その方法
維心は、全ての宮の神に、命の関する術関係の情報を持っていたら、すぐに提出せよと告示した。
炎嘉の非常事態は、既に他の神の宮でも知れることとなっていたので、それは迅速に龍の宮へといろいろな術の巻物が集結して来ていた。
もちろんのこと鷹の宮からも、そして鷲の宮からも、元々命に関しての術など少ないのだが、その少ない術を持って、龍の宮へと大挙してやって来た。
炎嘉の命が懸かっているとなると大層なことなので、焔と箔翔が自らその巻物を持って、龍の宮へとやって来たのだ。
その辺の宮の王族が持って来たものは、臣下達が一生懸命選別していたが、焔と箔翔となると、維心も自分が出て行かざるを得ない。
なので、二人を居間まで呼んで、そこで話をすることになったのだった。
「維心、久しいの。」焔は、箔翔と共に入って来て開口一番、言った。「して炎嘉はどうよ?此度いろいろ面倒なことが起きておるから、主が破邪の舞いを舞うのだと思っておったのだが、それがまたより面倒な方向へと行っておるようではないか。」
箔翔は、戸惑いがちにそんな焔を見ている。維心は、答えた。
「とにかく座れ。主もの、箔翔。」そうして、二人が座るのを見てから、続けた。「闇がらみで神に助けなど求めても巻き込むだけの事件が起こっておってな。主らには説明が遅れてしもうた。というて、次の会合には全て知らせるつもりではあったのだ。最初は子の失踪から始まっておったし、ここまで大事になるとは我も思うておらなんだ。」
焔は、手を振った。
「ああ、大体は調べさせて知っておる。月と地が寄ってたかって術で復活させられようとしておった闇の種とやらを根絶しようとしたのであろう?闇など我らの手には負えぬのは分かっておるし、我も様子を見ておったのだ。手練れの軍神も一瞬で薙ぎ払ったというその力、我らでは太刀打ち出来ぬわ。」
維心は、そこまで知っているのか、と息をついて言った。
「知っておるなら話は早い。その戦いで、炎嘉は執拗に狙われたのだ。それで、即死は免れたが瀕死の重傷を負って、死ぬ…ところだった。我も立ち合いに行った。」
箔翔は、それを聞いて眉を寄せた。
「ところだった?」
維心は、頷いた。
「炎嘉が正に死のうとした時、維月が泣きじゃくるゆえ、碧黎が現れたのだ。それで、十日やると。その間に、命を繋ぐ術を見つけよと申す。十日経ったら炎嘉は死ぬ。今は何事もなかったかのようにぴんぴんしておるがの。」
箔翔は、想像もできないことに眉を寄せたまま考え込むような顔をした。焔は、懐に手を突っ込んだ。
「で、これよ。」と、巻物を三本出した。「命に関するものなどそうそう無い。書庫を臣下軍神総出であら捜しさせて出て参ったのがこの三つ。何やら我が宮近くに住んでおった仙人の遺したものやら、大昔の鷲の…ああ、子宝の術とかであるな。」
維心は、顔をしかめた。
「なぜに子宝よ。」
焔が、恨めし気に睨んだ。
「だから命に関するとか申すからよ。何とか我のメンツもあろうと臣下どもがこじつけてそういうのまで合わせて我に持たせたのよ。それぐらい、そんな術など無かったということぞ。」
箔翔も、ため息をついて自分の懐から二本の巻物を出した。
「我の物も、恐らく維心殿が知っておるものであろうな。昔虎の宮から持って来た仙人の術、とか臣下は言っており申したので。だがこれしか我が宮には無いし。」
維心は、それをじっと見て、そして手を振った。
「前世見たわ。これなら我の頭に入っておる。」と、焔の巻物を見た。「主の方は籠っておったし我も知らぬと思うし、見て良いか。」
焔は、ぐいと維心にその巻物を押して寄越した。
「まあ見てみよ。」
維心は、その巻物を開きもせずに、すっと気を放つと、すっとそれを退いた。そして、息をついた。
「ほんに仙術とは似たり寄ったりであるなあ。どこの仙人も所詮は元は人であるし、考えることは同じであろうかの。」
「…駄目か。」
焔が言う。維心は、首を振った。
