赤い髪の(小)悪魔⑦
「ふん、まぁいいわ。じゃああんたはその実でも絞っててもらおうかしら」
ミーナは偉そうに(ここの責任者なので普通なのかもしれないが)そう言うと、頭巾ほどの大きさの布をジャックに勢いよく投げつける。ジャックは、自分の胸に当たって机へ落ちたそれを拾い上げながら、
「んだよ、ったく。折角やる気になってんのに雑に扱いやがって······」
と、文句を口にする。が、一度やると口にした手前、言われたことにはちゃんと取り掛かろうとする。地味に偉いが、もちろん誰も褒めてはくれない。ともあれ、作業へ取り掛かったジャック――もとい、取り掛かろうとしたジャックは机の上の実を見ては疑問を抱き、その手を止めた。そして少し悩んでは、作業を再開していた彼女に尋ねる。
「なぁ、この実、全部絞るのか?」
リンゴよりやや小さいその透明の実は全部で八個。どれも大きさはほぼ均一で傷や汚れも一切無い。蛇足だが、逃げる途中ミーナが食べた分を含めると、全部で九個の実を取っていたことになる。
ともあれしかし、どちらにしろ量としては多いのでは? そう思ったジャックは故に尋ねていた。――と、その判断は正しく、
「いえ、とりあえずは半分でいいわ」
ミーナの目算でも、そこまでは必要ないだろうと思っていた。それを聞いて、ジャックはもしもの懸念を払拭。「あいよ」と言って実を絞ることに専念する。
――と、今度はジャックと入れ替わるように、次は黒髪の彼女がミーナの隣へやってくる。
「ミーナさん、私はどうしますか? これ、終わりました」
擂り棒の入った小鉢を両手で大事に抱えるフィリカ。
「ありがと。それじゃ、次は記録を取ってくれる? 使った量や材料とかのね。既に使ったのは私が口頭で言っていくから、その記録もして欲しいわ」
「はい、わかりました」
指示を受け取るフィリカは小鉢を、ミーナが作業をしている机へ置くと、部屋の端に備えてある紙と羽ペンを取りに行った。
その間にミーナは、街で買っておいた残りの材料を準備。大きな茶色の紙袋から、小さな木箱や麻布の袋、小瓶に入った紫の液体や細かく刻まれた葉などが次々と出てくる。そして、それらをそれぞれ小さな陶器へ適当に移すと天秤に乗せ、正確な重さを量る。その横で、筆記道具を手にしたフィリカが記録を始めていた。
――と、ここで、
「そういえばミーナ、ふと思い出したんだけどさ」
「なに?」
「なんでドラゴンのいたあの火山で、『コンタクト』した俺の魔力が十分ぐらいで切れるって分かったんだ?」
実と布を洗って、絞り汁を入れるボウルを用意したジャックが、一つ目の実を絞りながらミーナへ尋ねていた。彼女は、計量する目を逸らさずに答える。
「あぁ、あれね。フィリカも覚えておいて欲しいんだけど」
フィリカはメモを取りながら一言「はい」と返事。ミーナは続ける。
「訓練さえ積めば、魔力の全体量はその人に意識して触れれば分かるようになるの」
「へぇー」
「それで『コンタクト』の魔法は、相手の魔力と自分の魔力、その圧力を最初だけ等しくしないといけないのね。いつもは私が合わせてたからあなたは全く気にしてなかったと思うけど」
「確かに。ただ魔力を流すだけでいいと思ってた」
「でしょ? で、その二つ――最初に触れた時に知る全体量と、あなたから流れる魔力の圧力で、空になるまでの時間を計算して導き出せるってわけ」
「はぁーん、なるほどね」
と、納得したジャックは、その頃、実を一つ絞り終える。布を開くと、葡萄の皮に似た外身がそこに残っていた。
「これどうする?」
「それはここに入れといてちょうだい」
「あいよ」
ミーナが滑らすように渡した銀の皿に、ジャックはその残滓をひっくり返す。それでもくっ付いたままの皮は、手で一つ一つ丁寧に剥がして。――と、そんな思ったより細かい作業にジャックが手こずっていると、
「ミーナさん。その『コンタクト』での圧力を合わせるっていうのは難しいものなんですか?」
記入を終えたフィリカが顔を上げ、天秤と睨み合っているミーナへ質問。ミーナはそのまま、
