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沙汰

維月は、維心と共にそのまま龍南の宮から龍の宮へと帰って来ていた。

炎嘉は、泣くだけ泣くとすっきりしたのかいきなり涙を袖でぐいと拭くと、開に向き直り、見違えるほど威厳に満ちた表情で、次々に指示を出した。

まず、筆頭軍神は、次席軍神だった、嘉楠の息子で嘉韻の腹違いの弟に当たる嘉張(かちょう)に、そして次席軍神にかつての鳥の宮の筆頭軍神の延史の、息子である延永(えんえい)に決めた。二人は炎嘉がこちらの王に収まってから落ち着いた延史と嘉楠が、改めて妻を娶って生まれた子達で、まだ300歳代と若かった。

そして溜まった政務にと会合の間へと出て行ったので、炎嘉の心の中は維月どころではなくなったらしい。なので、維月はホッとしてお役御免となり、維心と共に戻って来れたのだ。

今頃は、鳥の宮としての編成を作ろうと、躍起になっていることだろう。そのうちに、僅かに残っていた龍達も、龍の宮へと帰還するだろうと維心は言っていた。

維月は、肩の荷が下りていた。これで、炎嘉はきっと大丈夫だろう。子どもがどうのということは、全てその後のことなのだ。

維心と二人で居間へと戻り、椅子に並んで座っていた維月は、維心を見上げた。

「そういえば…維心様、和奏の様子はいかがでしょうか。あの後、かなりの日数が経っておりまするわ。晃維は、和奏のことは何も?」

維心は、小さく息をついた。そうか…思い出したか。

「主に、いくつも心労を掛けてはと思うてな。和奏は、主が炎嘉の所へ行った次の日に黄泉へと旅立った。晃維から連絡があり、葬儀はあちらで内々に済ませたようだ。あれは寿命であったし、穏やかに逝ったらしい。あちらには奏も居るし、会っておるであろう。案じるでないぞ。」

維月は、やはり、と目に涙を浮かべた。

「やはり…そうではないかと思うておりました。では、蒼も知っておるでしょうね。十六夜とは毎夜月から話しておりましたが、何やら歯にものが挟まったような言い方をしておりましたもの。ならば晃維が案じられますこと…一度に妻と娘を亡くすなど。明維は何と?」

維心は、首を振った。

「あれに弟を気遣う心があれば良いがの。何も言うては来ぬ。相変わらず厳しく西の砦を見ておるようぞ。まあ、軍務に勤しんでおれば忘れるだろうと、あれなりの気遣いやもしれぬがな。」

維月は、維心を咎めるように見上げた。

「まあ維心様…明維も、あれで他者を思いやる子ですのよ。娘の美加のことも、なんと情が無いと思うたこともありましたけれど、最近ではひっそりと子が生まれた時などに祝いなどを遣わせておるのだとか。美加はもう、三人も生んでおりまするものね。」

維心は、苦笑した。

「ああ分かった分かった。主は息子達のことには容赦なく文句を申すものよ。ならば晃維も問題あるまい。明維も見ておるゆえ。何かあれば言うてくるであろう。案ずるでないぞ。」

維月は、仕方なく頷いた。

「はい、維心様。」

二人が穏やかにそうやって過ごしていると、夕日の中、見慣れた人型が降りて来るのが見えた。維心は、それを見て思った…そうだ、月の宮を忘れておった。

維月は、見る見る大きくなって来る人型を見上げた。

「十六夜!まあどうしたの?夕方に来るなんて。」

十六夜は、居間へと入って来ながら言った。

「ああ、邪魔してすまないが、お前が炎嘉の所から帰ったのが見えたからな。次は月の宮だなと思って、様子を見に来たんだ。維心がごねたらまた里帰りの日にちを変えなきゃだろうが。」

維心が、不機嫌に十六夜を見た。

「だから我が最近、いつごねたと申す。分かっておるわ。月の宮へ帰すのは約したことであるしな。碧黎はどうよ?」

十六夜は、渋い顔をした。

「オレにゃ分からねぇ。普通に見える。だが、宮から出ない。親父の対でじっとして何かを考えてるみたいだから、邪魔も出来ねぇしさ。まるで昔の維心みたいだ。あれの前にお構いなく出て行けるのは、維月だけだろうな。」

維月は、ぷうと頬を膨らませた。

「もう。私そんなに考え無しじゃないわ。少しは遠慮もするんだからね。でも、それじゃあストレス溜めてるかなあ。気を紛らわせるのに、いろいろ関係ないことを話し掛けたりするわ。」

維心も、維月を見て頷いた。

「そうよな。あれが狂うと地上が大変なことになるからの。慣れたらそうでもないのが王の座であるし、碧黎もそのうち、そう宮に籠っておらずでも良いと思うようになろう。我もそれを話しに、また維月を追って数日で参るよ。」

