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西の分裂3

翠明の宮では、公青からの書状が届いて、それについて臣下と話しているところだった。

公青は、すぐに公青の宮へ来いと行って来た。会合のことでも知らせるつもりかと思ったが、それにしては他の三人、甲斐、安芸、定佳が呼ばれていないのが不自然だった。

それに、このように午後も遅くなってから、宮へ来いとは乱暴な話だった。こちらも王であり、そんなことを言って来るような無礼な事は、いくら公青でも、今までして来なかった。

だが、あちらを今刺激するわけには行かなかった。

「…本日はもう、日が暮れるゆえ。明日伺うと返事をせよ。」

新光が、必死な顔で翠明を見た。

「王、これはあまり良うない動きでございます。会合から帰ってすぐにこのような、恐らく何かがあったかと。龍王様からのお返事はまだありませぬし、せめてそれが戻って来るまであちらへ行かれるのは控えた方がよろしいかと。」

翠明は、険しい顔で答えた。

「だが、龍王からの返事も明日以降になろう。本日は宴に残っておるかも分からぬし。それまで公青が待つか分からぬではないか。時が経てば経つほど、あれの機嫌が悪うなってより面倒を押し付けられそうな気がする。とにかくは、ここは礼儀も弁えておるように応えておくのが良いであろう。分かったの。」

新光は、力なく頷いた。

「は…。」

すると、そこに頼光が駆け込んで来て、膝をついた。

「王!ただ今龍の宮より、義心殿が書状を持って来られました!」

翠明は、驚いて目を見開いた。もう来たのか?!しかも、義心だって?!

「筆頭を送って来るほど、何を急いだのだ龍王は?!」

頼光は、首を振った。

「我には何も。それよりも王、義心殿は王が確認されるのをお待ちでありまする。至急ご確認を!」

翠明は、急いで頼光からその書状をひったくるように取ると、中を確認した。そして、顔を上げた。

「…紫翠!」

翠明は、いきなりそう言いながら、奥へと駆け出した。何事かと、新光と頼光は、その翠明を追いかけて走った。

「王!いったいどうなさったのですか?!」

翠明は、それには答えず、奥宮へ駈け込むと、紫翠の部屋へと飛び込んだ。

そこには綾が居て、驚いて振り返る。翠明は、息を少し上げながら、紫翠へと向き直った。

「紫翠。主、龍の宮へ参るのだ。」

紫翆は、言っている事が分かっているはずなのに、落ち着いて翆明を見上げている。綾が、驚いた顔をした。

「何を突然にそのような。紫翠一人で行かせることなど出来ませぬ。ならば、我も共に。」

翠明は、首を振った。

「綾、宮を、紫翠を想うなら、主はここに。そして、紫翠は維心殿を信じて落ち着くまでその結界内で守って頂くのだ。これしか、今は無い。我とてどうなるのか分からぬが、しかし紫翠さえ保護されておったなら、我にもどうにか出来るであろう。」

綾は、訳が分からぬで戸惑った顔をした。

「そのような…確かに龍王様の保護下に入れば、紫翠に何かあることなどありませぬが…。しかし、こちらも翠明様の護りで大変に安定しておりますのに。それに、なぜ我は紫翠について参れませぬの?」

翠明は、綾の手を握った。

「綾、この宮は安全ではない。だが、主は鷲。それが可能性を残しておるのだ。主がここに居れば、公青はこちらへ侵攻して来れぬ。ゆえに、主にはここに居ってもらわねばならぬ。だが、紫翠は…もしかしたら、公青に人質として出せと言われる可能性があるのだ。」

綾は、さすがに仰天して口を押さえた。公青が…。

「そのような…!翠明様が、公青様ご不在の間、世を回しておったからこそ西の島は安定しておるのではありませぬの?!なぜに、なぜに公青様がそのようなことを…!」

「だからこそぞ。」翠明は、悲し気に綾を見た。「我は、公青の脅威になってしもうたのだ。気の大きさでは公青に負けるが、我につく宮の数では今や我が西の島で一番ぞ。つまりは、戦になれば公青は我に敵わぬようになるのだ。それを避けるため、公青は我を抑えようとしておるのだろう。いや、もしかしたら、討てたら討ちたいと思うておるやもしれぬ。この危機を何とかしようと、安芸、甲斐、定佳にも序列を付けると本日宣言したらしい。次の会合には、あれらは召喚されるのだそうだ。こちらで我だけが突出した力を持つことを避けて、公青が我を敵視するのを無くそうとしたのだ。だが、それを待たずに公青が我を押さえ付けようとするのを見越して、維心殿はこうして、急いで書状を送って来てくだされた。もしかすると、我に抵抗させぬために、紫翠を抑えようとするかもしれぬと。維心殿は、なので急ぎ義心を送って来てくださった。ここは維心殿を信じて、紫翠を託そうぞ。」

