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赤い髪の(小)悪魔⑥

 城へ戻ってから、ミーナとフィリカは研究部屋で二人きりだった。あの半裸の少年はというと、燃やされた服の代わりを貰うべく、軍の倉庫へと支給品申請に行っていた。


 同じ罪人が居なくなり、より肩身の狭いフィリカ。


 彼女等は互いに、研究の準備に必要な会話以外していなかった。思い返すと、初めて見れたミーナの表情に、フィリカは嬉しい面もあったが、やはり恐怖はまだ尾を引いていた。――とはいえ、話をしたいフィリカ。何を最初に言えばいいのか、とりあえず謝るべきか悩みつつタイミングを窺っては、白衣を着た彼女の顔を何度もチラチラと見る。が、あと一歩の勇気が出てこない。


 すると、


「もう怒ってないわよ、フィリカ」


 視線に気付いていたミーナが見兼ね、オイルランプに火を着けながら口を開いた。目を合わせず彼女は言ったが、火を着け終えると彼女の方を向き、笑みを見せる。口角が少し上がっただけのそれは、城へ続く大通りの時とは違う、本物の笑顔だった。


 その表情を見たフィリカは、心がパッと晴れたような気持ちに。そして、そそくさとミーナの元へ駆け寄る。


「あの、すみませんでした······」

「いいの、気にしないで。それに――」


 ミーナは、近寄ってきた彼女の鼻をツンと指で弾くと、顔を近付け、悪戯に微笑む。


「手握ってる間、ずっと震えてたでしょ。あれでじゅーぶん」

「······意地悪ですね」


 フィリカはムスッとした顔をしてみせたが、いつもの感じで話せたことに自然と顔が綻ぶ。その笑顔を見たミーナも、肩で息を吐いてはまた笑んだ。


 物が接触するだけの重々しい空気に、柔らかい風が入り込んでいた。それは、開け放された窓から陽気と共に入ってくるような心地よさで。


 そして、さっきまで話す事に悩んでいたフィリカだが、結局彼女はかねてから話したかったこと、草原で目にしてから気になっていたあの事を話題に選んだ。


「それにしてもミーナさん。あの魔法、凄かったですね」

「ん、あの魔法?」


 ミーナは準備を再開し、ながら作業でフィリカに答える。金網が乗る三脚に、水の入ったビーカーを乗せてはランプで熱しようとしている所だった。


「はい、あの炎の魔法です。失礼ですけど、あそこまで強力なものだと流石に思ってなかったので」


 三脚の下へランプを移動させたミーナはその微調整を終えると、覗くような前傾の身体を起こし、艶っぽく人指し指を顎へ当てては、「んー、あれね」と口を尖らせては上を見て、情景を振り返る。


「思ったより使えたわよねぇ。多少魔物には逃げられると思ったんだけど全部追えるほどの速さだったし、ちゃんとどの魔物にも火力は通じたし、初めての魔法にしちゃ上々ってとこよね」

「何言ってるんですか。上々どころかそれ以上ですよ。ミーナさんの腕によるのも大きいでしょうが、それでもあの炎は本当に凄いと思いました」


 フィリカは両手をグーにし、鼻を膨らますようにしてはその興奮を伝える。すると、ミーナは「ふふっ」と笑って手を下ろし、その笑顔のままに作業を再開。


 ――と、その様子に「ん?」と小首を傾げるフィリカ。


「どうしたんですか?」

「いや、すごい誉めてくれるなぁ、と思って」

「あれ、もしかして疑ってます? 本音ですよ?」

「分かってるわよ。でもあなた、私を贔屓目で見るんだもの。本当が大袈裟に聞こえちゃうわ」

「えー、ひどいです。私ただ褒めてるだけなのに」

「別にいいのよ。ちゃんと嬉しいから」


 仏頂面をしながら複雑な気持ちになるフィリカだが、しばらくして、嬉しいならいいか。と思うと、「ならいいんですけど」と言って再び顔を戻した。そして、すっかり手を止めているフィリカは、


