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その頃

西の島と言われている公青の統括している土地の端、公青に準じている王の中では最大の宮を持つ王、翠明は、筆頭重臣の新光の話を聞いていた。

「…そんなわけで、紫翠様は侍女達と乳母との取り合いになっておるのでございます。綾様が何とか抑えてくださっておるものの、ちょっと目を離した隙に侍女が抱いて連れ出てしまうのだということで…本来なら、王にお聞かせするようなことではないのですが、目に余るので…綾様が申し上げようとおっしゃったのですが、目が離せないから我に行って来て欲しいと。」

翠明は、ため息をついた。

紫翠(しすい)とは、つい一年ほど前に綾との間に生まれた翠明の第一皇子だった。

この皇子が、生まれた瞬間から思ったのだがそれは美しい。

髪の色は翠明に似て明るい茶色なのだが、瞳の色は綾に似て、それは美しい紫色だった。

綾自身がそれは美しく、珍しい紫の瞳なので遺伝するかもと思っていたが、見事に遺伝してその顔立ちは、翠明にも似ているのだが綾にも似ているという二人の良いとこ取りのような形になってしまっていた。

そして、そんな美しい神など目にすることが少ない果ての宮の侍女乳母たちは、こぞって皇子の世話をしたがり、しょっちゅう抱いてどこかへ連れて行ってしまって、綾が乳をやろうと部屋へ行っても、居ないことが多かった。その上勝手に誰かが乳をやってしまっていて、綾が乳を含ませても皇子は満腹、という事態が何度も起こっていたのだ。

さすがに宮が乱れて来たので、翠明も口を出さざるを得なくなって来ていたのだ。

うんざりしながらも、紫翠に与えた部屋へと行こうと立ち上がった時、綾が紫翠を抱いて翠明の部屋へと速足で入って来た。

「王。突然に参って申し訳ないですわ。ですがどうも奥が騒がしい様子ですの。紫翠はまだ生まれて一年にもならぬのに、ようものが分かって参っておるので最近では我以外が近付いたら遠ざけるのですが、それでも身が幼いので簡単に抱かれて出られるのですわ。今も、紫翠の泣き声がしたので慌てて部屋へ駈け込んだら、知らぬ女が紫翠を抱こうとしておって…この宮に、どうしてあのような輩が入って来れますの?」

言われて、翠明は驚いた。知らぬ女?

「そんなはずはないがな。我の結界が領地と宮、それに奥宮と三重になっておるのに、なぜに知らぬ女などが入って来れると申すのだ。」

綾は、その美しい目で睨むように翠明を見た。

「…翠明様。我が偽りを言うておるとでも申すのですか?」

翠明は、その目にヤバイと気取って、慌てて首を振った。

「いや、そうではない。ただ、結界を破られるような感じもなかったのに、なぜにそのような、と思っただけぞ!」

綾は、それを聞いてフッと息をついた。

「詳しくは、頼光に聞いてくださいませ。我が急いで呼んだので、女はあれが捕らえておりました。報告に来るかと思いまするから。」と、紫翠を抱いたまま、足を奥へと向けた。「では、奥の間をお借りしますわ。さすがに王のお部屋にまでは誰も入って来れぬでしょうし、我はこの子に乳を与えねばならぬので。」

そう言いながらも、綾は翠明の返事を待たずにさっさと奥の間へと歩いて行く。翠明は、それを見送ってからため息をつき、ただ茫然と見ていた新光を見やった。

「頼光に早く報告に来いと申せ。」

頼光とは、翠明の筆頭軍神だ。新光は、慌てて頭を下げた。

「は、では御前失礼致します。」

新光は、急いで出て行った。翠明は自分の椅子へと座って頭を抱えた。妃が滅多にないほど美しいと、皇子まで美しくなってこんなことが起こるのか。…それにしても、奥宮まで入って来るなど考えられぬこと。

翠明が表情を険しくしていると、頼光が入って来て膝をついた。

「王。奥宮への侵入者を捕らえましてございます。」

翠明は、頭を抱えた指の間から頼光を見て言った。

「大層な女か?」

頼光は、首を振った。

「いえ。軍神でもないただの女でございます。侍女のなりをして、宮へ入り込んだようでございまするが、綾様が声を上げられて我らを呼んだため、逃げようとしたところを簡単に捕らえることが出来ました。剣技も何も知らぬ様子。どこかの間者が紫翠様を狙って参ったということでも無さそうです。」

