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その方法3

維月は、庭で居た。

さっきまで、臣下達と龍の宮に持ち込まれた仙術の巻物を選別して使えそうな術は無いかと必死に探していたのだが、十六夜が話しかけて来たので外へ出て来たのだ。

十六夜は、いつものように月に居るまま、言った。

《あっちは落ち着いた。あとは奏だが、それはもう公青と晃維の問題だ。ちょっと見て来たが、明花が宮へ帰る準備を始めてて、今は晃維が気の補充をしてる。あっちも覚悟が出来たってことだろう。公明が公青と一緒に奏の部屋に詰めてて泣きじゃくってたよ。生意気な口はきくが、あいつもまだ子供だからな。聞いてたら、自分が奏を殺したと思ってるみたいで、公青にそうではないって言われてまた泣いてたけどよ。》

維月は、もう泣いては居なかった。奏が死ぬかもと知らされて、その後碧黎に諭され、いろいろと心の整理がついたのだ。人も神も、いつかは死ぬ。それは分かっていたし、奏がもう助からないのは納得していた。奏にもう責務がないというのなら、奏自身が楽になる形で黄泉へ向かってもしようがないのだ。

だが、炎嘉は違った。大きな責務を維心と共に背負うために戻って来た、長い間の友なのだ。まだその責務を終えてもおらず、世は危うい位置で安定している。この世を、しっかりとした形で安定させるのを助けることが、炎嘉の責務だったはずなのだ。

今までのいろいろなことが思い出されて、維月も素直に炎嘉の死を受け入れることは出来なかった。

「奏のことも、助けられたらと思っていたわ。でも、お父様が奏のことは諦めよとおっしゃったのに、炎嘉様のことは十日でも時間をくださった。それだけ、世の為に重要なかたなのだもの、助けることが出来たならと本当に思うの…。」

だが、もう三日経ってしまった。

維月が表情を暗くすると、十六夜は言った。

《難しいな。あっちでも玲が仙術を探してはくれてるが、命に関わるヤツってのは少ないんだ。昔からみんな寿命を延ばそうとか生き返らせようとか考えたみたいだが、成功した例はねぇ。だから新しく作るってのもそんな簡単にできるもんじゃねぇし、つまりはあと七日じゃ不可能なんだよな。》

維月は、空を見上げた。

「維心様も今一生懸命探してくださっているわ。でも、そもそも今まで維心様が命を司っている神として知られていたんだから、維心様が知らないことを他の宮が知っているはずもないのよね。維心様は、黄泉へ送ってあげたり黄泉の道へ入って行けたりするけど、それ以上のことは出来ないのだとおっしゃっておったし。炎嘉様を黄泉路から連れ戻して助かるっていう、そんな感じじゃないの。もう死ぬことが確定しているような…何て言ったらいいのか。私にもよくわかっていないんだから、うまく説明出来ないんだけど。」

十六夜の声は言った。

《維心と親父だけが分かってることってあるしな。オレ達に説明されたってわけわかんねぇのはしょうがねぇじゃねぇか。で、炎嘉だけどよ…さっきから、維心に会いに来て居間で話してるぞ。お前、行かなくていいのか。》

維月は、それを聞いて驚いて宮の方を振り返った。

「そうなの?宮の中はそんな風に見てないから知らなかったわ。」と、足を踏み出しかけて、止まった。「…いえ、やめた方がいいわ。私…維心様を愛しておるのだし。炎嘉様のお気持ちを、この間聞いてしまっているし。お苦しい思いをおさせしているのだと思うと、私も複雑で…。あの直後は、炎嘉様がお望みなら黄泉へ行ってしまうのもしかたがないのかもしれない、と思ったほどよ。私は維心様を愛していて、それは変わらないわ。多分、ずっと。だから、炎嘉様に時々に会うしか出来ないお辛さを感じさせているのだと思うと、居たたまれないの。だって、生きている限りこのまま一生この状況は変わらないんだもの…。私や維心様が炎嘉様にこの世に留まって欲しいというは、私達のわがままなんじゃないかって思うと…。」

