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西の分裂

翠明は、じっと宮で東の方角を見つめていた。

この半年の間、自分は結構完璧にやって来たはずだった。公青が居ない間の事だからと、忙しくても堪えて必死にやった。それなのに復帰した公青は、いきなりこう言って来た…「もう、あちらの会合に出るな。力の無い神が混じってやって行ける場ではない」と。

公青が呆けている間、こちらを維持運営していたのは、自分なのではなかったか。自分がやらねば、こちらは荒れて今頃立て直すのが大変であっただろう。傘下の宮も、不満を持って従わなくなっていたかもしれない。それなのに、公青の第一声が、それだとは。

それは、新光や頼光も同じように思ったようで、憤りを隠せない様子で言った。

「王、これはあまりにも公青様は横柄になさっておいででは。王は、そういう筋でないのに他の宮々を治めておったのです。出たくて出ていた会合でもないし、何よりあちらの宮の政務のことまで、公明様がお困りになって問い合わせて参るのにも事細かにお答えしたのではありませんでしたか。それなのに、あんまりな態度。これでは、これより先公青様に従って参ろうなどと誰も思いませぬ。」

翠明は、息をついた。確かにそう思ってもおかしくは無いのだ。何事も無かったかのように、公青の宮での会合を再開すると言われても、そして、何か他の宮の対応をするにも、いちいち報告するように言われても、今更何をと、誰もが思うのだ。安芸など面倒だから公青の言うことなど聞かぬでおこうと言って来た。しかし、公青と翠明とは、生まれ持った気の大きさが全く違う。これまで従って来たので、それが身に染みついてしまっているのもあるが、攻め込まれたら、この宮はどうなってしまうのかと考えてしまうのだ。

何より、公青には龍と月がついていた。それを話すと、安芸も月の宮の侍女であった妃を通して月の宮とは渡りをつけると、公青に従わないということにかなり前向きだ。定佳も甲斐も、もし何かあった時は、翠明につくと暗に公青との対抗姿勢をにおわせて来る。

翠明は、思った以上に回りの者達の自分への期待が、大きいのだと感じていた。抱えている宮の数も、翠明が一番多い。公青ですら、その翠明を抑える事で、自分が治めていると思っている宮々だったが、実質面倒を見ているのは、翠明なのだ。だからこそ、何かあった時の兵力は、公青よりも大きかった。これに三方の王が付き従えば、公青の気の大きさでも、恐らくは宮を守り切れないと思われた。

翠明は、悩んだ。西の島だけのことなら、自分は他の三人と一緒に、公青に逆らったかもしれない。だが、あちらに居る龍と月とは、とても敵わないのを知っているゆえに、事を構えることは出来なかった。

あの、公青が居なくなった時に短慮に進軍させた時のことを、翠明は忘れていなかった。

「王。お決めくださいませ。」

筆頭軍神の、頼光が険しい顔で翠明を見上げる。綾が、横で心配そうにこちらを見て、珍しく黙っていた。

翠明は、言った。

「…会合の様子を知りたい。維心殿に書状を。我が書く。主、届けて参れ。」

頼光は、頭を下げた。

「は!」

そうして、頼光は龍の宮へ向けて飛び立ったのだった。


その頃、公青は中央の宮へと帰り着いていた。

先に隼人を帰していたので、帰るとすぐに、会合の間へと足早に踏み込む。そこには、相留も公明も、隼人他臣下達も揃って居て待機していた。

公青は、正面の上座に座った。

「皆、隼人からざっと聞いておるか。」

相留が、不安げな顔で頷いた。

「は。龍王が、甲斐様、安芸様、定佳様にも序列をお付けになるとおっしゃったとか。」

公青は、厳しい顔で忌々しげに頷いた。

「たった半年面倒を見なかっただけで、翠明や定佳、安芸、甲斐の地位をはっきりさせて独立の方向へ向けようとしておる。あれらがそんな大した神でないことは、我がよう知っておるわ。」

