責務
維心と十六夜、帝羽が見守る中、蒼はじっと書状を読んだ。維心達とは違い、蒼はじっと読むので時間が掛かる。それでも、数分で顔を上げた。
「観が、書状じゃ詳しく書くのに多すぎるから、こっちへ来て聞きたいことに答えると。日程をこっちで決めてくれって言って来ました。」
蒼が維心に言うと、維心は片眉を上げた。
「観は、出て参ると申しておるか?王が居らぬとまずい宮なのだと昔から言われておったがの。ああ…そうか駿が育っておるからか。」
蒼は、目を丸くした。
「え、王が居ないとまずい宮なのですか?」
維心は、頷いた。
「なんだ、主は知らぬのか。観はいつも会合に来ておらぬだろうが。後で内容を我らが知らせておるのよ。たまに出て来ても、すぐに戻るのだ。なぜならあれが、宮を押さえておるから。荒くれものどもが多くて、改心した神達が迷惑を被るので、王のあれがかなり強権的に宮を見ておるようぞ。なので、王が不在となると、面倒を起こす輩がまだ居るのだ。しかし最近では、皇子の駿が成人して観そっくりに育っておるそうで、それに後を任せられるようになったのだの。心強いことよ。」
蒼は、そう言えば時々顔を見るが、あちらはAランクの宮で、少し離れた位置に座っているので、同じメインテーブルに居ても話したことがなかった。向こうも、話しかけて来ないので、蒼に話しかけて来る神が多いしでなんとなく話もせずに居たのだ。
「そういえば、そうでした。」
維心は、息をついて呆れたように首を振った。
「蒼、何でも我に聞いたら済むのは分かるが、少しは己で考えて他の神を見ておかねばならぬぞ。確かに月に歯向かう神などなかなか居らぬが、我が知らぬ事もあるやもしれぬのだから。分かったの。」
蒼は、反省して下を向いた。やはりまだ、自分には自覚が足りないのだ。長く王をやって来て、少しは慣れて王らしくなって来たと思っていたのに。
帝羽が、急いで横から言った。
「蒼様は、相手の悪意が見えるのですから。ですが大まかな流れなどは、考えられたらいいかということです。」
蒼は、帝羽が気遣ってくれているのが分かって、よわよわしく微笑んだ。
「わかってる。もっと頑張るよ。」
明人が、横から膝をついたまま言った。
「では、日程の方はいかがいたしましょう。使者を待たせておりますので、翔馬に返事を書かせる必要があるかと。」
蒼は、明人を見た。
「そうだな、こちらは明日でもいいと答えておいてくれ。今幸い維心様がいらしてくださっているし、その間の方がいいからな。なるべく早い方がいいと。」
明人は、頭を下げた。
「は。では早急に。」
そうして、明人は出て行った。
十六夜が、伸びをして立ち上がった。
「じゃあ、オレは夕方まで月に居る。用があったらあっちに言ってくれ。」
維心が、十六夜を見た。
「待て。碧黎と維月をそのままにしておくのか?あれらは今、どうしておるのだ。」
十六夜は、窓へと向かいながら言った。
「別に、二人で庭を歩いて話してるだけだよ。いつも通りだ、別に変わりねぇ。親父は維月に手ぇ出したりしねぇから、そんな心配いらねぇって。じゃあな。」
十六夜は、そう言うと維心の答えを待たずに、さっさと光になって空へと打ち上がって行った。
維心は、それを見上げて大きなため息をつく。
蒼は、せめてこの二人だけでも仲良く居てもらわないと、あっちこっちややこしいのはもうたくさんだ、と思っていたのだった。
碧黎は、空を見上げた。
「お。十六夜が月に帰ったわ。主が怒っておると思うて、ここへ探しに来るのは諦めたようぞ。あれも勝手よの。維心にはそんな場もないゆえ、じっと己の部屋で待って居らねばならぬのに。あれの気ままなのも、我に似ておるのだと分かっておるが、それでも我は場所柄をわきまえておるからの。もう少し、躾けねばならぬやもな。」
維月は、同じように空を見上げた。
「まあ、躾けるって、いったいどうやって?」
碧黎は、維月を見た。
「もちろん主を取り上げるのよ。」維月がびっくりした顔をして、口を押さえるのを見てから、碧黎は笑った。「誠に取り上げるのではないぞ。我が満足できるだけの働きをしたら返してやるのだ。あれはな、維心のように己の責務を自覚して生きておるのではないから、誠何をしたと問われたら、恐らく答えることは出来まい。生きておるだけで地上の生き物の世話はある程度出来るのだから、存在さえしておったらいいという考えやもしれぬが、それではならぬ。己の感情だけで誰かを助けたりするだけなど、人でもしよるわ。というわけで、我は少しあれの生き方も考えねばと思うておる。」
維月は、少し不安になって碧黎を見上げた。
「お父様…十六夜も悪気はないのですわ。なので、躾けるなど強い調子でおっしゃるのはおやめくださいませ。」