「そうね······相手と並走するイメージかしら。それか相手と手を合わせて、均衡に押し合っている感じね」
「へぇー。ちなみに、ジャックさんがミーナさんに合わせる事は出来るんですか?」
「出来ないこともないけど、最初合わせるのに魔力を多く使うだろうから推奨はしないわ。足の速い人に遅い人が合わせるようなものだから」
「なるほど。じゃあ例えばですけど、お互い圧力を弱めて、それで一致させたらより長く使用出来るのでは?」
「そうね。『コンタクト』はその最初に決めた圧力で魔力を消費し続けるから、そこを調整出来たら長くは出来るわよ」
「ほぉー」
「でもなんでそんなこと知ってんだ? 俺、一度も圧力調整なんてしたことないぞ?」
「それは私が内緒でやってたもの。当時のあなたには、魔力押さえて流して、ぐらいにしか言ってないはずよ」
「別に言ってくれりゃよかったじゃんか」
「だって昔のあなた、長く出来るなんて知ったら間違いなく嫌な顔してたでしょ?」
「んなこと············あるな」
「でしょ?」
「あるんですか······」
大人になりつつあり、今は気に留めないくらいにはなったが、当時だったら「なんでこんな頭に響くの長くやらなきゃなんねぇんだ」と駄々こねてたことだろう。と、やや反省のジャック。
「けど、だったらそっちの方がいいよな。長く出来るんだし」
「そりゃあね。切りたい時に切るのは簡単なわけだし」
「だよな」
「かといって、それなりの時間は繋げれるし、別に今のままでも十分だと思うけど。長時間『コンタクト』を使う機会なんて相当稀なものだもの」
「うーん」
「まっ、それでもそんな私の声が聞きたいのなら、練習してくれてもいいけれど」
「おいやめろ。いま密かに練習しようか考えてたのにしづらくなるだろ」
「あら、悪かったわね。じゃあ好きにしていいわよ」
どう足掻いても困る状況にされ、余計に、ぐぬぬ······と、顔を顰めるジャック。果実を絞る手に無駄に力が入る。
「ともあれ、もしフィリカがジャックと『コンタクト』する場合、あなた――フィリカが圧力を合わせると思っておいたほうがいいわ」
「あー、やっぱりそうなんですね······」
「悪いな、フィリカ」
と、それを聞いてすっかりケロッとするジャック。その少年に、前言撤回するよう「やっぱあんたも練習しなさい」とミーナは叱る。そんな裏では、それさえも耳に入らず、自分が持つ魔法以外での初めての魔法に、フィリカは不安を覚えていた。――と、それを、最後の計量値を伝えた時、ミーナが気付く。
「大丈夫よフィリカ。あなたならそんな難しいものじゃないわ。自信持って。だって、私のお墨付きよ?」
と、最後の言葉をしっかりと聞いたフィリカは、
「······はい! 私、頑張ります!」
瞬く間に光を取り戻し、やる気に満ち満ちした。そんな、ミーナの横で一喜一憂する彼女を見て、ジャックは「単純だなぁ」とそっと笑って呟いた。
約三十分後、三人は一つの机の前に並んでいた。
「出来たわ」
そう声を発したミーナは、腕を組んで三人の中心に立っていた。左からはジャック、右からはフィリカが覗くようにやや前傾で。
「見た目としては、色々混ぜた割りに、何も変わりませんね」
「失敗じゃないか?」
「んなわけないでしょ。殴るわよ」
彼女の暴言はさておき、三人の前にあったのは小瓶に入った透明な液体だった。それはミーナを中心に手を加え、様々な素材を煮詰めては、最終的に丸底フラスコへと辿り着いた調合物を移したものだった。
「ジャック。飲んでみなさい」
「い、いや、ここはフィリカに譲るよ。初めてだろ?」
「いえ、私は記録係ですし······」
幸か不幸か、作る過程を知ってしまった二人は、より飲むことを拒んでいた。最初は薬草やキノコの粉末、魔物ではない動物の角など、比較的抵抗の少ないものが混ぜられていた。
