赤い髪の(小)悪魔②
「この辺りからか······」
「そうですね······」
自分達が行く道をツタがほとんど塞ぎ、なんとか通れそうな二つの道の前で立ち止まると、少女を背負うジャックは振り返ることなく、外で待つ彼女に連絡を取った。
(ミーナ、聞こえるか?)
返事はすぐに返って来た。
(えぇ、聞こえるわ。どんな調子?)
(いまは大体······実まで五メートルってとこだ)
(ここで見るより案外近いのね。念のため聞くけど、そこから前へは進めないのよね?)
(あぁ、全く。小さい穴はあるが、フィリカ一人でもそこを進むのは無理だろうな。行けるとしたら左右と、いま来た後ろの道だけだ)
(そう。······けど、それだけじゃあまだよく分からないわね。試しに右へ行ってみてくれる?)
(あいよ)
少女を背負うジャックは返事をし、彼女に言われた通り右のツタ間を片足跨いでは慎重に半身を通し、反対へ重心を移してはもう半分の身体を慎重に引き寄せる。後ろの少女はジッと捕まって、魔法でツタに警戒しつつも、少しでも負担にならぬよう息を潜めては存在を消していた。
やがて通り抜けると、二人は同じように息を吐いて一息。
(移動したぞ)
(どう? 何か違いは?)
(特にないな。一つ挙げるとしたら、俺から見て正面とそっち側が空いてるくらいだ)
(なるほど、迷路っていうのも納得だわ)
その思い悩む幼馴染の声に、ジャックは魔法越しでも彼女が顎に指を当てて考えている様を想像した。
(どうする? まだ進むか?)
(そうね。少しも変わったとこが無いんじゃ仮説も立てようがないわ。とりあえずもう一つだけ進んでみてくれる?)
(あぁ、分かった。どっちへ行く?)
(そのまま前進でいいわ)
(あいよ)
そして返事をしたジャックは、先の要領でフィリカと共にツタ間を潜り抜ける。
(抜けたぞ)
(どう? 変化は?)
(そうだな······正面はあるけど、右――そっち側が塞がれてる感じだ)
(正面はあるのね。そう、分かったわ。それじゃあ――)
と、ここで彼女の言葉が途切れる。
ジャックはしばし待つも連絡が来ず、どうしたのかと彼女のほうを確認しようにも、ツタから伸びた葉がちょうど視界を覆い、ツタの外を見ることが出来ない。この後どうしたらいいものかと悩む気持ちと、不測の事態があったのではという、若干の不安を胸に覚えるジャックはやや神妙に、魔法を通して彼女へ再度話し掛ける。
(大丈夫か? ミーナ)
もし何か不測事態があったのならばすぐ戻らなければ、とジャックはフィリカを下ろし、ツタを裂いてでも引き返す覚悟をしていた。――が、直後、
(あっ、えぇ、ごめんなさい。ちょっと考え事してたわ)
と、彼女は返事。そして、珍しく素直に謝る彼女にジャックは少し面食らう。しかしそれよりも、不安が杞憂で終わり、とりあえずはよかったと胸を撫で下ろすほうが大きかったが。それと共に、彼女が素直に謝ったのはきっと真剣に考えてたからだろうと思い、やれやれ、とも。
(そっか、ならいいや。でも周りは警戒しとけよ。すぐそっち行けねぇんだから)
(そうね、ありがと)
と、またもミーナは素直に感謝するも、彼女の声はどこか上の空。ジャックは少し怒りたくなったが、今これ以上気を逸らすのはやめておこう。と、結局そのまま、彼女の連絡を待つことにした。
ジャックの推察通り、ミーナは思案に耽っていた。
彼の状況報告を聞いたあと、彼女はふと近くにあった樹木に目を移しては、その幹に幾重にも巻き付いたツタを見ていた。そしてその、彼等の行く手を阻んでいるのと同じ種のツタを見ているうちに、一つの推測を立てつつあった。会話が途中で切れたのもこれが原因。一気にそちらへ気を取られていたのだった。
ともあれ、彼女は程なくして考えを纏めると、
(ジャック。ちょっと聞きたいんだけど)
(ん、なんだ?)