十六夜は、迷惑そうに眼を細めて維心を見た。

「またかよ。お前ってすぐ来るんだよな。こっちには嘉韻だっているんだから、七日は我慢しろよ。それからなら、来てもいいから。で、今すぐ連れて帰るとお前だって困るだろうし、明日の朝連れてくよ。じゃな。」

維心は、今すぐ連れて行かれると思っていたので、驚いた顔をした。

「なんぞ。主のことだから、思い立ったし今連れて行くのかと思うたわ。主も気遣いが出来るようになったのであるの。」

前に十六夜に言われたことへの、お返しのつもりらしい。十六夜は、面白くなさげに顔をしかめた。

「へえへえ、オレ達はお互いに成長してるってことだな。じゃ、またな。」

十六夜はそう言うと、そのまままた、人型で飛んで行った。いつもなら月に帰ってしまうのに、またどこかへ寄るつもりだろうか。

維月はそう思いながら、十六夜を見送った。維心は、同じように十六夜を見送りながら、変わって来る神世のことを、次の会合でどのように整えて行こうかと思いを巡らせていた。


公青は、炎嘉が鳥となって復活し、軍神一人の命が散ったという事実を隼人より聞かされていた。

公青は知らないが、炎嘉が元々は鳥であったというのは、常聞かされていた。それでも龍として、維心の助けになるために、記憶を持ったまま転生したのだと聞いている。

そんな炎嘉が、命を繋いだ事実は、神世では驚きを持って受け止められた。享という神が、闇を復活させようと謀って、地を欺く仙術を編み出して長く生きていたのを知られ、地に、転生も許されぬ消滅という罰を与えられたらしい。

地の力の強大さが、それで一気に神世に知られ、今月の宮は上を下への大騒ぎなのだそうだ。全ては、その龍王をもしのぐ大きな力を持つ地と、懇意になっておかねばという打算から来ているのは、公青にも分かっていた。

しかし、公青にとって、そんなことはどうでも良かった。それよりも、その享という神の仙術を、知りたかったと思った。炎嘉に黙って臣下が命を懸けて施したのだというその術は、その臣下だけが知り、そのまま亡き者となったので、術は失われた。もし、その術を奏が死ぬ前に知っていたのなら、公青は命を懸けて施しただろうに、と口惜しく思った。

何の罪も無い奏を刺した、律と簾のことは、捕らえられたと聞いた時、すぐにでも処刑しようと思っていた。

だが、公明はそれに同意しなかった。母が殺され、己はさらわれて、そうしてあのような目に合わされたのに何故に、と聞くと、公明はこう言った…あれらは我らが思いもつかぬような場で生まれ育った、はぐれの神でありまする。拾われた神に恩義を感じ、それゆえにあのようなことを謀ったが、それが間違っているのだと知った後、我らとの約定を、命を懸けて守ったのです、と。

それでも、公青は許せなかった。奏は、誰を殺しても護りたかったたった一人の正妃。王座も蹴って望んだ、ただ一人の女だったのだ。その奏を、やっと幸福にしてやれると思うた矢先、あのような企みに巻き込まれて命を落とした。そんな理不尽なことはあろうか。

だが、そう言って公明を責める公青に、公明は涙を流しながら言った。

「父上、我らは広い視野で物を見なければならぬのです。母上がお亡くなりになったことは、我も悲しくつらかった。だが、その原因は、享という神にあった。不幸な境遇を利用され、享に操られていた律と簾には罪はありませぬ。全ては神世の王達が、そのような不幸な境遇の神が居ることを知っておって、面倒だとかいう理由で放って置いたことにあるのでございます。父上はその神達に責められて、自分に責は無いと言い切れまするか?」

公青は、その言葉を聞いて頭を殴られたような気がした。

公明は、ちょっとさらわれてさすらっただけで、そんなことを悟って来たのだ。

確かに、公明は奏へと続く龍王の血筋の皇子だった。たった10歳やそこらで、そんなことを悟ってしまったのだ。

公青は、苦悩した。それでも、どうしても奏を手に掛けた奴らを許すことが出来ない。公明の言うことは分かっている。確かにそんな神を放置していたからこそ、敵に兵力を与える事になったのだ。だがそれは、公青だけのことではない。龍王ですら、はぐれの神達の扱いには困ってそのままにしていると聞いている。今さらに、それをどうにかしろと言われても、どうすることも出来ないのだ。

それでも、公明ならばどうにかするのかもしれぬな。

公青は、自分の力の限界を感じて、うなだれた。公明の代になれば、もっとうまくやるのかもしれない。だが、自分にはもう、そんな気力も残っていない。奏を失った時、何もかも失ったのだと思った。あれから、月の宮からも新月を紹介するので落ち着いたら来いと言われているが、恐らくは蒼の、気晴らしにしようという気遣いであろうと思われても、出掛ける気にもなれなかった。

