平坦
7歳くらいだろうか。オレンジ色のTシャツを着た、色黒の少年が歩道を歩いている。強い日差しが照りつけていて、彼の肌が染まったのは、つい今しがたであるようにさえ思われる。夏が始まろうとしているようだ。彼の歩行のリズムは独特で、見れば足を引きずっていることがわかる。人より進むのが遅く、他の歩行者たちは彼を避けるように抜き去っていく。彼は歩き続ける。もう数十メートル歩けば、横断歩道がある。彼にはそれも、見えている。
その少年の十歩ほど先を、ゆっくりと歩く女がいる。高級ブランドのかばんを肩に提げながら、少し汚れた運動靴を履いている。女はうつむきがちで、眼を細くしたまま照り返すアスファルトを見下している。女はじっくりと、考えるように歩く。そしてふと思い出したように、女が振り返る。その視線の先には、色黒の少年が歩いている。少年は女と目が合うと、もう少しだから、とでも言うように、微かに顎を前に出してみせる。表情を変えない女は、また前に向き直る。女はあの少年の母親である。
信号が赤になったのを認めると、母親は振り返った。少年はあと数歩のところまで来ていた。母親に並んだ少年は信号を待ちながら、車の往来を眺めている。母親は表情を変えることなく、赤い信号の向こうに光る飲食店の看板をぼんやりと見やる。二人に会話はない。
信号が変わる。二人はまた歩き出す。母親はうつむいたまま、また数歩先を歩く。少年はそれを追うように歩き続ける。ときおり袖で汗を拭いながら。
ある白い建物の前で、母親は立ち止まる。そして振り返り、少年を待つ。しばらくして、少年も白い建物の前で止まる。少年はその建物に入ろうとするが、3段ほどの段差があって、一人で上がることはできない。彼の足は言うことを聞いてくれない。誰か他の人のものであるかのように。隣にいた母親は彼の脇を抱え、段差を上らせてやる。そのときも、やはり母親の表情は変わらない。少年は少し辛そうな顔を見せる。段差を上がりきると、自動のドアが開く。建物から出てきた白衣の数名が、少年と母親とすれ違う。二人は無表情のままドアの向こうへと消えていく。この白い建物は病院である。