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公青

蒼は、律と簾が悪い気を持っておらず、前向きになろうと努力している者特有の、不安感ぐらいしか気取れなかったことを話した。そして、観には手を貸してくれるようにとこちらの考えを書いて送ったという。

維心は、頷いて言った。片手は、しっかりと維月の手を握っている。

「我はそれで良いと思う。が、公青のことを思うとの。あれの気持ちをどうやったら晴らせるのか主は我に問うて来ておったが、我も何も思いつかぬわ。ただ、時が癒すのを待つしかないのやもしれぬな。」

十六夜が、反対側の維月の手を握りながら、言った。

「だが、オレもお前も時間なんかじゃ解決しなかったじゃねぇか。結局黄泉まで探しに行ってさ。ほら、前世親父が維月を門の前に送っちまった時だ。お前は死のうとしていつ見ても血だらけだったじゃねぇか。将維に政務は任せっきりだったし。」

維心は、それには頷いた。

「そうだったの。だが、それならどうしようと言うのだ。奏は間違いなく門の向こうへ行っておるわ。あれは、残っておる性質ではないからの。迎えに行っても連れて帰っては来れぬ。」

蒼は、割り込んだ。

「奏を生き返らせるなんて無理だって分かっているんですよ。体だって、何の処置もしてないんですから、どこかに命が残っていたとして、維心様に黄泉がえりして頂いたとしても無理ですしね。問題は公青が政務が出来るまでどうしたら回復するかってことで。公明は賢いとは言っても、まだ10歳なんです。西の島は公青で回ってるから、これから不具合が出て来るんじゃないかって心配してるんですけど。」

維心が、それには渋い顔をした。

「その通りよ。我もそれを危惧しておるのだが…面倒ではあるが、公青が復活して来るまで、我が面倒を見るよりないのかの。」

それには、維月がびっくりして維心を見上げた。

「そのような。今でも大概お忙しくしておられるのに、あちらまで維心様お一人でとなると、ごゆっくりなさるお時間も無くなってしまいまするわ!私はそれには反対でございまする。」

それを聞いた維心は、フッと頬を緩めると、維月を見下ろした。

「また主は…我の身を案じてくれるのは嬉しいが、我以外に己の他の領地まで面倒を見れる王が居らぬのだ。無理でもあの地を乱さぬためには、それしかあるまいな。」

蒼は、確かに維月の言う通り、維心が公青の見ている場所まで見るとなると、細かい所まで見る必要があるのでかなり面倒になるので、維心の負担がかなり増えるのは間違いのは分かった。それでも、維心の言う通り、皆己の領地を治めるだけで手一杯なので、他の所まで臨時で見てしまえる能力を持っているのは、維心以外に居なかった。

困った蒼は、帝羽を見た。帝羽は、少し驚いたような顔をした。もしかして、蒼様は我に?

思った通り、月の宮に居た時散々に頼った帝羽なので、蒼はすがるような目を向けた。帝羽は、それを無視するほど薄情では無かったので、困ったように蒼を見返した。

「その…我は、とりあえず公青様がご政務をなさるのが一番かと思うのでございます。」

蒼は、あからさまにがっかりしたような顔をした。

「だからそれが出来ないから困ってるんだけど。」

帝羽は、首を振って、今度は真剣な表情で言った。

「王、公青様が妃をなくされてそれは深く傷ついていらっしゃるのは理解出来まする。ですが、そのような時に、奥へと籠っておっては、いつまで経ってもその想いから逃れることは出来ませぬ。何かの悲しみに囚われそうな時は、心の中で己の責務のみに意識を集中して、それだけのために毎日を過ごす。そうしているうちに、いつの間にか己の中の悲しみは、遠く探っても戻っては来ない場所へと消えて行く。我も、到底忘れることなど出来ないと思うことがあり申したが、毎日の任務に必死になっておったら、いつの間にか消えてなくなっており申した。公青様にも、今は安定されて少しぐらい気を抜いても大丈夫な世情に甘んじておられ、少しぐらいという甘えがあって奥へ引きこもってらっしゃるのでは?これが、戦のただ中であったなら、そんなことを言っている場合ではないでしょう。回りで妃どころが臣下も軍神も死んで逝く中、妃を惜しんで呆けておる時など無いのですから。」

