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悩み

維月は、月を見上げて十六夜が誰かと話しているのが、終わるのを待っていた。

十六夜は、父の碧黎のようにあっちこっちと同時に話すことは出来ないのだ。だから、どこかとの会話を終わらせようとしているのは感じ取れたのだ。

炎嘉は、しばらく泣いて泣いて、泣き疲れて維月の腕の中で眠ってしまい、今は寝台で寝息を立てている。炎嘉の悲しむ気持ちがあまりに深くて、維月も一緒に泣いてしまった。だが、前を向けるように癒して行かなければならない。維月まで、悲しみに沈んでいる場合ではなかった。

少し待つと、十六夜の声が言った。

《待たせたな。維心と話してたんでぇ。嘉楠の体に、炎嘉の命が入ったって?》

維月は、月を見上げて頷いた。

「そうなの。炎嘉様はそれは悲しんでらして、嘉楠が命を落としたのは自分のせいだとご自分を責めてらして…今は、眠ってらっしゃるわ。だから、維心様にも書状を送れたし、十六夜にも話しかけられたの。臣下達は、炎嘉様が助かったことにとても喜んでいて、嘉楠に心底感謝しているわ。だから、明日の葬儀もそれは盛大に行うようよ。遺体は無いけど。」

十六夜は、ため息をついた。

《まあ、軍神にしたら本望なんだろうけどな。王を助けて命を落とすんだからさ。戦場でも命の危機を潜り抜けて王を救おうとするだろう。炎嘉が命を繋いだのも、最初に襲われた時嘉楠が咄嗟に庇って自分も大怪我してるのに、すぐに連れて帰って来たからだろう。まして嘉楠はもうかなりの歳だったし。だから炎嘉も気にすることないのに。》

維月は、首を振った。

「そう言う事じゃないのよ。自分の臣下には、普通に寿命を全うして死んでほしいって考えが炎嘉様にはあられるの。だから、臣下が無下に殺されたりしたらそれは怒って報復しようとなさるんだもの。なのにその臣下の命を、ご自分が取ってしまったと思っていらして…耐えられないのね。しばらくは、納得するまでお辛いと思うわ。私も、支えて差し上げようと思っているけれど…維心様がね。あのかたも炎嘉様を大切に思っていらっしゃるから、無理をなさっておるのだと思うし、長く放って置くことも出来ないし。本当に、私が二人居たらいいのにと思うわ。」

十六夜の声が頷いたようだった。

《お前を必要って男が多すぎるんだよ。いくら月が癒しの象徴でも、たった一人しか女は居ないんだからさー。オレが気を発することで何とかなるならやるけど、男は男に癒して欲しいとは思わねぇらしい。》

維月は、フフフと笑った。

「まあ。じゃあ十六夜が女になったら?ほら、維心様に女になって炎嘉様の子供産めとか言ってたじゃないの。そしたらきっとみんな十六夜でも癒せるかもしれないわよ?すっごく美人になるんだし。」

十六夜の声は、慌てたように言った。

《おいおい、あれはもう無理だって言ったじゃねぇか。癒すってオレが側に居るだけでいいならオレも手伝っても良いが、神の男ってのはどうしてみんなベッドに引きずり込もうとするんでぇ。無理だっての。》

維月は、ふうと息をついた。

「私だって女に生まれても無理なんだもの、あっちもこっちも。本当は維心様と十六夜だけとゆっくり過ごしたいのは本心よ。でも、炎嘉様と同じで、私だって私のために誰かに死んでほしくないの。だから、苦しんでいる人には私に出来る限りのことで癒してあげようと思うだけ。ただ、本当に愛してる維心様にはお辛い思いをさせたくないから、炎嘉様と長く居る事になりそうでも、一度維心様の所に帰ってお話してからにしようと思っているわ。」

十六夜は、感心したように言った。

《ふーん、お前もいろいろ考えてるんだな。維心も、今回は結構おとなしくしてるようだし、お前達の間も上手くお互いに気遣って回ってるようじゃねぇか。ケンカが少なくなってるようで、オレも安心だよ。》

維月は、苦笑した。

「あなたって本当に月よね。でも、そんな十六夜だから、私も何でも話せるんだし。維心様はどう?留守にしてたら、お寂しくなさっておいでじゃないかと心配で。」

十六夜は笑った。

《子どもでも心配してる母親みたいじゃねぇか。ああ、維心は自分が行けって言ったからか落ち着いてたよ。炎嘉をそれは心配してるんだろう。だから、お前も維心を心配せずに一刻も早く炎嘉を癒して帰った方がいい。まあ、維心も炎嘉の様子を見に来るだろうけどさ。》

維月は、真剣な顔で頷いた。

「ええ。そのつもりよ。私も維心様の御元に早く帰りたいと思っているし、炎嘉様のためにも早く回復してもらわなきゃ。じゃあね、十六夜。何かあったら教えて。ここに居たら龍の宮ほどいろいろ分からないから。」