「ちなみに、あの魔法って私にも可能なんですか?」


 と、試験管を挟むスタンドを三脚と同じ机に移動させ、キィキィと甲高い音を立てるネジを回していたミーナへ尋ねる。


「えぇ。薬を飲んでイメージして、魔力を伸ばすだけだからそう難しくはないわよ。そう練習しないでも、あなたならすぐ扱えるんじゃないかしら」


 クランプを開き終えたミーナは、黒粉の入った試験管を一つ手に取るとそれを挟み、また閉じる。先より小さい甲高い音がまた響いた。


「そうなんですか。まぁでも、ミーナさんがいるんですから、私が扱う必要はないんですけどね」

「――? 何言ってるの、あなた」

「へ?」


 後ろ手を組んで、やや前傾姿勢のフィリカは首を傾げ、目を点に。それをミーナは横目で一瞥。


「忘れたの? 昨日のこと。その腕も含めて私はあなたと仕事したいと思ったのよ? だから炎だけじゃなく、私のこれからの魔法全部使えるようになってもらうつもりよ。今日はまだ使い方教えてないから渡さなかっただけで、次からは薬も預けるつもりなんだから」

「そ、そうでしたか······」

「怖い?」

「い、いえ、とんでもない! むしろ光栄です!」


 フィリカは手を胸の前で振ってはすぐ、また鼻を膨らませるように拳を握る。決して恐怖に駆られたものではなく彼女の本心から。


「そっ、なら良かった。まぁ、仮に断られてもやらせたけどね――」


 と、作業していた手を止めたミーナ。彼女は首だけをやんわりとフィリカへ向け、そして徐に微笑むと共に一言、


「絶対に」


 それを見て、笑顔を返そうとするも自然、顔が引き攣るフィリカ。彼女は、ミーナの幼馴染である少年の気持ちが少しだけ理解できた。


 ――と、ちょうどその時、研究室の扉がゆっくりと開かれる。


 木製の扉を開けて現れたのはその少年――用事を終えたジャックだった。彼は半裸ではなく新しい服を着ているが、少しやつれて項垂れた様子だった。


「はぁ······疲れた······」


 そして彼はそのまま、二人のいる机へと向かう。


「おかえりなさい」


 作業しながら素っ気なくそう言うミーナだが、一瞬だけ視界に入れた、普段見る彼と全く変わらぬ姿に「あれ?」とつい手を止めた。そして、もう一度その幼馴染を改めると、それが勘違いでない事を認識。


「あなた、それ、前と同じ服じゃない」


 彼はあの燃やした服と全く同じ、質素平凡漂う、白に近いベージュのシャツを着ていた。つまり、行く前と帰ってきた後とでは、汚れとほつれが無くなり、やや小綺麗になっただけの差。


 ――と、その理由を答えるように、


「あぁ、前のも軍の支給品なんだよ」


 彼は当然のようにそう口にした。それを聞いたミーナは一瞬だけ呆気に取られるもすぐに、息を吐いて視線を横へ滑らせた。損した、というように。そして、


「なんだ」


 その一言だけ言って作業を再開。もはやどうでもよくなり、この話をパタリと終わらせた。――が、しかし、そんなミーナの様子に彼女の幼馴染はご立腹だった。


「なんだ、じゃねぇよ······こっちは大変だったんだぞ?」


 ジャックは幼馴染であるミーナに向けてそう言ったが、クランプに挟まる試験管を調整中の彼女は全くの無反応。――と、そのため代わりに、ではないが、


「何かあったんですか?」


 藍のローブを着た、丸眼鏡を掛けるフィリカが首を傾げて話に応えた。ジャックは溜め息を吐くも、とりあえず誰かに言いたかったため、彼女等の向かいにある椅子へガサツに座ると、「いやな」と左腕を置いて、上体だけをひねるようにしては二人に向け、事の顛末を話し始める。


