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意地

十六夜は、維心と維月と話して、二人が炎嘉に生きて欲しいと思っていること、しかし維月と婚姻も、子供を成すことも、するつもりはないのだということを、確認して来た。

そして、人型で空に浮いて、今二人と話して来たことを頭の中で整理していた。

維月も、前世今生といろいろな神に追い回されて、もう疲れていて維心と十六夜と、穏やかに暮らして生きたいと思っているようだ。

今生、確かに維心が離縁だと騒ぎ、別居している期間があって、その時に嘉韻と成した子は居るが、それは維心も維月も、離婚していた期間なので今とは状況が違う。維月は、今は維心と幸せにしていて、時に十六夜に会って癒されて、という生活がとても幸福なのだ。

十六夜も、維月さえいつでも会えて、愛し合って信頼し合ってさえいたのなら、別にどっちでも良かったし、維月の思うようにしてやりたかった。

そんなわけで、炎嘉の気持ちを聞いて来ようとは思っていたが、いい説得の理由が思いつかない。

空に浮かんで自分の本体を見ながらボーっとしていると、すぐ横から、急に声がした。

「何をしておる。」

十六夜は、振り返る前から、それが誰か分かっていた。なので、言った。

「親父。オレさあ、炎嘉に死ぬなって言えねぇんだよなー。オレだって維月が居なかったらつらくて死にてぇだろうしよ。でも、今は維月がつらくなるからこれ以上負担かけたくねぇし、とりあえず生きてて欲しいんだけどよ。」

碧黎は、息をついて同じように十六夜の横へと浮いて、胡坐をかいた。

「そうよなあ。維月が悲しむのは我も避けたいと思う。だからこそ、十日も時をやったのだしの。だが、炎嘉が生きたいと望むとは、我は思わなかった。主らにとっては前世のことであろうが、あれは維月をさらって己のものにしたいと望んだこともあったであろうが。あの後連れ戻され、己の孫に当たる男に命をやろうとしたこともあった。我が留めたゆえそれは叶わなかったが、あれが常に楽になりたいと思うておることは、我も知っておった。それなのに維心を気遣っておる姿などを見ておると、不憫であるなあと思うておったのは、我だって同じぞ。」

十六夜は、はあとため息をついた。

「確かにそうなんだよな。維心はなんだかんだ言っても今生は恵まれててさ。維月とあっさり結婚して離縁だとかやっぱり再婚したいとかわがまま放題じゃねぇか。炎嘉がどんな思いでそれを近くで見てたのかとか考えたら、子供ぐらいとか思っちまうんだよなー…。でも維月が嫌なら強要したくないしさ。」

碧黎は、息をついた。

「ならばしばし待て。我が一度、維心と維月と話して参るわ。まあ、あれらが炎嘉を助ける方法を見つけることが出来るかどうかもまだ分からぬのだから、とりあえず時を取っても問題なかろう。案ずるでない。」

碧黎が胡坐を解いて飛ぼうとすると、十六夜は慌ててそれを止めて言った。

「ちょっと待て親父、そもそも炎嘉を助ける方法なんかあるのか?!あいつらに無駄な希望を持たせたんじゃなくて?」

碧黎は、飛ぼうとしていた構えを解いて、十六夜を睨んだ。

「我は偽りなど言うておらぬわ。まあ命であるのだから、誰かを助けようとすれば誰かが犠牲になるやもしれぬがの。その選択はあれらがすることぞ。」

十六夜は、ショックを受けたような顔をした。

「え…まさか維心が他の誰かの命を奪って炎嘉にやるとかそんなのか。」

碧黎は、顔をしかめた。

「維心が?あれはそんなことをするものか。余った命がなければせぬわ。まあ我にはここまでしか言えぬ。とにかくまずは維月と維心であろうが。ではの。」

碧黎は、パッと消えた。

十六夜は、まだそこに浮かんだまま、考え込んでいた。


十六夜が帰って、維心と維月はまだ寝るには早い時間であったので、居間で二人座っていた。

いつものことだが、二人一緒に居ても何かを話しているわけではない。そうして、一緒に居るだけで幸福を感じているだけなのだ。

だが、今は様子が違った。いつもなら、維月が維心にあれこれ身を摺り寄せたりとベタベタとするのだが、今の維月はじっと黙って何かを考え込んで、維心の側に居ても維心のことは考えていないようだった。

もちろん、十六夜とのさっきの会話を考えても、炎嘉のことであろうことは分かった。十六夜には、もう三人で穏やかに暮らしたいと言った維月だったが、炎嘉のことを考えると、放っても置けない気持ちになっているのではないか、と維心は案じていた。

