気にすることないのよ」
そう言われるとより恩を感じ、村長――ミゲルは再び頭を下げた。――と、その時だった。木の床へ座る村長と話すために、腰を少し折るように屈んだ彼女の胸の谷間が、ジャックには目に入った。
ジャックはそれを、表情の変わらぬままでしばし横目で見ると、ふと、隣にいるミーナの胸と比べた。すると小声で、
「······しばくわよ?」
その視線に気付いていたミーナが、ジャックを、拾うのも汚らわしいゴミでも見るかのように軽蔑して睨みつけていた。ジャックはその刺さるような視線に、つい顔を逸らす。偶々逸らした先にいたフィリカも同じ目をしていた。両腕を組んで、その大きさを悟られないように。
と、そんな不毛なやり取りを端でしている内に、彼等の話は少し進んでいた。
「それじゃあ、少ししたら出発にしましょう。いいですよね?」
と、聖人君子が言うと村長は同意して「よろしくお願いします」と、また頭を下げた。
村長の家を出ると彼等は、一緒に居たミーナ達に声を掛けてきた。
「すまないね。君達の仕事を奪う真似して」
「別に片付くのなら何でもいいわ。それより、よっぽど自信があるのね」
「あぁ、もちろん。じゃなきゃ、あんなことは口走らないさ」
と、やや行き過ぎた自信に満ちた言葉とは裏腹に、腰に剣を携えた彼はまた、あの村長に見せていたような優しい笑みを浮かべる。風になびく彼の金色の髪と茶色の瞳は、白い太陽と青空が良く似合った。常に口角の上がったその端正な顔立ちは、例えるなら、いかにも『好青年』といった感じだった。
「そういえば自己紹介がまだだったね。聞いてたかもしれないけど一応」
彼は自分の胸に右手を当てる。
「僕はタルバスカ王国から来た『クレスタ』。勇者を名乗らせてもらってる。まぁ、人助けを主にしている。――ほら、君等も自己紹介を」
そして、後ろを振り返ってはクレスタが仲間に促す。彼の後ろに居た仲間――その四人は順に、簡潔に名乗った。
「槍使い。獣人の『ユーイ』よ」
「エルフの弓使い『シェリエ』です」
「錬金術士の『コロボックル』。僕は普通の人だよ」
だが、最後に名乗った、キャスケットを被る少年の斜め後ろにいた大柄な、頭から足の先まで黒の鎧に包まれた巨体は何も話さなかった。名乗らぬことを疑問に思い、ジャック達がその突っ立ったままの巨体へ不思議の目を向けていると、代わりにクレスタが紹介に入った。
「あぁ、彼は寡黙な人間でね。巨人族のガーディアン『グール』だ。喋らないのは許してくれ」
すると、大きな斧を持った彼はその巨体を少しだけ傾け、お辞儀をした。自己紹介が嫌だ、というわけではないのがその丁寧なお辞儀からジャック達にも分かった。
そして、五人の自己紹介が終わると、ミーナを先頭にこちらも自己紹介をする。
「私はミーナよ。科学者をしてるわ」
「兵士のジャック」
「司書のフィリカです。よろしくお願いします」
と、一部誤りはさておき、突然、それを聞いた彼の仲間が声を上げた。
「司書? そんなのがこの仕事引き受けてるわけ?」
菫色の髪で褐色肌の彼女――ユーイの小馬鹿にするような言葉に、クレスタは少し眉を顰め「ユーイ」と窘める。が、彼女は止まらなかった。
「それに黙ってたけど、ほら——」
すると、前に出た彼女は、ミーナの胸を黒のカットソー越しに乱暴に掴む。そしてその胸を揉みながら、
「全然子供じゃない。あなた達みたいな子供はまだ家で寝てればいいのよ。どうせ力も知れてるわ」
そう言いながら自分の胸を揉む彼女に、ミーナは一瞬たりとも眼を逸らさず相手を睨みつけた。後ろのフィリカは顔を赤らめ、胸を隠すよう身体を背けていたが。
と、見兼ねたクレスタが溜め息を吐く。そしてユーイの肩を掴むと「やめないか」と叱りつつ後ろへ引っ張った。そして彼は微笑を苦笑へ変え、非礼を詫びるように目をやや伏せる。
「······彼女が失礼した。気を悪くしたなら謝るよ」
彼にそうさせた張本人はそっぽを向いて、反省の色を感じさせない冷めた表情をしていた。
