会合
ひと月半に一度の、神世の会合の日がやって来た。
今回は、持ち回りで鳥の宮になっていて、鳥が復帰してから初めての会合なので、皆楽しみに集まったようだ。
会合の開始時間はいつも同じで、日が昇ってから五時間後と決まっていた。
それが蒼には面倒で、月の宮では時計を使っているので、日の出が何時なのかいちいち人世のインターネットで調べてそこから五時間を割り出して宮を出発するようにしている。
だが、神は普通に正確にその時が分かるのだそうだ。
だからといって、会合の時間辺りに到着するのは、最上位や上から二番目の宮の王と決まっていた。
下位の宮の王達は、皆日の出と共に出発し、上位の宮の王を待たせないようにと気を遣う。それに、皆が一度に宮へ押しかけると、到着口が混雑してなかなか降りられず、降りたら降りたで案内の神も大変なので、そうやって時間配分をして、円滑になるようにしていた。
そんなわけで、維心はいつも一番最後の到着だった。
いつも通り起きてから兆加の話を聞き、会合なので湯殿へ行って着物を外出用に着替え、ゆったりと過ごしてから出発する。
維月は、飛び立つ維心を見送りに出発口へと出て来ていた。回りには、付き従う臣下達軍神達が控えていた。
「では、行って参る。」維心は、維月の手を握って言った。「龍王の石のことは案じるでない。どこへ行こうと我はこれだけは守るゆえの。なのでもし何かあったら、主は本体へ戻るが良い。我の懐に戻れるゆえな。」
維月は、この龍の宮の結界の中で、何かあるなんて無いのに、と思いながらも、頷いた。
「はい。お気をつけて行っていらっしゃいませ。お帰りをお待ちしておりますわ。」
維心は、機嫌よく頷いた。
「待っておれ。」と、皆を振り返った。「出発する!」
維心は、飛び立った。
会合に行くぐらいなら輿に乗ることもない維心は、そのまま臣下達に回りを取り囲まれて龍の宮を飛び立って行った。
鳥の宮へ着くと、炎嘉が到着口で待っていた。いつも出迎えてくれるわけではないのだが、今回は気が向いたのか、じっと維心が降りて来るのを待っている。
維心は、上空から旧龍南の宮と呼ばれたこの建物が、今は以前の鳥の宮の形に似ていくらか建て替えられているのを見ていたので、降り立ってすぐに言った。
「何やら覚えのある宮の形に近付いておるではないか、炎嘉。手を入れさせたのか。」
炎嘉は、無表情で頷いた。
「鳥には鳥の住みよい形というのがあるのだ。それより、会合の前に言っておこうと思うての。待っておった。」
維心は、炎嘉と並んで歩きながら、片眉を上げた。
「何をぞ?皆揃っておるのであろう?」
炎嘉は、頷いた。
「それぞ。」と、進行方向を見ながら、言った。「皆と言うて公青は久しぶりに来ておる。主、種明かししたであろう?蒼とも和やかに語らっておるわ。ではなくて、翠明ぞ。」
維心は、足を止めた。
「翠明がどうした。」
炎嘉は、同じように足を止めて維心を見た。
「来ておらぬ。会合の案内を送った時には、いつもと同じようにすぐに出席の返事が来ておったのに。」
維心は、そこで険しい顔をした。
「…公青か。」
炎嘉は、頷いて歩き出した。
「恐らくはの。主らが公青を政務に引き出そうとしたことはあれも理解して、月と龍に関しては心配は無くなったのだろう。隼人も、そのことに関してはもう調べておる様子はない。だが、義心も調べておるだろうが。あちらは今どうなっておる。」
維心は、険しい顔を崩さずに言った。
「公青があちらの定例であった会合を始めると他の宮へ打診したの。翠明には、全て今まで通り重要な案件は、自分で処理するにしても一度公青に聞いてからしろと申しておるとか。それでも、翠明は今のところとりあえず従っておるらしい。しかし、安芸辺りが今更面倒だと翠明に話しておるらしく、定佳も甲斐も良い顔をしておらぬのだとか。それでも、翠明が従うというのなら、従っておこうという塩梅よ。つまりは、公青は己に権力を引き戻そうと、翠明を会合に来させぬようにしておると考えられるな。」
炎嘉は、すぐに頷いた。
「我もそのように思うた。しかしこちらの序列が付いた神なのであるぞ?これまでは公青傘下という認識であったが、一人前と認められたわけぞ。それを公青の一存で来させぬようなことが、あってはならぬ。まして翠明は、立派に回しておったのだ。序列をつけた我らの沽券にも関わって参るよな。」
維心は、考え込みながらも歩きながら言った。
「…しかし、公青は表立ってそれをしたと言うたわけではあるまい。翠明が、己で来なかったのだと言い張るであろうし、今我らが翠明に対して出来る事はないの。出来るのは、他の三人の王に序列をつけることぐらい。」
炎嘉は、頷いた。
「そうよ。我は、此度そのことを議題に上げたいと思うておる。ゆえ、次の会合には三人を召喚せよと命じるつもりよ。」
維心は、段々に近付いて来る、会合の間の大扉に視線を向けながら、言った。
「ならば我が命じる。主より我の方が良いだろう。」
炎嘉は、また頷いた。
「やはり話が速いの、維心。そうしてくれるなら逆らえる者は居らぬし確実よ。頼んだぞ。」
いよいよ大扉の前に立った。維心は、頷いて姿勢を正した。
「任せよ。」
鳥の臣下が、声を上げた。
「鳥王、炎嘉様、龍王、維心様、ご到着にございます。」
大扉は、二人の目の前で開いた。
ズラリと並んだ、神の王達が一斉に立ち上がって頭を下げるのが見えた。
