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最初の魔法②

「あんた、その格好似合わないわね」


 兵士の甲冑を着たまま椅子に座ろうとするジャックを、チョークを置いた彼女は何よりも先に指摘した。


「それはお前もだろ? 白衣だなんて。それに俺の格好は、いよいよこれからだ。って時に呼ばれたんだから仕方ないだろ? どうせなら少しでも長く、俺はこれを着ていたいんだよ」

「あら、それは悪い事をしたわね」

「全然思ってねぇだろ」


 へっ、と笑うジャックの言う通り、全く彼女に悪びれる様子はなかった。


「まぁいいや。それよりミーナ、一応俺より上の人間あたるだろ? やっぱ敬語で話したほうがいいのか?」

「別にいいわ、どうせ二人だし。それにまどろっこしいのは嫌だから昔みたいにいきましょ」


 その割に口調は変わってるけど。と突っ込みたくなるジャックだったが、ミーナも大人になりつつあるため不思議ではないと思うと「ふーん、そっか」と、落とし所をつけた。


 ちなみに、幼い頃のミーナはもっとあどけなさがあり危なっかしく、喋り方も踏まえ、天真爛漫、自由奔放、まさに()()と言えそうな性格だった。しかし、今の彼女は正反対で、大人の妖艶さや色気は伴ってないにしろ落ち着いた雰囲気があり、仮に彼女を「大人」か「子供」かと問うなら、皆が「大人」と答えそうな風体だった。


 そんな、彼女を『過去』と『現在』で照らしつつ、自分は逆のことをこの前言われたばかりだよなぁ。と、己を顧みるジャックはやや虚しくなりつつ木椅子へ腰掛けると「ところで」と言いつつ机へ片肘を置いた。


「ここ数年何してたんだ? 急に音沙汰なくなったと思ったら、まさかこんなとこに居やがって」


 若干責め口調のジャックだが、ミーナは特に気にする様子はなかった。彼女はそのまま平然と、机の上に散らばる用紙をまとめながら、ジャックの知らぬ自分の過去を淡々と語る。


「ずっと家に篭って、魔法とは別の勉強。その後は軍と協力して鉄のより良い精錬とか、より威力ある大砲を作るにはどうしたら······とか、そんなとこかしら」

「それで、剣もその一つってわけか」

「そうね」

「ふーん。何年も、魔法と関係ないことしてたとは意外だな」

「別に、魔法のほうも全く触れてないわけじゃないわ」


 その大人びた口調でありながら、まだ少女らしさの残る澄んだ声音のミーナは「じゃなきゃ部署だって立ち上げないわ」とひとりごとのように付け加える。丁度、一つの束を作り終えた彼女はそれをドサッ、と机の端へおざなりに置く。


 そしてまた、残りの用紙へ手をつけながら、


「ただようやく、その"関係ないこと"も実を結んだってとこかしら」


 と、そう口にするミーナだが、それを口にしてから途端、表情が弱々しくなる。白衣とは違う、穢れを知らぬ小さな手――その細くスラリと伸びた指先が、一枚の紙面をゆっくり撫でてはやがて止まる。


 散らばる紙も僅かとなっていたが、作業を止めたミーナは静かに嘆息をつくと、


「やっと······"この場所"を手に入れられたんだから」


 机に両手をつく彼女はしんみりとしていた。先とは違う、力のない深紅の瞳は虚空を捉え、これまでの長いひとり旅をぼんやりと振り返っていた。


 数年――正確には八年。ミーナはその長い年月をたった一つ、この場所を手にいれるが為だけに頑張ってきた。そこまでの道程は想像さえつかないものの、それでも、その苦労が途方もないものであることを、ジャックは大人になったその幼馴染の様子から確かに感じ取ることができた。


 ジャックは、この部屋の入り口に掛けられたプレートと幼い頃の彼女を思い出す。


 ――モンスターから魔法を作るの。


 陽射しを浴びた時のような柔らかい笑みがこぼれるジャックは、それを隠すようについ少し目を伏せる。だが、またすぐに顔を上げると、


「"そこ"が変わってなくて安心したよ。あれだけ散々、小さい時魔力の可能性を聞かされたんだからな」


 その笑みのままジャックは小馬鹿に言った。その言葉を聞いたミーナはゆっくり顔を上げると、その幼馴染の青瞳をしっかり捉え、怒るでもなく哀しむでもなく、


「そうだったわね」


 と、口元を緩ませ、同じ時を思い出したように微笑んだ。



 ◇



 人の中に存在する魔力。それを糧に発動するのが魔法。


 魔力は誰もが生まれながらにして手にしているものだったが、その保有量は人それぞれ別で、訓練で増やすことは出来るものの多くは生まれつきによるものが大きい。


 そんな誰もが手にしている――手に出来るものにもかかわらず、人はそれを発展させてこなかった。もとい、正確には有効な手立てが見出だせず、発展させることが出来なかった。


 とはいえ、それらが使われていた例がないわけでもなかった。


 対象に魔力を送り込んで命力を上げ、怪我の回復を促進させたり、身体の凍えた人に体温と魔力を練り合わせたものを送り込んでその身を温めたりなど、それなりに魔法として使用出来る例もいくつかあった。


