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獅子の宮

観は、数百年前、龍からこの地の管理を任せられ、無法地帯であったこの場所は、獅子の宮の領地として神世に認められていた。

表向き、ここは龍の管理地であったが、それでも維心が政務に関して何某か文句を言って来るようなことはなく、それは五代龍王である維心が死に、将維の代になっても変わらず、そうして今、七代龍王となって帰って来た維心も、観を王として扱い、龍の下に下っているような感じは一切感じられなかった。

なので、観は周りの宮からも、一目置かれた獅子の王として認められ、君臨していた。

そんな観にも、ここ数百年でいろいろあった。妃を何人か娶って、そのうちの一人が産んだ皇子が、成人していて名を駿(しゅん)といった。駿は観が自分でも思うほど観にそっくりな皇子で、そうして今は、自分の片腕として、老いて亡くなった弟の(れき)の代わりに働いてくれていた。

弟は老いが来たが、観は全くそんな兆しは無く、今も若いまま、王座に座っていた。

いつものように、政務の話を筆頭重臣の帥河(すいこう)がしている最中、筆頭軍神である(がく)がやって来て、膝をついた。

「岳、どうした。」

観が問う。岳は、顔を上げて懐から何かの書状を出した。

「王。たった今、月の宮からこのような書状が参りました。」

「月の宮から?」

観は、怪訝な顔をした。月の宮の蒼とは、あまり話したことが無い。あれは穏やかで邪気の無い王で、観が治めているような荒い神達など無縁な感じなので、話も合うことはないだろうとそれほど接して来なかったのだ。

だが、月の宮は最上位の宮。獅子の宮は上から二番目の宮。書状が来たからには、返事をしないわけには行かなかった。

なので、岳へと手を出した。

「これへ。」

岳は、サッとそれを観の手に渡す。横では、困惑したような顔をした、帥河がじっとその様子を見ていた。

観は、書状を開いてスッと視線を走らせ、そして、考え込むような顔をした。

「…維心殿が我にと申したのか。」

帥河と岳は、顔を見合わせた。

「王。何のお話でしょうか。」

帥河が言うのに、観は顔を上げた。

「蒼殿が、はぐれの神のことを詳しく聞きたいと。此度、何やら享とかいう神が、闇を復活させようと画策したであろうが。その時に、あれが使っておった神が、そのはぐれの神達であったのだ。しかし、よう調べてみれば、実行犯ですら不幸な生い立ちを背負っており、場さえ与えれば真面目に仕える可能性があると感じたのだとか。西の公青殿の妃が殺されたのだが、故に実行犯は殺さず、月の宮で更生させようと考えておるようよ。それに伴い、うまく行きそうならば、神世のそんな神達を、一掃出来ればと思うておるとか。だがしかし、相談した維心殿が言うには、昔からそれは問題として残っておることで、誰も解決出来ておらぬことだと。しかし、唯一成功した例が、この宮だということで、蒼殿は我に、策を考えるのを手伝って欲しいのだと申しておるのだ。」

「それは…、」

岳は、下を向いて、視線を反らした。自分も、この観に拾われて更生した口ではあるが、しかし、そう簡単には…。

観は、その様子を見て、苦笑した。

「主もそう思うか。どう考えても無理よの。確かに、いくらかモノになる神は混じっておるが、所詮はぐれ者ぞ。我が未だに臣下を斬り捨てねばならぬのは、一体何のためかの。」

帥河も、下を向いた。そう、つい昨日も、宮の決まりを守らずに宮の中で気を放って同じ臣下を殺した神を、王は罰して殺したばかりだった。

蒼はどう思っているのか分からないが、そんなに簡単に行くものではなかった。

「しかし…これには返事をせねばなるまいて。まあ、一度蒼殿とは会っておいても良いかもしれぬ。駿が居るし、我が直々に出掛けて参るかの。新月と申す皇子にも、会いたいと思うておった。月とは懇意であった方が良いであろう?」

帥河は、それにはすぐに頷いた。

「はい。特に今は、地があの宮に留まっておるとのこと。地は、龍王にも出来ぬような、命そのものを消し去るということが出来る命でありまする。これを機に、我らもあちらの心象を良うしておきたいと思うておりました。王があまりご興味がおありでないので、我ら月の宮に何の打診も出来ておらなんだだけで。」

観は、苦笑した。別にどっちでもいいと思っていたゆえな。

「ならば参ろうぞ。蒼殿に左様返事を。訪問の日程の調整をせよ。公式に参ると面倒ゆえ、忍んで参るわ。」と、岳を見た。「岳、主がついて参れ。一度主に、月の宮を見せておいてやりたいと思うておったのだ。月が降りる宮は、神世の楽園と言われておるほど気が澄み切っておるのだそうだ。楽しみであるの。」

帥河が、恨めし気に岳を見た。

「ほんに羨ましい限りぞ、岳。我も死ぬまでに一度見ておきたいと思うておったのに。」

観は、クックと笑った。

「そのうちに主も連れて参ってやるわ。とにかく、蒼殿に返事を。駿には留守をする旨伝えておいてくれ。」

帥河は、頭を下げた。

「は。では、御前失礼致しまする。」

そうして、帥河は出て行った。それを見送ってから、岳が戸惑いがちに言った。

「しかし…月の宮王蒼様は、月の力を持ち全てを浄化すると聞いておりまする。神の気を奪うことすらできるのだとか。ならば、もしかして、と希望は持てるやもしれませぬ。」

観は、息をついた。

「そう思いたいが、浄化してどうにかなるような連中ではなかろうが。あれらは、例え気を奪われて飛べぬでも何をするか分からぬぞ。人を見てみよ。神の気を持たぬのに、己の利のために簡単に同じ人を殺そうが。我は何度、あれらの言を聞いて信じてやったことか。全て尽く裏切られて参ったわ。だが、その中には主のように心根が芯から悪くない者もおる。蒼が言うて来たように、環境が作った邪神ぞ。しかし、そんなものは僅か。我はここ数百年で、嫌ほど思い知った。我は、蒼殿にそれを話すことになろうの。気が重いが、しようのないことぞ。」

