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維月は、維心の対を出てから、ホッと息をついた。別に、維心や十六夜が危惧したように、怒ってなどいなかった。前世からやって来た自分達三人の、不自然さは嫌になるほど分かっていたことだし、あの二人もそれを重々知っている上で、ああして一緒に居ると時に諍いを起こしたりしてしまうのだ。

維月自身、二人をとても愛していたし、どちらかを選べと言われても、それは出来ない。だからこそ、自分が居るのが悪いのだと姿を隠したこともまであったが、そうなるとまた、十六夜は維心を、維心は十六夜を気遣って、そうして維月が去ることを必死に止めるのだ。

維月は、転生した時に碧黎が言っていた通り、記憶など持って来ない方が良かったのかもしれない、とまた深いため息をついた。

碧黎の対へと辿り着き、父親の気安さから何も言わずに扉に手を当てて押して開くと、碧黎は正面の椅子に座って、こちらを見て穏やかに微笑んでいた。

維月がゆっくり歩いて来たので、碧黎も維月がここへ来るのを気取っていたらしい。

維月は、急に子供の頃のことが思い出されて来て、碧黎に向かって駆け出して、その首に飛びついた。

「お父様!」

碧黎は、慌てて維月の体を抱きとめた。今度は、ひっくり返ることはなかった。

「またか。だからそれを直せと申しておるのだ、維月。我の顔を見たら、すぐに飛びついて参るのだからの。まあ今のようにゆっくり来てくれたら、我も構えようがあるが。」

維月は、いろいろ胸がもやもやしている時だったので、碧黎に抱き着いたまま首を振った。

「お父様にお話があって来たのですわ。誰も居らぬのだから、良いではありませぬか。」

碧黎は、維月の言いように何かあったのだと分かり、息をついて維月を自分の隣りへと座らせた。そうして、腕の中の維月を見下ろした。

「何ぞ?何かあったか。維心が来ておったようだが、あれが十六夜と何か諍いでも?」

維月は、碧黎を見上げた。

「私が間に挟まると、ああなるのですわ。分かっておるのですけれど、その度に私も、まるで責められておるような心持になりましてございます。私が悪いのですわ…分かっておるのですけれど。」

碧黎は、ため息をついた。

「主が月であるのは主のせいではない。なのであっちこっちの神が寄って参るのもしようのないことぞ。だがしかし…前世から一緒でうまくやっておるように見えておっても、時にそのようになるか。維心はならぬな。十六夜が(つい)であるのだから、あれは退かねば。だが、主も維心を想うておるのだろう?」

維月は、頷いた。

「はい。維心様がいらっしゃらないと、十六夜とはケンカばかりでありました。何しろ十六夜は、一緒に居てくれないのですもの…同じ場所にじっとして居られないから。今生は、十六夜が居なくてもお父様がいらしたし、育って来る間ケンカもなくやって来れましたけれど。」

碧黎は、考え込むような顔をした。

「そういう命であるしな。我もあれを責めることは出来ぬわ。だがしかし…あれらが居って主がつらくなると申すなら、我が主を娶っても良いぞ?我は今、この宮を離れられぬし、離れたとしても短期間で戻って参る。誰も我に意見は申せぬし、我の妃であったなら、我はこだわりが無いゆえあれらと時に過ごしておっても文句は言わぬ。あれらも我の妃に勝手に手を出しておるのだから、諍いなど起こす道理ではないし、静かになろう。主は平穏に暮らせるのではないか?」

維月は、仰天した顔をした。

「え、お父様の妃って…お母様は?」

碧黎は、顔をしかめて首を振った。

「あれは箔炎を追って参ったままではないか。我らそんなに通じ合った仲ではなかったし、あれとは離れておる期間の方が長いゆえ、そう思い入れもないのだ。それにの、婚姻など神世での形であって、我らには意味はない。主がその婚姻関係で何某か悩んでおるゆえ、ならばそういう形にしたらどうかと言うておるだけぞ。」

