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鳥の宮

炎嘉が蘇って数日、維月はまだ帰って来ては居なかった。それでも、あの事件からの処理も進み、宮は通常業務に戻りつつあった。

そんな龍の宮に、公青の使者が降り立った。

維心は、何を言って来たのかは分かっていたが、黙って謁見の間へと出て行き、その使者から書状を受け取って、目を通した。

両脇には、義心と兆加が膝をついて控えている。

維心は、その書状を開いたまま、顔を上げた。

「あい分かったと伝えよ。こちらの軍神にそちらの宮へと移送させる。こちらで知っている経緯は、臣下より先に書状に記させ送っておこう。左様伝えよ。」

維心が言うと、使者は深々と頭を下げた。

「はは!」

そうして、維心が出て行くのを待って、使者は謁見の間から辞して行った。


維心が奥宮への回廊を歩いていると、兆加が追いかけて来て、言った。

「王、では律と簾の沙汰は公青様にお任せするということでございまするね。」

維心は、歩きながら頷いた。

「もう決めておったことぞ。再三の求めであるしな。正妃の奏を殺しておるのだ。どんな事情があっても、公青にはあれらを裁く権利があろう。我なら引き渡しなど求めることなく宮へ押し入って逆らう者諸共殺しておった。公青の気持ちは分かるし、こちらからは明蓮が言うておった約定の件と、あれらの生い立ちを知らせることだけの対応としようぞ。」

義心が、反対側の斜め後ろをついて歩いて来ながら、黙ってそれを聞いている。兆加は、深く頭を下げた。

「は。では急ぎ書状の準備をして、早急に西の島の中央の宮へお送り致しまする。」

維心は、前を向いた。

「本日中にの。」

兆加はそこを辞して、内宮の執務室へと戻って行くのが見える。維心は、そのまま奥宮へと続く長い回廊を歩いていると、義心が脇から言った。

「では、我は律と簾の移送の準備を。」

維心は、立ち止まった。

「それは明輪にさせよ。それより、南はどうか。帝羽は何を言うて来た?」

義心は、顔を上げた。

「は。炎嘉様には未だ沈みがちとのこと、維月様がずっとそばに付き添っていらっしゃるようです。嘉楠の葬儀は無事に済み、南の宮も落ち着いて業務が進み始めておるようですが、炎嘉様がそのご様子なので、空いた筆頭軍神の後がまだ、決められておらぬとか。開が政務に関しては一人でこなしており、細かいことは決めておるようですが大きなことが進まぬようで、難儀して来ておるようです。同じ龍に頼むにも、炎嘉様の方へと相談を持ち込んでおった宮も多かったようですので。」

維心は、苦笑した。龍の宮まで来るのは敷居が高いと感じる者達も、炎嘉なら言いやすいと嘆願に行く者達が多かったのは見ていて知っていたのだ。昔から、まずは鳥の宮、そして龍の宮と難易度が上がるのは変わらないのだ。

「まあ臣下には判断出来ぬようなこともあろうの。ならば我も炎嘉の様子も見て来ねばと思うておったし、そろそろ維月があちらへ参って七日、一度戻さねばと思うておったのだ。ならばこれから、我は南へ参る。ついて参れ。」

義心は、頭を下げた。

「は!では、すぐに先触れを出しまする。」

義心は、すぐに踵を返してそこを離れて行った。維心は、一度居間へと戻ってから、着物を替えた。そして、準備が出来たと義心が迎えに来るのを待って、龍南の宮へと飛び立ったのだった。


龍南の宮では、炎嘉が相変わらず維月と共に、王の居間で座って庭を見ていた。

維月も、体はすっかり元気で問題ないとはいえ、まるで魂が抜けたようにぼうっと過ごしている炎嘉が心配で、なかなか帰るとは言えない。

夜も同じ部屋の同じ寝台で眠っているが、炎嘉は維月を抱きしめて、そのままスーッと眠りについた。いつもこちらへ来たら朝まで起きていて大変な炎嘉なのに、そのことがまた、炎嘉の心が本調子ではないことを物語っていて気になった。

そんな炎嘉と維月の元に、開がやって来て膝をついた。

「王。龍王様が間もなくいらっしゃるとのことでございます。」

炎嘉は、そちらを見ようとしない。維月は、急いで横から言った。

「まあ。維心様も炎嘉様をご心配なさっておったから、政務を終えられて参られるのでしょう。炎嘉様も、お着換えをなさいますか?」

炎嘉は、横を向いたまま答えた。

「別に…みっともない着物でもあるまいに。このままで良い。」

維月は、それを聞いてキッと顔を上げると、炎嘉が部屋着のままなのでそれは着替えさせなければと、立ち上がった。

「なりませぬ。そのように礼を失したことをするのが鳥王の流儀でありますの?」と、急に険しい顔をして維月が強く言うのに驚いたような顔をした炎嘉に、更に言った。「さあ!嘉楠は毎日呆けるような王のために、命を捧げたのではありませぬ!維心様が来られるのなら良い機会でございます。あのように美しく威厳に満ちた王の前で、炎嘉様が見劣りするなどあってはならぬのですから!」

