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決断

律と簾が西の島の宮へ来て、もう五日が過ぎていた。

未だ、公青は地下牢に降りてもいなかった。臣下、軍神を前に、公明も来て連日沙汰をどうするのかと話し合ったのだが、結論は出ない。本来なら、王の公青が処刑と決めてしまえば、それで終いであるはずなのだが、今回は龍王からの書状の内容のこともあり、わざわざそれを書いて寄越した意味を考えると、公明が言うことも無下に出来ないと臣下も軍神も難色を示しているからだった。

公青自身、龍には助けられた過去がある。それゆえに、自分は奏を娶り、この宮の王座に戻り、そうして今がある。

それを知っている臣下軍神は、龍王の意向を無視することは出来ないと、処刑には後ろ向きなのだった。

だが、維心は二人をこちらへ寄越しているし、はっきりと処刑はするなと言って来たわけではない。

なので、余計に意見が割れて、面倒なことになっていた。

今日も決まらず、公青は自分の奥の間へと帰って来ていた。

さっさと処刑して、自分もこの出来事を吹っ切って前を向いて行きたいと思うのに、それをして果たして自分のこの気持ちが収まるのかと言われたら、そうではないような気がして、公青は迷っていた。

もし、二人を殺してただ虚しい気持ちだけが残ったら、自分はどうすれば良いのだ。

公青は、それを恐れていたのだ。

窓の外には、月が出ていた。公青は、恐らくは同じように悲しんでくれているだろう、奏の祖父の蒼に向かって、語り掛けた。

「蒼…主は、どう思う?」


蒼は、そろそろ眠ろうかと部屋へと帰って来たところだった。

月には、珍しく十六夜が居ない。恐らくは、維月が帰っているので部屋で一緒に居るのだろうと思われた。

フッと息をついて寝台へと腰かけると、月を通して久しぶりの声が聴こえた。

《蒼…主は、どう思う?》

蒼は、驚いて月を見上げた。公青…公青の声だ。

維心から、律と簾の二人を公青の所へ送ったと聞いたのは、確か五日も前だった。しかしまだ、二人に沙汰を下したということは伝わって来ていなかった。

「公青か。どうとは…律と簾のことか?」

公青の声は、疲れているようだった。

《そうなのだ。公明も臣下も、奏の本当の仇は享であって、地に一番に重い罰を下されたのだと申す。律と簾は、被害者なのだと。だが、我はあれらをこの世から消してさっさと前を向きたいと思う。主は、我が間違っておると思うか。》

蒼は、息をついた。公青は王なのだから、どうしてもそうだと思ったのなら、さっさと殺してしまえばいいのだ。だが、それをせず臣下の話を聞いているということは、公青自身も迷いがあるのだろう。

蒼は、答えた。

「オレには正解など分からぬな。主が王なのだから、決めればいいではないか。維心様も、そう思って二人をそちらへ送ったのだろう。神世の王は、誰も主を責めたりせぬよ。自分達が放って置いたはぐれの神のことなのだからな。主を責めたら、自分も責められる可能性があるし、案ずるでないわ。」

公青の声は、急に縋るような色を帯びた。

《やはりそうか。主も、はぐれの神を放置しておいた我らの責だと思うか。律と簾は、被害者なのだと。》

蒼は、公青の気持ちが痛いほど分かった。享が悪いのは分かっているが、それでも実行犯の二人も、許す事など出来ないのだ。

「確かに被害者なのだとオレも思う。だが、奏を殺した実行犯であるし、簡単にそう割り切れるものでもないわな。享は殺したとは言え、それを自分でしたわけでもないし、自分で何としても仇を取ってやりたいと思う。だが…オレは、王だから。月の宮の王は、世界を見渡す月の降りる宮の王だからこそ、そんな風に私情ではぐれ神を切り離すことは出来ないんだよ。十六夜と、碧黎様に相談して方法はないか考えてみようと今、話し合っているところだ。不幸な神は、律と簾だけでないことも、オレ達は知ってしまったからな。」

