後始末
新月は、起き上がれはしなかったが、それでも今のところ命に別状はなかった。
蒼がずっと側について様子を見ていたが、新月は顔色も良く穏やかな顔をしていた。
十六夜が約束があると永という神を月の宮へ連れて来させたが、それと共に、小さな蕾という名前の女神を連れて来たのには驚いた。
その女神は、歳はまだ10年ほどで、しかし生まれた時から体が弱く、ずっと小さな房の中に住み、そこで生活していたらしい。
ここへ来てからも、十六夜が世話をするというので、宮の下の集落に三部屋ほどの屋敷を準備させ、そこへ入れることにしていた。
だが、今はまだ宮の治癒の対に居た。
その理由も気になっていたが、それでも蒼は新月の方が気になっていたし、必要なら十六夜から話に来るだろうと思って、そのままにしていた。
すると、十六夜が久しぶりに人型をとって、新月の部屋へと入って来て、側の椅子へとどっかりと座った。
「はあ、やっとやる事はやったぞ。この騒ぎの間はずっと月に居てあっちこっち見てたから疲れた。で、新月は大丈夫そうだな。」
蒼は、頷いた。
「もう治療は終わったからな。でも、まだ心臓が回復してなくて、しばらく掛かるみたいだ。あんなものが心臓にくっついてたんだから、変な形になってたんだし…今は様子見で、何かあったら対処してくって感じみたいだ。」
十六夜は、頷いた。
「そうか。で、あの中で何があった?外から見てるだけじゃよく分からなくてよー。永のヤツが子供を回収して来るって中へ入ってったって思ったら、しばらくしてお前が飛んで出て来て闇の種を握りしめてるし。一気にいろいろ解決した、その過程を教えて欲しいんでえ。」
新月は、大きな布製の椅子に横になるように沈み込んで座っている状態だったが、特にどこか悪そうでもなく、頷いて言った。
「ああ。では順を追って話そうぞ。まず、我はここで、突然に真っ暗闇に突き落とされたのだ。父上と話しておったら、胸が締め付けられるような心地がして、そして、暗闇に落ち込んだ。次に気が付いた時には、空を飛んでおった。見えるし聴こえるのに、己の体は思うようにならぬでな。ただ聴こえて来るのは、あの享とかいう神の声。それに、抗うことが出来なんだ。抗おうとすると、心の臓が痛むだけで、思うようにならぬ。体の中で、体の制御を取り戻そうとあがいたが、無理だった。」
蒼は、気遣わしげに新月を見ている。十六夜が、言った。
「じゃあそれで、享のいうがままに公明と明蓮、紫翠を奪ってったわけだな。軍神達も、闇の生まれ出るパワーを利用した力で軒並みやられた。オレと親父が必死に庇ったから、ほとんどが生き残ったんだが、何人かは死んだ。」と、ここで息をついた。「…炎嘉も、そのうちの一人だ。」
蒼が、下を向く。新月は、聞いているようで、長い息を吐いた。
「操られておったとはいえ、我がしたこと。力のある神だったと聞いておる。責任を感じておる。」
十六夜は、首を振った。
「いや、まだ死んでねぇ。親父が死にそうになってたところを十日だけ延ばしたんだって聞いたぞ。その間に、命を繋ぐ方法を考えろってさ。今、維心も維月も炎嘉の臣下も必死に探してるが、そんなもの見つからねぇわな。今までだって、あった例はねぇし。どっかに余った命があったら、維心が黄泉がえりしたら終いだけどよー。」
新月は、顔をしかめた。
「命というのは、余っておる時があるのか?」
蒼は、苦笑した。
「まあ時々だがな。普通でない状態でなければ、そんなことは起こらないが。して、それから?」
蒼が先を促すと、新月は頷いた。
「はい。それから、我は龍の宮へと向かわされたが、そこに強固な結界があるのを見て無理だと思ったのか、岩屋へ向かわされ申した。そして、術が始まったのです。あの術も、我が放っておって…それは分かっておったのに、どうしても享の操る術から逃れる術がありませなんだ。」
十六夜は、顔をしかめた。
「あれを焼き消す時見たけどよー結界とかも結構古い術だった。かなりの間新月の中であったせいで、浸潤が深かったんじゃねぇか。で、それを闇のヤツがなんでか知らんが焼いたんだな。」
新月は、頷いた。
「そう。公明と申す子は、かなり利口な神だった。己の内に陰があるのを知らぬのに、口車に乗せてうまく闇を誘導しようとしておったのだ。あれの持つ陰は少なかったが、あれは生まれついてああいう能力を持っておるのだな。闇は陰に惹かれるゆえ、陰には弱い。無意識にすり寄ろうとする。見ておったら、その饒舌なのも手伝って、闇はいいように転がされておったわ。で、公明が我の胸にある術が放つ享の匂いを嫌がり、闇はそれを何とか排除しようとした。永は、闇にそれを教えたのだ。そして、我は術から解放された。その機を狙って、我は自分の胸に手を突っ込んで闇の種を引っ張り出し、己の自由を取り戻した。ゆえ、あれは公明の功績なのだ。あれがああして言いくるめなんだら、ああはならなんだ。」