十六夜の声は頷いた。

《ああ。まあ当分は何もないだろうけど、知らせるよ。じゃあな。》

いつも話している時と同じような気軽さで、十六夜は言った。そして、意識が別の方向を向くのを感じた。恐らくは、月の宮の方へと意識を向けたのだろう。

維月は、ホッと息をついて、後ろを振り返った。炎嘉が、寝台の上で眠っているのが見える。

維月はそちらへと足を向けながら、どうやって炎嘉を元の明るい神に戻そうかと思い悩んだ。炎嘉の維心にはない華やかな明るさが、失われているのは維月も悲しかった。


次の日、嘉楠の葬儀はしめやかに行われた。

嘉韻も、そして息子の嘉翔も来てそれに参列し、開や臣下一同に深い感謝の言葉を受けて、居心地悪そうな顔をしているのが印象的だった。

維月は、龍王妃であるので、それに表立って参列することは出来ないので、カーテンの隙間からその様子を見た。

炎嘉には、とても嘉楠の葬儀のことは話せなかったので、誰もそれを報告していなかった。しかし、自分の結界の中のことなので、炎嘉が知らないことはないだろうと維月は思っていた。

葬儀の様子を見てから炎嘉の居間へと戻った維月を、炎嘉は正面の椅子へと腰かけて、庭を眺めながら迎えた。そうして、薄っすらと悲し気に微笑むと、手を差し出した。

「維月。」

維月は、急いでその手を取った。

「炎嘉様、お目覚めでしたか?先ほどまで、また奥の間にいらしたので留守にしていて申し訳ありませんわ。」

炎嘉は、首を振って自分の隣に維月を座らせると、その肩を抱いた。

「良い。そのように気を遣わずともの。」

維月は、それでも炎嘉が目覚める時に側に居てやらなかったのを悔やんでいた。炎嘉は、しかし穏やかに維月に頬を摺り寄せた。

まるで維心様みたい、と維月が思っていると、炎嘉は言った。

「…普通の妃であったなら、我はこうして主と共に過ごしておったのだろうと思うと癒される。維心は寂しく思うておるであろうの。本来これは、あやつの特権であるのだから。」

維月は、慌てて首を振った。

「維心様にも、炎嘉様のことは大変にご心配なさっておいでですわ。ですから、こちらへ来るのも、維心様が参れ、とおっしゃったので参ったのです。きっと、近く維心様もいらっしゃるかと思いまする。」

炎嘉は、深いため息をついた。

「分かっておる。維心にも心労をかけておるな。我はの…別に、主と本当に子を成そうなどと思うておったのではないのだ。そうであればよいとは思うておったが、我は普通の状態で転生したのでも無かったし、それが果たして許されることなのかという思いもあった。維心にあんなことを言ったのは、あやつが絶対に許さぬことだと思うたからぞ。我を諦めさせようと思うたのだ。なのに、あやつはそれを飲んだ。我は、だから我も妥協せねばならぬと思たのだ。ゆえ、もう一度生きようとも考えた。臣下の命を、僅かでも貰うなど考えたくもなかったが、それでもそれしか生きる道が無く、維心がそれを心底望んでおるのなら…との。」

維月は、何度も頷いた。

「そうですわ。誰もが炎嘉様が生き延びてくださることを祈っておりました。ここに居る、今では龍より多い鳥も、心から炎嘉様を案じて…渦中は、眠っても居らぬ者が多数おったと聞いておりまする。」

炎嘉は、維月の肩を抱いたまま、庭へと視線を移した。

「…分かっておる。維月、我はの、王として、長い年月生きて参った。維心に比べたら不真面目であったやもしれぬ。時に遊び回り、好き勝手して過ごしておったゆえな。だがしかし、我は己に一心に仕えてくれる臣下達や我が民達は、絶対に守り切って来た。それが王としての務めであって、仕えてくれることに報いることだと思うておったからだ。だから、我に出来る限りのことをして皆を守って来た。時に、維心に頭を下げてでも我が臣下は守り通した。我は、それが王としての責務の、一番に重要なことだと思うて来たからだ。」

維月は、黙って頷いて炎嘉を見上げていた。炎嘉は、その維月と視線を合わせて、続けた。

「なので今生、維心にこの龍南の宮で王となり治めよと言われた時も、また臣下の命に責任を持たされるのかと憤ったが、それが一番に世を安定させ維心を助けるのだと分かったゆえに、受けた。王となったからには、臣下達は全て守ろう、幸福に寿命を迎えて去るのを見送ろうと思うてやって来た。ここまで、それはうまく行っていたはずだった…それなのに、我は、己の命を危険に晒すというへまをし、臣下に心配をかけた挙句、その命を取り上げて生き残るという卑怯なことをしてしもうたのだ。」と、自分の手を見た。「…この体すら、嘉楠のものであったのに。我は、全てを取り上げてあれを殺してしもうた。全ては、我が命を失う危機に己を晒したばかりに…。」

