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先輩と後輩⑤

 ジャックは同じように丸椅子へと座る、左側の幼馴染に尋ねる。


「······どういうことなんだ?」


 書庫へと引き返す前、つまりミーナが徐に目を見張り、眼の色を変える直前、ジャックはこう口にしていた。


 ――まるで、反対側が見えてるみたいじゃないか?


 違和感の正体を、彼女の不自然さだと見抜いたジャックではあったが、それがなぜ、この何処にでもいそうな少女に可能だったのかということが、彼にはまだ不可解だった。


「恐らく······コウモリの特性、というが一番近いんじゃないかしら」

「コウモリ?」

「えぇ」


 司書の仕事を早めに切り上げたフィリカを連れて、二人はあの研究部屋へと来ていた。そして椅子を三つ三角に並べ、互いに向かい合うようにして座っていた。だが、その中で一人は俯き、虚空を見つめて悄然としたまま。


「あなた、コウモリがどうやって暗闇で獲物や仲間の位置を知るか知ってる?」

「――? 目じゃないのか?」

「残念だけど違うの。明るい内に見られるのはそうだけど、彼等は目の代わりに違う部分が発達していてね」

「違う部分?」


 ミーナは「えぇ」と口にすると右手を持ち上げ、自分の右側頭部、やや下のほうを指す。


「ここ、耳よ」

「耳?」

「そう。でも別に、生物の耳が発達すること自体は珍しいことじゃない。フクロウだって左右ずれた耳で、暗闇の中獲物の位置を知ったりするから」

「へぇー」

「ともあれ、さっき言ったコウモリだけど、彼等も耳が発達していて、自身の発した『人には聞こえない音波』と、それが『反響した音』を聴くことで対象を知ると謂われているの。一般的に『反響定位』――『エコーロケーション』と呼ばれているものよ」


 それを耳にした途端、力無い少女が顔を上げては悲痛な眼を浮かべ、ミーナの横顔を見てはまた俯向いた。視界の端で彼女が動いたことにジャック等は気付いていたが、その眼にはまだ気付いていなかった。


「つまり、簡単に言うとフィリカにもそのコウモリと同じことが出来るって事でいいんだよな?」

「えぇ。恐らくね。でも、最初にそれが一番近いって言ったように、そうやって周囲を把握しているだけでこの子の耳が発達しているわけでも、音波を出してるわけでもないと思うの」

「そうなのか? じゃあどうやって?」

「コウモリは音波だけど······そうね。これはあくまで、消去法によって辿り着いた推論なんだけど、例えば、その音波を代用してるのが私達がよく使うもの。『魔力』だったとしたらどうかしら」


 その瞬間、不意にも、膝の上に置いたフィリカの手が僅かにピクリと動いていた。


「音の代わりに魔力を飛ばして、跳ね返ってきたその波を感じる······ってことか」

「そう。私は最初、周囲に魔力を展開し続けて、そこに入る対象を認識してると考えたわ。でもそれだと長くは持たないし、魔力もすぐ尽きてしまうから違うと思ったの。だから、魔力の消費が少なくて済むよう、極僅かな魔力を瞬間的に発破してるんじゃないかって考えたの」

「いやいや、魔力の操作なんてそんな簡単なもんじゃないだろ? なのにそんな日常の中で平然と周りに、しかも極僅かに魔力を飛ばし続けるなんて離れ業······そんなん俺、出来る気が全くしないぞ?」


 魔力の操作が苦手とはいえ、使用経験がそれなりにあるジャックは、ミーナの言うその難度の高さを重々承知していた。無論、そのことは彼女も同じで、


「そりゃあね。単純にやろうと思ったら、私だって投げ出すくらいに不可能よ」


 ミーナはやや引っ掛かる言葉を残して、幼馴染の意見に同意。だがすぐに、


「でも」


 その言葉はすぐ付け加えられる。


「例えば自然に動くもので、当たり前のように微弱に音を発し続けるような、そんな『物』があれば、それも不可能じゃないわ。それに魔力を纏うことで飛ばせるんだから」

「い、いや、だから······だからそんな都合いいもんが、一体どこにあるんだって話だ――」


 と、語尾へ被さるようにしてはミーナの人差し指が、ジャックの胸の辺りを指差してはそれを遮る。


 そして、彼女は言う。


「あるじゃない。ここに」

「え?」

「心臓よ」


 それはあまりに盲点で、ジャックはしばしの間言葉を失った。


「私も目から鱗だったわ。でも、心臓なら全方位に拍動するし勝手に動いてくれるでしょ? だから、そこに魔力を上手く混ぜ合わせるだけで可能なの」


 半ば呆れたように、これが真相よ、と解説を終えたミーナ。だがジャックは、


「い、いやいやいや、理屈としては分かったけど、だからって、そんな心臓に纏わせただけの弱い魔力じゃ······」


 もう一点、信じられない点があった。それは、今まで抱いてきた彼女の言うことが信じ難い、などの類ではなく、もっと根本的な、側に座る――怯えたように小さい少女が本当に秘めている能力のほうだった。


 その胸の内を見透かしたようにミーナは言う。


「そう。それ以上にすごいのは、この子の自分の魔力を感じ取る力。私でも、ここまでの魔力は感じ取れないと思うわ」


 ジャックは再び言葉を失った。


 それは、魔力に長けた幼馴染の称賛にも敗北にも取れる言葉だったから。加えて、自分の幼馴染より優れたその能力を持つ少女。そして、それを魔法となるここまで作り上げた彼女の苦労、それら全てが急に見えたような気がしたから。


「······」


 沈黙が場を支配する中、オレンジ色を描く窓が風で揺れていた。誰かが嘆くように扉を叩くような、そんな寂しい音だけが、しばらくこの空間を奪った。


 あの時の書庫のように、空気だけが。


 その中で最初に口を開いたのは、またもあの小さな少女だった。小さく、掠れた声で「本当に」と言う声が響く。


 そしてもう一度、


「本当に······ミーナさんは何でも知ってるんですね······」


 二人が話している間、ずっと固く口を閉ざしていた彼女――フィリカは、掛けていた眼鏡をそっと外すと、それを机の上に置き、ミーナのほうを見た。ガラス向こうに隠れていた彼女の顔は諦めたようにそっと微笑むも、僅かに潤んだそれは、やはり力のない目をしていた。

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