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維心からの命により、碧黎が享を罰したことはその方法と共に神世に告示された。

思った通り、神世では一斉に月の宮に向けて使者を送り、次の月見の宴には是非にご挨拶に伺いたいとの打診が矢のように舞い込んで来た。

少しでも、月の宮と懇意になり、地の怒りを買うようなことが無いように、考えたようにも見えたが、しかしそれだけではないだろうことは、蒼にも分かっていた。

維心からの書状には、これからの対応に困った時は遠慮なく聞いて来いと言って来ていたし、想定した通りだったのだ。

鳥と龍が並び立っていた時、こんな感じだったのだという。今は鳥の宮が無くなり、龍の独裁のような形になっていた神世の形が、月と龍が並ぶ形に変わろうとしているのだと維心は教えてくれていた。

もちろん、月は龍に仇なすようなことは絶対にないので、戦になることはひっくり返ってもない。なので、鳥が反旗を翻した炎翔が王であった時のようなことは、起こりようが無かったが、それでも不安定になりそうなのはなんとなく蒼にもわかった。

炎嘉の様子は、元気だという。

十六夜が毎日炎嘉に話しかけているらしいが、別段変わったところもなく、ぴんぴんしていて死にそうにないらしい。

だが、碧黎が与えた寿命があるからこそのことであって、あと六日でその命が消えるのは間違いないようだった。

「だから、寿命を与えるのは他の誰かがやるらしいんだけどさ、その術を放つ役割の神が要るんだって。かなり力を使うみたいだから、十六夜もその時には力を貸して欲しいってさ。」

蒼が言うと、十六夜の声が気だるげに答えた。

《え~?面倒だな、仙術だろ?気が進まねぇなあ~オレは命をやる方にしてくれねぇかな。どうせオレは不死だし、無くならねぇもんよ。》

十六夜が言うと、蒼は顔をしかめた。

「あのね、毎日炎嘉様と会ってるんだろう?ちょっとは協力しろよ。碧黎様が、オレ達の命はあの仙術じゃあ吸い上げられないって言ってたじゃないか。あげるほうには回れないんだよ。」

横から、新月が言った。

「我も手伝いたいが、本調子ではないゆえ。十六夜、主に頼むよりないのだ。」

蒼は、それを聞いて頬を膨らませた。

「ほら、新月だってこう言ってるのに。」

十六夜は、これ見よがしにため息をついた。

《へえへえ、何でもオレが悪いんだな、分かったよ。維月もその時は頼むって言って来てたしよ。他に術を放つってぇのは、焔と、箔翔と、志心に頼んでるんだって?》

蒼は、頷いた。

「ああ。王の命を削れないから、あの方たちの命を吸い上げることは出来ないけど、それならせめて術ぐらい放つって言ってくださってるみたいだ。炎嘉様は気が進まないって言ってるみたいだけど…少しでも、誰かから命を分けてもらうってことが、気に入らないみたいで。」

十六夜の声は、真面目に答えた。

《だろうな。オレだって誰かの命を吸い上げる術なんて放つのは気が進まねぇんだよ。あの、享のヤツが考えた術だってのも気に入らねぇし。散々迷惑掛けられたからな。》

蒼は、それを聞いて十六夜の気持ちが分かった。少なからず誰かの命を奪うという行為を、したくないのだ。

「オレだって…確かにそんな術嫌だけどさ。でも、炎嘉様は必要なかただ。これからだって生きてて欲しいし、あの維心様が母さんが炎嘉様の子供を産むのを許してでも生きて欲しいって思う神様なんだよ。背に腹は代えられないよ。」

十六夜は、考え込むような声で答えた。

《…ま、そう決めたならオレはこれ以上言わねぇよ。手伝えというなら手伝う。じゃあな、親父に用があるからちょっと出掛けてくらあ。》

そう言い終わると、十六夜の気配は月から消えた。

蒼は、本当にこれでうまく行くのだろうか、と少し不安になりながら空を見上げていた。


維心は、維月と共に居間に座っていた。

結局、臣下が調べた巻物の中には目ぼしい術は無く、維心が享の記憶の玉から得た知識でも、開と義心が出した結論以上のことは出て来なかった。

維心が、どうしたものかと考え込んでいると、維月が横から気遣わしげに維心を見上げて言った。

「維心様…お悩みですか?」

維心は、維月を見てから、その肩に置いた手に力を入れて自分へと引き寄せながら、頷いた。

「…まあの…此度のことであるが、あまり神世に大きくしたくないゆえ、一応箝口令を敷いておるが、しかしながら誰かに知れたら、己の寿命を延ばそうとする輩が出て参るのではないかと案じておってな。隠すほどに知ろうとする輩も出て参るのだから、知られずにおこうとするのも無理も出ようと思うて。」