 しかし、戦闘など急を要する場で用いるには少々不向きだった。


 残念ながら、それらの魔法は短時間で効果を発揮することが出来なかった。つまり、迅速な対応が求められる戦場などでは補助でさえ、率直に言って使い物にならなかった。それならその間に医務室へ運んで治療した方が断然に早く、より回復が見込めたからだ。


 また、もし仮にそういった場でなくとも、日常――包丁で指を切った程度の小さな傷さえ、いま挙げた魔法で治すのに三十分と、それなりの時間を要した。数分放っておけば血が止まる程度の傷ならわざわざ魔法で治さなくとも『放っておく』というのは人間の常。


 ともあれ、そのように効率が悪く、また例には挙げなかったが個人の魔力にも左右され、おまけに代替が利いてしまう。加えて、それらはどれも使用者の魔力が尽きなければの話で、それだけの長時間魔力を送り続けられる人間は、よほどの才能があるか、長年訓練を続けた者だけだった。さらに付け加えるならば、その『魔力の操作』というものも決して簡単なものではなく、それこそ確かな経験を要するほどだった。


 つまり、それらの点を踏まえ天秤にかけたのならば、人が魔力を利用しなくなるのは当然とも言えた。発見当初こそ魔力は親しまれはしたものの、やはり()()()()で効率の良い利用法が見出だせぬと人は気付くと、次第に飽きと共に魔法を放棄した。


 そしてまた、新しい文化へ。


 そうして、魔法の文化は衰退すると共に、魔力そのものも埋もれた資源となってしまった。





「さっ、旧知を温めるのはこの辺にして、そろそろ本題へ入りましょうか」


 昔話をしつつ一通り机を片付け終えたミーナは、黒板の前で腕組みをすると「それで」と話を仕切り直す。


「あなた、魔法使った経験あるわよね? 覚えてる?」


 そう尋ねられるジャックは、彼女の片付け途中から変わっていた頬杖のまま目線を上にズラしては記憶を探る。そして「んー」と唸っては「あぁ」とそれらしいのを見つける。


「"あれ"か? 手重ねるやつ」

「えぇ、“それ“よ」

「"あれ"魔法って呼べんのか?」

「魔法よ。魔力使ってるもの」

「ふーん。“あれ“がねぇ······」


 そして、何も知らず付き合ってただけなのになぁ。と、思うジャックは上体を起こすと、頭の後ろに手を組んでその頃のことを少し思い出す。





 ――幼い頃からミーナは魔力、魔法に興味を持っていた。


 最初に興味を持ったきっかけは、幼いミーナが転んで擦りむいた際、泣き止まないミーナを、彼女の母親が長い時間かけて魔法で治療してくれた事だった。


 その嬉しさと体験をどうしても誰かに話したかったミーナが、たまたま近くの家に住んでいたジャックへ話したのが、二人の付き合いの始まり。


 それから、幼いミーナは魔力に興味を持っては勉強をし、彼女の母のしてくれた魔法やまた魔力そのものでどんな事ができるのか、その可能性を試すためだけに、度々ジャックを呼び出してはその実験に付き合わせていた。


 また別の事柄――幼い彼女の性格によって振り回された過去が、ジャックの「振り回された」過去だった。ハイゼルから名を明かされた時あの形相をしたのは、正にまたその「振り回される」予感がしたからだった。





 とはいえ、


「私があなたを選んだ理由、なんとなくわかるでしょ?」

「あぁ、なんとなく」


 ジャックは溜め息を吐き、すっかり諦め顔だった。しかし、その反面で心のどこかでは懐かしさと共に楽しみも感じ始めていた。だが、そんな様子は表には出さず、ジャックは再び片肘をついて澄ましたように言う。


「で、今回は何するんだ?」


 尋ねられた彼女は少しだけニッと笑うと、


「今回はね······炎を作るの」

「炎?」

「えぇ。炎よ」


 聞き間違いかと、眉を上げ聞き直したジャックだが、彼女は自信満々に、あの軽く人を見下すような得意気な顔を作ってそう言った。その表情から、発言の真実性が確かなことが読み取れると、記憶にある実験と掛け離れたものを聞かされたジャックはつい言葉を失くす。


 唖然としたことで妙な間が生まれるが、しばらくして、そのジャックの思わず開いた情けない口から小さな乾いた笑いが出る。そして、


「······さすが、昔とは考える事が違うな」


 と、呆れの混ぜた小馬鹿の調子で応える。

 しかし、その後ですぐ「でも」と付け加えた。


「わざわざこんなトコに連れてこられるんだから、昔みたいにタダってわけにはいかないんだろ?」


 海の深さを彷彿とさせるジャックのは、徐々に興味と真剣味を帯び始めていた。


「御名答。勘がいいじゃない」


 端麗な顔立ちに、気取った笑みと感心を浮かべるミーナ。ジャックは「当たってもあんま嬉しくねぇけど」と軽く鼻で笑うが、肩を上げるほど長く息を吐き、深呼吸をすると、


「じゃあ、一から詳しく頼むよ」


 と、真っ直ぐな眼で、彼女の話に耳を傾けた。

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