そんな彼女をミーナはまだ睨め付けていたが、目の前の彼から申し訳なさが伝わると仕方なく目を逸らした。鼻で息を吐いて気を和らげるも、まだ口が少し尖っていた。
「······まぁいいわ。それじゃあ仕事の話をしましょう」
許しのようなそれを聞いたクレスタは肩の力を抜くと表情を緩ませ「悪いね、助かるよ」と元の微笑のような顔へ戻した。そうした頃、ミーナは服の左へ出来たシワを直しながら、彼の顔を見ずに言う。
「――で、戦うのは全部あなた方に任せていいのかしら? 戦闘が得意のように見えるけど」
ミーナは、彼等の持つ武器とその消耗具合(コロボックルが何かは判らなかったが)、バランスの取れた編成からその戦闘経験を読み取っていた。そして、その経験もあるからこそ、この自信が現れているのだろうとも考えていた。ちなみに彼の答えは、
「あぁ、もちろんだ」
と、読み通り――変わらずの自信に満ちたものだった。彼は続けてこう言う。
「だから、誰かが敵を発見したら大声で報せてくれるだけでいいよ」
それは親切と取れる発言で、また彼の様子も他意を感じさせないものだった。しかし、
「そう。じゃあそれは私達がやるわ」
まだ敵愾心が完全に消えきっていなかったミーナはそう言った。彼の仲間のその彼女にあのようなことを言われて、素直に指を咥えて見てるのが何より癪だった。また元より、何もせず報酬だけもらって帰るのは自分の性ではなかった。
そんな為にもならない想いを胸中に抱くミーナだが、それはさておき、クレスタは「ん?」と首を傾げていた。誰でも出来ることを何故わざわざ、と疑問に抱くのは当然だった。
「別にいいよ、僕等で。それくらい面倒ともなんとも思わないなら——」
「私達なら」
彼の言葉を遮るように、ミーナは食い気味でそう言った。そして少し顎を上げ、やや細めた深紅の眼で彼を見る。
「馬車で離れててもすぐ伝達できるわ。素早く、聞き間違いなく、より正確に」
クレスタは、へぇ、というようにやおら目を見張る。そしてすぐに、その茶色の瞳を真面目なものにした。ミーナのそれが虚勢か本物か、そのどちらにあたるかを確かめる眼だった。
「······それは、本当かい?」
「えぇ」
「興味深いね。どうやって?」
「秘密よ。私達がここまで来れた理由だもの」
「なるほどね」
それだけで、ミーナの自信が嘘で無いことを感じ取った彼は、その眼を緩めた。――元の好青年の調子に。
「じゃあ、そこは君等に任せるよ」
「えぇ、承ったわ」
そして、見張りの仕事を請け負うミーナ。······なのだが、自分達の秘密にこそ興味を持ったものの全く動じないクレスタ含め仲間の様子に、やや不満が生じていた。しかし、それはちっぽけなことで、わざわざ自分から打ち明けるほどのものでもないと思うと、ミーナは顔を明後日ほうへ逸らし、口を少し尖らせるだけにした。
その時だった。
「何か不満かい?」
クレスタからの思わぬ言葉に、ミーナは初対面の者が気付かぬほど僅かに目を見張った。すると、微笑が貼り付いたような彼はミーナが返事をするよりも前に言う。
「そうみたいだね」
それを聞いたミーナは眉根を少しだけ寄せ、一人で納得する彼に、
「さぁ、どうかしら」
と、横顔を見せたまま目も合わせず、意地を張るように言った。すると、
「その口はそうは見えないけどね」
と、少しだけ、ふふっ、と笑って彼は言った。
それによって、自分が口を尖らせていたことを自覚したミーナは、反射的に口を引っ込めた。が、それをした瞬間に当然、ミーナは、しまった。と思った。それこそ証拠にしかならなかったから。
どこか悔しい気持ちになるミーナは口を尖らせないよう、結んだ口のままで、彼の方へと目をゆっくり滑らせる。どうせ嘲笑ったような顔でもしてるだろう。と、ミーナは思っていた。だが、彼は変わらずの微笑だった。責めるような目でも小馬鹿にするような目でもなく、まるで「分かってる」と言わんばかりの、年上の、安心感さえ与えるような柔らかな目。
