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複雑

炎嘉は、いきなり訪ねて来た十六夜と、窓越しに話していた。

もう日は遠く沈み、辺りは暗くなっている。

炎嘉は、十六夜の話をじっと聞いていたが、その終わりに、言った。

「…あれは維月と子を成すのを飲んだと申すか。」炎嘉は、淡々と考えるように言う。「命より大切だと抱え込んでおる、維月と。」

十六夜は、頷いた。

「ああ。親父が来て中途半端な事は言わずにどっちか決めろと言ったんだ。嫌ならサッサとお前を逝かせてやれと。そしたら、かなり悩んでたみたいだが、炎嘉だけは失いたくないってさ。月から確認したらあいつはかなり落ち込んでるようだったが、維月に慰められてたよ。そんなわけだから、ゴタゴタごねずに術が見つかったら生き延びる事を考えろよ。維心だって必死なんだからよ。」

炎嘉は、今は目の前に十六夜が居るのにも関わらず、遠い月を見上げた。そうして、その遠い目のまま、言った。

「…そうか…。」そうして、くるりと十六夜に背を向けた。「分かったと伝えよ。だがまあ、もう三日目も終わる。明日から七日間しか無いのに、まだ術の欠片も見つかっておらぬではないか。どうせあれがどんな判断をしようとも、我は黄泉へ参るのだと思うぞ。なのでそう、気に病むでないわと申してくれ。」

炎嘉は、そう言い置くと十六夜が答えるのも待たずに、奥へと入って行った。

十六夜は、炎嘉がどう思ったのかもよく分からなかったが、それでも炎嘉の言いようを聞いていると、炎嘉自身は全く生き延びるつもりなどないのだと思った。あんなことを維心に言ったのも、恐らく自分を諦めさせようと思ったからではないか。

そんな風に感じたが、十六夜はそこから月へと戻って行き、維心と維月に炎嘉の言葉を伝えたのは、次の日の朝のことだった。


維心は、ぼうっとしているわけにも行かず、放って置いた享の後始末のことを考えねばならなかった。

炎嘉の方が切羽詰まっているので、そっちを何とかしなければと急いでいたが、そもそもこんなことになっているのも享が闇などを復活させようとしたせいであり、とっとと享を始末してしまわねば気が済まなかったのだ。

なので、早朝から維月と共に起き出して、居間で牢へと向かうための準備をしていた。

すると、そこに十六夜の声が降って来た。

《よう、維心、維月。今日は早えな。》

維心は、チラと空を見上げたが、維月は窓際まで寄って行って空に向かった。

「十六夜、おはよう。維心様にも享のことを放って置くのもとおっしゃって、これから沙汰を言い渡しに参るの。早く起きた方が、一日いろいろなことが出来るから。炎嘉様の術、今日こそ何とかして見つけ出さないといけないでしょう?時間は有効に使わないと。」

十六夜の声は、大真面目に言った。

《ふーん、いつもはお前、日が高くなるまで寝てるのにかあ?》

維月は、赤くなって手を振った。

「もう、毎日だったら眠いんだし仕方ないでしょう?それで、昨日は炎嘉様に言って来てくれた?」

十六夜はあっさりとそれ以上維月を責めずに、答えた。

《ああ、話して来たよ。》すると、維心も窓側を向いた。十六夜は続けた。《分かったってさ。でも、今の様子だと術なんか見つからないからどっちにしても自分は黄泉へ行くんだろうし、そんなに気に病むんじゃないって維心に言ってくれと。》

維心は、それを聞いてまた暗く落ち込んだような顔をした。維月は、急いで維心の側に行って、その手を握った。

「どちらにしても、炎嘉様がお受けくださったのなら良かったこと。これで、術さえ見つかったら問題なく炎嘉様はお命を繋がれまするもの。」

維心は、それを聞いて顔を暗くした。

「そうではないのだ。炎嘉は…生き残るつもりなどないのだろう。我に、炎嘉を諦めさせようとあんなことを言うたのだと今の答えで分かった。あれは、そんな中でも我を気遣っておるのだろう。我が、未だに維月を一時でも炎嘉に預けるのがつらいと気に病んでおるというに…。」