――が、最後に付け加えた素材が強烈だった。脇に置いてあった木箱から、既に死んだ、掌サイズの毛に覆われた黒い蜘蛛をまるで出汁でも取るように、ミーナは指で摘まんで入れたのだった。ミーナがそれを手にした時点で二人は目を疑ったが、当然のようにそれは放り込まれたため、制止する思考すら停止。そのためローリエの葉が浮かぶように、蜘蛛はお湯の入ったビーカーの中で悠然と回り始めていた。
勿論その後、自失から返るジャックは「何入れてんだよ!」と彼女に突っ込んだが、彼女は「蜘蛛。今回必要なもの」と淡々と言った。ジャックは「見りゃ分かるわ!」と返したが、その先を追求しようとした時、スプーンで平然とかき混ぜ始められたことによって足がバラバラになってゆく蜘蛛を見て一気に生気を奪われ、あえなく消沈。隣で、よく聞いてくれた、と思っていたフィリカも同様に消沈。
ちなみに、それは後で布でちゃんと濾されたため脚の細かい毛など全て取り払われたが、それでも蜘蛛のエキスが入っている事だけは違いなかった。
と、そんなエキスを諸ともしない彼女は、
「いいから飲みなさい、ジャック」
二度目の指名を受けたジャックは嫌悪感で塗り固められた顔をした。普通の感覚なら正常の反応。出来れば口にしたくないものが入っているのだから。
――と、その時、ジャックは気付いてしまう。隣から来る、私が作ったものが飲めないの? そんなものも飲めないの? フィリカならまだしも兵士目指してた癖に情けない。といった声が聞こえそうな侮蔑の視線に。ジャックは「なんだよその目、じゃあお前飲んでみろよ」と、すぐさま言い返したかったが、作った本人である彼女は間違いなく躊躇わず飲むだろうと思うと、渋々にでも、不本意にでも、その容器に手を伸ばさざるを得なくなっていた。
ジャックは気乗りしない手でそれを取ると、顔の前でその容器をもう一度横から改める。飲水のように不純物もなく透明ではあるが、やはり未知のものだった。何より蜘蛛が。
しかしそうしていると、
「早くして」
隣の彼女が急かした。一息吐く間くらい与えろ、とジャックは思うが、どちらにしろこの目を向けられたままなのは納得いかなかったため、やがて諦めの嘆息。
そして覚悟の喉を鳴らす。
一旦、小瓶の縁に鼻を近付け匂いを嗅ぎ、その仄かに爽やかな甘い香りを鼻腔の奥へ感じては意を決し、液体を一気に口の中へ流し込む。出来るだけ味覚を遮断して、喉の奥へそれを運んだ。
飲み干して空になった小瓶が、机の上にトンッと軽快な音を立てて置かれる。少し顎を上げるミーナと、「おぉ」と半口開けたフィリカ。
「ど、どうですか?」
用紙の乗ったボードを抱えながら半口を開けていた少女が、ジャックに様子を窺う。ジャックは宙の一点を見つめていた。そして、
「う······」
「う?」
中途半端な言葉を漏らすジャックに、フィリカが思わず首を傾げる。
「う······」
ミーナも含め、辺りに緊張が走り、
「うまい」
「へ?」「はぁ?」
それを機に、緊張の糸が一気に弾け飛ぶ。
「うまいぞこれ!! ちょっと味変わったけど、これはこれでメッチャ美味しい!」
「んな味の感想を聞きたいんじゃないのよ私は! 魔法は!? そっちはどうなの!?」
結局、怒っているミーナ。その彼女の言葉を聞いて、拒絶していた味の余韻に浸りたかったジャックだが、仕方なく、炎を使った時のように両手へ魔力を流してみる。――が、
「うーん。何も変わった様子はないし。何か出来そうな気配もないぞ。前みたいに身体に熱みたいのもこないし」
両の掌を何度も返しては確かめるも、やはり変わった所はなかった。それを目線で示すジャックの様子から、それが嘘ではないと感じるミーナは手のひらを返したように怒りの熱を引き、顎に手を当て、俯いては考え込む。
「変ね、何か間違えたのかしら? これで出来ると思ったんだけど。ジャックの操作が下手なのはまだしも、身体に変化がないってのはおかしいわ······」
さりげなく貶められるジャックは、お前な、と目を細めるが、その独り言を聞いて良い機会だと思う者がいた。それは勿論、
「わ、私も確かめます!」
味の感想を聞いたフィリカだった。
「お前飲みたいだけだろ!」
「違います!」