その悪意のない人らしい温かささえ感じる笑みに、他人が分かるはずもないこの自分の心を見透かされてるようで、ミーナはとてもやるせない気持ちになった。そしてつい視線を落とし、目を左右へ振った。
クレスタはこれには何も言わなかった。
すると、その時だった。
「なぁ」
それまで黙っていたジャックが口を挟んだ。ミーナはその少し苛立ちの籠った彼の言葉に目を見張った。また、クレスタも突然の乱入に目を丸くした。
そんな二人の驚きを他所にジャック言う。今度はいつも通りの気だるさを感じさせる語気だった。
「その馬車の担当だけどさ、俺とフィリカが前でお前後ろな」
「えっ?」
「よく考えたら後ろより前のほうが楽そうだろ。だったら俺そっちのほうがいいんだけど」
「べ、別にいいけど······。でもそんなのどうでもいいじゃない。なんでそんなこと――」
「どうでもいいなら何でもいいだろ。それで決まりな」
と、らしくなく半ば強引に意味も分からないまま決められ、ミーナはいつものように怒れず、やや困惑した。
そんな二人のやり取りをクレスタは、先のミーナに向けていた眼で見ていた。しかしすぐ、二人が気付く前にその眼を戻すと、また元の微笑で話に加わった。
「まぁ、その辺のことは君等で話してよ。――仕事のことはこの辺でいいかな? 僕等もこっちでその振り分けを話し合おうと思うんだけど」
ジャックのほうを向いていたミーナは、本来の話し相手である彼のほうを向き直ると、
「そ、そうね。それじゃあ今決めた形で行きましょう」
するとクレスタは「あぁ」と言って、握手を求める。その差し出された右手にミーナも社交辞令で応じる。
「それじゃあよろしくね。お互い全てが無事に終わるように」
と、祈りのような言葉をクレスタは放つと、ミーナのほうを真摯に見る。それは同じ目的を達する者への敬意だった。
クレスタはそれをジャックにも向けた。――が、一瞬不敵に笑う。本当に一瞬で、気付いたのはジャックだけだった。しかし、その不快さにジャックが眉を顰める頃には、彼は既に、フィリカのほうを見て、ミーナに向けた真摯の微笑をしていた。
それを終えると、
「じゃあ、また後で」
と、彼は手を放した。ミーナも、
「えぇ、また後で」
と、淡々と業務的に返す。
そうすると、軽く会釈をするクレスタは仲間を引き連れ、馬車の方へと去って行った。それを見送ると、
「じゃ、私達は出発までゆっくりしてましょ」
「え、いいんですか?」
「だって、あぁは言われたけど改めて確認する事もなくなっちゃったし」
と、ミーナはジャックのほうを見る。彼はまだ去っていった勇者のほうを見ていた。相手を警戒するような眼で。
その黙っている彼を、フィリカはしばしジッと見ると、
「そうですね」
と言って、ミーナの方へと顔を戻す。が、ミーナは既にそこに居なかった。「あれ?」と虚を付かれたフィリカが左右へ首を振ると、昨日のように一人また何処かへ歩き始めていた彼女を見つける。フィリカは「ちょっと待ってくださいよー」と叫びつつ、その彼女の後を追いかけていった。
すると、少し前のことが嘘のようにこの場は、やけに静かになった。そして、そこへ一人取り残されていた少年は、
「······勇者ねぇ」
と、つまらなそうに、鼻を鳴らすように、不満気に呟いていた。
三十分後。彼等は各々、幌馬車の中で配置についていた。
クレスタが御者と最後の確認をする。
「もし奴等が現れたら、馬車を停めてください。後ろに下がっていてくれたら後は僕等がやりますので」
「わかった。よろしく頼むよ」
そうして、彼が幌の中に入るのを確認した御者は馬に跨ると「では、出発する」と脚を入れた。馬が進み出し、馬車がガタガタと木の乾いた音立てながら村を後にする。
出発して間もない頃、フィリカは幌荷台の前方で外へ眼を向けながら、隣にいるジャックへ話し掛けた。それは好奇な興味ではあるが、彼女が些か気になっていた、出発前のやり取りでの事だった。
「ジャックさん。なんであの時あんなこと口にしたんですか?」
