表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

「エメライン、ギデオンとの婚約は破棄させてもらうぞ」


 王から重々しく告げられた言葉に、エメラインは眉一つ動かさなかった。


 彼女のその態度は、やり取りを見ていた一部の人に「ふてぶてしい」とか「可愛げがない娘」などという思いを抱かせ、彼女への反感と疑惑を更に煽ることとなった。

 

 しかしエメラインは内心とても動揺していたのだ。心境としては、顔を覆って「まさかこんなことになるなんて」と嘆きたいぐらいである。


 エメラインは感情が顔に出にくく、誤解されやすい娘だった。彼女もそれを何とかしたいと努力してはいるが、改善の兆しはあまりみられない。


 それはともかくも、である。何故こんなことになったかといえば、事の発端は婚約者であるギデオンが突然原因不明の病に倒れたことから始まった。エメラインもその場に居合わせていたので、慌てて侍医を呼んだり周囲への連絡に奔走した。で、そんなことをしているうちに、王の間に呼び出されて今に至る、というわけだ。


 エメラインの周囲には王の騎士が険しい顔つきで立ち並んでいる。王も冷たい表情で疑惑の眼差しをエメラインに送っている。その様子を見て彼女は察した。


 きっとエメラインがギデオンに何か仕出かしたと思っているのだ、と。


「何故わしがこんなことを言うか分かっているな?」

「私がギデオンさまに良からぬ行いをしたとお考えなのでしょう? でも私は誓ってそのようなことは致しておりません」

「しかし侍医は言っていたぞ。健康そのものだったギデオンが突然あのように倒れることなどあり得ない、毒を飲まされたのではないかと。もしくは呪いでは、と」


 突然胸を抑えて苦しみ、倒れてしまったギデオン。彼がそんなことになってしまったのは――


 心当たりは有るにはある。だがそれは口が裂けても言えなかった。言えば更なる混乱を招くことにもなりかねないし、ギデオンの名誉にも関わるからだ。


「しかもその時は供の者を全て払い、二人きりだったと聞く。疑われても仕方のない状況だ」


 それは重大な秘密をギデオンに打ち明けるため。例え従者であろうとも聞かれたくはなかった。それなのに彼はあの時――


 思わずその時のことを思い出してしまい、エメラインはたまらず両手で顔を覆った。


「違います。本当に私は何もしていないのです」


 信じてください……と最後に呟かれた言葉は、掠れたように震える響きだった。俯き顔を覆う彼女の様子は、傍目には打ちひしがれて見える。同情を誘う姿だ。


 しかしそれは王の疑念を益々煽るだけだった。


「エメライン、顔を上げよ」


 王の命令に、エメラインがおずおずと顔を上げる。王の思った通りだった。頬は少し赤みを帯びていたが全くの無表情である。


(この娘、全く動じぬな。少しくらい殊勝な様子を見せればいいものを)


 王は不愉快な気分になった。前々からこの娘が好きではなかったので、憎たらしさが増してゆく。どうにかして泣かしてやりたい、と半ば意地悪い気持ちで、王はエメラインを冷たく見下ろした。


「ともかく、婚約は破棄だ。お前にはよからぬ噂も色々とあることだしな。それに関する審議も後に――」

「開けてください! 父上! 父上! 父上ぇー!!」


 その時だった。突然ガンガンガンと扉を激しく叩く音と、王太子カルヴィンの叫び声が王の言葉を遮った。

 王は顔を顰めて「扉を開けろ」と騎士に向かって促した。開くなり、なだれ込むように大きなハンマーを携えたカルヴィンとエメラインの父であるブラッドフォード伯爵が入って来る。


 そしてカルヴィンはエメラインを庇う様に、王の前に立ちはだかった。危険物を手に持ち迫りくる息子を前にして、王はちょっとだけ後ずさった。


「父上! この通り、エメラインは何を考えているのかわからず不気味だと思うこともありますが、根は良い娘です。決してギデオンを害するような娘ではありません!」

 

 王太子の不躾な言葉に、ブラッドフォード伯爵は眉を顰めた。カルヴィンは正義感に溢れた王太子ではあったが、無神経なのが玉に瑕だった。


「お前、盗み聞きしていたのか?」

「仕方ないでしょう。通してくれないのですから」


 悪びれもせずに言ってのける息子を王はきつく睨んだ。カルヴィンも負けずに王を睨み返す。そんな二人の間に割って入るように、ブラッドフォード伯爵が厳かに口を開いた。


「恐れながら陛下、我が娘はキデオン様を心の底から慕っております。毒を盛ったり呪ったりするようなことは決して致しません」

「だがその娘には黒い噂がある。知っているだろう?」


 エメラインの胸が驚きでどきりと跳ねる。先程も王が言っていたが、そんな噂は初耳だった。おそらく周囲が自分の耳に入れないようにしていたのだろう。エメラインは悲しくなった。


「エメラインのせいで怪我をしたという話が方々から出ておるぞ。その娘が裏で手引きをしたか、あるいは呪いをかけたのではとな」

「父上は伝え聞いただけの話を鵜呑みになさるおつもりなのですか?」

「そのような噂がある娘を息子と結婚させるのは父として心配だ。不吉だしなにより外聞が悪い」


 そんなことで! とカルヴィンがいきり立ったが、エメラインは彼のような気持にはなれなかった。


 そして焦っていた。ここで言い合っていても時間の無駄だ。私はギデオンさまの為に一刻も早くできることをしなければ。


 ギスギスした雰囲気の中、エメラインは意を決して口を開いた。


「陛下がそのように憂慮なさるのも御尤もです……」

「では自分がした行いを認めるのだな?」

「何故そう飛躍した受け取り方をするのです!」

「やかましい! お前は黙っていろ!」


 うるさいカルヴィンに、王は王笏を口に突っ込んで黙らせた。乱暴な振る舞いに、エメラインの身がびくりと震える。そんな彼女を見て王はほくそ笑んだ。


「どうした、続けろ」

「……か、神に誓って、私は皆を呪ったりはしておりません。ですが私の存在がギデオンさまの為にならないというのであれば、婚約破棄も受け入れます。審議を行うことで私の疑いが晴れるというのならばそれも受けましょう。ですが、その前に陛下。私に今すぐ旅立つ許可をお与え頂きたいのです」

「何だと?」


 王の顔が険しくなる。そしてその場にいる過半数の者が思った。


 この娘、逃げる気だな、と。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