翠明は、腕を下ろして頼光を見た。

「我の結界は破られる感じもなかった。どうやってその普通の女が我の結界を抜けて入って来れたのだ。」

頼光は、息をついてまた首を振った。

「それは未だ。女を尋問しておるので、あれが吐かねば分からぬかと。」

翠明は、またため息をついた。

「ほんにあれ絡みで女達がかしましいて面倒ぞ。奥宮の侍女は減らす方向で考える。それから、乳母と綾以外は皇子に触れたら罰すると告示せよ。様子を見ておったが、あまりに侍女達が勝手なことをし過ぎるのだ。皇子に乳をやるなど、綾と乳母以外には許されておらぬことであるのに。勝手に連れて参って、勝手にそのようなことをして知らぬふりをしておるなど、許されることではないわ。一度奥宮の侍女を全て解雇し、内宮の侍女から全て新しく入れる方向で考えておると新光に申せ。ほんにもう…今からこれでは、成長してからの求婚が恐ろしいわ。」

頼光は、翠明の機嫌が悪いので、神妙な顔をして頭を下げた。

「は…誠に、紫翠様には見目麗しくお生まれでございますので…。」

皇女でなくて良かったわ。

翠明は心の中で思いながら、手を振って頼光を追い出した。もう、奥宮のごたごたなどうんざりだった。


数日後、翠明の宮の奥の侍女は一掃され、内宮から新たに奥宮へ格上げになった侍女達が揃った。前より数は少なめにして、そうして全員に皇子に近付く者は罰する、斬ることもいとわないと申し渡した結果、奥宮は一気に静かになった。

綾も、穏やかに子育てをしていて、どうやら鷲の宮では燐を育てさせてはくれなかったようで、それは楽し気にしていた。

あんな大きな宮ともなると、乳母の数も多く、妃は王の世話だけしていればいいと言われて、子の世話などはしないのが普通らしい。

だが、翠明の宮では代々乳母と妃で子育てするのが普通だったので、そうやって育てていた。

今日は、数日後に控えた公青との会合のために、自分の配下の80の宮の王達が、陳情などを持って翠明の宮へとやって来る会合の日だった。

いつものことだが面倒に思いながら、翠明は宮々からの陳情をひとつひとつ吟味して、公青に上げるようなことは控え、そうでないものは自分が解決策を与えて次々にさばいて行っていた。

「では、次は一佳様。」

新光が告げると、一佳が入って来て頭を下げた。翠明が管轄している中では、一佳の宮が一番大きい。なので、翠明の宮で聴いてやれることならば、一佳の宮なら処理できることなので、一佳が持って来るのは大概公青まで知らさねばならないような内容が多かった。

今日も面倒を持って来たのではないだろうな、と思いながら、頭を下げる一佳に、翠明は言った。

「一佳。」

一佳は、顔を上げた。

「翠明様。本日は、我が宮ではお願いする問題はございませぬ。」

翠明は、それを聞いてホッと肩の力を抜いた。そうか、まあそんな面倒も頻繁には起こらんわな。

「そうか。ならば主はこのままあちらの宴の席へ参るが良いぞ。今日は、菊華は連れて来なんだのか?」

ホッとしたついでに聞いたのだが、一佳はにこりともせずに、頷いた。

「あれもそろそろ嫁入りのために落ち着かねばなりませぬ。本日は、我だけでございます。」

これまでなら、人懐っこく微笑んで、兄のように慕って来ていた一佳が、何やら距離を置くように険しい顔でこちらを見ながらそう言うのに、翠明は驚いたが、しかし礼を失しているわけでもない。

翠明は、背筋を伸ばすと、自分も他人行儀な顔になって、言った。

「では次の間へ。」と新光を見た。「次ぞ。」

一佳は、また頭を下げて出て行った。

翠明は、その背をチラと見送った。一佳…そういえば最近は宮へ訪ねて来ることもなく、己の宮へ籠って政務に精を出していると頼光から聞いている。面倒だった母も、今では離宮に籠めて宮へは入れないようにしているらしい。それどころか、離宮を軍神に見張らせて、庭へ出ようとしただけでも軍神がついて来るような状態なので、母は庭へも出なくなっているらしい。そんな状態なので、菊華がどうしているのか気になっていた。小さな頃から見ていたので、あちらも兄弟のように見ているようで、よく慕って来ていたのだ。それが、最近では姿を見なくなり、様子が気になっては居た。

一佳が綾を望んでいたのは知っていたが、それは破談になっていた。その後帰る綾が不憫で、翠明が娶ることになったのだが、その後すぐに一佳も隣りの宮の徳の妹の春と婚姻したので、そんなわだかまりはない物だと思っている。だがしかし、もしかして、一佳はそれが引っかかっているのだろうか。

翠明は、そんなことを考えながら、他の王からの陳情もさっさと処理し、そうして、宴の席へと向かったのだった。

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