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「おい、起きろ!」

「は、はい!」


 翌朝、エメラインはアーネストの怒声に驚いて飛び起きた。


 窓からは明るい光が差し込んでいる。予定では日の出と共に出発するつもりだったのに、うっかり寝過ぎてしまったようだ。


「さっさと支度をしろ」

「ええ、でも熱は出ていませんか? あまり無理をなさらない方が……」

「平気だ」

「この方のこともありますし、アーネスト様は見張りを兼ねてここでお休みになって下さい。心配ですから」


 身支度をしながら、縛って転がしてあるマヌエルにちらりと視線を送る。

 一応小屋の管理人に監視をしてもらうつもりだが、一人では心もとないだろう。アーネストにもいてもらえれば彼だって心強いはずだ。


「心配無用だ。俺はそんなにやわじゃない。それに見張りなら管理人に任せればいいことだ。大体お前を一人にできるわけないだろう」


 けれどそっぽを向いてそんなことを言うので、エメラインは溜息を吐きたくなった。

 まだ何か企んでいるなんて思われているのだろうか。一人の方が早く行けるし、大人しく待っていてくれた方が安心できるのに。


「子爵様の言う通りですよ。お嬢様をお一人にするなんてとんでもない! 野郎一人ぐらいの見張りなら俺にだって何とかなります。お任せを!」


 おまけに傍で朝食を用意していた管理人までアーネストの後押しをするので、エメラインはこれ以上何も言えなくなってしまった。


 こうしてエメラインは仕方なしにアーネストと共に山小屋を後にしたのである。




 昨日よりも歩調を速めて歩くこと約2時間。坂を上り切った2人の眼前に、開けた平地と小さな石造りの建物が姿を現した。カルナートの祠である。


 祠の前までくると、アーネストが眉を顰めて扉を指さした。


「何だ、これ。ドアノッカーか……?」

「はい。これを打ってカルナートさまをお呼びするんです」

「お前、ふざけているのか?」

「こんな時にふざけるわけがないでしょう……」


 いちいち喧嘩腰のアーネストにうんざりしながらも、扉の前に膝を付く。そしてドアノッカーを鳴らし始めた。


 挨拶は2回、儀式の知らせは4回、緊急の用件は50回叩かなければならない。見た目より大分重いので、叩き終える頃にはエメラインの腕は疲れ切っていた。


「……カルナートさま、エメラインです。どうか私の声にお応え下さいませ。カルナートさま……!」


 程なくして、祠の上空に光が迸る。やがてそれは人型となり、エメラインの目の前に降り立った。


「やあ、おはよー……」


 昔と変わりない姿のカルナートが、寝ぼけまなこで笑う。しかし重たげな瞼はすぐさま驚きに見開かれた。


「って君、エメライン?」

「ええ、お久しぶりです」

「大きくなっちゃったねー……」


 そうだろうか。カルナートに比べれば大きくはあるが、エメラインの身長は年相応のはずだ。ということは彼自身の好みの問題なのかもしれない。残念そうにこちらを眺めるカルナートを見て、エメラインはそう思った。


「ちなみに今いくつ?」

「17になりました」

「そっかぁ、行き遅れちゃったんだね……」


(行き遅れ……!)


 カルナートの言葉がエメラインの心にグサッと付きささる。

 年齢的には行き遅れなどでは決してないが、まるでこれからの未来を暗示しているようだ。ギデオンと結婚できなければ一生独り身でも構わないと思っているが、いざはっきり言われるとやはり胸にくるものである。


「じゅ、17は適齢期です……。少なくとも今の時代は」

「あ、そうなんだ。ということは今日はあの時の約束を果たしに来たの?」


 どうやらカルナートは背後に佇むアーネストを婚約者だと思っているようだ。昔の約束もあるので、そういう風に取られるのも無理はない。


「いえ、そうではないのです」

「じゃあ何の用? 部外者連れて遊びに来るなんてことはないだろうし……。うーん、とりあえず手、出してくれる?」


 ほら、と小さな手が目の前に差し出されたので、エメラインはそれに自分の手をそっと重ねる。しばらくそのままにしておくと、カルナートは「なるほどねえ」と頷き、呆れ顔で呟いた。


「つまり婚約者を治して加護を解いて欲しいってことだね」


 どうやら彼は人の身体に触れることで記憶を読み取ることができるらしい。話が早くて助かる。が、自分の失態やら醜態も知られてしまったのだろうかと思うと、情けなくなる。

 エメラインは悄然と俯き「はい」と力なく返した。


「あれは駄目だなあ。婚約者だとしても、婚前交渉なんて以ての外だよ。僕そういうのはすごーく嫌いなんだよね」

「そこまでのことは致しておりません! 口付けだけでしたから……」

「でも倒れて苦しんでるってことは、その気満々できわどい所まで行っちゃってことだろ」

「そっ、そんなことは……」


 あるかもしれない。

 確かにあの時、ギデオンの手つきは怪しかった。やはり彼はそういうつもりだったのだろうか……。


(ってこんなことを考えている場合じゃないわ!)