開も、炎嘉に横を向かれて落ち込んでいたのも忘れて、呆然と維月を見ている。維月は、気にする様子もなく、侍女達に言った。

「侍女!炎嘉様のお着物をこれへ!維心様が来られるのよ、鳥族の王がこのようななりで龍族の王と目通りなどあってはなりませぬ!」

侍女達は、慌てて居間を飛び出して行った。炎嘉は、維月を見上げて言った。

「維月、我はまだ着飾って客を迎えて話すような気持ちには…、」

維月は、炎嘉を振り返って、その目を睨んだ。その鋭さに、炎嘉は口をつぐんだ。

「炎嘉様。申し上げておかねばなりませぬ。私は、いくら維心様のご友人だからと毎日呆けて己の責務もこなせぬようなかたの、お側になど居るつもりはありませぬ。もう済んでしもうたことをいつまでもいつまでも考えて答えなど出て来るはずもありませぬのに!」そこで、侍女が着物を持って入って来たので、維月は侍女に指示した。「さあ、早う!維心様が到着されてしまうわ。せめて恥ずかしくない装いを!」

侍女達は、弾かれたように炎嘉に寄って行くと、維月と共に一斉に着物を脱がせに掛かり、そうしてさっさと新しい着物を着せかけて着付けて行く。炎嘉は、ただ茫然とされるがままになっており、開も、その場で根が生えたように膝をついたままそれを見ていた。

鳥の侍女達も優秀なので、見る間に炎嘉は綺麗に着付けられた。維月はそれを見て、満足そうに頷いた。

「本当に華やかに美しい様ですこと。常、炎嘉様と維心様が並ばれると庭の花も空の花火ですら霞んでしまうと思うておりましたけれど、本当に。では、このまま維心様をお待ちしましょうほどに。侍女、茶葉は龍の宮から私が持って参ったものにしてね。あまり熱いと維心様は口をつけられないから、ぬるめでゆっくりと出したものを。」

侍女は、頭を下げた。

「はい、維月様。」

維心は、外で飲む時は茶葉の甘味が出たものの方が良いようで、それを好むのだ。炎嘉も同じだったので、侍女達も弁えているが、念のためだった。

炎嘉は、維月を見た。

「維月…我など、恥ずかしいと申すか。この、姿だけだと。」

維月は、炎嘉の隣りへと腰かけ直しながら、頷いた。

「今の炎嘉様はそうでございます。」炎嘉は、あまりにはっきりと言われたので、ショックを受けた顔をした。維月は続けた。「私も最初は、炎嘉様が大変にショックを受けられるのも仕方がないと思うておりました。臣下を守って来られた炎嘉様が、嘉楠の命を取ってしまったと思われておるのがご不憫で。ですが、いつまでもその考えから抜け出すこともせず、その努力もなさらず、ただ毎日呆けておるなど、それこそ嘉楠が不憫であると思うたのですわ。鳥族は、嘉楠が死んでいようと炎嘉様がお亡くなりであろうとここに存在し、生きておりまする。これから先、炎嘉様が守るべき臣下は嘉楠の他にもあれほどに居るのでございまするわ。嘉楠はそのために、炎嘉様に生きて欲しかったのです。ですのに、筆頭重臣の開に全て押し付けて奥へ籠られたまま話もまともにお聞きにならぬ!そのようなかたの、お側で支えるなど私には考えられませぬわ!」

炎嘉は、絶句した。言われた通りだったからだ。嘉楠を失って、維月に気遣われ、政務は開が勝手に処理をするしで、それに甘えるようにいつまでも嘉楠を失った悲しみや、自分が何も出来なかった後悔に溺れて這い上がろうとはしなかった。これが、もし戦国の時で、自分しか宮を動かして宮を守ることが出来ない時ならば、恐らくこんな感傷に浸る時など作らずさっさと振り切って自分の感情を切り離し、政務に戻ったはずなのだ。つまり、自分は今の今まで、この状況に甘えて何の努力もして来なかったのだ。

「…相変わらず手厳しいことよ。」聞き慣れた声が、開いた居間の戸から入って来た。そちらを見ると、維心が苦笑しながら入って来るところだった。「まあ、真実ではあるがの。我が妃は大変に気強(きごわ)いのだ。我もしょっちゅう叱責されて、こやつに逆らうことなど出来ぬのだがの。」

維月は、立ち上がった。

「維心様!」と、頭を下げた。「長らくお側を失礼しておりました。」

維心は、頷いて手を差し出した。

「良い。我が命じたのであるしな。これへ。」

維月は、一週間見なかっただけなのにそれは美しく、凛々しい維心に見とれそうになりながら、その手を取った。維心は、そのまま足を進めて、炎嘉の前に立った。

「炎嘉。それで主は、目が覚めたか。」

炎嘉は、維月に言われた事でショックを受けたままだったが、うつろな目で維心を見上げ、その深い青い瞳と目が合って、ハッとしたような顔をした。

「…維心。」炎嘉は、苦々しい顔をした。「常、主が言うておった通りよ。維月は、確かに手厳しい。癒されるだけで主に返しておった我には、知らぬ顔もあるのであるな。まあ気強いのは知っておったが、こう真正面から否定されるとさすがに堪えたわ。」