「倉庫の支給品管理してたのが年増の女の人だったんだけどさ、俺、最初、“服燃えました。新しいの下さい“って言ったんだ。俺もその時は流石に、ちょっと端折り過ぎたな、くらいには思ったよ? でもそしたらさ、はぁ? 何言ってんのこの子、頭大丈夫? みたいなすげぇ変な顔されてさ、それからはもう“正当な理由じゃないと駄目です“の一点張り。全然取り合う気がねぇの。入った瞬間から白い目で見られてたのは分かってたけどさ、いくらなんでも人を偏見で見過ぎだろ」


「そりゃあ、軍に半裸の人は一人も居ませんもん。そんなのが来たら仕方ないですよ。でもまぁ、ジャックさんの気持ちも分からなくもないですが······それからどうされたんです?」


「いやだからな、どうしたもんかなー、って頭悩ませて······。そんでほら、正当な理由って言うと、一応ここって魔法を扱うちゃんとした部署だろ? だからそれを言えば納得してもらえると思ってさ、俺の所属に、森での出来事、燃えるまでの経緯まで事細やかに全部言ってさ、最後に“それで上司に魔法で燃やされました“って訴えたんだ。でもさ、そしたらどうなったと思う?」

「さぁ······」

「全ての話を胡散臭そうに鼻で一蹴。“はい、次の人ー“だぞ。ありえねぇだろ。んな話あるか? もはやどうしろってんだ」


 ジャックは腰に巻いていた、ナイフを備えたポーチを乱暴に机上へ置いては肩で大きく息を吐き、怒りの度合いを示す。そしてこれにはフィリカも、流石にそこまで述べてその扱いは······笑える。と、表面上の苦笑い。


 しかし一拍置いて、ジャックが服を手に入れていることをフィリカは思い出す。


「あれ、でもジャックさんいま服着てますよね? どうしてなんです?」

「ん? あぁ。そんでな、そこにたまたま新しい受付書類の更新だとかで、ハイゼル司令官が訪れたんだ」

「えっ、ハイゼルさんが?」

「あぁ、ハイゼルさ······司令官がな。で、事情を話したら間を取り持ってくれたわけ。なんでも、古い書類には俺等の部署が書いてなくて、司令官が持ってきたその書類にはそれがキッチリ書いてあるんだと。それでも相手が全く悪びれる素振りなくてな、その時まだ司令官とはいえ信じられなかったから、その書類チラッと見たら、ちゃんとここのこと『新』って印が押されて書かれてた」

「へぇー。じゃあ、結局どっちもどっちじゃないですか」

「いや少なくとも俺は被害者だろ! ······まぁいいや。ただな、その司令官にも大笑いされたんだぞ。"ハッハッハッ、君の服まんまと燃やされたのか! ミーナ君らしいじゃないか! ハッハッハッハッハッ"って倉庫中に聞こえる声で。恥ずかしいったらありゃしねぇ。笑い事じゃねぇっつーのに。でもまぁおかげで助かったけどさ······」


 と、ここで、試験管の位置を調整し、別のランプに火をつけてはそれをセットし終えていたミーナが口を開く。


「嘘でもつけば良かったじゃない。どうせあなたの得意分野でしょ?」


 肘を抱えるように腕を組んだミーナは、その管の変化を横目で確認し終えると、正面に座るジャックのほうを見る。管の中の黒粉は赤みを帯び始めていた。


「んな簡単に嘘つけるか。それにあんなトコで嘘がバレたら牢屋行きだろ」

「バレるほうが悪いのよ」

「おい」


 こいつ、さては前例があるだろ。と、ジャックは目を細め、疑いの視線で彼女を見る。その彼女――ミーナは、既に顔を明後日のほうへ向け、やや不満げに考えるような仕草をしていた。それは当然、ジャックが嘘をついて支給を受けなかったことではなく、