維月は、呆気に取られて碧黎の顔を見上げた。言われてみたらそうなのだが、だからといって、じゃあそうしましょうと言えるような提案でもなかった。

何より、十六夜はそうでもないかもしれないが、維心がかなり苦しむような気がするので、とてもそんな勝手なことは出来なかった。

「お父様…私のことを思うて言ってくださっておるのは分かっておるのですけれど、それでは維心様がご不憫ですわ。このことは、私がただ、お父様に聞いて頂きたかっただけですの。我がままを申しました。」

碧黎は、まだ合点が行かないような顔をしていたが、維月がそう言うので、頷いた。

「ならばこれまで。話すことで主の気が済んだのなら良い。」

維月は、ホッとして碧黎の胸に寄りかかった。碧黎は、本当に無理を通そうとすることもなく、維月がいいようにしてくれる。よほど間違ったことを言っていたら正されるが、そうでなければ基本、維月の言うがままだった。

なので、側に居ると安心するのだ。父と呼んでいるし、そう育ったのでそのつもりだが、しかし明らかに父親ではない意識だった。

碧黎は、そんな維月の肩を抱いて黙ってそのままで居る。用があるなら話すだろうと言うのが、碧黎の考えのようで、維月が何か促さないと、特に雑談を振って来るようなことはなかった。

維月は、そうやって和んでいて、ハッと顔を上げた。

「…そういえば、お父様。私、お父様に公青様の件で話をしようと来たのでしたわ。」

碧黎は、眉を上げた。

「公青の?…そういえば、あれは律と簾という神を殺さずに送って来たの。蒼からも聞いておるが、あれはどうしておるのだ。」

維月は、頷いた。

「はい。奏を娶るのにそれは難儀致しましたでしょう。王の座を捨ててまで望んで、やっと宮に落ち着いた婚姻でございました。それなのに、此度奏が殺されてしもうて…。すっかり落ち込んで、やる気をなくして、奥へ籠ったままになっておるそうでございます。」

碧黎は、少し眉をひそめた。

「奥へ?…あれはあちらを治めねばならぬのに。維心一人であっちもこっちも手が回らぬと思うて、あれを長く生かしておるのだぞ。確かに維心でもやるであろうが、そんなことをさせておったら大きな事が起こった時に維心の対応が遅うなって間に合わぬかもしれぬ。無駄な命を生かしておく道理など無いゆえ、それが事実ならあれの寿命を切るかの。」

維月は、慌てて首を振った。

「いえ、公青様とて何も、ずっと籠っていようなどと思うておらぬと思いまする。ですが出来るだけ早く復帰してもらいたいので、何か、あの宮に危機感を持たせるようなことをわざと起こしてみては、という話になっておりました。そうすれば、王としての責務を思い出し、公青様も動かれるのではないかということで。」

碧黎は、それを聞いて遠いどこかを見るような目をした。

「ふむ…それがいいやもしれぬな。それで動かぬようなら、最早無駄でしかないのだから我がさっさと寿命を切れば良いだけであるし。あれも死にたいのだろう。奏に会いたいとか思うておるのではないのか。公明が良く育っておるので、あれが成長すればいずれにしろ参れるのだが、まだ早いと思うておったのに。面倒よな。」

維月は、困ったと碧黎を見上げた。碧黎は、命を調節して神世がすんなりと回るようにしているのだ。公青が長生きなのは知っていたが、自然にそうなのではなく、やはり碧黎が考えてやっていたことなのだ。

維月は、とりあえず公青のことは蒼達に任せようと考えて、話を変えた。

「あの、お父様。それよりもはぐれの神の事なのですけれど。蒼が、こちらで面倒を見ようと考えておるのだとか。お父様は、お力をお貸し頂けるのでしょうか。」

碧黎は、遠くに向けていた視線を維月に向けた。

「聞いておる。だが、難しいの。我も力を貸すことは貸すが、我の力を使える範囲が限られておるからの。主らが思うておるように、我に出来ぬことはまずないが、それを全てやっても良いかという問題なのだ。」