炎嘉の目には、また涙が浮かんだ。後悔の涙なのだろう。今まで、戦場で命の危機に晒されることなどなかった炎嘉が、初めて他の神の襲撃に倒れた。あれは地でさえ手こずる闇の力だったのだから無理な話だったのだが、炎嘉にはそれが、自分の責だと自分で自分を責めているのだ。

維月は、炎嘉に抱き着いた。

「炎嘉様…そのようにご自分をお責めにならないで。闇相手など、父でも対応出来ぬと私達を作ったのですから。十六夜と父が皆を守ったのに、それでも怪我を防ぐことが出来ないほどの力だったのです。闇が生まれ出る時の莫大な力だったのだと聞きました。あれがもしも維心様であっても、危なかったのだと思いまするわ。炎嘉様と維心様は今とお立場は逆転しておったのかもしれませぬ。それでも、炎嘉様は臣下の命を奪ったと維心様をお責めになりまするか?」

炎嘉は、急いで首を振った。

「そんなはずはない。維心は神世の王の王なのだ。あれが居らぬようになった後のリスクは、我の比でもない。龍族は神世を支えておる…あれは、死ぬわけには行かぬ。」

維月は、首を振った。

「炎嘉様、維心様には維明も維斗も居りまするわ。それに、将維もまだ残っておるし、前世の息子達である明維も晃維も亮維も居るのですわ。維心様こそ、後を何も案じることはありませぬの。それでも、臣下達は方法を見つけたなら己の命を懸けて維心様のお命を留めるでしょう。そして炎嘉様も、そんな維心様をお責めにはならないはずですわ。まして炎嘉様の代わりは、居りませんでした。此度の事は、誰もが必要なことだったと理解しておりまする。炎嘉様にも、本当は分かっていらしたはずですわ。ご自分が、生きなければならないことを。そして臣下達が、もし自分の命を差し出すしかないと思ったら、そうする事も。」

炎嘉は、黙って横を向いた。維月の言う通りだったからだ。維心のことは、炎嘉も大事に思っていた。炎嘉は、神世に維心が一番重要だと考えていて、そんな重荷を背負わされている維心を不憫にも思い、だからこそ今まで支えてやって来たのだ。だが、他の者達から見たら、自分も同じように重要な存在だと維月は言っているのだろう。何を期待されても、自分は自分でしかなく、それほど大したことも成し得ないと思っているのに…。

「我など…気ばかり大きく、維心の補佐という立場以上ではない。臣下達は我をどのように優れた神だと思うておるのか知らぬが、我とて普通の神でしかないのだ。ただ、気が大きく生まれただけで。」

維月は、炎嘉の手を両手で握り締め、炎嘉をしっかりと見上げた。

「炎嘉様、維心様とて同じですわ。長く一緒に来られたから分かっておられるはずですの。維心様も、気が大きいだけでただの神と変わらないのです。ただ、王として扱われ、その能力があったから期待に応えようと一生懸命責務を果たして来られただけで。本当に、皆同じなのです。それでも、普通の神と違うのは、そのお立場になって自暴自棄になるのではなく、務めを果たそうと努められるそのお心なのです。維心様も炎嘉様も、王の立場で皆にかしずかれるだけではなく、しっかりと責務を果たして来られたのですわ。普通の神なら、逃げてしまっていたでしょう。だからこそ、重要な神として扱われ、皆が己の命を賭してまで留めるのですから。」

炎嘉は、反らしていた目をまた、維月に戻した。維月は、じっと炎嘉を見上げている。炎嘉には、分かっていた。維心だって普通の神だ。皆に恐れられ、世を押さえ付けているとはいえ、あの男は人一倍繊細で傷つきやすい不器用な神なのだ。だからこそ、死しても案じて、あんな不自然な形になろうとも、記憶を残して転生し、維心の助けになろうと…。

「…そうであるな。維月、分かっておるのだ。維心とて重い責務を背負わされておっても、ああしてそれをこなして生きておる。あれが死ぬとなると、神世を上げて何とかしようと皆が努めるだろう。他の皆から見たら、我もそうだと主は言いたいのであるな。」

維月は、頷いた。

「はい、炎嘉様。炎嘉様を、維心様があれほどに惜しむ意味もお考えください。炎嘉様が居られぬ世は、維心様にも心細いのだと思いまする。他に誰か居ようとも…前世の、ただ一人のご親友であられるのですから。」

炎嘉は、黙って考え込んだ。それでも、臣下の命を奪ってまで生き残る価値が自分にあったのか。我は…そんな王には、なりたくなかったのに。

維月は、炎嘉が黙ったので、隣りで同じように黙り込み、その様子を見守った。炎嘉にも、きっと分かっているのだ。だが、それでも嘉楠を失った事実と、その原因が自分にあるという事実が、どうしても心に重く悔やまれてならないのだろう。

炎嘉はそのまま、日が暮れて行く庭へと視線を移したまま、じっと考え込んでいたのだった。

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