維心は、維月の声を掛けてみた。

「維月…?悩んでおるのか。」

維月は、ハッとしたように維心を見た。そして、息をついた。

「…はい。私は、確かに炎嘉様とお子を成すことは望んでおりませぬ。ですけれど、炎嘉様が維心様を大切に思うて支えて来てくださったこともまた事実。愛する夫をこれまでもこれからも支えて下さる炎嘉様に、これをただ一つと願っておられることを、お返しするべきなのだろうかと、そんなことを考えておりました。」

維心は、維月の肩を抱いて、首を振った。

「主が望んでもおらぬのにそのような。我だって炎嘉のことは大事だが、それよりも主の方がずっと大切なのだ。そんな風に思わずとも良いのだ。」

維月は、頷こうとしたが、やはり首を傾げた。

「ですが…私達は、炎嘉様に己の望みばかりを押し付けておりまする。生きて欲しいと申しながら、しかし望みは叶えられぬので我慢して欲しいと。あまりにも自分勝手であるような気がして。維心様とて、炎嘉様に何かお返しするべきだとは、思うておるのではありませぬか?」

維心は、そう言われて事実なだけに反論できなかった。それでも、首を振った。

「他のものなら何でも返そうぞ。我に出来ぬ事など無いのだから。だが、維月だけは…年に二回でも、許しておるではないか。例え、それが炎嘉に無理を申してそれを成してくれた礼代わりだとは言うて。」

維月は、それには頷いた。

「はい。それはそのように。でも…もしも炎嘉様が維心様で、維心様が十六夜であった時のことを考えてみてくださいませ。前世、同じようなことがありました。十六夜は、最初拒否しておりましたが、結局は将維を成す事を許して、私を一年こちらへ来させたのですわ。その後、私が望んだのもありましたが、維心様も私を帰したくないとおっしゃった。十六夜は、結局それを飲んでくれて、そうして今の関係が成り立っておりまする。炎嘉様は、そこまでは望んでいらっしゃらないのですわ。ただ、お子をと。ならばと、思うてしまっておりまする。」

維心は、それを聞いて維月から顔を反らした。それを言われてしまうと、どうしようもない。十六夜は、寛大だったのだ。自分の無理を聞いてくれて、そうして将維を成した後も無理を言ったのを、また聞いてくれた。だからこそ、今の関係がある。その通りだったからだ。

それでも、維心には苦渋の選択だった。自分は、十六夜のようにはなれぬのだ。

「…炎嘉にも、同じようなことを。我だって、分かっておる。十六夜に比べたら、我など狭量でわがままな男であろうな。己は要求して飲ませておいて、同じ要求をされても絶対に飲まぬのだから。分かっておるのだ。分かっておるのに…ただ一人の昔からの友に、我は…。」

維月は、維心の様子に、ため息をついて、その手を撫でた。そう、維心様には無理だろう。普通なら、無理なことなのだ。相手が十六夜だったからこそ、こんな関係が成り立っている。維月にも、それは分かっていた。

「どうしたものかのお。」突然に、目の前で声がした。びっくりした二人は、正面を向いた。「我はどっちでも良いが、こうして聞いておると、維心の問題か。」

さっきまでそこに居なかった碧黎が、そこに現れて浮いていた。

維月は、立ち上がった。

「お父様!」

碧黎は、その手を取った。

「維月よ、主は月であるしまあ、考え方はやはり十六夜に似ておるな。あれもだから、空で悩んでおったわ。」

維月は、驚いた顔をした。

「え、十六夜は炎嘉様に私達のことを話すために、とりあえず話を聞いて来ると出て参ったのですけれど。」

碧黎は、頷いた。

「その通りよ。そうするとの、十六夜は己の価値観と違うゆえどうやって炎嘉にそれを話すのか悩んでおったのだ。維月の嫌がることはしとうないというのがあれの考えなので、維月が否ならあれも否なのだが、今聞いておったら維心が否だから主も否、という感じに聞こえたの。」

維心は、ただ黙って怒っているというよりも、何か罪悪感を感じているような顔で横を向いて、それを聞いている。

維月は、慌てて首を振った。

「そうではありませぬの。私だってあちこちの殿方の御子を産むなんて望んでおるわけではありませぬ。ただ、維心様の大切な友であられて、側で支えて来られた炎嘉様の願いであるのに、聞かぬと申すのはと思うただけでありますの。望みは聞かぬのに、引き続き生きて力になって欲しいとは、虫が良過ぎるのではと…。それだけですわ。」