維心と炎嘉が会合のメインテーブルの上座に腰を下ろすと、そこにはもう、蒼や志心、焔、箔翔、そして序列上から二番目の王達と共に観、公青が座っているのが見えた。
観は、少し前から皇子に任せて会合に出るようになっていて、もう見慣れた様子だったが、しばらく空席だった椅子に公青が座っているのは、目新しいように感じた。半年ほどの事でも、神世ではこうして位置が変わるのだ。
炎嘉が、いつものように口を開いた。
「皆、此度も打ち揃って参ってくれて、ご苦労であるな。では、これより各宮からの陳情も踏まえ、会合を始める。」
炎嘉は、場を仕切るのにかなりの能力を持っている。昔から、維心はこうして横に座って皆を見回しているだけで、炎嘉がそれなりにサクサクと事を進めてくれるので、とても楽だった。どうしてもという事には、炎嘉が自分に話を振って来るので、答えたらいいのだ。それまでは、基本維心は口を開くこともなく、黙っていた。
何しろ、維心が口を開くと皆が何事かと委縮するので、内容が耳に入らないことがある。なので、これでうまく行っていた。
今日も、維心はただ黙って会合が進んで行くのをじっと見て聞いていた。
困りごとなどが大半なので、炎嘉が、それはどこの宮が支援、それはどこの宮が支援などと振り分けて、指示して行く。公に決まったことは、後の報告も行われるので、支援しろと言われた方も無下には出来ないシステムになっていた。炎嘉も維心も、どこの宮がどんな状態なのかリアルタイムで頭に入っているので、出来ないということはあるはずはなく、断ることも出来なかった。
そうやって、助け合いシステムが成り立っているのだ。
しかし、この会合でも、議題に上げてはいけない事もあった。
どこの宮でも困っている、婚姻関係の事だった。
どこどこの宮の誰々と縁づきたい、などと言って来て、指定された方はたまらないからだ。そういうことは、当人同士でやれという事だった。
ここでの議題は、宮の統治に関わる事だけなのだ。
一通り処理が進み、炎嘉の手元の紙が最後の一枚になった。炎嘉は、顔を上げた。
「…では、最後なのだがの。維心と我が考えたのだが、本日は公青が来ておるし機が良かった。」
維心は、チラと最後の紙を盗み見た。その紙には、何やら炎嘉の愚痴のようなものがつらつらと炎嘉の文字で書かれてあるだけで、そんな内容は書かれていない。少し驚いたが、今口に出す事でもないので、維心は黙って前を向いた。
「長く留守をしており、申し訳ない。蒼や維心殿にまで心配をかけておったようで、我も身が引き締まる思いぞ。これからは我も、気を入れてまた、西の島を見て参ろうと思うておる。」
公青が言うと、炎嘉は微笑んだ。
「ああ、蒼があまりに案じるゆえ、維心も手を貸しておったのだと聞いておる。しかし、半年掛かったゆえ、こちらも戸惑っておったのだ。あちらのことは、こちらでも感知しておらぬからの。だが、翠明が居った。あれはようやってくれたわ。我も維心も、あれに序列を付けることに何ら異論はなかったからの。本日は来ておらぬのは残念なことであるが、しかし、こうしてあちらにも優秀な神の王が居ることが分かった今、あれと並ぶと聞いておる、残りの三方を統治しておる王、安芸、甲斐、定佳にも、序列を付けようと思うておるのだ。傘下に、結構な数の宮を抱えておるというではないか。それを、この半年翠明に手を借りてでも治め切ったのだ。」
公青は、顔をしかめた。
「というて、あれらはそのように大したことは出来ぬのだ。これまでも、我に頼ってばかりでな。維心殿にも炎嘉殿にも迷惑をお掛けしたが、これよりは我があれらの話を聞いてしっかり管理するゆえ。」
炎嘉は、維心を見る。維心は、口を開いた。
「…とはいえ、主が不在のこの半年、あれらが宮と傘下の宮を回しておったのは事実。此度の事といい、全てが主頼みであると何かと面倒が起こる事がある。西の島は大きいゆえな。翠明があれだけのことを成し得たということは、他の三人にも機を与えたらもっと出来る可能性があるということぞ。ゆえ、次の会合に三人を召喚することを命ずる。我が己の目で、しっかりと見極めて良いと思うたら序列を与える事にする。」
皆が、シンと静まり返ってそれを聞いていた。維心が言ったからには、これは確定事項なのだ。
炎嘉が、横から頷いて言った。
「それぞれがそれぞれの宮と傘下を管理した方が、どこかの王に何かあった時も我らが支援しやすいゆえな。次の会合で我らが三人を見極めようぞ。」と、最後の紙も処理済みの紙束へと乗せた。「では、本日はこれで終了ぞ。この後、宴の準備が出来ておるし、時があるなら皆、酒でも飲んで日ごろの憂さを晴らして参ると良い。」
維心と、炎嘉が立ち上がったのを見て、他の神達も一斉に立ち上がった。
両側に分かれて頭を下げる中、維心と炎嘉は、並んで歩き出した。その後ろを、焔、志心、蒼、箔翔がついて来るのが分かる。
維心は、その時小さく横の炎嘉に言った。
「…で、あの紙は何ぞ?」
炎嘉は、軽く顔をしかめて答えた。
「何か言わねばならぬ時のために最後に仕込んであるのだ。ああすれば、最初から考えておったように見えようが。頭を使わねばの。」
維心は、炎嘉がそんなことまでして会合を取り仕切っていたのかと少し感心した。
そうして、会合は終わった。
公青が、宴に出る事は無かった。