「そんな事より、魔法の認知度合いの低いほうが私は残念だわ」

「全然そんな事じゃねぇからな」

「ここ出来たばかりだし、まぁ、当然と言えば当然なのかもしれないけど」

「聞けよ、お前」

「それでもせめて、お城の人くらいは知ってて欲しいわよねぇ」

「あぁ、お前の悪行も知れ渡るくらいにな」

「どうしてみんな魔法に興味を持たないのかしら。人って不思議ね」

「なに綺麗に纏めようとしてんだ!」


 その後も、やや一方的な応酬は続くが、二、三やり取りした所で「もういい」と、頭を落とすようにジャックが折れていた。


 嘆息を吐くジャック。ここに来てからこれ何度目だ? そう思いつつジャックがふと頭を上げた時、自分の左手前――いつの間にか座って、小鉢で乾燥した薬草をっていたフィリカの前に雑然と置かれた、あの透明な実があることに気付く。


「そういえばこの実······」


 それをジャックは、そう口にしながら何気なく一つ掴み、自分のほうへ持ってくる。それを顔の前で精察するように眺めると、揺れる度、水中から空を覗くようにその中身も揺らぐのがジャックには分かった。そしていまだに、不思議な実だよなぁ、と、夢中に。――と、そうしていると、


「食べちゃ駄目よ」


 透明の中にいる、にじんだ赤色から注意の声。ジャックは手を下ろし、その声の主に「食べねぇよ」と冷めた批判。しかしともあれ、ジャックがその実を眺めていたのは、ただその揺らぎに見惚れていたからだけではなく、


「こんなのが魔法に関係するとはねぇ······」


 この実をどう素材として使うのか、どう調合するのか気になったからだった。そして、その実を顔の前から少し下ろすと、


「まぁいいや。俺も手伝うよ」


 途端、その言葉を耳にしたミーナは、バッと素早くジャックのほうを見て固まった。試験管バサミと細長い薬さじを持ったまま、信じられないという顔で。


「な、なんだよ······」


 ジャックは、あまりの反応にやや身を引いた。


 しかしジャックに対し、それはミーナにとって正に青天の霹靂、天地がひっくり返るほどのもので、それはある意味、彼女が森で言ったような『成長』に近しいもの。発言そのものは無意識なものである上、別になんて事のない発言だったのだが、少し前のジャックなら間違いなくスルーしている案件だったため、ミーナはそれに驚きを隠せなかった。


「うそ、まさか興味あるの?」

「ん、あぁ、少しだけな。魔法使ってからだけど、どうしてこういったのがあの薬に繋がるのかなー、って思って。だから今回ちょっと手伝いつつそれ見たいと思うんだけど、別にいいだろ? ほら、お前も手伝うの当然とか言ってたし」


 そう言いつつ、机の上へ持っていたその透明な実をそっと戻すジャック。幼馴染の彼女はいまだ実験器具を持ったまま、観察も思考もせず、そのパチリとしたクリアな深紅の双眸で、ジッとジャックを見ていた。そしてそれに、実を置いて彼女へと視線を戻した頃、ようやく「ん?」と気付くジャックは、


「なんだよ、その目」

「······いや、イジり甲斐が減った」

「へっ、いいことじゃねぇか。俺がお前にどんだけ振りまわされたと思って――おい、お前どんだけ不服そうな顔してんだ」

「私の楽しみが一つ減った」

「知るか! じゃあ尚更手伝ってやる! どうせお前の楽しみなんか碌なもんじゃねぇだろ!」


 何故ミーナがショックを受けているのか、実はジャックは少しだけ勘違いしていたが、それを訂正する気はない彼女はただただいじけたような顔。それを見て、さらに怒るジャック。


 そのやり取りを見るフィリカは、同行一日目にも関わらずそろそろ食傷気味だった。ホント、仲良いんですねぇ。と呆れながら、ゆっくりとり棒を回していた。

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