 カルナートの不興を買ってしまったようだが、逆鱗に触れたという程でもなさそうなのでまだ希望はある。眷属には寛容な神だと言われているし、ここは懇願あるのみだ。


「とにかく! お願いします、どうかギデオンさまの呪いだけでも解いてください。私、なんでもしますから!」

「本人がここまで来ないと無理だよ。治癒は直接触れないと出来ないもん。それに僕はこの山から出られないし……ん?」


 何か異変でも感じたのか、カルナートが肩をぴくりと揺らす。


「誰か来たみたいだ」


 そう言って、指先で空中に円を描いた。するとそこだけが丸く光って、麓の景色と二人の男性の姿を写し出す。

 一人はブラッドフォード伯爵、もう一人は杖を付いた黒髪の青年――ギデオンである。


「あっ!?」


 思いもよらない来訪者に、エメラインは驚き青ざめた。


「サイラスと噂の人物がご登場じゃないか」

「あんな状態でここまでいらっしゃるなんて……!」

「好都合じゃないか。ここに来たら治して頂けるんだろう?」


 取り乱しかけたエメラインだったが、アーネストの言葉ですぐに落ち着きを取り戻した。

 確かに彼の言う通りだ。「そうですね!」と明るい声を上げてカルナートを伺うと、彼は邪気の無い笑顔を浮かべてとんでもないことを言い出した。


「じゃ、どうせならここまで来てもらおうか」

「えっ!?」

「おーい、サイラス! ここまで来るのにギデオン君に手を貸しちゃだめだからね!」


 あろうことか、円の中に写る父はカルナートの呼びかけに頷いている。


(そんな、ひどすぎるわ……!)


 病人に対して鞭打つ行為をするなんて信じられない。それに父も父だ。目の前で苦しんでいるのに何故あっさり了承してしまうのか。相手が神だということも父の立場も忘れ、エメラインは憤った。


「何ということを仰るのです! あんなご様子でここまで登るのは無理です。ギデオンさまが死んでしまいます!」


 一刻も早くギデオンを助けなければ。そんな想いに突き動かされて、踵を返す。しかし駆けだそうとした足は地面に付くことなく、空を蹴った。身体が浮き上がっているのだ。これでは身動きなんてとれやしない。


「カルナートさま! 降ろしてください!」

「大げさだなあ。転げ落ちでもしなきゃ死にはしないって。息苦しくてもゆっくり登ればここまで来れると思うよ。本人が音を上げない限りはだけど」

「何故このようなことをするのですか? こんなことに意味はないでしょう? お願いですから意地の悪い事はやめて下さい……!」

「意味はあるよ。ここまで諦めずにきたらちょっと感動的じゃない? 僕はそういうの見てみたいんだ」


 つまりは楽しみたいということか。あまりにも自分勝手な理由に、流石のエメラインも頭に血が上ってしまった。


「ギデオンさまは貴方さまを楽しませるための玩具ではありません。そもそもの原因は貴方さまの掛けた加護ではありませんか」

「お、おい、そのような物言いはやめた方が……」


 アーネストにしては珍しく遠慮がちにエメラインを制してくる。おそらく怒りを買うことを恐れているのだろう。しかし彼の心配をよそに、カルナートは怒ることなくニヤッと笑った。


「言うじゃないか。でもさあ、君にも原因あるんじゃない? 上手く人間関係築けなかったからこんなことになっちゃったんでしょ」

「それは……」


 否定できなかった。確かに彼の言う通りだ。加護があっても自分がもっとうまく立ち回っていたら、陛下の心象だって変わっていただろうし、こんな事態にまで発展していなかっただろう。


「ま、責任の押し付け合いはナンセンスってものだよ。という訳で、大人しく見守ってるんだね。君さっき何でもするって言ってただろ?」

「はい……」

「ああ、ついでにこれも付け加えておくね。ギデオン君がここまでこれなかったら、エメラインはここで一生僕と暮らすんだ。いいね?」


 笑ってはいるが、念押しした言葉には圧力が込められている。おまけに何でもすると言った手前、嫌ですなんて言葉はとてもじゃないけど返せるわけがない。


「……わかりました」


 再び観念したように呟くと、何故かカルナートは大きなため息を吐いた。

 

「なんか君つまんない大人になっちゃったね。やっぱりあの時浚っちゃえば良かったなあ……」

「え? じゃあもしかして私に加護をかけたのは、最初からそのおつもりで……?」


 ぎょっとするような言葉に青ざめ聞き返すも、返事はない。

 ただ彼は肯定しているとも取れる、得体のしれない薄ら笑いを浮かべていた。


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