公青の声は、呟くように言った。

《主も…王は私情はならぬと言うか。やはり、これは私情なのであるな…。》

蒼は、公青が自分で答えを出すのを待っていた。王というのは、本当に残酷な立場なのだ。王になったことのない者が、王になりたいなどと言う。蒼は、王になってそれはもう、知っていた。

しばらく黙ってから、公青は力無く、言った。

《…主の、言う事は間違ってはおらぬ。我は、奏を亡くしてもう、新しい何かを、神世のために成そうという気持ちも失っておったのだ。今もそう。なので、我がすぐに何某かをはぐれの神のためにすることは出来ぬ。主の力にはなれぬ。だが、公明の代になればそうではなかろう。いずれにしろ我は、もう今何も気力がわかぬのよ。律と簾のことは、主に任せる。あれらは、月の宮へ移送しようぞ。主が、あれらを良いように考えてくれぬか。我には、もう何も出来ぬのだ。》

蒼は、少し驚いた。律と簾を、ここへ送ると言うのか。確かに、あれほどに深く愛していた奏を亡くした直後に、その手を下した神達を許して面倒を見るなど、今の公青には出来ないだろう。それでも、王としてあれらを手に掛けることはしないと考えて、はぐれの神の世話をしようとしている月の宮へ、送って来ると言っているのだ。

蒼は、公青の気持ちを思った。蒼でも維心でも、妃を殺されたら激昂してその相手を殺そうとするだろう。理屈でも何でもなく、ただ感情を抑えることが出来ずにそうするより他、自分の気持ちの持って行きようがないからだ。

だが、公青は王として生かす方を選んだ。それが、どれほどにつらい事なのか、蒼にも分かった。

「公青…実は、ここにも享の術の犠牲者が保護されておってな。まだ幼い女児で、母親の腹に居る時享に気を吸い上げられて命の力が極端に弱い。それを保護しておった神と共に、ここで世話をしておるのだ。その保護をしておった神というのが、同じように享に仕えておったはぐれの神の一人。あれは、真面目にオレに仕えようとしてくれておる。なので、オレも十六夜も、そんな境遇に居るのに真面目に生きようとしている者達が居ることを、知っているのだ。なので、こんなことを言った。だが、主の気持ちを知っているので、殺しておってもオレは何も言わなかった。もし、主がこれからの生で、王としてしっかりと生きて行くのにあの二人を消す事が必要なら、このまま処刑したらいい。主は、重要な位置に居る王ぞ。その主が、あれらを罰しなかったためにいつまでも引きずってまともな政務が出来ないということは、神世にかなりの悪影響を与えるのだ。あの二人を殺して、確かに前を向いて奏を忘れ、真っ当に今まで通り政務が出来るなら、そうせよ。全ては、神世のためなのだ。」

公青の答えは、しばらくなかった。息を飲んで、考え込んだ姿が月を通して見える。

公青は、じっと立を向いてうなだれた様子だったが、しばらくして顔を上げて、言った。

《…無理だ。》公青は、苦しげに顔を上げた。《我には無理だ。何をしても、享が死んでも、あの二人を殺しても、奏を忘れて前を向くなど無理だ。誰を殺しても、奏が戻って来ぬのなら同じなのだ…そう、我は無駄なことをしようとしておった。公明は正しい。我は感情のままにあの二人を殺そうとしていた。だが、その後に何が残る。何も残らぬ…そして何も変わらぬ己の気持ちを知って、虚しさにまた苦しむのだろう。我は、間違っていた。あれらには、生きて償わせる。他の神を助けることで、それは成せるだろう。だが、側にはおけぬ。主の所へ、送る。》

公青が、涙を流してそれを月に向かって言っているのが見えて、蒼も涙を浮かべた。公青の苦しさは、並みのことではないだろう。だが、蒼に出来ることなど、何も無かった。

「…分かった。明日移送すれば良い。こちらで対応しよう。」

蒼が答えると、公青は何度も頷いて、うなだれたまま奥へと体を引きずるように戻って行くのが見えた。

蒼は、公青をどうやって慰めたらいいのかと心底悩んだ。そして、そんな公青の様子を維心にも伝えておこうと、明日の早朝に送るための、書状を書き始めたのだった。

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