維月がどうしようと困っていると、十六夜の声が言った。

《炎嘉の様子を見てて思ったが、確かにお前の言う通りだと思う。だが、あいつに悲壮感は無かったぞ?というか、あの気の揺れは、嬉しかったんだと思う。》

維心と維月が、意外な答えにえ?と空を見上げた。維心が、驚いたように言った。

「嬉しかった?生き延びられると思うておるから維月と子を成せると思うてか?」

十六夜は首を振ったようだった。

《違う。そんな感じじゃねぇ。維心が、自分の命より大事な維月を一時的にでも手放してでも、炎嘉が残ることを望んだってことがさ。つまり、一時的にでも維心の中で維月より炎嘉を選んだってことだろう。それだけ維心にとって自分が重要なんだと分かったからさ。炎嘉だって、維心を大事に思ってるだろうから、その相手が同じように自分を思ってくれるんだと知ったら、嬉しいだろうが。》

維心は、じっと黙った。自分は選べない。だが、どちらかを選べと言われたら、やはり炎嘉だけは去って欲しくなかった。子を成すと言って、維月を永遠に失うのではないのだと自分に言い聞かせて、それでやっとのことだった。それなのに、炎嘉は喜んだというのか。

「…炎嘉は、我にとっても大切な友ぞ。前世、炎嘉が居らねば太平の世など作り上げられなかった。あれが死んで、やっと自分は炎嘉が大切だったと気付いたのだ。今生、それを知っておるからこそ、去って欲しくはないのだ。炎嘉は…我が、女ならさっさと娶っておったと申しておった。たった一人で置いておくのが案じてならぬと。我が女であって維月と選ぶ事態が起こったとしても、十六夜がついておる維月より我を選らぶと。そこまで気遣ってくれる友など、そうそう見つかるものではないであろう。だからこそ、我はああいう決断をしたのだ。維月だけは、どうしても手元を離したくはないが、それでも、炎嘉だけは、と。」

維月は、それに驚いた顔をしたが、それでも今はとにかく維心を落ち着かせねばと、頷いた。

「分かっておりまするわ。炎嘉様は、ずっと維心様を支えて来てくださった友。だからこそでありますものね。」

十六夜が、遠慮なく言った。

《なんでぇ、じゃあお前が女になって炎嘉の子供産んだらいいんじゃねぇのか。炎嘉だってお前だったらいいんだろうが。》

維月が仰天して空を見上げたが、維心もびっくりしたように目を見開いた。

「な、何を言うておる!炎嘉はあくまでも女であったらと申しておったわ!男の我とは間違っても添い遂げようなどと思わぬとわざわざ念を押しておった!」

維月が何度も頷いて、空を見ると十六夜は言った。

《だからお前が女になってって言ったじゃねぇか。お前女にもなれるだろう。それも、結構な美女に。あれならいけるって。男でもいけるかもしれねぇから試してみるかって前に言ってたの聞いてたぞ。》

維月が目を丸くしたので、維心はブンブンと首がもげるのではないかというほど首を振った。

「無いというに!身は女に変えられるが中身までは無理ぞ!なので子など出来るはずあるまいが!我は陰陽の陽であるからの!主だって身を女にしても本質は変わらぬであろうが!子など産めわ、産めても我は炎嘉とどうこう絶対に無理ぞ!」

必死に叫んでいる。十六夜の声は、憮然として言った。

《なんだよ、お前が維月云々と悩むからいい考えだと思って言っただけじゃねぇか。女の方はほっといたら男が好きにするしお前が女でも大丈夫だろうなあと思っただけでぇ。怒るなよ。》

