日常
蒼は、宮の会合に出ていた。
ここ半年、ずっと当然のように十六夜は降りて来て、一緒に会合に出ている。もちろん、今も蒼の隣に座って、じっと会合の様子を見ていた。
しかも、聞いているだけでなくしっかり理解しようと何度も翔馬に話を聞いている。そんな様子を見ていると、もうそろそろ十六夜を信じて、維月を月に返してやってもいいんじゃないかと蒼は思い始めていた。
碧黎は、どこに居ても話を聞けるので、会合には出て来ない。何か言いたいことがある時は出て来るが、今日はここには来ていなかった。
翔馬が、頭を下げた。
「では、本日の内の議題はこれで全てでございます。続きまして、軍の方からのご報告を。」
本当はここで終わりなのだが、先ほどから嘉韻が入って来て待っていたので、軍の方からも何かあるんだと蒼には分かっていた。いつも、そんな感じで軍からは、特別なことが無い場合は定期的にこうして嘉韻が、まとめて会合の席で報告して来るのだ。
蒼は、嘉韻の方を見て、報告を待った。
「王、それでは軍の方からご報告を致します。」嘉韻が、テーブル越しに蒼を見て、言った。「このひと月の間、王が命じられたはぐれの神の二家族七人の様子でございますが、律の報告によると、変わったことも無く、機嫌良く過ごしておるとの事。」
蒼は、気にしていたことだったので、ホッとして頷いた。二家族を見つけて来たのは、嘉韻と律の二人だ。結界外の、はぐれの神が多い地域から少し外れた位置に、離れて二つのみすぼらしい小屋があり、そこに出入りしている神達を発見した。夜はいつも、男神が外で見張りをしている状態で、小屋の中には女子供が休んでいた。これは家族だろうという事で、まずは律が渡りをつけ、次に嘉韻が降りて行って話をつけた。そうして、家族諸共月の宮結界外まで連れて来て、関の房という結界前にある場所で蒼と目通りし、月の宮結界内へと入って来たのだ。
臣下用の家は、居間と寝室三つの3LDKなのだが、小屋より遥かに大きいので、家族は難なく収まった。それから、男神の方は軍で働き、妻と子達は家で待つという生活をし始めたのだ。
しばらく様子を見ないと慣れるかどうか分からないというので、律に見張らせていたが、今のところ問題はないようだ。
蒼は、嘉韻を見た。
「あれらが幸福に過ごせるのも軍に入った神達の頑張り次第であるしな。その二人の様子はどうか?」
嘉韻は、頷いた。
「は。斎と仁の二人でございますな。新入りであるので雑用もキツい仕事も多い中、律と簾に教えられながら文句も言わずに黙々とこなしておりまする。見張りの意味も兼ねて律らに面倒を見させておりまするが、顔色も良く不満も全く感じないとのこと。むしろここに居て、己の職務にだけ集中しておれば妻子が無事で安全なのだという事実に、楽だと感じておるようですな。」
蒼は、頷いた。
「そうか。後で軽く見回って来ておくよ。それで、律と簾と、永は?聞いておるところによると、真面目に努めているようだが。」
嘉韻は、それにも頷いた。
「は。あの三人に関しては今や、何も案じることはありませぬな。真面目な安定した働きぶりでございまするし、いつなり探っておりまするが気が乱れることも一切ありませぬ。あれらの事は、もう安心しても良いかと。」
蒼は、何とかうまく行きそうだとホッとしながら何度も頷いた。
「良かった。では引き続き、斎と仁のことはよろしく頼む。」
嘉韻は、頭を下げた。
「は!では、軍からは以上でございます。」
蒼は、立ち上がった。
「では、本日の会合はここまで。」
十六夜も、横で無言で立ち上がった。
皆が立ち上がって頭を下げる中、蒼は十六夜と共に会合の間を出て居間へと向かった。
会合の間を出た所で、十六夜が蒼に言った。
「じゃあ、オレは月へ戻る。何かあったら言ってくれ。降りて来る。」
蒼は、最近十六夜が軽口を叩いたり、笑うところを見ていないなと思って、心配になって言った。
「十六夜、最近あんまり雑談とかしないよな。このまま一緒に居間まで来ないか?新月も最近は体の自由が戻って来て、歩き回ってるし。ゆっくり話そう。」
十六夜は、それを聞いて少し戸惑ったような顔をしたが、首を振った。
「いや。何か宮に関係あることなら聞くけどよ。オレは空に居た方が全体が見えるから、その方がいいんだ。はぐれの神の家族連れも、他に三つほど見つけてるんだよ。あいつらをここに保護するまで、誰かに襲撃されねぇか見ててやらにゃ。じゃあな。」
十六夜は、そう言い終わるとさっさと月へと打ち上がって行った。蒼は、それを見送りながら、十六夜の必死さが伝わって来て落ち着かなかった。一体どうしたら、碧黎の怒りが収まるのかも分からない。
蒼は、居間へと向かいかけていた足を、碧黎の対の方へと変えて歩き出した。
碧黎の対の、大扉の前で、蒼は足を止めて声を掛けた。
「碧黎様、蒼です。」
碧黎の、深い声が応えた。
「入るが良い。」
蒼が、扉を押して中へ入ると、碧黎が正面の椅子に座ってこちらを見ていた。蒼は、特に怒っているようでもないが無表情の碧黎の前に、遠慮がちに歩み寄ると、言った。
「碧黎様、ちょっとお話したいと思いまして。」
碧黎は、頷いた。
「座るが良い。」
蒼は、碧黎の前に座った。碧黎が、先に口を開いた。