隼人は、戸惑いがちに言った。

「しかし、そうなると面倒なことに。四方の神がそれぞれあちらと交流するようになれば、その傘下に入っている神達はこちらと繋がっておる必要がなくなり、皆完全にあの四人に付きましょう。この中央は、王のお力が誰より強いとはいえ、兵力自体はありませぬ。今までのようには、王のご統治が島全体には行き渡りづらくなりましょう。」

それはつまり、中央の宮がただの宮の一つに成り下がるということだった。そうなると、一番に力を持つのは、南西の翠明。翠明につく宮の数は、圧倒的に多い。今まで、翠明が処理し切れなかったことを公青がやっていた事と、翠明自身が公青に従っていたのでその兵力は全て公青のものとして数えられていたが、翠明が独自に面倒を見るようになり、そして公青に従わなくなったなら、それは全て翠明のものとなる。

西の島の第一宮は、翠明の南西の宮になるだろう。

「…させぬ。」公青は、睨むように虚空を見て、言った。「翠明に、ここへ来いと伝えよ。あれを、絶対に我の支配から離してはならぬ。翠明が従っておれば、恐らく他の三人もおとなしくしておろう。あれから権利をはく奪せねば、安心しておれぬ。確かに我に従うのだと言う事を、あれの口から約束させて島に告示するのだ。少々手荒になっても仕方がない。我の力には絶対に敵わぬのだということを、あやつに思い知らせておく必要がある。」

相留は、困惑したように公青を見た。

「そのような…あまりに強く出ては、翠明様も逆に反発なさるやもしれませぬ。いくら幼い頃から世話をしておられたとはいえ、もう今ではあちらの宮々にも認められる王であられるのです。お世継ぎも居られ、鷲の妃をお持ちです。あまり強権的になさると、鷲が出て参る可能性もあるのです。慎重になさった方がよろしいかと。」

公青は、キッ相留を睨んだ。

「綾は鷲から見たら厄介者であろうが。何があっても口出しすることはないわ。とにかく、翠明ぞ!翠明を抑える!案ずるな…我に策がある。」

隼人と相留は、顔を見合わせた。そんな力技で、今回のことが収まるとはとても思えない。しかし、どうしたら元の状態に戻るのかも、また分からない。

臣下達は、不安なまま公青の厳しい顔を見つめていた。


その頃、維心はいつものように、宴には出ずに後を炎嘉に任せて、龍の宮へと帰って来ていた。

宮へ降り立つと、維月が到着口で出迎えていて、頭を下げた。

「維心様、お帰りなさいませ。宴には出ずでおられたのですか?」

維心は、頷いて維月の手を取りながら、言った。

「主が待っておるのに、遊び呆けてなどおられぬわ。主の本体も預かっておるしの。」

維心は、それがさも特別のような言い方をする。だが、維月は自分なので宮の蔵に入れていてもさほど脅威はないだろうと思っていた。

「まあ。お気になさらずに。でも、維心様がお早く戻られたらお顔が見られるので嬉しいですわ。」

維心は、微笑んで歩き出しながら、維月の腕を引いて肩を抱いた。

「また我の姿か?主が好むなら良いがの。」

そうやって、維心が機嫌よく居間へと足を向けると、兆加が膝をついて言った。

「王、取り急ぎご報告を。西の島南西の翠明様より、書状が参っておりまする。」

維心は、ピクリと反応して足を止めた。

「翠明から?…これへ。」

維月は、驚いた。いつも居間へ持って来いと言うのに、今ここに?

兆加も驚いたようだったが、懐から折り畳まれた書状を出すと、維心に差し出した。

維心はそれを受け取って、サッと開いて目を通すと、閉じた。

「…うむ。居間へ戻る。兆加、ついて参れ。」

兆加は、慌てて頭を下げた。

「は!」

維心は、維月を伴って兆加を後ろに、そのまま居間へと戻ったのだった。

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