その方法2
「炎嘉!」と、焔は炎嘉に駆け寄った。そして、とっくりと見てから、顔をしかめた。「なんぞ。死にそうにないの。」
炎嘉は、憮然として言った。
「だから十日は普通に生きておるというに。で、享の術がどうのと?」
それには、後ろから維心が何度も頷いた。
「記憶を取って参る!ついで滅して来るわ。いつまでもあれを置いておるのも鬱陶しいし、ちょうど良い。主はここで箔翔と待っておれ。」
維心が出て行こうとすると、炎嘉はその袖を掴んだ。
「まあ待て。享の術のことなら、知っておる。だから行かぬで良いわ。」
維心は、何を言っているのか分からなくて、眉を上げた。
「何を言うておる?知っておると?」
炎嘉は、重々しく頷いた。
「だからあれから幾日ぞ。我の重臣筆頭は軍神並みの行動力なのだ。とっくにここに来て、あっちこっちから聞き込みをして、享にも会うた。主、目通りを許したであろう?」
維心は、眉を寄せながらも頷いた。
「そういえばそうであった。何やらこの件のことを詳しく知っておかねばならぬと開が言うておる、と義心が言って来たので、我も忙しいし勝手にせよと申した。あれか。」
炎嘉は、また頷いた。
「開はそこらの軍神と同じぐらい気を持つ神ぞ。しかし頭がかなり良いゆえ、我の重臣筆頭に据えておる。だが、調べよと申したら、軍神顔負けのことをして情報を仕入れて参る。此度も、あれはここへ来て囚われの神達を片っ端から尋問して参ったようぞ。鳥であるし動きは素早いしな。なのであれは、とっくに我にその結果を知らせて参ったのだ。」
焔と維心は、炎嘉に詰め寄った。
「で?使えそうか。」
炎嘉は、はあとため息を付くと、顎を振って椅子を示した。
「座らぬか。」
維心と焔は視線を合わせたが、仕方なく二人共元の椅子へと戻った。箔翔が少しほっとしていると、炎嘉はその箔翔の横の椅子へと腰かけて、言った。
「結論から言うと、我はこれは使わぬ。」
焔が、炎嘉を凝視した。
「主、今は元気でも死ぬのだろうが。というか、死ぬところだったんだろうが。なぜにそう、生に執着がないのよ。せっかくに転生して記憶も持っておるのに。主を頼っておる鳥も増えて参って、今では龍南の宮は鳥の宮だと皆が言うておったわ。それなのに、主は。」
炎嘉は、ため息をついた。
「まあ理由は維心に言うた。我はだからどっちでもいいが、生きてしもうたらそれは責務を果たすわ。だがの、手段は選ぶ。」
維心は、炎嘉を睨んで言った。
「主の気持ちは分かっておるが、だが我らのような大きな気の神は己で己の命の終わりを決められぬであろうが。頼っておる神達のことを考えてみよ。死ぬに死ねぬだろう?」
炎嘉は、維心を睨み返した。
「ふん。己が幸福であるからと。」維心がグッと黙ると、炎嘉は焔を見た。「焔、我は誰かの命の上には生きとうないのだ。享が使っておった術はの、これから生まれ出る赤子から、その気を吸い上げて生きる力を取るというもの。生まれたての赤ん坊でも使える。だが、育つと無理なのだそうだ。あれはまだ腹に居る赤ん坊からその母の知らぬ間に気を吸い上げては、己に取り込んで長らえておった。そして、それを気取られぬために、定期的に自分の気を別の者とまったくに入れ替えてしもうて、違う色にしておったらしい。つまり、それまでの気がなくなるので死んだと感じ取られ、新しい気は誕生と見られる。そんな風にして、あれは二つの術を使って生きて来たのだ。我は、赤子の命など要らぬ。そんなことまでして生きたいとは望まぬわ。世がどうのと申すなら、主らが居るではないか。焔だって戻ったのだ、我が居らぬでも良いようにやりよるわ。そこまで必死になることなどない。」