「様子を見ておったゆえ、主が何を言いに来たのかだいたいわかっておる。十六夜のことであろう?」
蒼は少し驚いたが、碧黎がそこに居なくてもだいたい状況を把握しているのは知っていたので、頷いた。
「はい。あの、結構十六夜頑張ってるなって思って。あんまり十六夜を追い詰めたら、果たせる責務も果たせないんじゃないかと…それで、いったいどこまでやったら、母さんを月に戻してやるのかと聞きに来ました。」
碧黎は、苦笑して蒼を見た。
「どこまでと。蒼、月という力の大きさを知っておるか。」
蒼は、自分も月なのにそんな事を言うということは、碧黎が呆れているのだと分かった。なので、少し頬を膨らませて言った。
「その月の王をしているんですから、分かっています。維心様と同じぐらい強い力ですよね?」
碧黎は、諦めたように息を吐いた。
「そう、維心と同じ。分かるか?維心は何をやっておる。」
蒼は、まるで子供に言うように話す碧黎に少し腹が立ったが、答えた。
「維心様は、神世を抑えて平穏に保っております。」
碧黎は、頷いた。
「そうよの。あっちもこっちも騒ぎや面倒ばかり起こすのを、維心はたった一人で目を光らせて処理しておる。なぜに独りでそんなことをせねばならぬ?同じぐらいの力を持つ者が他にも居るのに。不公平よな。」
蒼は、それを言われてバツが悪かった。自分はいつまで経っても一人前にならないので、最近ではマシになったものの、まだ維心に頼っている。維心は何でも知っているし、それに何でもどうにか方法を考えて解決してしまう。なので、最後まで自分で解決しようというよりも、いつも途中で維心に聞いて処理してしまおうとしてしまう。
「…維心様は、いろいろなことをご存知ですし、失敗することが無いので、安心して任せられるので…。」
碧黎は、大きくため息をついた。
「維心とて、始めからそうではないわ。あれも努力して方法を模索してこれまでやって来たのだ。皆が己を頼るゆえ、己が投げたら全てが終わりなのを知っておるから。蒼、主のことを責めてはおらぬ。そもそも主は、そういう命として生まれたのではない。だが、十六夜は違う。本来、維心の代わりに王として君臨出来るように、我がわざわざ作った命なのだ。それが前世でも大概維心に乗っかって少しも己で何かしようとせぬで。維心は死ねぬであれほどに長い間生きておらねばならなんだではないか。このままでは今生とて同じことぞ。長い記憶を持っておるのに、あれは甘えておるのだ。我は容赦ないからの。十六夜を月で無くして維心と維月を月に上げても良いのだぞ?そこまで考えておるのに。」
蒼は、仰天して思い切り首を振った。
「そんな!駄目です、そんなことをしたら、十六夜は生きて行けなくなってしまう!」
碧黎は、じっと蒼を見つめた。
「蒼、主には分からぬか。大きな力を持って生まれたその意味を。結構頑張っておると?それが何だと申すのだ。どこまで頑張ればと?あのな蒼、そんなことは関係ないのだ。我が重要視するのは、その結果ぞ。そこまでの過程を評価するなど、それなりの力の命にならしても良いであろう。だが、大きな力を持つ稀少な命はそうではないのだ。結果を出さねばならぬ。どうあっても、地上を、他の命を守って行かねばならぬ。平穏に暮らす世を、安定させるべく努めねばならぬ。十六夜はこの半年で、その結果を出したのか?何をしたと申す?我はそれを主に問いたいわ。」
蒼は、下を向いた。そう言われても、何もない。毎日ここの政務に追われて、それを処理するだけだ。だが、それでとりあえず、月の宮は平穏に回ってはいる。
「この、月の宮を平穏に保つのでは駄目なのですか。とりあえず、十六夜はここの政務を理解しようとして、そうして会合でも意見を出して、この宮に貢献しています。それでは、結果を出したことにならないのでしょうか。」
碧黎は、蒼を見つめながら、気の毒そうに首を振った。
「主には分からぬのだな。無理も無い事よ。そもそもが、過ぎた力を持っておるのだからの。だが、補佐の役割であるし、それでいいのかもしれぬ。」と、諭すように蒼を見て、言った。「蒼、主にでも出来るであろう?一つの宮を平穏に保つなど。他の宮の王でもやっておるわ。維心を手本にするが良い。あれは、己の宮だけを保っておるのではないであろう。常に己の宮と神世全てを見て、判断しておる。炎嘉はその補佐をしておるが、かなり優秀な補佐ぞ。長くやっておるからの。十六夜は維心を、主は炎嘉を目指せば我の期待に沿えるレベルだと思うと良い。これ以下は認めぬ。これまでが甘やかせておったと思うておるから。それで、主の疑問に答えられたか?」
蒼は、絶句した。
確かに知りたかったことはわかった。碧黎がどこまでを要求しているのか分からなかったので、それを聞きに来たからだ。だが、その答えは途方もない事だった。十六夜に維心を、蒼に炎嘉を求めているのだ。どう考えても、一年や二年で到達できるとは思わなかった。つまりは、維月もまだまだ月には戻れそうにはなかった。
蒼が言葉を出せずに居ると、碧黎はスッと立ち上がった。そして、窓の方へと歩き出した。
「少し出掛けて参る。夕刻までには戻る。主も少し、気を引き締めてな。」
碧黎は、そのまますぐに消えて、そこを去って行ったのだった。