碧黎は、苦笑して維月の頭を撫でた。
「主が十六夜を案じるのは分かるが、あれのためなのだ。オレは気ままなんだとか言うて、開き直っておるのだからの。我だって気ままなのは同じぞ。だが、我は地上を見ておるではないか。細かいことを見よと申しておるのではないのだ。少々面倒でも、全体を見よと申すのだ。そして、大多数の良い者達に良いように整えて行くのが我らの役目ぞ。あれは考えが浅い。それが案じられてならぬ。」
維月は、自分が叱られたように下を向いた。碧黎は、維月の肩を抱いた。
「主はそれで良いのだ。維心はあれで繊細な所があるが、主のお陰で今生は穏やかに統治しておるではないか。主の役目は、補佐なのだ。我だって主が存在しておることで、もっと努めて参ろうと思うもの。案ずるでないぞ。」
そうは言われても、自分だって月なのだ。だから、気になった。それは確かに、十六夜の方が力が強く、地上を見下ろしているのは十六夜なのだが。
維月がすっかり元気がなくなってしまったので、碧黎は苦笑して話題を変えた。
「…それで、主とさっき申しておった観だが。」
維月は、顔を上げた。
「観様が、何か?」
碧黎は、頷いた。
「ここへ参るようよ。蒼達の様子をずっと見ておったが、今さっき書状が参った。蒼は維心が居るうちに来させたいようで、近い日程にしようと思うておるようだ。主も、観に会えるのではないか?維心がごねなければだが。」
維月は、首を振った。
「別に、面と向かってお会いしたいとか思うておりませぬから。脇から見ておりますわ。どんなことをご存知であるのか、私も興味がありますから。お父様も、観様に会われるのでしょう?」
碧黎は、うーんと視線を上に向けた。
「どうするかのう。我があまり出て行かぬ方が良いのではないかと思うておるのだ。我に会うという敷居が低うなろう?何でも、焦らした方が価値が上がろうというもの。我は、維心のように神世に恐れられなくてはならないからの。ま、我も離れて見ておるわ。どこに居っても何でも見えるゆえな。」
維月は、碧黎の手を握り直した。
「では、私もお父様とご一緒に。額をつけておったら、お父様が見ておられる様子が見えまするから。こうやって。」
維月が、少し浮き上がって碧黎の額に自分の額を重ねると、碧黎がくすぐったそうに笑った。
「おお何でもよう見えるぞ。お互いの意識が、繋がってしまおうほどに。」と、浮いている維月の腰の辺りを抱き寄せた。「久しく命を繋いでおらぬなあ…維月。本来なら夜の方がゆっくりしておって良いのだが、夜は十六夜もうるさいゆえな。これからどうよ…?夕刻まで時はある。」
維月は、顔を赤くした。これが、体を繋いだりそんなものではないのは分かっているし、自分達の常識では心を繋ぐ程度の事なのだが、碧黎からしたら、これが究極の愛情表現らしく、滅多な相手にはしないと聞いていた。そう、母の陽蘭にすら、したことがないと聞いていた。
「ま、まあお父様…。このような場所で…。」
碧黎は、フッと笑った。
「良いではないか。どうせ外から見たら、我ら共に寝ておるようにしか見えぬのだから。主も心地良いと申しておったではないか…。」
碧黎は、維月に頬を摺り寄せた。こんなことは、普段はない。どうやら、碧黎の何かのツボを突いてしまったらしく、碧黎はすっかりその気だった。
維月が、どうしようと思っていると、急に目の前の空気が歪んで渦を巻き、真っ赤な顔をした大氣が人型で現れた。
「え!」
維月がびっくりしていると、目の前に出て来た大氣が、そのまるで火を噴きそうな赤い顔で碧黎に一気にまくし立てた。
「主な!我も居るのだ我も!外の大気の中など我の目の前ではないか!知っておって主は!!宮の中へ入れ、中に!歯が浮くようなことを言いおって!聞いておっていたたまれなんだわ!」
碧黎は、興をそがれたという顔をして、しかしふふんと笑って大氣を見た。
「なんぞ、我らが仲良うしておるのが羨ましいからと。主がどんな感じであるか知りたいと申しておったのではないのか。ここですれば、主も見物出来ようぞ?」
維月がこれでもかと赤い顔をするのを見た大氣は、維月を指さして自分も負けじと赤い顔をして、言った。
「維月が、恥ずかしいと申しておるわ!部・屋・へ・帰・れ!」
碧黎は、呆れたように維月を下ろすと、その肩を抱いて、歩き出しながら言った。
「わかったわかった。経験がないと何かと煩そう申すものよな。主も早うそういう相手を見つけることぞ。ではの。」そう言って、維月を見た。「思わぬ邪魔が入ってしもうた。では我の対へ参ろう。」
維月は、背後に大氣の視線を感じながら、自分がそれは大層なことをしに行くような気がして、気が退けた。それでも、碧黎はこうと決めたらこうなので、従って宮へと戻って行ったのだった。