焔は、炎嘉を説得に掛かるかと思ったが、そうはしなかった。少し寂しげな顔をしたが、それでも、頷いた。
「確かに…神世の世代交代はいつなり起こるもの。箔翔も最近では落ち着いた王であるし、我だってこうして戻って参った。主がもう、楽になりたいと申すなら、本来死んでおったのだし、無理に引き留めることは出来ぬ。確かに黄泉は楽だった。何のしがらみもないしな。だが、置いて来た者達のことは、案じられてならなんだがの。」
炎嘉は、それには目を細めた。確かに炎嘉にも、遺して気がかりなものがあるのだろう。
すると、維心が横から叫んだ。
「そのような!まだ今生はそれほどの事もしておらぬではないか!碧黎だとて炎嘉は世を平定する助けにするために転生させたゆえ本来今死ぬはずではなかったというておる!勝手に死んで、良いわけはないではないか!」
炎嘉は、維心を無表情に見た。
「我だってそう思うて今まで生きて来たわ。責務があるゆえ死ねぬなら、それを果たそうとな。だが、時にあと何年このようにして生きて行かねばならぬのかと、苦しむ時もあった。それが、思いもかけず、我は死ぬ事になった。責務から解放され、そしてこの物思いから解放される。願ってもないと、死に飛びつきとうなる気持ちが主には分からぬか。主とて前世、同じように思うて我に斬られようとしたのではないのか。」
維心は、それを言われてはどうしようもなく、口を開けなかった。あの時、維月を望んで、十六夜ゆえに叶わず、しかしならば月に龍を任せて自分は解放されたいと、炎嘉に自分を斬らせようとした。炎嘉は、維心の決意を知って、維心がそれを望むならと刀を上げた。しかし、月にそれを阻止されて叶わなかったのだ。
その後、こうして維月を許されて自分は生きることに幸福を感じることが出来るようになったが、炎嘉は自分が維月を抱え込んでいる限り、そんなことは叶わないのだ。
「炎嘉…卑怯よ。そんな、前世のことを持ち出して参って…。」
それでも、維心の声には、力は無かった。下を向いて、うなだれているようにも見える。炎嘉は、そんな維心に小さく苦笑すると、焔と箔翔を見た。
「主らも、すまなんだの。わざわざに出向いてもろうて。だが、これで。我は維心に話があって参ったのだ。あれから、もう三日。我にはあと、七日の時間しかない。しておくべきことはしておこうと思うておる。焔、主とはあまり今生過ごしておらぬが、それでも主なら後を任せられると思うておる。それから箔翔、突然に変わり者の父の後を継がされて面倒だったろうに、ようここまで努めたの。主はもう立派に王よ。維心と焔に頼って参るが良い。もしかしてこれが最後やもしれぬが、まあまた黄泉ででも、会えるやもしれぬから。」
箔翔は、思ってもみなかったが、炎嘉が死ぬのがとても寂しいように思えて、グッと浮かんで来る涙を押さえた。焔は、全く遠慮もなく炎嘉の肩を叩いた。
「助からずでも我は悲しまぬぞ。何しろ我も、あちらの良さは知っておる。だが、願わくば主と今少しこちらで過ごしたいものであるがの。」と、立ち上がった。「邪魔はせぬ。我は帰るわ。そら、箔翔も。行くぞ。」
追い立てられるように、箔翔も立ち上がった。そして、軽く維心と炎嘉に会釈すると、二人は そこを出て行ったのだった。
それを黙って見送った棒立ちになったままの維心に、炎嘉は、落ち着いた声色で言った。
「維心。まあ座れ。」
維心は、炎嘉に視線を戻して、何か言いたげにしたが、また口を閉じて、座った。
炎嘉は、立ち上がって今まで焔の座っていた維心の正面の席に、座り直した。