維心は、クックと笑って炎嘉の前の椅子へと腰かけた。維月も、その隣りに座る。維心は、維月の方へと視線を向けてから、言った。

「主は維月の全てを知るわけではないからの。我は常側に置いておるゆえ、時に真正面から否定されて言い合いになることもようあるのだ。維月は優しいだけの女ではないからな。これで分かったであろう。」

炎嘉は、バツが悪そうにする維月を見てから、また維心を見た。

「やっと主と同じ位置に立てたようにも思うがの。それでも維月は、何も間違ったことは言うてはおらぬのだ。我は…甘えておった。今の平和な世に。優秀な臣下に。そして、甘やかせてくれる維月に。そうやって後悔の念に溺れておる方が、楽であったゆえな。だがしかし、誠にそうよ。こんな役にも立たぬ王などに、寄り添いたい女など居らぬわな。まして主のような王の妃である維月から見たら、我など愚かな男であったろう。」

維月は、慌てて横から首を振った。

「そうではありませぬの。あまりに長くていらっしゃるし、開もだんだんに処理し切れぬ政務が増えて参り、困っておるのを知っておりました。嘉楠のことは開のせいでは無いのに、炎嘉様は開に八つ当たるようにお声を掛けることもなさらなくなっておったし。このままではならないと、多少恨まれても良いからと、あのように申しました。」

侍女が控えめに、茶を持って来て、側のテーブルへと置く。維心は、それを見て、カップを持ち上げた。

「まあ、人の言葉で言うたなら、維月はキレて見せたのであるの。叱咤激励しておるのだ、炎嘉。主はそのように弱い男ではないであろうが。弱いと思うておったら、維月はきつい言葉など投げ掛けぬよ。嘉楠の気持ちを汲んで、主は鳥族の王として、ここで生きて行くよりないのだ。」

維心は、茶を口へと含んだ。炎嘉は、それを聞いて驚いたような顔をした。

「維心…主、鳥族と言うたか?主、南を鳥へ返すつもりか。この…龍南の宮を?」

開も、驚いたように維心を見上げている。維心は、茶を味わって機嫌よく茶碗を下ろすと、維月を見た。

「維月、良い加減よ。主がおったらそつがないの。」

維月は、微笑んで維心を見上げた。

「はい。維心様には宮で居る時以外では、このような塩梅の茶を好まれるのを知っておりまするので。」

こんな時に微笑み合いながら和やかな二人に、炎嘉はイライラしてもう一度言った。

「維心!我は真剣に聞いておるのだぞ!」

維心は、チラと炎嘉を見やった。

「…自然なことよ。主がここの王であるのは変わらぬし、我は変えようとも思わぬ。そも、主が王なら鳥は滅んだりはしなかった。我は、主であるならここを鳥に返して、少しは龍軍の負担を減らしたいのよ。ここは、既に鳥の宮と言われておるではないか。我もそれでいいと思うておった。だが、主が龍であったゆえ、我の配下にしておるよりなかっただけで。嘉楠には、あっぱれよと言うてやりたいものよ。あれが体とを命を置いて参ったゆえに、鳥は再びここで生きることが出来ぬのだ。未来永劫とは言えぬ…どんな王がこれから先出て参るのか分からぬしな。だがしかし、鳥が龍と共に世を守って行くというのなら、我はここを再び滅ぼしたりはせぬ。」

開は、涙ぐんで流れようとする涙を、皆に気取られないように下を向いた。鳥は、再び神世に戻って来る。一度は滅ぼされて消えてしまった鳥の宮。この数百年、炎嘉が嘉楠や延史と共に探して連れて来た鳥たちの生き残り達が、増えて繁栄し始めているこの宮が、再び正式に鳥の宮として神世に戻る時が来たのだ。

炎嘉は、開のように隠そうともせずに、涙を流しながら、維心を見上げた。

「鳥が…我らは、再び神世に出るか。神世の歴史から消え去ったのに。ここで、龍の庇護のもとに隠れ住むしかなかったのに。」

維心は、微笑して頷いた。

「その通りよ。今まで皆、よう堪えたもの。主が戻っておったゆえ、そうして主が鳥へと戻ったゆえ、鳥はやっと日の目を見るのだ。我ら、古の神と同じ記憶を持って、再びこの世を治めて参ろうぞ。前世、散々に太平の世を夢見て語り合ったよの。我ら、その世を作ったのだ。更にこの世を、守って参ろうぞ。」

炎嘉は、頷いた。涙は、とめどなく流れて行く。後ろでじっと膝をついて聞いていた義心も、ホッとしたように肩の力を抜いた。炎嘉は、なぜこんなに涙が流れるのか分からなかった。この涙が、鳥の復活に喜んでいるのか、嘉楠の命が無駄に散ったのではないことが分かって嬉しいのか、それとも自分自身の生きる意味が分かったから嬉しいのか、ただ分からぬままに、炎嘉はそれからしばらく、維心と維月の前で涙を流し続けた。

鳥の宮は、次の会合で正式に神世に戻って来ることが告示されることになった。

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