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対峙

翠明は、公青の宮の到着口に降り立った。

何やら、物々しいような雰囲気を、宮全体から感じる。

今まで、公青は厳しいながらもこんな突き刺すような雰囲気を持って翠明を迎えることなど無かった。

到着口に迎えに出て来ていた時まであったが、今は公青の姿は見えなかった。

そうして、いつもなら相留が出て来て迎え、公青の居間まで連れて行くのだが、今は隼人が出て来て頭を下げた。

「翠明様。お待ち申し上げておりました。謁見の間へお連れ致します。こちらへ。」

翠明は、隼人の表情が強張っているのを見て取った。自然自分の顔も険しくなるのを感じながら、翠明は黙って頷いた。いつもなら独りで来た時は居間へ通されるのだが、謁見の間へ通されることから、今日はいつもと違う訪問なのだと分かる。

公青が、自分を殺そうとしているとしたら、いくら構えても敵わないのは知っている。だが、ここで殺してしまえるほど、今の公青には力はないと翠明は思っていた。確かに公青自身は力を持っているが、軍神の力だけを見たら、翠明、安芸、甲斐、定佳の軍神も大差ない。そして、数から行けば、圧倒的に翠明の動かせる軍神の数が多かった。いくら公青でも、一斉に四方から大量の軍神にかかられたら、絶対に敵わないはずだ。公青は生き残っても、軍神は全滅するだろう。いくら公青の気が大きくても、全てを守り続けるのは困難だった。

そして、龍王は公青の西の島での支配のためには力を貸さない。なぜなら、何かあった時のために四方の王に序列を与えると会合で宣言し、実際にそれを脅かそうとする公青から、翠明を助けようとしている。

なので、これから謁見の間で何が起こるのか何となく予想出来たが、翠明は公青を恐れてはいなかった。

謁見の間へと入って行くと、遥か向こうの正面の玉座に、公青が座っているのが見えた。公青の顔は険しく、とても軽口を叩くために呼んだようには見えない。翠明も、真っ直ぐに歩いてその前に出た。そして、公青に軽く会釈程度に頭を下げた。

公青はしばらく黙っていたが、翠明は頭を下げたまま、動かなかった。格上の王からしか、声を掛けてはいけないからだった。

たっぷり五分は黙っていた後、公青は口を開いた。

「翠明。主、なぜに呼ばれた分かっておるか。」

来た、と翠明は、顔を上げた。

「あのような夕刻に、こちらも驚いていましたところ。何かありましたでしょうか。」

公青は、頷いた。

「主は我に成り代わろうとしておるのか。」

直球の質問に、翠明は一気に緊張した。宮の中も、同じような空気を感じる。それでも翠明は、努めて何でもないように答えた。

「何のお話でしょうか。公青殿が出て参られぬ間、我は混乱して来る回りに何とか対応しようと龍王に相談し、そうして会合に出るようになり申した。それだけの事でございます。公青殿からのご指示には従っておるかと思いまするが?」

公青は、探るように翠明を見た。

「ならば主は、我に逆らおうというのではないのだの?何やら安芸などは、中央に会合に出て来るのは面倒だとか申しておるようであるが。」

翠明は、眉を上げた。知られている…ならば他の二人も同じようなものなのも、恐らく公青は知っているだろう。翠明は、今知ったように答えた。

「安芸が?まああれならそんな事を申すやも知れませぬな。あれは10程の宮しか面倒を見ておらぬゆえ。我ほど手一杯なのではないでしょう。」

公青は、まだ翠明を射るように見ながら、言った。

「では、主は我に逆らうつもりはないと?十分に己に力が有ると慢心しておるのではないのか。」

翠明は、フッと笑って首を振った。

「正直、あのように気の大きな神に囲まれるのは面倒だと思うており申した。此度会合に出ずで良くてホッとしており申した次第。」

公青は、同じようにわざとらしくフッと笑った。

「ならばそれを証明して見せよ。」翠明が眉を寄せるのに、公青はいきなり険しい顔で言った。「こちらへ、主の子を学びに出せ。ならばそれを信じてやっても良い。」

翠明は、公青を睨んだ。やはりそうか。

「…子と申すと、もう知っておられたか。しかし綾の腹の子が出て参るのはまだ半年以上先であるし…困ったもの。」

翠明が用意していた事を言うと、公青は玉座の肘をバシという派手な音と共に叩いた。

「既に生まれておる子ぞ!主の跡取りである紫翠を、ここへこさせよと申しておるのだ!とぼけるでないわ!」

翠明は、公青を睨み付けて言った。

「これは異な事を申される。もしかして聞いておられぬのか?紫翠は龍王より見込みがあると言われ、あの折共にさらわれた明蓮と共に龍の宮で学んでおるのです。我にそれを断れようか?」

公青は、目を見開いた。龍王が…先に手を回しておったのか!