蒼は、顔をしかめた。帝羽も神で維心の考えが染みついている男なので、そんな風に話してもおかしくはないが、何やら情が無いように聞こえたからだ。

しかし、維月がハッと何かに気付いたような顔をして、何度も頷いた。

「まあ!それは、炎嘉様の所でも申しておったことよ!炎嘉様も、嘉楠の命を取ってしもうたとお悩みだったけれど、あまりにもいつまでもぐずぐずなさっておいでなので、私がはっきりと申し上げたの。炎嘉様は、その後ご自分で、今帝羽が言うたようなことをおっしゃっていたわ。戦国の時なら、と。他に気になることや危機があったら、王は自動的に悲しみに蓋をして、責務に邁進されるのよね。臣下達を護るために。」

帝羽も頷いたが、維心も頷いた。

「その通りよ。戦国の時は、臣下や妃を亡くすなど日常茶飯事であったしな。いちいち落ち込んでもられぬのだ。己の宮と領地を守らねばならぬから。確かに今は、こうして太平であるが、いつ何時崩れておかしゅうないと我は思うておるのだぞ。呆けておる場合ではないわ。しっかり己の領地を見張らねば、仕えてくれておる臣下達に申し訳が立たぬ。」

十六夜が、向こう側で顔をしかめて言った。

「で?どうすんだよ、何を言っても別に公青がボーっとしてたってとりあえず命の危険ってのは無いんだろうが。だったら公青は、いくらでも奥で呆けてるだろうよ。誰かが攻め込むか?」

維心、蒼、帝羽、維月は顔を見合わせた。その様子が目に浮かんだらしい。

帝羽が、十六夜を見て口を開いた。

「…そうよな。攻め込むほどではなくとも、つつくぐらいならやっても良いかもしれぬ。」

十六夜は、少し驚いて眉を上げる。維心も、それには頷いて同意した。

「確かにの。不穏な動きがあると隼人に報告させるだけのことを、我らのうち誰かが起こせば良いのだ。さすれば、あれは嫌でもそれを懸念する。王として、宮を守らねばという気持ちが湧くであろうから。そうしたら、後はズルズルと政務に戻ることになろうよ。己でないと出来ぬと思うたら、自然体が動くもの。」

十六夜は、維心を真顔で見た。

「そうかあ?お前、維月が先に死んだ前世はボーっとして、そのまま死んだじゃねぇか、オレ達が迎えに来てさあ。将維の事とか何にも考えて無かったように見えたけどなあ。」

維心は、それには言い訳がましく言った。

「あれは、将維も明維も晃維も亮維も居ったゆえ!義心も洪も居ったし、我が譲位してもいいぐらいだったからぞ!」

また言い合いになりそうだと、維月が慌てて割り込んだ。

「では、公青様に何か危機感を与えるようなことがあれば良いということね?」

維月が帝羽に言うと、帝羽は頭を下げた。

「は。軽い事ではなりませぬ、公青様ほどの王になると、簡単に始末出来ることと、そうでないことの区別が瞬時につかれる。もっと深い、何かの意思が垣間見えるような、そんな出来事が無ければなりませぬな。それとも、直接的に…公明様や、楓様がさらわれるなどの事態か、どちらかになるかと。」

維心は、ふふんと笑って十六夜を見た。

「主、出番であるぞ。人攫いが得意であろうが。何の痕跡も残さず連れて来れるのだからの。」

十六夜は、いーだと歯を見せるような顔をすると、言った。

「何の痕跡もなかったら月だってバレるだろーが。詰めが甘いぞ維心。」

子どものケンカだ。維月は、息をついた。

「では…この件は、皆で話し合って。私は、お父様の所へ参るわ。この事も、お話して来るから。」

維月は、立ち上がって二人の手からスッと自分の手を抜いた。驚いた二人は、維月を見た。

「維月、すまない、怒るな!維心が突っかかって来るから!」

維心は、ブンブンと首を振った。

「主の方からであろうが!維月、我も十六夜の挑発に乗ってしもうて悪かったゆえ。機嫌を直せ。」

維月は、二人に向き直ると、キッと睨んで、言った。

「なりませぬ!本日僅かな時の間に、そのように何度も諍いをなさって!公青様のことを案じて真剣に話しておるのですわ。それを、茶化すようなことを。私は、お父様の所へ参ります。お二人は、ここで蒼と帝羽と共に、公青様の件を具体的にしっかりまとめてくださいませ。それがきちんと整うまで、私はお二人にはお目通りいたしませぬ!」

二人は、母親に叱られたかのように、しゅんとしている。帝羽も、なぜか神妙に聞いていた。維月は、そのまま茫然と見守る蒼の前を通り過ぎて、扉を出て行ったのだった。

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