維月は、確かにそう、と思い出した。碧黎の力は無限と思われるほどだが、それでもそれを使える範囲は限られている。無理に使うと、しばらく力を無くすのだ。

「それは、お父様もまた、何かに管理されておるという、あの?」

碧黎は頷いた。

「そうよ。我とて何でもして良いわけではなくての。そうよな…人の頃申しておったであろう。人道的にどうかということぞ。記憶の改ざんぐらいまでなら、まあやっても何ともないが、その命の性質自体を替えるとなるとそれは出来ぬ。それは最早、その神ではないであろう?我が作った操り人形のようなもの。そんなものを量産することは出来ぬと申すのだ。命の個性は、尊重せねばならぬからの。」

維月は、頷きながらも言った。

「ですが…間違ったことをする性質なら、そこだけでも正す訳にはいきませぬの?」

碧黎は、少し考えて、子供に教えるような風で、言った。

「まず、この世に出て参るからには、それなりに皆、責務を持っておるのだ。維心のような大きな力を持つ者は、命も優れていて世を治めるだけの性質を持っておる。だからこそ、あの立場に転生してもなる。そうして、皆を導き世を正しく平和に保つ責務をあれは負う。だがしかし、まだそこまで成長しておらぬ命は、己で気取って良い命へと向かうために世に出ておる。その命の責務は、己を正しく改めること。己の間違いを気取り、己で己を良くして参ることなのだ。だからこそ、低い位置に生まれて参り、苦労をする。そうして、その中で己を探すのであるな。しかし中には、そんな低い位置の神が不憫で、その神達を教えて導くために、命が崇高であるにも関わらず、そんな場所に転生することを選ぶ命もまた、あるのだ。その命はそんな場所で苦労しながらも、他を導いてその中でも真っ当に生きようとしておるからすぐに分かるがの。本人は、転生で覚えておらぬから分からぬのだが。」

維月は、それは初めて聞いた。

「では、蒼が中でも真っ直ぐな神も居るって言っていたのは、もしかしてそんな神ですの?永とか、律、簾は?」

碧黎は、苦笑して首を振った。

「あれらは違う。我が知っておることを申すと、永、律、簾は前世、良くない生き方をした。なので、黄泉ではよくない場所へ行っていた。そこで精進し、生まれ変わってももしやと思えるようになったので、世に出て参った。もちろん、低い位置にぞ。そこで、あれらは生きて来た。次は、良い方向へと己を変えられるようにの。もちろん、何も覚えておらぬが、しかし機会を得られ、立ち直ろうとしておるようぞ。あれがこのまま精進出来れば、責務を果たせることになり、次の黄泉はそれなりに良い場所に参れるであろう。」

維月は、うーんと唸った。

「難しいですわ。私には、誰が皆を助けようと転生したのか分かりませぬもの。」

碧黎は、クックと笑った。

「我にしか分からぬわな。黄泉もこの世も見ておるからの。だがしかし、身近な所で申すなら、観。あれは滅ぼされるのを知っておって獅子の皇子に転生したからの。気が大きいゆえ、どこかの王族でなければならなんだし。まあ、本人は知らぬから、主、もし本人に会うことがあってこれを申しても、何を言うておると変なものを見る目で見られるぞ。黙っておれ。」

維月は、驚きながらも頷いた。

「まあ、そうでしたの。此度、蒼はその観様に助力をお願いしておるのですわ。また、お会いすることがあるやもしれませぬけれど、黙っておきまする。」

碧黎は、微笑んだまま、頷いた。

「良い子よ。」と伸びをした。「では、少し庭にでも出るか。今見てみたら、蒼と維心と帝羽が何やら思いついたようで、公青の事は進めようとしておるようよ。十六夜は気が進まぬのかあくびをしておるわ。あれももう少し、王らしゅうなってくれたら良いのになあ。」

維月は、笑って立ち上がった。

「十六夜に王は、無理ですわ。フフ。」

そうして、碧黎も立ち上がると、維月の手を取って、二人で晴れた庭へと出て行ったのだった。

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