維心は、ゼエゼエと息を上げて空を睨んだ。

「思わぬ男などに嫁いだ女の気持ちが今、分かることよ。我はいくら炎嘉でもそのような仲になるつもりなどないわ。寒気がする。友として、大切と思うておるだけ。違えるでないわ。」

維月も、そんな維心を庇うように横から言った。

「そうよ、十六夜。十六夜だって女の型になってお父様と子供を作れとか言われたら無理でしょう。愛情といっても、種類が違うのよ。親愛ってこと。」

十六夜の声は、げーっと急に色が悪くなった。

《親父とお?!無理無理、いくら親父が好きでも好きの種類が違う。分かった、もう言わねぇよ。で、今から享を始末して来るのか。》

急に話題が変わったので、維心は背筋をスッと伸ばして襟もとを揃えた。

「これから参る。これ以上あやつを放って置くことが出来ぬ。さっさと処分して参るわ。焔も申しておったが、記憶だけ取ってとっとと消してしまうべきであった。ただ殺すだけでは飽き足らぬ心持ちよ。」

いつもなら殺すのはと命乞いをする維月も、今回ばかりは何も反論するつもりは無いらしい。じっと黙ってそれを聞いていた。

十六夜は、答えた。

《まあオレはどっちでもいいって言いたいところだけどよ、今度ばかりはなあ。闇だろう。オレ達ゃ闇に関してだけは譲歩なんか出来ねぇんだよ。前世命を落としたのだってそのせいだったしな。それだけオレ達にとって宿敵なんだよ。》

維心は、スッと厳しい顔になった。

「わかっておる。碧黎だって腹に据えかねると申しておったのだろう。ならば徹底的にやらねばの。」

「それよ。」

いきなり横から声がした。いきなりだったので、維月も維心も、十六夜もびっくりして声の方を見た。

そこには、碧黎が居た。維心の目の前に、まるでずっとそこに立っていたかのような様で立っている。

維心は、一瞬絶句したが、言った。

「碧黎!いきなり出るのはやめよ!我が宮ではそれを禁じておるであろうが!」

碧黎は、フーンと気のない風で言った。

「急いでおる時はいきなり出ても文句も言わぬくせに。で、主、これからアレの沙汰であろう?我も参る。」

維月が、我に返って言った。

「でもお父様、お父様が享を罰しられるのですか?お父様はあまり直接神を手に掛けたりなさらないでしょう。それは、主らの事とおっしゃって。」

碧黎は、維月を見て険しい顔をした。

「これは、神だけのことではないわ。我ら地と月にも関わることぞ。我とてあまりに凶悪なことをしでかした輩は直接に手を下す事も辞さぬぞ。まして此度は、我の目を掻い潜って寿命を延ばし、他の命を削って価値も無い己に注いでおったのであろう。許す訳にはいかぬ。」

碧黎の目は、珍しく薄っすらと光っていて、どうやら怒っているようだった。滅多に皆の前で怒っている様など見せない碧黎の怒った様子に、維月は驚いて息を飲んだ。十六夜も、それは見えているらしく、言った。

《じゃあ、親父と維心に任せておきゃあいいな。オレもちょっと見てた方がいいかなって思ってたところだったし、親父が行くなら問題ねぇ。このまま維心の目から様子を見てようと思ってたんでぇ。》

碧黎は、頷いた。

「その必要はない。我が行って参る。維心が良いように話でもすれば良いわ。我はもう、どうするか決めておるからの。」

維月は、いつもは優しく慕っているので大きな気を感じ取っても怖いなどと感じたことは全く無かった父親なのに、それを見て背筋が寒くなるのを感じた。やはり、この父に睨まれたら誰も生き延びる事など、まして死んでも良い場所に行ける事など、絶対に無理なのだ。

維心は、頷いて扉の方へと足を向けた。

「では、来るが良い。」と、維月をチラと見た。「行って参る。」

維月は、いつもの通りに頭を下げた。

「はい。行っていらっしゃいませ。」

そうして、碧黎と共に、維心は居間を出て地下牢へと向かったのだった。

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