と言いつつも、挙手をしたフィリカはそそくさと棚にある空のビーカーを取りに行った。一番大きいサイズのを。
「飲む気まんまんじゃねえか! しかもどんだけ飲むんだよ! そこにコップあんだろ!」
フィリカはこの部屋にある一番大きな、六百ミリリットルビーカーに手を伸ばしていた。――と、その彼女へ、ジャックが次々と言葉を浴びせる裏で、
「おかしいわね。理論的には上手くいくと思ったんだけど······」
ミーナは、いまだにぶつくさと考え込んでいた。そして、フィリカの取った記録を見直しては呟く。
「材料は間違いないわよね······? これで実の成分は引き出せるはずだし······」
そうして特に思い当たることもなく、ミーナは顔を上げ、隣で空の容器を持つ彼女を見る。
「フィリカ。ちょっと、量を増やして飲んでみてくれる?」
「はい! もちろんです!」
図らずも訪れた幸運も含め、待ってました。と言わんばかりに、すぐさまフィリカは、結局あの一番大きな容器に液体を移していく。
容器の半分強が、あっという間に満たされる。
「入れ過ぎだろ」
ジャックは突っ込むが、フィリカはそれを全く戻す様子もなく、液体を注ぎ終えると「よいしょ」と両手で持った。そして目を爛々とさせ、
「飲んでもいいですか?」
「えぇ、いいわよ」
「いいのかよ」
許可をもらったフィリカは、躊躇うことなくそれを口へ運ぶ。
瞬く間に減っていく液体。
——ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ。
「······んはぁ」
中身は一気に飲み干された。
幸せに満ちた顔で、両手に容器を持ったままのフィリカ。彼女はその恍惚に溺れたまま固まっていた。が、しばらく待つも、惚けた顔から全く変わらないので、
「······おい、変化はあるのか?」
夢現の彼女をジャックが引き戻そうとする。しかし、軽く呼び掛けてもまだ味の余韻から帰ってこないため、ジャックがもう一度「おい」と強めに声を掛ける。と、
「······はっ!」
彼女は、ようやく正常に。それに呆れながら、
「ったく、どうなんだよ。魔力を流した感じとか身体の変化とか」
と、ジャックは尋ねるが、
「そうですねぇ······今は別に――」
その時、身体をあちこち見ては確認していたフィリカがふと、「ん!?」と眉を寄せる。それを見たジャックは、
「お、変化あったのか?」
目を見張り、やや焦燥混じりの期待をする。が、
「いえ、変わりはないです」
「ねぇのかよ! 紛らわしい真似すんな! なんだよその反応!」
「えへへ、ちょっと服がほつれてて」
照れ隠しするよう頭に手を当て「失敬失敬」と笑うフィリカ。――と、ここで、それまで黙って観察していたミーナもフラスコへ手を伸ばす。そして、液体を未使用の小瓶に入れ試飲。だが、
「変ね······」
やはり変化はなかった。
「流石に今回は失敗じゃないか? これだけ飲んでも変化ないんだし」
ジャックはフラスコを手に取り、そう口にしながら軽く振る。中身は残り小瓶一杯ほどしかなかった。
「何か勘違いしてたのかしら? それか見逃してることとか······」
諦め切れないミーナはもう一度、さっきと同じように考える仕草をした。そして、
「ちょっと二人とも、この実に関すること何でもいいから挙げてってくれないかしら?」
と、そう口にするミーナを見て、二人は顔を見合わせ、応諾。先に口を開くのはジャック。
「透明」
「美味しい」
「黒いのはモンスターを呼ぶ」
「ツタを張る木にできる」
「他には?」
「七色に見えるとかか?」
「ツタに触れると黒くなる実。他には······」
「うーん、黒いのは数日経つと元に戻る」
と、ジャックの最後の言葉を聞いて、ミーナはハッとする。
「それよ」
そう言うと彼女は部屋の隅、厳重に鍵の掛けられた棚へと向かい、そこから薬を取り出す。そして、二人の元へ戻り、小瓶にフラスコの残りを全て入れると、棚から持ってきた薬を口に含んだ。