維月は、口を押さえた。

「まあ…。」

維心は、維月を見た。

「此度は回りが強く希望して炎嘉を助けようとしておるが、享のような王が出て参ったら、臣下はその犠牲になるのではないかと案じておるのだ。今まで、命と申すものは特殊で我と碧黎以外がどうにか出来るものではなかった。神の中で我だけが命を司っておったが、そんな我でも寿命まではどうにも出来なんだ。しかし、享の術はそれを可能にしておるのだ。それが神世に流れたら…心根の悪い者ほど、他を犠牲にしても己は生きようと思うものであろう?」

維月は、心底案じているように維心を見上げた。

「思い当たりませんでしたわ。では、困った事になりそうですわね。術があった事実は、もう鷹の宮、鷲の宮、白虎の宮、龍南の宮は知っておるわけですし、月の宮もですわ。王族達は黙っておるでしょうけれど、臣下が誰かに漏らす事も考えられまする。確かに、維心様がおっしゃるように、完全にその術があるという事実は伏せておけそうにありませぬわね。」

維心は、頷いた。

「そうなのだ。我の宮では、絶対に外へ漏れることは無い。臣下のことは全て見ておるからの。だが、他の宮の事はその王次第であるしな。箔翔などまだ若いし、どこまで伏せておれることか。まだその術自体はどこにも知らせておらぬから、我と義心と開以外は知らぬが、その術の存在を知られることから案じられるゆえな。」

維月は、静かにため息をついた。

「本当に、維心様が常神世は面倒だとおっしゃるお気持ちが分かる心地ですわ。ご親友のお命を助けるために、友人同士が集まってどうにかしようとしておるだけで、それを利用しようとして来る輩が出て参るなんて。炎嘉様も分かっておられて黄泉へ行こうとなさるのかもしれないと思うてしまいまする。」

維心は、苦笑した。確かに、その通りかもしれぬ。

「あれも先々を見ておるからの。だがしかし、享のような神があり得ぬほど長生きして、炎嘉があっさり黄泉へ参るなど考えられぬ。此度は我も、誠に譲れぬ心地ぞ。」

維月は、享の話題が出たので、下を向いた。維心は、その様子に思い当たった。ここへ帰って来て、碧黎があっさりとその命を消し去った事実を告示せよと兆加に申し渡している間、維月は黙って驚いたように横で聞いていたのだ。その表情からは、恐れを感じた。今の維月は、恐れてはいないようだったが、複雑な気持ちでいるようなのは伝わって来ていた。

「どうしたのだ。碧黎のことか?」

維心が話を振ると、維月はビクと肩を動かしたが、維心を見上げて、頷いた。

「はい…。父が、何をしたのか聞いて驚きましてございます。まさか、命にやり直しの機会を与えないという選択があったとは。そして、あっさりと手を下したという父に、初めて畏怖の感情を持ちましてございます。もちろん、父はこの地上を守っておる存在でありまするし、私達を作ったのも闇に対抗するためであるのも知っておりまする。なので、あれほどに怒るお気持ちも分かるのです。それでも、黄泉の獄へと送るのではならなかったのでしょうか。長くかかっても、改心したかもしれませぬのに。」

維心は、息をついた。

「それは、我にも分からぬな。我には、そのような力はないゆえ。だがしかし、闇はそれほどに碧黎の手に負えぬものなのであろう。また、己の力の及ばぬことで主ら子を奪われる恐怖を、あれは感じたのかもしれぬ。そんなものを感じたことが無かった碧黎は、恐らく今までに無かったほど憤ったのだろう。だからこそ、神世に足を踏み入れた。あれは、もう引き返すことも出来ぬだろう。月の宮が今、あちこちから大変な数の書状を受け取っておるのは事実なのだ。碧黎は知っておってしたのであろうから、これからは月の宮を守るために宮から目を離すことも出来ぬだろうて。そんな面倒を抱え込んでも、守りたいものがあれにはあるのだ。」

維月は、ハッとした。十六夜と、自分…。お父様は、私達を失いたくないと思われて、これまで関わらなかったのにこうして足を踏み出してしまわれたのだわ。

「…お父様…何より、面倒を嫌われまするのに。これからが、案じられますこと…。」

維心は、頷いて維月を抱きしめた。

「だが心強いことよ。碧黎が留めるのなら、主らは決して世を去ることはあるまいが。我は、なので此度のことは歓迎しておるのだ。月の宮のことなら、我も力添えを。案じるでない、維月。」

維月は頷いたが、父が無理をしているのではないのかと、案じられてならなかった。

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