十六夜は、大きなため息をついた。

《それなーオレも思うんだけどよ、でも生きてりゃいつか、良い事だってあるかもしれねぇじゃねぇか。維月と結婚しなくても、いつか炎嘉がほんとに好きになる女が出て来る可能性だってあるんだしよ。オレや維心は魂から繋がってるってのが、いろいろあったし分かるけど、炎嘉はそこまでじゃないように思うしよ。あいつにもあいつの幸せってのを、見つけてから黄泉へ行くならいいんじゃないかって思うんだがなあ。》

維月は、空を見上げて、複雑そうな顔をした。

「私もそう思って…それまでの間、少しでもお楽になるならと、ああして維心様が許される時あちらへ行っていたんだけどね。間違いだったのかな…他に見つける事も、だから出来ないのかな。」

十六夜は、考え込むように言った。

《今は深く考えるようはやめようや。オレ達は、その時々で一番いいと思うことを選んで来たじゃねぇか。炎嘉に死んで欲しくないなら、そうならないようにしたらいいじゃないか。後のことは、それから考えよう。あんまりあっちこっちにいいように考えてたら身動き取れなくなるぞ。》

維月は、少し考えたが、頷いた。

「分かったわ。私は、炎嘉様に生きて欲しい。生きて、幸せになって欲しい。だから、迷わず命を繋ぐ術を探すわ。炎嘉様にも、生きて欲しいって言う。」

十六夜は、頷いたようだった。

《ああ。だが、今は維心と炎嘉が何か二人で話してるから、邪魔はしない方がいいんじゃねぇか?》

維月は、頷いて、宮の方へと足を向けた。

「わかった。私は、また臣下達と術を探して来るわ。」

そうして、維月は宮の中へと戻って行った。

十六夜は、碧黎を探そうと自分も人型になって、空を碧黎の気を探って飛んで行った。


しばらく前、焔と箔翔が出て行った後の居間で、維心と炎嘉は向かい合って座っていた。

維心は、炎嘉と目を合わせない。炎嘉が、生きたくないと思っている事実を知っていたし、自分は炎嘉に死んでほしくない。何を言われるのかと思うと、真っ直ぐ見られなかったのだ。

炎嘉は、そんな維心にため息を付くと、言った。

「維心。主な、まるわかりなのだ。なぜにそう素直なのよ。怒る気にもなれぬ。」

維心は、チラと炎嘉を上目遣いに見た。じっと黙っている。炎嘉は、続けた。

「主が我が死ぬのが嫌なのは知っておる。だが、もう主も我に飽きた頃であろうが。前世は1500年ほど、今生も600年ほどになるか。これほどに共に来て、しかもここのところずっと維月に横恋慕しておるわけであるし、面倒であろうが。碧黎に死ぬのを許してもらえず、責務をこなすことに甘んじておったのは主も知っておるであろう?これは、我の機であるのだ。今一度黄泉へ逝き、そうして今度こそ何もかも忘れて転生するのよ。さすれば、こんな物思いもなく生きて行けるであろうし、育った後は主の助けにもなろうぞ。」

維心は、首を振った。

「主が主ではなくなるであろう。友であって記憶も無くなり、全て忘れてしまおうが。もはや、炎嘉ではなくなる。我は…やはり主が居らぬようになるのは、つらい。」

炎嘉は、維心の顔を覗き込んだ。

「維心、主はほんにわがままよなあ。黄泉へ行った後も、我を何度も門に呼び出しては話したがったものよな。我は、そんな主が案じられてならなかった。ゆえ、不自然な形で転生して参ってしもうて、今生は親も兄弟も無い。気が付くと、全くの独りであって、我も孤独感に苛まれて苦しむ夜もあったのだ。我が我で無うなっても、それでも命は我ぞ。よう似た様に育とうし。」

維心は、炎嘉から顔を反らした。

「それでも、主ではない。主だって、我が先に逝っては同じ思いになるのではないのか。」

炎嘉は、椅子の背にそっくり返った。

「それはそうであるが、主は一度死んでおるではないか。あの時、我だって苦しんだわ。友が居らぬようになるのは、寂しいもの。だが、仕方がないと思うた。我だって主を置いて先に逝ったしな。お互い様ぞ。まだ、こうして最後に語れる時があるだけ良いではないか。諦めよ、維心。どうせ、いつかまたどちらか死ぬのだからの。それが今なだけよ。」

