方法
維月が出て行って、しばらく気まずい雰囲気が場を支配したが、蒼がそれを破るように、口を開いた。
「えーっと、では、公青のことですけど。帝羽が言うように、公青に何か危機感を感じさせるようなことをするか、それとも公明と楓を連れて来るか。」
帝羽は、まだ沈んでいる維心と十六夜に気遣いながらも、答えた。
「は。ですが、さらうとしたら少し、策をこうじねばなりませぬ。月の宮や龍の宮にも問いあわせは参るでしょうし、表向き知らぬふりをせねばなりませぬ。それに、この上公青様に心労をお掛けすることになりまするから、それで本当に良いのか考えねば。公青様には、どれほど沈まれておるのでしょうか。」
蒼は、そう言われてみれば、と思った。奏を亡くして、やっと公明が戻って来たのに、楓も一緒にまた居なくなったら、もしかして精神的に叩きのめされて必死になるどころか、壊れてしまうのでは。
「確かにな。この上に更に心労が重なったら、公青はやる気になるどころか、潰されてしまうかもしれないな。身内を突くのは、やめた方がいいかもしれない。じゃあ、どうしようか。でも神世の懸念とかを創り出すなんて…難しいんじゃないのか?」
帝羽は、首を振った。
「いえ、あながちそうでもないのです。」蒼が眉を上げる。維心も興味を持ったようで、帝羽を見た。帝羽は続けた。「今は炎嘉様の鳥の宮が戻って参った時で、これから告示されることになりますでしょう。鳥が滅んで久しいとはいえ、在りし頃龍と並び立っていたのは誰もが知っている事実。もし、炎嘉様が我が王維心様と何某かの諍いがあるようだ、と噂が流れたら?」
維心は、黙って聞いている。蒼が、維心を見た。
「そのような噂が流れるのは、神世への影響はどうでしょうか。」
維心は、蒼に視線を向けた。
「…どちらにつくという事になろうの。だが、今は地が居る月の宮の動向が大きく神世を左右すると見て良い。我には、維月という正妃が居るゆえ、月により近いのは龍。なので、今の状態では龍につく者が多くなり、世を二分するということは無いの。昔と今では回りの状況が違うのだ。公青も、悩むことなく龍につくであろう。危機感も感じぬわ。」
十六夜が言った。
「じゃあ、維月をこっちへ一時的にでも帰したらいいじゃねぇか。」維心が十六夜を睨む。十六夜は睨み返した。「あのな、別に他意はねぇぞ。月を中立の立場に持って行くのが目的だ。で、はぐれの神の世話を始めるから、神世とは一時的に分離するとか何とかいって、外と交流しない宣言するんだよ。迷惑かけないためにって言えば、皆面倒が嫌な連中だから、納得するだろうが。なんでいきなりそんなって言われたら、親父がそうしろと言ってるとか何とか言って取り繕ったらいいじゃねぇか。公青は、嫌でも考えなきゃならなくなる。オレは何を話し掛けられても答えねぇし。なんでそんなことになってるのか、情報収集をしようとして軍神を放つだろう。そうして、その情報を合わせて考えまくるから、悲しんで奥へ引きこもってる暇なんかねぇだろう。」
維心は、息をついた。
「…炎嘉と、密かに話し合うよりないの。しかしあれも今、鳥の宮を作り上げるのに必死で、公青のことなど知らぬと言いそうであるがな。鳥の宮の中で、うまく情報統制が出来たらいいが、あそこも鳥だけではなくいろいろな神が居る。炎嘉がそれこそはぐれの神の良いのを拾っては世話しておったからの。今の状態で、あちらの宮を面倒に巻き込みたくはないと思うが。」
帝羽は、考え込む顔をした。
「炎嘉様ならやってしまわれるでしょうが、確かに王のおっしゃる通りでございます。では、そうなると次は、月の宮と龍の宮の対立の演出ということになりまする。」
蒼は、急いで首を振った。
「それはないよ!それこそオレは維心様が居ないと政務もまともに出来ないし、ここの宮だって龍に作ってもらったし、軍神達は龍が多いし。」
維心も、それには頷いた。
「確かにの。月と龍は離れようにも離れられぬ状況よ。将維もここで隠居しておるし。我が前世、そのようにしたゆえな。」
「維月を好きになっていろいろ手を回してたからな。」十六夜が言うと、維心は黙った。十六夜は続けた。「昔から龍の世話になって出来た宮だから、それは不自然だよ、帝羽。やっぱ親父のせいにして、しばらく宮を閉じるって言って外に出ない方がいいんだって。で、炎嘉も結構な役者だから、話せばいいようにやってくれるよ。」
蒼は、うーんと唸った。その気のない所にそんな火種のようなものを放って、鳥と龍が昔のようにいがみ合うようなことになったら、炎嘉が王のうちはいいが、そうでなくなった時に、炎翔のように龍を討とうとするようになるのではないのか。
維心は、気が進まないような顔をした。
「…気が進まぬな。それを芝居だと分からぬ者も、鳥には出て参るやもしれぬのだ。そうなると、後々面倒になろう。今は鳥と龍もうまくやっておるのだ。昔のような、犬猿の仲ではなくの。ここで、おかしなことをして、その種を撒きとうない。」