少し顔を向けるフィリカに対し、隣のジャックは眼を合わせることなく、いつもより気の抜けたような鈍い反応で言う。
「あんなこと?」
「コンタクトの件ですよ。前がどうで、後ろがどうとか。ミーナさんも言ってましたけど、別にどっちでもいいじゃないですか」
「······何でもいいだろ」
だが、彼の視線は無意識にまた、右側――荷台の奥に座るクレスタの方へ向いていた。フィリカはそれで察する。
「······あぁ、あの人が前に行くと予想してたんですね」
図星だったが、その事で相手にする気のなかったジャックは動揺もせず、変わらずの気の抜けた、つまらなそうな調子で言った。
「だったらなんだよ」
普段ならフィリカは笑って茶化すとこだったが、彼の横顔に見える右目が(別に怒ってないものの)それを受け入れようとしてなかったため止める。ただその代わり静かに、
「······嫉妬ですか。ジャックさんにもあるんですね」
ジャックは何も答えなかった。実際そうであったが。
ジャックは、幼馴染の感情を容易く見抜いた青年をどこか近付けたくなかった。自分達だけのことを徐々に奪われるような、そんな気がしたから。
またその一方で、自分の知っている癖はそんなものだったのかと、ジャックは軽く自分に失望していた。
そんな、彼の胸中までは知る由もないフィリカは、もしかしたら頭でも捕まれるんじゃないかと覚悟していたが、いよいよそうならない様子を見ると「ふーん······」と言って、役目に集中していないジャックから前方へと視線を移す。
「別にいいんですけど。話したい時で」
フィリカは、それ以上の詮索をしないことを明言した。
すると沈黙が流れる。
馬蹄の音と、轍に揺れる木の車輪だけがその隙間を埋めようとする。だが、それでも、ジャックはこの場に居たたまれなくなった。そして立ち上がると、
「······あと、任せるわ」
そう言って、フィリカが返事をするよりも前に、幌の奥へ入っていった。
幌の中は「広い」とは言えないものだった。荷の間に少し身体を挟むスペースがあるだけ。現に入り口付近の彼女――白に近い金色の髪をしたシェリエが、村で採れた野菜の袋と薬草袋の間に収まるように眼を瞑って横座りしていた。弓矢は側に立て掛けてあった。
ジャックは、その彼女をチラとだけ見ては一番奥へと向かう。と、一番奥に着く手前で声を掛けられる。あの青年――勇者だった。
「彼女、一人にしていいのかい?」
ジャックは、彼のほうを見る事なく奥へと進んだ。そして、袋と後方の側板にあった隙間へ辿り着くと話す気はなかったが「あぁ」と言って、そこへ腰を下ろしつつ、
「あいつら優秀だし、俺は今回、とことん役に立てないからな」
と、嫌みっぽく返した。ジャックの座る右側――薬草袋の向こうにい彼は「そっか」とだけ言った。
ここにもまた、沈黙が流れた。
だが、先の自分を慮ってくれる相手とは違い、他人の彼にはどう思われようとジャックは構わなかった。敢えて言うなら既に嫌悪を抱きつつもあった。より構わなかった。
とにかく、そんな黙っているのが肯定されそうなこの場所で、ジャックは、渦のような床の木目を見ながら整理しきれない心中と向き合っていた。
――情けなくないか、こんなこと。
クレスタに向けての嫌みを含めての事でもあったが、ともあれジャックは、さっきの自分はとても小さく、みっともない人間だと思っていた。私情で、同じ目的を持つものを遠ざけようとするなんて、と。
ただ、悩ませていたのはそんな嫉妬だけではなかった。
さっきあの時「いいよ、俺等だけで」と形だけでも口に出来なかったこと。場の流れで言えなかったことのもあるが、それでもジャックは言えなかった。
ドラゴンの時と違い、やはり今回は相手を倒さなければならない。昨日からその敵との戦い方をまだ見出だせてなかったジャックは、彼等が現れたことで実は少し安堵していた。ミーナと同じで逃げる事には自信があったが、彼女等を守りながら一人剣で真っ向から戦うとなると話は別だった。