維心には、分かっていた。自分だって自分が死にたい時に、維月と十六夜を追って、炎嘉に挨拶もなく死んで逝ったのだ。自分だけが勝手なことをして、炎嘉にはそれをするなというのが、自分勝手なことは分かっていたのだ。

「なぜに主と我は、同じものを求めたのかの…。そうでなくば、我らは前世のまま何の憂いもなく友であったろうに。我が我がままなのは分かっておる。維月も主も、我は失いとうないのだ。」

維心が悲壮な顔で言うのに、炎嘉は少し、迷うような顔をした。一度死んだ時も、著しく気を消耗するにも関わらず、維心を案じて、何度も呼ぶのに答えて門まで出て来た炎嘉なのだ。維心のことは、心配なのだろう。

炎嘉は、困ったように息をついて目を閉じた。

「…困ったの…ほんに子のようよな…。主が女であったら、さっさと娶ってそれで良かったのに、我ら男同士であったからこんなことに。」

維心は、驚いたように顔を上げた。

「主、我が女なら娶ったと申すか。」

炎嘉は、薄く目を開いて呆れたように維心を見た。

「それはそうだろうが。前世からどれだけ案じて来たと思うておるのだ。主がどれほどに不器用であるのか知っておるしの。手元に置いて世話できるならそうしておったわ。それに主は美しいしの。主が男であったから、維月を取り合うことにもなっておるのだし。女なら、二人まとめて娶ったわ。」

維心は、ムッとしたような顔をした。

「維月は、妃が複数なら来ぬわ。主は我か維月が選ぶことになっておったであろうよ。維月の気性は分かっておろうが。」

炎嘉は、それを聞いてふと遠い目をした。何やら、思い返しているようだ。

「そうか…今考えれば、主か維月かと言われたら、我は主を選んでおったように思うわ。」

維心は、びっくりして目を丸くした。

「なんと申した?我?」

「だから女であったらよ。」炎嘉は、念を押してから、続けた。「主とは長く来た。いつなり主を案じて来たし、共に戦い共に世を平定して面倒を処理して来た。死しても案じておったほど、我は主を放って置けなかったのだ。ゆえ、維月か維心かと言われたら、十六夜がついておる維月より、一人戦う主を選んだであろうな。だからこそ、今も維月を挟んで面倒で、しかも主はわがままであるのに、友としてやって来たのだろうから。あくまで、女であったらであるぞ?男の主と添い遂げようなどこれっぽっちも思わぬからな。そこは違えるでない。」

維心は、呆気に取られてしばらく口を開けなかったが、何度か口を開いては閉じを繰り返してから、やっと、言った。

「その…主が我を、気遣って来てくれたのは知っておる。我がそれに、甘えて来たことも。維月と諍いを起こしても、主は話を聞いてくれた。我を案じておると申すなら、もう少し、我のわがままを聞いてはくれぬか。今少し、我に付き合ってこの今生を共に生きてくれぬか。我も、出来る限り主の希望は聞くようにするゆえ。我は…主を失いとうないのだ。炎嘉としての、主をの。」

炎嘉はじっとそれを渋い顔をしながら聞いていたが、心底困った顔をした。

「…維月と暮らして、うまく甘えることまで覚えおってからに。主の頼みは断れぬのう…。」と、座り直して、維心を真正面から見据えた。「維心。ならばもし、我が生き長らえたなら、主我の希望を一つ聞くか。」

維心は、ためらった。

「維月を、連れ帰るとかそのようなことは聞けぬ。」

維心が釘を刺すように言うと、炎嘉は首を振った。

「主から奪うなど考えておらぬといつも言うておる。我が考えておるのは、宮の将来ぞ。」

維心は、固唾を飲んだ。

「それは…。」

炎嘉は、頷いた。

「子よ。我は子を残さねばならぬ。何人もと申すのではない。たった一人を、維月と成すことを望む。」

維心は、やはり、と唇を噛んだ。

炎嘉は、答えを待ってじっと維心を見つめていた。

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