岳は、下を向いて頷いた。確かに、王の言う通り、自分が居た世界は、地獄のような場所だった。回りは子供であろうが容赦なく、親は誰か知らないが、その親のお陰か強い気を持っていたので、自分はこうして、この王に見つけてもらうまで生き抜くことが出来た。それが無い者達は、みんな普通に死んで逝った。それを見ても、それが日常なので何も思わなかった。そんな世界があることを、月の宮王は本当に知っているのだろうか。そんな話を聞いてからも、そんな境遇に居る者達を、助けてやろうと思うのだろうか…。

岳は、この神世の生まれによる不平等さを思った。


維心と維月が維心の対で着替えてべったりと過ごしていると、十六夜が入って来て腰に手を当てた。

「おい。お前さあ、結界通してやったら調子に乗りやがって。まずはオレに挨拶だろうが。ここはオレの宮だぞ。」

維心は、ムッとしたような顔をして、横を向いた。

「蒼には挨拶をした。主はいつなりうろうろしてどこに居るのか分からぬのだから、しようがないだろうが。」

十六夜は、フンと鼻を鳴らして、維月の腕をぐいと引っ張った。

「七日待ったのは褒めてやるが、他人んちで好き勝手するな。今夜は譲ってやるから、勝手に連れてくなっての。分かったか。」

維心は、仕方なく維月の手を放した。

「わかったわ。せっかくに和んでおったのに、主は。」

十六夜は、ホッとしたように維月を抱き寄せると、維月を見た。

「お前もさあ、オレがまだ寝てるのに維心を気取ったぐらいで飛び出して行くなよ。びっくりしてオレまで目が覚めただろうが。ったく。」

維月は、バツが悪そうな顔をした。

「ごめんなさい…維心様が来られたって思ったら、つい。」

それには、維心が答えた。

「良いのだ。我の正妃なのだから、夫が来て嬉しゅうないはずはないものの。それでなくても、その前に炎嘉の所にも行っておったのだし、我ら夫婦なのにここのところ離れすぎておったのだ。」

十六夜が、軽く維心を睨んだ。

「オレよりずっと一緒に居るだろうが、お前は。よく飽きねぇな。何百年一緒だと思ってるんでぇ。」

維心は、十六夜を睨み返した。

「主だって毎日維月と月から話しておるではないか。どこに居っても姿は見えておるし。我はそんな便利なもの無いからの。離れたら見えぬ。同じにするでないわ。それに、何度も言うておるが、我が維月に飽きることなどないからの!」

維月は、慌てて割り込んだ。

「もう、お二人ともやめてくださいませ。私が一人しか居らぬのが悪いでございますわ。諍いの元になるのなら、しばらく父の所へ行っておりまするから。おやめくださいませ。」

それを聞いた十六夜も維心も、同時に首を振った。

「駄目だ。」

「ならぬ。」

そして、二人は視線が合った。そして、維心が言った。

「すまぬ。ここでは我が退かねばならぬと分かっておるのに、強く出たからこのように。もう言わぬから。」

十六夜も、言った。

「すまねぇ。こいつがオレに遠慮もクソも無くお前を部屋へ連れ込んでるからつい言っちまったんだ。分かってるから、もう言わねぇよ。」

維月は、息をついた。

「いつものことでありますから、私も分かっておりまするけど、あの…蒼が、律と簾のことをどうしたのか気になりまするし、私は少し、蒼の所へ行って参りますわ。」と、十六夜を見上げた。「ちょっと蒼の所に行って来るわ、十六夜。あなたも気になるって言ってたでしょ?」

十六夜は、口ごもった。

「うーん、ま、分かってるけどよ…」

怒った後に、離すのが不安らしい。維月が困って顔をしかめると、回廊へ繋がる扉の方から、声がした。

「…ええっと…、お取込み中?」

三人が振り返ると、蒼が扉をちょっと開いて、こちらを覗いていた。その後ろには、帝羽が居るのが見える。

十六夜と維心は、何ていいタイミングだと急いで言った。

「いや、何でもない!我に何か用か、蒼?我も主と話したいと思うておったところよ。」

維心が言うと、十六夜も頷いた。

「そうだそうだ、律と簾のことがどうなったのか、心配でさ。」

蒼は、何だか知らないが自分が良い時に来たのだと悟った。なので、安心して扉を大きく開いた。

「それを、維心様にも話そうと思って。さっき、維心様に言われた通り観の宮に書状を送ったので、そのことも合わせて。」

維心と十六夜は、何度も頷いて、維月を引っ張って椅子へと押し込むと、その両脇に腰掛けた。

「主らも座るが良い。話を聞こう。」

蒼は、言われるままに維心達の前の椅子へと腰かけた。帝羽は、離れた位置にある椅子へと座る。

何やら維月が納得の行かない顔をしていたが、蒼は無視して話を始めようと、口を開いたのだった。

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