(木から伸びたツタの始めが、何処へ向かって伸びてるかって見える? もし見えるのなら、私を六時として、時刻――数字で教えて欲しいんだけど)
魔法越しに、彼が疑問に思ってるであろうことをミーナは感じる。――が、その彼は疑問を自身の内に保留とし、素直に指示に従うことを選んでくれた。
(わかった。ただ、俺からは見えそうにないからフィリカ持ち上げて確かめさせる。ちょっと待っててくれ)
(わかったわ、気を付けて)
しばらくすると、ミーナの位置からゆっくり、ツタの葉から頭を出しては肩まで現れ、キョロキョロとする少女の姿が確認できた。すると彼から、
(複数ある内の一本だが、それがどうやら、一番近くの八時の木のほうへ伸びてるみたいだ)
(その巻き付いてる木、どんな木か教えてくれる? それとどう巻き付いているのかと、何処に向かって伸びているのかも)
(オッケー。ちょっと待っててくれ)
そうして、しばしの沈黙のあと、
(わかったぞ。八時の木の特徴は、お前の身長ぐらいのとこで同じ太さの幹が二つに別れてるやつだ。分かるか?)
(あの葉の色が少し薄いやつかしら?)
(······あぁ、それだ。その分かれた――お前から見て右の幹に、反時計周りに二回巻いてある。それで、巻いた後はそのまま五時のほうへ伸びてるみたいだ)
(わかったわ。――あ、でもちょっとまだそのままでいて。もう一つ確認して欲しいから)
(手短に頼むな。動けないでこの状態は結構しんどいから)
この状態って見えないんだけど。と、肩車を想像するミーナはそっと心の隅で思うが、上にいるのが小さなフィリカとはいえ頭が重くなって不安定なんだろう、と理解する。
(大丈夫、すぐ済むわ。――それで、その五時に伸びたツタだけど、次は二時へ伸びてないかしら? その次は十一時。次は大体また八時のほうへ)
(わかった。二、十一、八だな。確認する)
その後、フィリカが頭を数回動かすのが見えると、
(あぁ、お前の言う通りだ。そうやって伸びてるらしい。そっから見えてるのか?)
(何言ってんの、見えてたら聞かないわよ)
(あぁ、そっか)
(とにかく八時にまた巻きついた木だけど、さっきの別れた木より、遠くの木に巻き付いてないかしら?)
(ちょっと待ってろ············あぁ、そうなってるってよ。超能力者か、お前?)
(あら、いま気付いたの? 本当は私、目瞑ってでもツタは潜れるのよ?)
(······嘘つけ。あとそれ、真実でもいま絶対やろうとするなよ。それでもお前なら引っ掛かりそうな気がする)
(なによ、失礼ね。誰が罠にかかる魅惑の蝶よ)
(そこまで言ってねぇよ。ってか自分で自分持ち上げんな。どっちかっていうと瀕死だったくせに)
あからさまな嘘から反論にまで一通り突っ込みを入れた魔法越しの幼馴染。特に最後のは芯を捉えた切れ味があり、実際瀕死だった蝶は返す言葉がなかった。よって、あの自身の不様な状況を思い出さざるを得なかった蝶は口を尖らせ黙っていたが、誰かの、溜息を吐けるだけの時間が過ぎると、
(ともあれ、何か気付いたんだろ?)
と、仕切り直すように彼が話し掛けてきた。その声は、左の口角の端を吊り上げた、小馬鹿にしたような笑みが見えそうな声音だった。それを聞いて、不満気だったミーナは気を取り直しては腰に手を当てる。そして、
(えぇ。ちょっとだけ、真ん中へ近付く方法をね)
魔法を通して、腕を組んで見下すような口調でそう答えた。
(ジャック。途中後ろに下がってでもいいから、逆側――最初の分かれ道を左へ行って、そのまま時計回りに進み続けてくれる? 理由はあなたが進みながらに説明するわ)
(あいよ。そんじゃあフィリカ下ろすな)
そしてジャックは、肩上から背中へとフィリカを移動させつつ事の仔細を側の少女へ話した。
「――だそうだ」
「ほぇー。ミーナさん何に気付いたんでしょうか?」
「さぁな。でもまぁ進んでるうちに聞けるんだし、俺等は焦らず行こうぜ」
「そうですね。私達は引っ掛からず行くことが最優先ですもんね」
「あぁ。んじゃ準備はいいか?」
「はい。大丈夫です」
そうして、背負い背負われの形となった二人は来た道を二つ戻ると、最初にツタの外にいる彼女に尋ねた、あの別れ道を今度は左へと進んだ。そして、そこを抜けた辺りでジャックは彼女に連絡を。
(待たせた。なぁ、ミーナ。本当にこっちでいいのか?)
(えぇ、百パーセントではないけど確率は高いはずよ。それより私は、動きながら話してるあなたのほうが心配だわ)
ジャックはツタ間を抜けつつ、会話をしていた。
(なんだ、俺の器用さが羨ましいか?)