ジャックにはまだ、それが出来る自信がなかった。
しかし、勇者達の腕をミーナが想像した通り、ジャックもあの時それを端で感じては思っていた。彼等なら無事済ませるんじゃないか、と。
だから、実際彼等の戦いぶりを見たわけでもないのに、心だけでなく実力のほうでも自分の弱さを感じていたジャックは、少しだけ一人の時間が欲しかった。
ただ――その反面、誰かに話したかった。自分のその弱さを知って受け入れて欲しかった。その片鱗をフィリカは掬おうとしてくれたのだが、ジャックは、どうしてもあの身近な二人に見せるのだけは躊躇われた。特に、幼馴染には。
誰も見ていない事に安心して、ジャックは弱々しい物憂げな眼をしていた。
すると、その時だった。
「君は兵士だったね」
袋越しに、またあの声がした。特に話す気はなかったジャックだが、この距離のため、彼の言葉は嫌でも届いた。
「······あぁ」
別にお互い見えてないのだから答えなくてもいい気はしたが、それでも無視するのは負けた気がして、ジャックは答える。しかし当然、そこから会話は始まる。
「じゃあ魔物と戦うのが仕事ってわけだ」
その当たり前の言葉に、ジャックは答えなかった。
しかし、袋の向こうの彼は続ける。
「懐かしいな。僕も昔は国に仕えて戦ってたよ。毎日のように魔物と······」
と、自分の生い立ちを語り始めるのかとジャックは思ったが、クレスタは「まぁそれはいいんだけどさ」とその話を止めた。袋越しの彼から溜め息が聞こえる。すると、
「君は何故、魔物が絶えないか考えたことあるかい?」
彼は唐突にそんなことを言い出した。
「いや······」
やや驚き、些か興味の動いたジャックだったが、ぶっきらぼうに短く答えた。袋越しの彼は「そっか」と言った。そして、
「まぁ、僕等が旅をする理由になるんだが」
と、彼はまた一人でに話始めた。鼻を膨らまして聞くつもりなど毛頭ないジャックだが、耳だけは傾けた。
「僕等は、ただ意味もなくモンスターを倒してるんじゃなくてね。モンスターが何処から来て何処で増え続けるのか、それを突き止めては絶つために、世界を回ってるんだ」
「······へぇ、ホントに童話にでもいそうな勇者だな」
「そうさ」
「ふーん。――で、この世界にその根源が在るとでも?」
「僕はそう考えている」
「魔物だって生き物だろ? 俺等と同じよう住処でも作ってんじゃないのか?」
「一部はそうだろう。けど、僕等は世界各地を回ってるが、いつまで経っても新しい魔物には会い続けるのさ。魔物は元々、馬や家畜同様、そこまで種は多くないってのに」
「······どういうことだ?」
それまで馬鹿馬鹿しく聞いていたものの、彼が何を言いたいのか見え始め、ジャックはいつの間にか真剣に耳を傾けていた。
「生物分類学的に言うなら『属』より上は沢山あるものの、『種』は少ないってことさ。今回はよく知られているグリフォンのようだけど、そこに異種的要素が加わると新しい魔物になるわけさ」
「異種的要素?」
「あぁ。普通のグリフォンは鋭い爪だがそこに毒が加わってたり、鳥と馬のフォルムに加え、蛇のような噛みつく尻尾がついていたりってことがあるんだ」
「······それはもう別の魔物じゃないのか?」
「そう思うかもしれないが違うんだよ。色や微妙に形の違うケースは多々あるが、明らかに基盤はグリフォンなのに別の能力があるのさ」
全く想像もつかないジャックだったが、そんな奇妙なことがあるのかと、言葉を失くした。そうしていると、クレスタが「だから」と続けた。
「もし君の言うよう、魔物も住処を作ってそこで生きていると言うのならば······これはただの自然では説明し切れないと思わないかい?」
途端、目が覚めるような衝撃に打たれるジャック。ふと、ミーナと再会した日の事が甦る。それは魔法に関するミーナの『栄養論』だった。
――本能が『不必要な部分』は吸収しない。
当然『それが人に限ったことではない』ことにジャックは気付く。そして同時に、もしかして、と戦慄する。そんなことをするのは幼馴染だけだと。そんなことを考えるのは幼馴染だけだと、ジャックは思っていた。
