失われた子
次の日からの予定は急遽変更させ、維心は維月を連れて月の宮へと飛んでいた。
もう舞の話などどこかへ吹っ飛んでしまい、維月も昨夜から涙を流し続けて目を真っ赤にさせていた。
十六夜はそんな維月を気遣わしげに見て、維心に言った。
「寝てねぇのか?」
維心は、維月の肩をそれは大事そうに抱いて、深刻そうに頷いた。
「見つかったと聞いて、昨夜は一晩中そのことばかりで褥へ入っても収まらぬでな。朝から兆加に言うて予定を無理に開けさせて、急ぎ連れ参ったのだ。」
維月は、もう涙は流してなかったが、それでも赤い目のまま十六夜に言った。
「今更にどうにも出来ぬのは分かっているの。でも、どうして今まで見つけてあげられなかったのか、いったいどんな生活をしていたのかと思ったら、居たたまれなくて…だって、あれからもうかなりの年月が経っているわ。600年ではない?さぞ私達を恨んでおるだろうと…。」
十六夜は、また涙を浮かべる維月に歩み寄って、首を振った。
「やれることはやったんだ。親父に出会ってからは、親父にまで頼んで探してたのに見つからなかった。月夜だってわかってくれるさ。」と、維心を見上げた。「蒼が、居間で待ってる。親父が来てて、月夜の現状を話してくれてるんだ。一緒に行こう。」
維心は頷き、維月を気遣わしげに見た。
「さあ維月。我とて見つけてやれなかったのは不甲斐ないと己に腹が立つが、今更言うても始まらぬ。それより、月夜の現状を知るのが先ぞ。」
維月は黙って頷いて、維心と十六夜に挟まれて、蒼の居間へと歩いて行った。
居間へと入って行くと、蒼が正面の椅子に座り、碧黎が脇の椅子へと腰かけて、維月達を待っていた。
碧黎は、いつもなら維月を見て嬉しそうな顔をするのに、今日は維月の様子を見て苦笑した。
「なんぞ、そのように。気持ちは分かるが、ここまで来てしもうたのはしかたのないことぞ。蒼にも今言うておったのだが、見つけられなかったのは、主らのせいではないのだ。あれが、我らに見つからぬように気をうまく隠しておったからぞ。」
維月は、驚いて碧黎を見た。
「え、あの子は、私達に見つかりたくなかったのですか?」
碧黎は、頷いて側の椅子へと示した。
「座るが良い。話そうぞ。」
維心と十六夜は、維月を挟んだまま側の長椅子へと座る。碧黎は、蒼の方を見た。
「では、皆揃ったし話そうかの。あれが居るのは、遠く北の地。というて、ヴァルラムの大陸ではないぞ。人や神が言う蝦夷…現在では、北海道とか申すな。そこの最北端の方よ。」
維心が、眉を寄せる。
「…北の神とはあまり交流はなかったが、前世闇に憑かれた奴らが来た折から少しは行き来があるのに。全く気付かなかったの。」
碧黎は、頷いた。
「そのはずよ。その神達ですらあまり立ち入らぬ場ぞ。我とてまさかと思うておった。なので蒼から聞いた数百年前の時点で、我はそこまで探してはおらなんだ。まだ若い神が、そんなところまで行っておるなど思いもせなんだからの。しかし、ヴァルラム達と交流を始めた辺りから、我も常広域に物を見るようにしておったから、此度意識の端に引っかかって知れたということだ。」
蒼は、口を挟んだ。
「ですが、ヴァルラム様と交流を始めたのももっと前のことでしたよね。碧黎様でも、そこまでは見えなかったってことでしょう?」
碧黎は、顔をしかめた。
「いや、見えておったのだが、気取れてなかったのだ。あんな端に人も少ないというに、神が居るとはとは思っておったのだ。だが、此度恐らく何かで気が抜けたのか、あれは力を使ったとみえる。我はその力の波動を感じ、そしてそれが蒼が探してくれと申しておった、命の波動であることを悟った。またすぐに覆い隠すようにして消えて行ったゆえ、わざと隠しておるのだとその時分かったのだ。間違いなく、あれは潜んでおる。理由は知らぬが、こちらに気取られたくないのだ。」
蒼は、唇を噛んで下を向いた。ということは、月夜はこちらを恨んでいるということか。そうやって気を隠して不自由な思いをしてまでも、こちらに知られたくないのだろう。
維月も同じように思ったのか、口元を袖口で隠して下を向いた。維心が慌てて維月を抱き寄せながら、碧黎に言った。