(馬鹿、違うわよ。話してて集中切れた、だなんてそれこそ馬鹿馬鹿しいじゃない。そんなことになったらフィリカに申し訳ないでしょ?)
と、諭すように言うミーナだが、彼女が知らないだけで、ジャックではなく当の本人――フィリカはそんなことで一度引っ掛かっていた。そして、
(そうだな)
その原因を作った男――ジャックは平然と返事をした。何事もなかったかのように。ふてぶてしいくらいに。面の皮を厚くして。後ろの少女が聞いてたら喚いたであろう、と思いつつ。
斯くして、事を伏せたジャックは話を逸らすようにして言葉を続ける。
(まぁ大声出されたり、よっぽど変なこと言われない限りは動揺もしねぇから大丈夫だよ。それに、ツタを潜るのも少し慣れてきたしな)
(そういう慢心が命取りになるんじゃないの? ······まぁ、いいわ。そこまで言うならあなたが動いて引っ掛かったとしたもあなたの責任だし、私には関係ないからさっさと説明に入るわ)
(急に冷てぇな。そう言うのは集中乱すぞ)
と、ジャックは指摘をするも、彼女は無視をして自分の推測を話し始めていた。
(この木――ホウエイプラントは、繁殖する上で自分の領域をツタで作っていくのは見て分かると思うけど、ただその時に、渦のように――反時計周りで自身の領域を広げてるみたいなの)
(偶然じゃないのか?)
(偶然じゃないわ。私が見える範囲で確認したのも全てそうだった。反時計回りにツタを巻いて、直角よりやや広い角度で別の木へ伸びてたの)
(あぁ、それで大体の方向が判ったわけか)
(そう。それでだから、私はあなたに逆へ行くように言ったの。ツタが反時計回りで広がってるなら、その逆――時計回りで移動していけば自然と内には近付けるわけだから)
(なるほどねぇ。······でもそれ、結局手当たり次第に似てないか?)
(そんなことないわよ。だって、もしこれを知らなかったら途中で右行く度遠ざかることになるでしょ?)
(あぁ、確かに)
(とはいえ、あなたの言うような事は分からないでもないけどね。もっと早く内へ行くルートはあるかもしれないし、ツタの繁殖具合によっては道はないかもしれないし時間はかかるしで、デメリットは全く解消されてないもの)
(まぁ。でも、確率として考えたら一番安定してるのはこれなんだろ?)
(そうね。現状ではこれが一番だと思うわ)
(ならそれを踏ん張って実行するしかねぇだろ。差し詰め、急がば回れってとこだ)
(あら、珍しい。あなたがそんな言葉知ってるなんて)
(俺がいつまでも無知な人間だと思うなよ。人間日々成長だ)
(なにそれ。あなたの標榜?)
(あぁ。フィリカに倣ってな)
(なによそれ。じゃあ昨日から掲げたものじゃない)
(違う、今日からだ)
(どっちでもいいわよ! ······はぁ、日々成長ねぇ)
(意識は悪くないだろ?)
(意識はね。じゃあその成長にちょっとだけ付き合ってあげる)
(いや遠慮しとく。今すごく嫌な予感がした)
(気のせいでしょ、いいから聞きなさい)
そして、ジャックが言葉を挟む間もなく彼女は続ける。
(あなたが目指してる木もそうだけど、木の種類によって根元周りにあまり草が生えないのはなんでだと思う?)
(······さぁ? なんでだ? 考えもしなかったけど)
(じゃあ一生そのモヤモヤを抱えることね。成長したいんでしょ? さようなら、もうコンタクト切るわ)
(あっ、おい、てめぇ! 答え教えてから――)
ジャックが彼女と話をしながら移動すること半周強。その言葉を最後に、コンタクトは一方的に切られた。そして、するとそれと共に、今まで黙っていた背中の少女がタイミングよく口を開いた。
「どうしたんです、ジャックさん? 後ろからでも苦虫を噛み潰したような顔だって分かりますよ?」
「なんで分かんだよ······。まぁいいや。あいつ、一方的に言いたい事だけ言い残して魔法切りやがった」
「えっ、そうなんですか。じゃあこのまま遂行ってことです?」
「きっとな。とりあえずその辺掻い摘んで、あいつから聞いたこと説明するわ」
「あっ、はい。お願いします」
そしてジャックは自分に不都合な部分は伏せて、ミーナとの会話をフィリカへ伝える。ついでに、
「――で、退屈だろうから、いま目指してる木の周りに、なんで草が少ないのか二人で考えなさい、だってよ」
最後に与えられた疑問も、少しだけ形を変えて。