隼人が、知らなかった事に目を見開いて公青を見上げている。翠明は、じっと公青の目を見返して目を反らさずにいた。公青は、そのまま翠明と睨み合っていたが、ブルブルと両の拳を震わせて、歯ぎしりをした。

どう出るかと翠明が固唾を飲んでいると、公青は突然、不敵にニヤッと笑った。

「…そうか。」公青は、手を上げた。「では、しばらく主に話を聞くかの。我が不在の間の事を、事細かに報告してもらいたいと思うておったのだ。」

公青が手を上げると同時に、一斉に謁見の間の脇の扉が開き、軍神がわらわらと入って来た。翠明は、予想はしていた事だったので、慌てる事無く言った。

「…報告にしては、大変な歓迎ぶりに恐縮然りよ。」

公青は、翠明を蔑むような目で見降ろした。

「この数の軍神に主一人、我の結界の中では逃げるのは無理であろう。しばらくおとなしくしておるが良い。直に終わろうほどに。」

翠明は、促されるままに、出口へと足を向けた。

「…後悔しておるだろうに。また、後悔するぞ、公青。」

そう言い置くと、翠明は物凄い数の軍神に囲まれて、そこを出て行った。

公青は、もう引き返せないのだと、これからの事を頭の中で必死に考えていた。


維月は、せっせと綾に手紙を書いていた。

というのも、維心が宮の会合に出て行って居間に居らず、十六夜は西の島を監視しているしで、やることが無かったからだ。

綾からは、たくさんの感謝の言葉が綴られていた。本当に心が籠った文章で、社交辞令でもなんでもなく綾が維月に全幅の信頼を置いてくれているのが分かった。

なので、維月もそれに応えなければと、紫翠の様子を事細かに書いていた。今朝何時に起きて、何を話して、どんな着物を着せているのか、明蓮とどんな風に遊んでいるのかなど、知っている限りは書いていた。

午前中の数時間のことしか書いては居なかったが、それでも結構な量になった。字は、維心に手本を書いてもらう時間が無かったので、こんな感じかと想像で書いてみたのだが、それが結構うまく行った。これを維心に見せてみて、おかしくなかったらこのまま出そう、と維月は思っていた。

維月が満足げに自分の書を見ていると、横に居てじっと空を見ていた十六夜が、いきなり立ち上がった。

「駄目だ!くそ、あいつはどうするつもりなんだ!」

維月は、仰天して十六夜を見上げた。

「え…なにっ?何なの?!」

十六夜は、歩き出した。

「維心は?会合の間だな!行って来る!」

十六夜が出て行こうと扉を開くと、奥宮と内宮を繋ぐ長い回廊の向こうから、維心が歩いて来るのが見えた。十六夜は、維心に向かって叫んだ。

「維心!公青が翠明を捕らえたぞ!」

維心は、それを聞いてすぐに歩いていたのに浮き上がると、こちらへ飛んで来た。

「誠か。殺してはおらぬな?」

十六夜は、頷いた。

「殺してはいねぇ。今はまだな。」

維心は、後ろをついて来ていた義心を見た。

「義心。」

「は!」

義心は、すぐに今来た回廊を物凄いスピードで飛んで去って行った。維月が急いで居間から出て来て、維心を見上げた。

「義心はどちらへ?」

維心は、維月の手を取って歩いて居間へと入って行きながら、答えた。

「西の島中央の宮ぞ。義心なら、あんな宮簡単に侵入して翠明を助け出すことが出来る。結界を抜ける術は無いが、我はあの宮の結界の穴を知っておる。つまり義心もの。」維心は、正面の椅子に座り、そこに臨時で置かれた文机の上に、維月の書があるのを見つけて、フッと表情を緩めた。「よう書けておるではないか。もう我の指南は必要ないの。」

維月は、うれしくてちょっと表情を明るくしたが、慌てて引き締めた。

「あの、それどころではありませぬわね?その宛先の綾様の夫のお命が危ういかもしれぬのですから。」

維心は、首を振った。

「あれに翠明を殺すことは出来ぬ。表立って龍がついておるのを知っておるのに、そのようなことが出来るはずはないではないか。だが、急いで宮から翠明を出さねば、気取った翠明の宮の軍神と、傘下の宮の王が討って出る。そうしたら、安芸も甲斐も定佳も出よう。とにかくは戦になるのを避けねばならぬのだ。戦になったら、我は炎嘉と共に公青を討たねばならなくなる。つまりは、公明もぞ。」

維月は、気を失いそうなほど、真っ青になって口を押さえた。維心は、慌ててそれを支えながら、なだめるように言った。

「すまぬ。驚かせたか。戦国を避けるため、我らはその宮を根絶やしにして来たのだ。此度も例外ではない。公青に、それが分からぬわけはあるまいに。あれは、もう狂うておると思うた方が良い。己のせいで宮の権威が地に落ちた。そんな宮を奏との間の息子、公明に遺せない。せめて元の状態に戻して譲位したい、との。恐らくは、そういったことであろう。」

維月は、維心を見上げた。

「でも…でも、公明は悪くはありませぬ。それなのに、全てを消されると申すのですか。」

維心は、渋々ながら頷いた。

「それが理。だが、公明が公青を殺して差し出せば話は別。王一人が反乱分子であったと示し、これよりは己が治めると告示するのであるな。しかし、あくまでこれは、戦になった場合ぞ。我は今、それを避けようとしておる。」

十六夜が、横から言った。

「そうだ。維月、戦になってからじゃ遅いんだよ。もし戦になったら、最低限の犠牲で済むようにしなきゃならねぇ。公青一人の命で済むなら万々歳だ。公明に公青が殺せないって言うなら、他の誰かが殺して公明に書状を書かせたらいいわけで。」

維心は、いやに物分かりがいい十六夜に驚きながらも、自分も頷いた。

「そうだ。とにかくは犠牲を少なくすることを考えようぞ。主は案じるでない。我が何とかするゆえ。」

維月は、維心を見て、仕方なく頷いた。いつも、維心が何とかするから、という言葉を聞いているような気がする。維心は、本当に何でも引き受けて相手を世話して来たのだろう。自分に任せろ、という癖がついてしまっているのだ。

「じゃあ、オレは義心の様子も見てる。何か有ったら言う。」

十六夜は、窓際の椅子に座って一人、また空を見上げた。

維月は、それが十六夜だと分かってはいたのだが、別の考え方の別人になってしまいつつあるようで、なぜだが落ち着かなかった。

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