「だが、恨むとて最初のうちからも我ら見つけることが出来なんだのだ。あやつの気、我とて見知っておったので失踪直後に広域に探っておったのだからの。連れ去られた直後から恨んでおるなどあるまいが。その後長く放って置かれたとなれば、恨むというのも分かるが。」
蒼は、それに思い当たったのか、ハッとしたように碧黎を見た。碧黎は、難しい顔をした。
「維心の言う通り、我とてそう思ったわ。だが、あやつは人のフリまでしてあのような場所で生きておる。己の気を隠し、そして共に居る少ない神達と共にひっそりとの。詳しいことは、調べてみねば分かるまい。どうする?あれに会いに参るのか。」
蒼と十六夜は、顔を見合わせた。維月も、維心と顔を見合わせる。そして、十六夜と維月が顔を見合わせてから、十六夜は蒼に向かって言った。
「…お前が決めな、蒼。お前の息子だ。オレ達は一度死んでるからあいつの祖父でもねぇ。同じ眷属ではあるがな。あいつを知ってるのなんか、今じゃ翔馬と李関ぐらいじゃねぇか?瑤姫は死んだし、知らせてやることも出来ねぇし。」
蒼は、じっと考えている。維心が、それを見てため息をついた。
「まあ恨んでおらぬことは分かったのだ。最初から気を隠しておったのが何よりの証拠ぞ。今ではあれも立派に成人してかなりの歳になるのではないか。ならばあれの生を尊重し、姿を見せないのも優しさなのではないかと我は思うがの。」
維月が、少し驚いたように維心を見上げた。
「ですが維心様…皇子であるのに。」
維心は、困ったように微笑した。
「主には何を言われるか分からぬが、神世ではようあることぞ。身分の無い妃が生んだ皇子は、宮での立場が低い上、扱いも違う。そんな状態に嫌気がさして出て行く奴らも、実は結構居るのだ。そして、王はそんな皇子を探すこともないし、無理に連れ戻すこともない。そんな立場に子を置くのが哀れだと思うからだ。好きにさせようと考える。なので、各宮の結界の外には、はぐれの神などが居るであろうが。あれらはそこの王に従えず、結界を出て参った者達とその末ぞ。そして新たな王となって宮を作る者まで居るのだ…未だに、小さな宮が増えるのはそのためぞ。」
維月は、それを聞いて目を丸くした。十六夜も、知らなかったらしく珍しそうに維心を見た。
「そうか、それで未だに知らない宮がどうのって話になるんだな。じゃあ、もしかして月夜は、新しい仲間ってのと楽しくやってるってことか?」
それには、碧黎が答えた。
「楽しいかどうかは知らぬが、ごく数人の神達と生活してはおるの。何というても龍と月の血をひく月夜は誰よりも気が強いゆえ、自然皆を守る立場になっておるようよ。が、あんな土地が欲しい神など居らぬから、もっぱら獣やらから守る方の任ではあるがな。王というには小規模過ぎて、王として君臨しておるのではないようぞ。」
蒼はじっと聞いていたが、顔を上げて、碧黎を見た。
「碧黎様、ではオレを、そこへ連れて行ってください。どんな様子なのか、暮らしぶりだけでも見て来たいのです。もしも困っておるなら…分からぬように、助けてやれるかもしれないし。」
維月も、それを聞いて碧黎を見上げた。
「そうですわ、お父様。私も一目顔を見たいと思いまする。何もしてあげられぬのなら、せめて幸せに暮らしておるのか、確かめたいと思うのです。」
碧黎は、頷いた。
「それが主らの選択ならばそうしようぞ。だが主らなら、場所さえ分かればそこへ参らずとも月から姿を見ることが出来よう。あれはやはり、龍の王族と月の血筋であるから、我らの人型が近付くと気取る可能性がある。場所を教えるゆえ、月から見るがよい。」
蒼は、言われて確かにその通りなのだが、実際に側に行って顔を見たいという気持ちがあったので下を向いた。維月も同じなようだが、それでも納得したようで頷いた。
「はい、お父様。」
碧黎は蒼をチラと見たが、維月を見て、微笑んだ。
「良い返事ぞ。では、主らに月夜の居場所の詳細を見せようぞ。」
碧黎は、空を見上げた。
そうして、十六夜と蒼、維月は、碧黎に促されるまま、月夜の居る場所を探って月を見上げた。