碧黎は、また頷いた。

「同じことよ。絶対に否と思うておるわけではないのだからの。絶対に否なのは、維心であろう。だからこそ、主は否と十六夜に言うたのだろうからの。」

維月は、困って維心を見た。維心は、まだ横を向いている。碧黎は、維月の手を取ったまま、椅子へと座った。維月も、なのでそのままその隣りに座ることになった。

碧黎は、維心の顔を覗き込んで、言った。

「さっきも言うたが、我はどっちでも良いのだ。だが、炎嘉に生きて欲しいと思うなら、あれの望みを聞いてやるが良いぞ。だがどうしても聞けぬのなら、炎嘉をこれ以上留めるでない。あれも言うておったが、今は焔も転生して参った。箔翔も良いように育っておるし、将維も残っておるし明維も育って来て、その上他の前世の息子達も軒並み壮健ぞ。遥か昔の戦国を思うたら、余程恵まれておる。炎嘉一人ぐらい、今欠けても主はやって行けるだろうが。あっちもこっちも己の思うままになど無理よ。後は、主の心の中の問題ぞ。主が決めよ。我が今ここで聞いてやるゆえ。」

維月は、心配そうに維心を見ている。維心は、じっと黙っていたが、碧黎を睨んだ。

「…我に決めよと?」

碧黎は、怯まず頷いた。

「そうよ。これは主が炎嘉を惜しむゆえのことぞ。維月は主の決定に従うだろう。我が文句を言わせぬわ。どちらか選べ。炎嘉を残して維月と子を成すことを許すか、炎嘉が黄泉へ行くことを許すか。良い所取りなど無理よ。そんな己の都合の良いことばかりではない。」

維心は、頭を抱えた。どちらも失いたくない。選べないのだろう。

「…お父様…私は、維心様をお苦しめするのは本意ではありませぬ。十六夜は私が維心様と子を成してもそう気にしてはいませんでしたし、そういう性質ですから良いのですけれど、維心様はそうではありませぬの。そのように、お責めにならないでくださいませ。」

碧黎は、維月に片眉を上げて見せた。

「主とて十六夜と同じ性質であろう。月であろうが。それ故に維心は主を許されておるのだ。維心は、何も特別ではない。確かに地上の王ではあるが、別に月など与えなくても地上を治めるのは責務であるし、神の王として君臨するのが務めぞ。我ら地と月とは違う命なのだぞ?我らから見て、維心も炎嘉も嘉韻も義心も皆同じ。誰でも一緒なのだ。主がここに居るのは、あくまで十六夜の好意よ。そも、あれが主の片割れ。複数が問題だと申すなら、十六夜の他に維心が居ること自体がおかしいのだ。それを自覚しておったら、もとよりこんなことにはならなんだであろうがの。」

維月は、何と言い返していいのか分からなくて、黙った。これ以上碧黎に何か言ったら、もっと維心を追い詰めるような言葉が出て来そうで、そうするより無かったのだ。

維心は、命が違うと言われたら、どうしようもないと言って、怒って一度、勢いで維月を離縁したこともある。それほどに気にしていることなのに、碧黎はお構い無しにポンポン言うのだ。

思った通り、維心はより一層暗く、落ち込んだような気を発するようになってしまった。維月は、慌てて碧黎の横から離れて、維心の横へと駆け寄って、滑り込んだ。

「維心様…お気になさらないでくださいませ。父は悪気も無いのですわ。そういう考え方であるので。」

維心は、維月の肩を抱いてから、息をついて碧黎を見た。そして、言った。

「…分かっておるわ。我は心が狭いのだ。己でも狭量なことを申しておるのは分かっておる。我は…炎嘉に生きて欲しい。あれは、我と維月なら、我を選ぶと申した。我が炎嘉と維月なら、維月を選ぶと申したのに。こんな無理を申す我に、あれは忠実な友で居てくれた。だからこそ、何より大切な維月を望んでも、我はあれと友で居続けたのだから。どうしても選ぶより無いのなら、我は、維月と炎嘉が子を成すということを、許すよりない。維月を失わず、炎嘉も失わない方法がそれしかないのなら、我はそれを選ぶよりないのだ。」

肩にある維心の手の、握る力が強くなるのを感じる。維月は、維心も苦渋の選択で、本当ならそんなことは選びたくないのだと感じ取った。本当は、そんなことは絶対に許さないだろうに、炎嘉だけは、維心も絶対に失いたくないのだろう。

維月が碧黎を見ると、碧黎は頷いた。

「ならばそのように。十六夜にも伝えておこうぞ。だが、まあ、まだ命を繋ぐ方法を見つけられておらぬのだろう?ならば、主のその決断も無駄になるやもしれぬがの。」

碧黎はそう言って、そこから消えて行った。

維心は、碧黎が去ってから、維月を力いっぱい抱きしめて、しばらく離さなかった。

維月も、維心を精一杯抱きしめて、その背を落ち着くまで何度も撫で続けた。

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