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考え

十六夜は、碧黎を見つけていた。

何のことは無い、碧黎は月の宮を臨める位置で浮いていたのだ。

十六夜が人型でその隣りへと行くと、碧黎は十六夜を見ずに言った。

「…何ぞ。主は月から出たり入ったり忙しいの。」

「そういう親父は出っぱなしじゃねぇか。」と、気遣わしげに碧黎の顔を覗き込んだ。「なあ、地へ戻らねぇのか。」

碧黎は、首を振った。

「黄泉へ行っておる陽蘭の命があそこで寝ておるような状態なのだ。我はあやつがどうも鬱陶しくての。必要なら戻るが、特に今は必要もない。」

十六夜はため息をついた。

「まあ親父のおふくろに対する気持ちについてはもう、オレも何も言わねぇよ。おふくろが勝手なことしてるのに、親父にばっか言っても仕方ねぇしな。それより、どうするんでぇ。蒼がてんやわんやじゃねぇか。いっそ親父が王になったらどうなんでぇ。」

碧黎は、チラと十六夜を見た。

「我は王になどならぬ。そも、我が全ての命の長であるのは事実であるし、そのような神世の肩書など要らぬのだ。だが、此度のことは我の判断であるし、蒼の事は助けてやらねばと思うておる。それだけぞ。」

十六夜は、空中で胡坐をかいた。

「助けるって、ここで四六時中居るってのか?いつもあっちこっち出て行って戻って来ない時もあるのに?」

碧黎は、フンと十六夜から視線を反らせると、また月の宮の方を見た。

「我とて無責任ではないわ。」

十六夜は、しばらく黙った。碧黎は、まだそこに浮いて、ただ月の宮を見渡している。その横顔には、何かの覚悟のようなものが感じられ、十六夜はたまらずまた口を開いた。

「なあ親父。はっきり言えよ、闇なんかにまたオレ達をとられちゃたまらねぇって思ったんだろう?だから、面倒なのにそんな奴らを抑制するために、自分で手を下して神世に関わって行こうって思ったんだろう?ほんとは、あっちこっち行きたい時に行って、今以上に何かに責任なんか持たされるのは面倒だってのに。」

碧黎は、それを聞いてキッと十六夜を睨んだ。

「…その通りよ。前世、成す術なく主らを見送ったことは記憶に新しい。今生どれだけ大切に育てて参った。せっかくに一人前にしたのに、なぜにまた闇などに連れ去られなければならぬのだ。何より維月は…我にとって命より大切なものぞ。それを失うリスクに比べれば、ひと所に囚われるのが何であろうか。我はどんな面倒でも受けて立とうぞ。」

十六夜は、驚いた。想像していた通りの反応だったが、その言い方が維心にそっくりだったからだ。

「親父…維心とおんなじだ。」

碧黎は、また横を向いた。

「うるさいわ。あれは我に似ておって当然ぞ。似せて作った。」

そうぶっきらぼうに言うと、また黙って月の宮を見つめている。

十六夜は、やはり碧黎が無理をしているのをそれで知った。自分とそして維月を守るために、したくもないことをしたのだ。そしてこれからも、面倒に晒され続けて行くのだ。

維月に相談しなければ、と十六夜は、碧黎をそこに置いたまま、龍の宮へと向かったのだった。



その頃、開は龍南の宮で準備を進めていた。

炎嘉の命は、後六日しかない。

その間に、術を完全に仕上げて己のものにしておかねばならないのだ。

誰にでも出来るものではなかった。その術は、複雑に織り込まれた呪文の言霊とその音調で組まれたとても繊細なものだった。

僅かな音の揺れで術は変わる。あれで、享は大変に仙術には長けていたのだと開には分かっていた。

自室にこもって必死に頭の中で模擬実験を繰り返し繰り返し、それがきちんと発動するかどうかは、小動物などで実験は済んでいた。

それを体得することが出来たのも、開が鳥であったからだった。

鳥は、さえずるのが得意だと昔から言われていて、詩吟などが特にどの神よりも美しいと言われていた。

その複雑な音調も、鳥であったからこそあっさりと体得することが出来たが、普通の神ならばかなり難しいだろうと思われた。

…こんな術を、いくら王でも、他の宮の王などに間違いなく操れるのか。

開は、それを懸念していた。もしかして同族の鷲や鷹なら出来るのかもしれない。だが、間違って放つとその命を吸い上げる方も吸い上げられる方も、そして術の対象者も全てが命を失うかもしれないほどに危ういバランスの上にある術だった。

我が王のお命を、そんな不確かなものに預けるわけにはいかぬ。

開は、心底そう思っていた。

…やはり、これしかない。

開は、考えた挙句、結論を出した。この術を放てるのは、自分しかいない。ならば、それを成すのは自分だけが行なうべきなのだ。

「我が…やる。」

開が、そう呟くと、それに応えるように、横から声がした。

「ならば、我も。」気配が無かったのに突然に声がしたので、驚いてそちらを見る。そこには、嘉楠が笑って立っていた。「すまぬな。ずっと様子を伺っておったのだ。術の音調、主が何度もあちらのネズミにかけておったから我も覚えた。我にも出来る。共に参ろうぞ。」

開は、それを聞いて首を振った。

「我が一人で参る。嘉楠殿、これは少しでも音調が狂うと大変なことになる。術者自身は愚か、王の御身さえ危なくなるのだ。我は、何度もここで試してもう、間違うことは無い。だからこそ、我がやるしかないのだ。このままでは、王を助けようとして逆に王を殺してしまうかもしれない神世の力ばかりが強い王達に、我が王のお命を委ねることになってしまう。我はそれだけは、絶対に避けねばならぬと思うておる。龍王様はあのように申したが、しかしそれに従うことは出来ぬのだ。」

嘉楠は、開を見つめた。

「主…己の命を懸けるつもりよな?」

開は、ビクッとした。嘉楠は、眉を寄せて開を凝視した。

「やはりの。ならぬ、主はまだ300にしかならぬ。我はもう、王の前世からお仕えして1000歳にはなろうかというもの。そろそろと思うておったが、未だ老いが来ぬでこうして生きている。それも、恐らくは王をお助けするためであったのだと、此度の事で思うたのだ。誰かの命を懸けるのなら、我の命を。主には、まだ炎嘉様を支えてもらわねばならぬ。」

開は、嘉楠の意思の強さを思わせる、強い視線をまともに受けて、それでも睨み返していた。この軍神が、長く生きて炎嘉に仕えていたのは知っていた。同じように昔鳥の宮に居たという延史という軍神が死んでも、嘉楠は姿も変えずにこうして生きている。ただ、炎嘉に仕えてその役に立ちたいという一心で、老いすら凌駕するほどの忠誠心を持っている神なのだ。ここで、いくら自分が反対したところで、嘉楠は絶対に退かないだろう。

開は、諦めたように肩の力を抜いた。

「…分かった。ならば、こちらへ。我も、今から参るのでは王が気取られて恐らくは命を受けてはもらえぬだろうと、夜半に王の寝所へ向かうつもりであった。それまでの時、主もこちらのネズミで鍛錬を。決して間違うことが無いように、完璧に仕上げて参らねば我も認めることは出来ぬ。」

嘉楠は、少しほっとしたように、頷いた。

「望むところぞ。ならばその術、我も体得しようほどに。」

そうして、開と嘉楠は、二人で並んでたくさんのネズミが入った籠へと歩み寄り、そうして、術を放つ練習を、日が傾きまた西へと沈んで行くのも忘れて、し続けたのだった。


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