「おい、それ炎のやつだろ? こんなとこで使うのもったいなくないか――」
「いいから見てて」
ジャックの言葉を食い気味に遮ったミーナは、液体の入った小瓶の左右へ手を置く。それを脇で見ている二人は訝しげに思うが、彼女がそれに手を当ててから少しした頃だった。
その変化が起きる。
小瓶の中の液体が、今しがた彼女が飲んだ薬と同じ、深紅色の液体へと染まっていった。
「「おぉー!」」
横で見ていた二人は驚嘆の声。
ミーナはしたり顔で、納得を浮かべた。
「やっぱり。これは魔力を保存できるのよ。飲めば魔力の回復も図れるだろうし、その効果を得る事が出来るんだわ。だから別に、外から魔力を加えればいいだけで、今は飲む必要なんてなかったんだわ」
「はぁー」
「すごいですミーナさん!」
ミーナの腕を掴んで、跳び跳ねる勢いで喜ぶフィリカ。だったが当人――ミーナは一緒に喜ぶわけでもなく、むしろ顔を曇らせていた。そのため、それに気付くフィリカは、
「どうしたんですか?」
横から覗くようにその顔を見る。ミーナはその顔をチラと見ると、しばし虚空をジッと見つめては視線を小瓶へ移し、浮かない理由を話し始める。
「いやね、恐らく魔力の性質上、恐らく扱えるのは本人だけじゃないかと思ってね。その上、この中身も数日でまた透明に戻っちゃうんじゃないかと思ったの」
「それはつまり、薬の効果が消えちゃうってことですか?」
「あー、それってつまり、あの木が浄化作用みたいなのを持ってるからか?」
「そう。まだ確認してないから確証はないけど、魔力を分解して放散するんだと思う」
と、それを聞いたフィリカから、徐々に先の活力が消えていく。
「でも、無いよりはマシじゃないか?」
「それはそうだけど······」
「もしかしてまだ何かあるのか?」
ミーナは口を尖らせ、そう、と言うように一度頷く。
「保存できる容量が小さいのよ。私が魔力を流してすぐ飽和状態になっちゃったわ」
「それは、間違いないことなんですよね?」
「えぇ。最初は水が流れていくのに似た感覚があったんだけど、それがすぐに止まっちゃったわ」
嫌んなっちゃう、と言わんばかりに彼女は肩を上げて、ストンと深く溜め息。
「じゃあ、全く効果ないのか?」
「いえ、効果はちゃんと得られると思うわ。ただ、かなり時間が短いと思うの。きっと、三十秒得られたら良い方じゃないかしら」
「さんじゅ······はぁー、みじけっ。粉のほうはどんなだっけ?」
「三十分」
「あー、分と秒じゃひでぇ違いだな······」
ジャックの顔に、苦労の割りに成果少ねぇ。と、落胆の陰りが降り始める。それはすぐに周りにも伝播し、
「魔力の回復にしても、これを大量に飲まなきゃいけないのよねぇ······飲めないことはないだろうけど······」
「これは成功と呼んでいいのか分かりませんね······」
「一応は、成功よ······」
だが、ミーナもフィリカも素直に喜べず、しばしの沈黙の後、ジャックと同じように顔をどんよりと。
重い空気が三人を包む。――すると、
「······あの実、食べましょう」
机の上に残った四つの果実をミーナは見る。
「いいのか? また取りに行くなんて御免だぞ?」
「その時は暇な兵士に任せるわ」
「あぁ、そうだっけ······」
「実一つで小瓶十個分は取れそうだから、今はそれだけあればいいわ」
「ってことは三つ余るから、一人一個ずつか!」
「やったー!」
途端、真っ先に元気を取り戻すフィリカ。そして、それに引かれるように、
「もうさっさと作って、さっさとあれを食べるわよ!」
「おう!」
「はい!」
あの森での味を思い出した二人にも活気が戻りつつあった。もはや、今回の研究結果についてはもう三人にはどうでもよく、今日一日の自分への御褒美というように、ただその実を食べたいという一心だった。
そして、先の時間より早い時間で液体を作り終えると、
「じゃ、食べましょ。いただきます」
「いただきます!」
「いただきまーす!」
まるで今日の出来事を忘れるかのように、三人はその実を食した。