綾は、迷うような目で紫翠を見た。紫翠は、落ち着いた目で綾と翠明を見上げている。そして、綾に言った。

「母上。我のせいで、父上がご不自由になるなど考えたくもありませぬ。明蓮にも会いたい。我は、龍の宮へ参ります。」

翠明は、少し涙を浮かべながら、紫翠を抱き上げた。

「よう弁えておるな。しばしの我慢ぞ。すぐに父が迎えに参るゆえ。」

「紫翠…。」

綾は、涙を流している。紫翠は、特に悲しむ様子もなく、答えた。

「我は、案じてなどおりませぬ。父上、母上、我はあちらで、もっと学んで参ります。」

新光も頼光も、そんな紫翠の様子に、涙を浮かべていた。赤子を、しかもやっとさらわれた事件から戻って来たばかりなのに、またたった一人でしかも、龍の宮などという大きな宮へと行かされる紫翠が、不憫でならないらしい。

だが、紫翠本人は悲しんでいる様子は欠片も無かった。その様子が、またよく分かっていないのかと臣下の涙を誘うようだった。だが、紫翠は自分の立場を十分に分かっていたし、怖くも寂しくも無かった。

なので、待っていた義心と共に、その腕に抱かれて、夕闇の中龍の宮へと飛び立ったのだった。

綾は、それを涙を流して見送った。翆明は、明日に備えて気持ちを切り替えていた。宮を守るためには、そうして紫翆にそれを譲るまでは、自分はこの宮を守りきらねばならぬのだ!


公青は、翠明からの返答を受けて、激昂してその書状を破り捨て、部屋へと帰っていた。

もちろん、翠明の返事は間違ってはいなかった。こんな夕刻になって宮へ呼びつけるなど、確かに皆を統制した時ですら、公青はしたことが無かったのだ。

それでも、公青にはそうせざるを得なかった。翠明が、自分の留守を何とかしようと励んだ結果なのは分かっている。自分が、半年も政務を放っておいた事がこの結果になっているのも知っている。だが、このままにするわけには行かなかった。長い間父や祖父が守って来たこの地位を、自分の代で奪われるわけには行かなかったのだ。

公青は、空を見上げた。月が出ている。

公青は、それに向かって話しかけた。

「蒼、聞こえるか。」

すると、月から声が返って来た。

《公青?どうした、今日は宴にも残らないで。オレも途中で帰って来たがな。》

公青は、いつもの蒼の声に、少しほっとした。蒼は、何も知らないのだ。こちらが、こんなことになっていることも。今日も、公青が政務に本格的に戻って来たとそれは喜んでいた。今の状況が、どれほど厳しいのか、蒼には分からないのだ。

「蒼、主は良いの。月であって誰も逆らう事もないし、龍王がついておってすぐに助けてくれる。己の地位を、脅かされる事もないし。」

蒼の声は、戸惑ったようだった。

《え?主の地位だって、脅かされることはないだろうが。炎嘉様に迫るほどの気を持っておるのに。誰より、主は何でもよく知っているし、皆にも頼りにされておるではないか。》

公青は、それを聞いて心がチクリと痛んだ。そう、そう思っていた。自分しか、西の島を治めることは出来ぬだろうと。自分以外に、頼る者などないこの島で、何があっても、あれらは自分を頼り続けるものだと…。

だが、力が大きいだけでは、誰も頼ったりなどしないのだ。知らぬ間に、翆明は成長し、特に考えもなくただ助けるために鷲を娶り、籠もった公青の代わりに必死に島を守った結果、こうなった。

役に立たぬ王などに、王は従わないのだ…それが、どんな小さな宮の王だったとしても。

「…また主には、心労をかけることになるやもしれぬ。主は知らぬ事が、水面下で起こりつつある。我が何かと戦うことになったら、主は我に力を貸してくれるか。」

蒼の声は、戸惑いがちに揺れた。

《戦う?何と戦うのだ。もちろん、主が宮を守るために戦うと言うのなら、オレは力を貸す。奏は死んだが、公明が居るではないか。オレ達は他人ではないのだ。大丈夫だ。》

宮を守るため、という言葉に、公青は苦笑した。守りたいのは、宮だけではないのだがな。

「その言葉を聞いて安心した。では、またの。」

蒼はまだ何か聞きたそうだったが、公青は月に背を向けた。蒼はああは言っても、龍王には逆らえまい。もしも維心が手を出すなと言ったなら、黙って見ているよりないだろう。

公青は、己が浅はかだったと思いながらも、奥の間に足を進めた。奏を迎える前に、翆明の妹を娶っていたのにそれも返してしまっている。こちらに今切り札は、ない。

ならば、新しい切り札を手に入れるまでだ。

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