維心には、自分の心が分かるのか、律と簾を引き渡して欲しいと書状を遣わせると、一度目は事情聴取を理由に拒否されたが、二度目はすぐに承諾してくれた。つまりはその沙汰も、自分に任せるということだった。

しかし、維心も思うところがあったのか、その前に事の顛末と、明蓮の証言、律と簾の生い立ちなどを事細かに記した書状を送って来ていた。

つまりは、あちらの明蓮も、公明と同じことを言っているのだろう。そうして、維心もそれが、最もだと思ったのだということなのだ。

そうして、本日律と簾はこちらへと明輪に連れられてやって来た。

それでもまだ、公青は二人をどうするのか、決められていなかった。

先ほど隼人から、引き渡しを受けて、二人を地下牢に繋いだと報告があった。公青は、王座に座り、まだじっと考え込んでいた。

そこに、公明が入って来て、頭を下げた。

「父上。」

公青は、顔を上げた。

「公明。どうしたのだ。」

公明は、頭を上げた。

「はい。我に、律と簾と目通りする許可を戴きたいと参りました。」

公青は、眉を寄せた。

「あれらは罪人ぞ。皇子がそう度々あのような輩と接するのは関心せぬな。」

公明は、首を振った。

「我が、あれの忠告のお陰で、闇のいざないから逃れることが出来たことを報告したいのです。我ら、あの忠告が無ければ、皆闇に騙されて食われておりました。闇が復活し、今頃は神世は滅びておったやもしれぬのです。神世が守られたことに貢献した労いを、罰しられる前にしておかねばそれを知る王族としてどうでありましょうか。」

公青は、険しい顔のまま、公明を見た。

「主、我にまだ意見するか。皇子とはいえ、主はまだ子供ぞ。王の我に逆らう事は許さぬ。」

公明は、これまでなら父の厳しい様には怯えて発言を控えていた。だが、今はそんな様子もなく、真っ直ぐに公青の視線を受け止めると、言った。

「父上のことは、ご尊敬申し上げておりまするが、それでも我は、言わねばならぬことはご意見申し上げるつもりでありまする。己の意地と感情だけでことを決めるのは、王ではありませぬ。」

公青は、痛い所を突かれて、立ち上がって激昂し、気で公明を突き飛ばした。

「小賢しい!我は意地や感情などで事を決めてはおらぬわ!」

公明は、後ろの壁に叩きつけられた。だが、ひるむことなく体をゆっくりと起こした。こんなことは、さらわれた時で慣れている。明蓮は、そんな中でも自分の策を粛々と進めていたのだ。明蓮に出来て、自分に出来ないことは無い。

「皇子!」

騒ぎに気付いて、慌てて駆けつけて来た隼人と、筆頭重臣の相留(そうる)が公明に駆け寄る。公明は、冷静にそれを手で制すると、公青に向き合って立った。

「憤っておられるのか、父上。何に対して憤っておられる。我が、子供であったゆえ、母上を呼んで犠牲になったことに憤っておられるのなら、我が罰しられるべきでしょう。あれらは、我を、明蓮を、紫翠を助けて、そうして我らが闇の餌食にならぬよう、それに対抗する(すべ)を教えて神世が闇に飲まれることを阻止した。その生い立ちにあのような闇を抱えておったのに、あれらは約したことを違えなかった。母上を殺したのは、享。あれらはその支配下にあった。享があれらの、居場所であったから。あれらは、選ぶことが出来なかったのに。ただ生きるため、享に利用されただけなのです。母上を殺した咎人は、もう地によって最も重い罰を受けて消えたのです。今さらに、父上があれらを殺したいのは、ただの私情でありまする。」

「うるさい!」

公青は、まるで耳を塞ぐように、両手で頭を抱えて横を向いた。公明は、更に言った。

「父上、王としてどうしたら良いのかお考えください。我らは神世の全ての神を、幸福にするために世を動かさなければなりませぬ。そうして不幸な生い立ちゆえに、心根の悪い輩に利用されるような、そのような輩に力を与えるような神を、無くして行かねばなりませぬ。本当の問題を解決することをお考えください。感情で沙汰を下すなど、王がすることではありませぬ。」

公青は、身を縮めて頭を抱え込んでいて、果たしてそれを聞いているのかも分からない。隼人と相留は、それを聞いて、公明は確かに皇子だと思った。しかも王族の子でも、こんなに幼いうちからこれほどのことを言える皇子など、滅多に居ない。これもひとえに、神世で最も優れていると言われている龍王の血筋が混じったせいなのか。ただの軍神の子である明蓮も、龍王の皇女が降嫁して産んだ子であるせいか、同じように大変に優れているのだという。

隼人と相留が茫然としている前で、公青はまだ、頭を抱えてうずくまっていた。

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