十六夜が、面倒そうに伸びをした。
「また神世がどうのとかそういうのか。もうオレには分からねぇし、じゃあお前が何かいいように考えてくれよ。それにみんなで協力したらいいじゃねぇか。オレはもう何も言わねぇよ。」
十六夜は、もうこの会話に飽きたようだ。蒼は呆れながらも、維心に言った。
「では、何か方法はありますでしょうか。オレにはさっぱりなんですよ。」
維心は、眉を寄せて少し、視線を横へ向けた。そして、しばらく黙ってから、言った。
「そうよな。ならば、直接ではなく遠回しに参ろう。まず、蒼。主は、公青から何を話し掛けられても、気のない返事をせよ。何なら、答えずでも良い。十六夜、主もぞ。」
蒼は、頷きながらも、理由を聞いた。
「それで、公青が何を思うんでしょう。」
維心は、答えた。
「我も公青の宮には、書状が来ても返すのは再三送って来てからにする。下々の間でも交流があるようであるが、そちらもあまり許可せぬようにする。つまりはの、あからさまに全てを排除するのではなく、なんとなく嫌がっているような雰囲気を演出するのだ。はっきり分からぬものほど、恐怖を感じて調べずにおけぬもの。あちらは、原因を探ろうとするだろう。炎嘉にも話しておってよいが、あれも今は忙しいであろうし別に良いわ。公青があれに問い合わせたとして、気になったらあれなら我に聞いて参るであろうし。」
帝羽が、維心を見た。
「疑心暗鬼にさせようということですな。」
維心は、頷いた。
「そうよ。あちらが何をどう調べようと、原因など見つからぬ。何も無いのだからの。」
帝羽は、フッと肩で息をついた。
「せっかくに穏やかにいっておる宮の間に波風を立てるのはいささか気が咎めまするが、そうも言っておられませぬな。」
維心が、息をついて椅子の背にもたれかかった。
「しようがないわ。あれが西の島を治めておいてくれなければ、我が見ねばならなくなろうが。あまりに広いと目こぼしが起こるし、龍の軍神の数が足りぬようになるのよ。」
蒼が、横から言った。
「でも、公青が忘れた頃に種明かししたら、月の宮も龍の宮も元の関係に戻れるんじゃありませんか?」
維心は、チラと蒼を見た。蒼の目は、何の悪気もないまま、キラキラと維心を見ている。維心は、苦笑して言った。
「蒼、そのような。無理よ、子供のケンカではあるまいに。まず、信じぬわな。理由が分からず、とりあえず向こうもこちらに合わせて参るやもしれぬが、今のような心からの信頼関係を回復するには時が掛かるわ。」
途端に、蒼は暗い顔をした。長く、公青と友としてやって来たのだ…奏を娶った直後は、しばらくここで共に生活していた。その公青に、不信感を持たれてしまうなんて。公青を、元気づけるにはこれしかないのかもしれないが…。
十六夜は、もうあまり興味もないのか、あくびをしている。蒼が暗くなっていると、維心が呆れたように言った。
「しようがないのう。では炎嘉に申しておくわ。あれには公青と仲良くさせておいて、あれの口から後にこういう事だったと語らせる。それで良いの?さすれば信じるやもしれぬから。どれぐらいの年月であれが立ち直るのかにもよるのだ。数年か数十年ぐらいなら良いが、100年を越えたら確執も深くなるだろうから、無理も出て参ろうがな。」
蒼は、何度も頷いた。
「はい!公青なら、きっとすぐに立ち直ってくれると思いますから。せっかく友人関係を築いて来たのに、それが無くなるのは、いくら公青のためでも、つらいので。」
維心は、頷いた。
「ならば、それで。では、具体的に決まったことであるし、維月の機嫌はどうか…碧黎なら、恐らくはすぐに機嫌を直しておると思うのだが…。」
そこで、十六夜が顔を上げた。
「…庭だ。親父と庭に出て来たぞ。今はやめといた方がいいかもしれねぇなあ。夕方、戻って来たら二人で今のを説明して、維月に謝るか。」
維心は、ため息をついた。
「説明するのは我であろうが。ならば主が謝るのか。」
十六夜は、仕方なく頷いた。
「それでもいい。とにかく、夕方一緒に行こう。」と、維心が頷かないうちに、十六夜は蒼を見た。「蒼、今誰か来たぞ。書状を持ってるようだ…知らねぇ顔だから、もしかして観の宮からの使者なんじゃねぇか?」
蒼も、空を見上げた。
「あ、ほんとだ!明人、中へ案内して書状を維心様の対へ持って来てくれ。」
蒼の目は、何かを見ていたが、維心と帝羽には何も見えなかった。月の眷属は、月を使って声を届けることが出来るので、軍神達にも来客にもかなり便利だった。例えば、維心の宮なら結界に掛かった時点で維心には見えるので、軍神達が迎えに出ているのも見える。だが、そこでどうしろという指示を出そうと思ったら、結構な力を使って念で叫べば聴こえるが、そこまでする王は居ないので、軍神が戻って王に対応を訊ねに来る、という感じだった。
しばらく待つと、明人が書状を手に入って来て、蒼の前に膝をついた。
「王。観様の宮からの書状でございます。」
蒼は、頷いてそれを開いた。