「同じような物がある。」と、それを焔に返した。「困ったもの…月の宮に居る仙術を調べておる神も、新しい仙術を考え出すにはかなりの時間が要ると申しておるし、しかもそれが命に関するとなると、かなりの力を要するものであるし、出来ないのだそうだ。寿命など碧黎ぐらいしか操作出来ぬし、そんな気を放つような術を普通の者が放てるはずも作れるはずもないし…。」
焔が、巻物を懐に直しもせずに、椅子の背にそっくり返った。
「ほんにもう!炎嘉を殺そうとするなど、いや、闇を復活させようとするなど、そんな面倒なことを考える輩はどこのどいつぞ!サッサと宮を始末して見せしめにしておかねばならぬわ!主が今忙しいなら、我がやっても良い!ここらなら帰りがけにでも箔翔と二人で消して来てやるゆえ、申せ。」
箔翔は、そんな簡単に?!と仰天した顔で焔を見る。焔は、そんな箔翔にも我関せずのようだ。
維心は、首を振った。
「それは我とて忙しいし、主が始末してくれたら楽でいいが、あいにくあれの宮は我が2000年ほど前に消しておっての。享よ。知っておるか。」
焔は、見る見る顔色を変えた。
「あの、主が舞で殺した錐の孫か!」焔は言った。「ではあの後、主はあの宮を消したのだな。我が籠って死んだ後のことであるし、知らなんだ。」
維心は、頷いた。
「我が王座に就いてすぐの。嫌がらせが多くて面倒だったゆえ、滅した。その時、仙人に享だけ地下から逃されておったらしい。つい最近まで潜んでおって、そんなことを謀っておったのよ。」
箔翔は、隣りで怪訝な顔をした。
「その享とか申す神は、2000年も生きておると?そんな大した気を持っておった神なのですか?」
維心は、首を振った。
「いや。何やら仙術を使っておったらしゅうてな。碧黎も最近まで気付かなんだらしい。何でも、命を司る存在に気取られぬ術とか何とか。そういえば、その術とやらの事もまだ調べておらぬな。何しろ炎嘉のことがあるゆえ、我も後始末が後回しになっておるのだ。なので、地下に繋いだままであるわ。」
焔は、憮然としながら言った。
「そんなもの、さっさと殺せば良いのよ。記憶だけ抜いて、跡形もなく消滅させてやるが良い。さすれば何でもその記憶から引き出せばいいのであるから、あれが生きておる必要などない。」
箔翔は、さっさと殺すことばかり言う焔に少し退き気味だった。それに気付いた維心が、箔翔に庇うように言った。
「箔翔、焔が生きた時代はの、今とは比べ物にならぬぐらい面倒な神が多かったのだ。我が平定する前であるから、誰も誰の言うことも聞かぬような世。足を引っ張ることしか考えておらぬでな。世を平穏にするのを邪魔する輩は、さっさと消した。自分に逆らう者、向かって来る者も消した。戦の無い時など無かった。そんな世を正す為に我らは戦い、そうして今がある。そんな記憶を持つ焔なら、さっさと殺せというのも道理なのだ。」
箔翔は、頷きながらも戸惑った。そうかもしれないが、今の世に当てはめるのはどうだろう。しかし、その享とかいう神は、そんな中よく今まで生きて…。
「…今の今まで生きておったなど、どんな術なのかほんに気になるもの。それで命を繋いで参ったわけであるし、どんな方法で…」
すると、維心と焔が一斉に箔翔を見た。箔翔は、いきなり二人がこちらを見たので、びっくりして黙った。しかも、凝視している。
「な、何かおかしなことでも?」
維心は、ブンブンと首を振った。
「違う、主、今なんと言った?」
箔翔は、戸惑いながら答えた。
「え?どんな方法で命を繋いで来たのか…」
「それぞ!」焔が、叫んだ。「命を繋ぐ術ぞ!維心、享を絞め上げて吐かせるぞ!いや、もう記憶を取ろう!参ろうぞ!」
焔がいきなり立ち上がる。箔翔が呆気に取られていると、維心も立ち上がってそれに倣った。
「そうよ、思えばそうであったわ!炎嘉に使えるやもしれぬ!」
箔翔があまりに二人が興奮気味に出て行こうとしているのでドン引きして椅子から動けずに居ると、二人が向かおうとしていた居間の戸が、スッと開いた。
「…こら。外まで声が漏れておるわ。何を騒いでおるのだ。」
そこには、炎嘉が立っていた。