しかし当然、幼馴染であるはずはない。
それは誰よりも、ジャック自身が深く分かっている。
だが、幼馴染の証明はその可能性を強く示していた。魔物へ『不必要な部分』を吸収させる。また彼女はあの時『肉体改造』についても述べていた。もしそれが可能ならば······。と、ジャックが思った時だった。
「魔物ってのは学習はするものの、知性が高いわけじゃなくてね」
と、それを裏付けるようにクレスタが話し始める。ジャックは自分の憶測と答え合わせをするように、後に続く彼の言葉に耳を貸した。
「つまりさ、僕等はこう考えているんだ。基盤となる魔物に別の魔物が加えられているんじゃないかって、意図的にね。そんなことが本当に出来るのかと思っているけど、色々可能性を潰した結果、やはりそれが一番近いという結論になった。······ここまで言えば伝わった思う、僕等が旅をする理由は。
「······あぁ」
「ただでさえ魔物は厄介なんだ。それなのに普通よりも凶悪な亜種なんて増えられたら溜まったもんじゃない。君も兵士なら分かるはずだ。だから僕等はその諸悪の根元――亜種というものを生み出してる存在を――」
と、二人の熱が乗り始めていた、その時だった。
「皆さん! 敵です!」
二人の会話を遮るほど緊迫した声でフィリカは叫んでいた。間もなく馬車が止まり、ジャック達は身体を持ち上げる。ジャックから全員の姿が見えた。
フィリカが報告を続ける。
「後方から六体、グリフォンがやって来たそうです! まだ遠くですが、間違いなくこちらに向かっていると!」
するとクレスタは、その彼女の言葉を確かめるよう幌を少し開けて外を覗いた。そして「はやいお出ましだね······」と呟くと、薬草袋にもたれさせていた自身の剣を取る。その剣を取るとあの微笑をジャックに見せ、
「良いとこだったが、話はまたいつかだ」
と、言った。そしてクレスタは「行くよ、シェリエ」と、彼の向かいやや右手にいた彼女に声を掛ける。いつの間にか眼を開けていた彼女は「はい」と、横にして置いていた弓矢を手に持った。
それから彼等はシェリエを先に、馬車のから駆け出すように出て行く。その間際、
「ジャック······だったね。念のため、そこにいる御者を守ってくれるかい? 兵士として」
と、クレスタは言った。彼のことはどうもやはり好かなかったジャックだが「あぁ」と、毅然と返した。
彼等が出て行ってすぐ、ジャックも剣を持ってフィリカのほうへと行った。すると、役目を終えたフィリカが尋ねてくる。
「ジャックさん、私はどうすれば――」
「お前は中で伏せてろ。もしもの時だけでいいから」
と、それでミーナの指示もそうであったことを思い出すフィリカは「わかりました」と頷いて、その言葉に従った。フィリカは薬草袋の隙間に隠れていた。
ジャックは外へ出て、馬車の後方へと向かう。少しして、そこへ御者を連れたミーナが合流。
「大丈夫か?」
「えぇ。この人が焦って転んだくらい」
と、ミーナは顔で、後ろの馬車を担当していた御者を指す。四十路程の無精髭を生やした彼はジャックと目が合うと、擦りむいた膝をチラと見せ、頭に手を当てて照れるように少し笑う。ジャックはつい苦笑いをした。それが子供が走って擦り剥く程度の、本当に大したものでないと分かったから。
ともあれ、
「まぁいいや。俺はここにいるから影に隠れてろよ」
と、ジャックは真面目ながらも軽い調子で、自分より後ろへ居るよう二人へ促した。二人は幌の中には入らなかったが馬の側で、前方の御者同様、幌の影に身を隠しながらこちらの動向を見守っていた。
ジャックはそれを横目で見ると、まぁいっか、と思いつつ、後方――勇者達が構える方へと視線を移す。そしていつでも戦えるよう剣を左手に持ちつつ、
「後は、あいつ等に任せるか······」
と、陣形を整え、敵を迎え撃たんとする彼等を、虎視するようにジッと見据えた。