蒼は、クックと笑った。
「ああ、やっぱり血は争えないな。公青がそれは饒舌で炎嘉様そっくりのタイプだからさ。公明もそういうタイプなんだよ、きっと。立派なもんじゃないか。」
十六夜も、笑った。
「そうだなあ。」と、あ、と何かに気付いた顔をした。「そういやお前、新月の前じゃ維心みたいに話すんじゃなかったのかよ。前のお前のままじゃねぇか。」
蒼は、笑ったまま手を振った。
「ああ、もういいかって。オレはオレなのに、新月の前で肩肘張ってたんじゃ、親子なのに壁を作ってるみたいだろ?だから、自然体で居ることにした。新月だって、その方がいいと言うし。」
新月が、十六夜に頷いた。
「記憶の中の父上がこんな風だっただろうかと我も最初距離を感じておったのだ。やはり父上は、父上であられたと今は感じておるよ。ゆえ、我はこの方が良い。」
そうやって、穏やかに微笑んでいる。
十六夜は、はあとため息をついた。
「ここは落ち着いて良かったよ。でも、明蓮だって瑠維の子だから、維月から続く陰の月があるはずなのに、あいつがそれを出来なかったのはなんでだ?」
新月は、それにも頷いた。
「闇を復活させようとしておったのは我の力と言うたの。我の術の中であったから、我には他の二人も見えておったのだが、闇の甘言を跳ね返して、直接攻撃して来るのを避けておるだけであった。明蓮は生真面目であるから、拒絶と逃走にしか意識が行かなかったのであろうの。陰の月の声にも気付かなんだであろう。公明には、あの良い方の狡猾さがあったのだ。だからこそのことではないかと思う。」
そこまで聞いて、蒼は十六夜を見た。
「そういえば、十六夜が連れて来た永って神と蕾って神は、なんなんだ?あの件には関係ないんじゃないのか?」
十六夜は、そうだったと座り直した。
「ああ、お前に説明するの忘れてた。あのな、永ってヤツは、享の軍神だった男だ。だが、享から術を盗もうとしてただけで、享に心底仕えてたわけじゃなかった。永が本当にしたかったのは、享が使ってた命を延ばす術ってのを、蕾に施したかったからなんでぇ。」
蒼は、驚いた顔をした。
「え、あの幼女だろ?妻って訳でもないだろうし、それに気が全く違うから親子でも兄妹でもないだろうに。」
十六夜は、頷いた。
「ああ、そうなんでぇ。オレも最初はなんのこっちゃ分からなかったが、でも取引した。中から子供達を連れて出て来たら、その幼女を助けるってな。あいつは、それで中へ入って行ったんでぇ。新月に聞いたらそれなりに役に立ったみたいだったし、オレは約束は守るタチだから、維心に言って永をこっちへ連れて来た。で、蕾もここへ連れて来て治してもらってるってわけだ。あいつらの関係はオレにもよく分からんが、蕾が言うには永に拾われたんだと。はぐれの神の子だったようだが、あんな病気だし捨てられたんだろう。」
蒼は、それには表情を曇らせた。はぐれの神のことは、維心も気にはしているようだが、いろいろと生い立ちに問題があって、結界内に入れて世話をしようとしても、中で問題を起こすことが多く、結局馴染めず出て行くことが多いので、なかなか全て保護というまでは至っていないと聞いていたのだ。もちろん月の宮でもそういった神のことを支援出来ないか考えたことはあったが、それでなくてもいろいろな寄せ集めの宮、問題も多く、これ以上の問題を抱えたくないというのが、臣下達の考えだった。もちろん、蒼も自分の民を危険に晒したくないので、手を付けられずに居たのだ。
「困ったな…こうやって、ちょっとずつ保護するなら、オレも臣下も問題ないんだが、大人数となると中の治安がな。龍の宮でさえ、そんな神は治安の問題で中へ入れないと聞いている。決まりが厳しいし、守れなかったらあっさり罰しられて命を落とすんだし、余計なことはしたくないってことみたいだけど。」
十六夜は、長く息を吐いた。
「まあそこは追々考えてってくれや。今はとにかくあいつらを面倒見てやってくれ。何しろ、まだこの件の処理ってのが終わってねぇんだ。炎嘉のこともあるし…奏は、無理に生かしてるが、そろそろ明花も龍の宮へ帰さなきゃならねぇ。あいつは長だからな。長は、本当なら助からない病人の世話はしない。助かる病人の治療をさせなきゃならないからな。痛みを取って、看取るのは看護の龍達だ。だから、そろそろ思い切らなきゃな。」
蒼は、視線を落とした。奏のことは、ここ数日で諦めもついた…あとは、晃維と公青の決断だろう。
「オレは口出ししないよ。夫と父親が決めることだ。また何か動きがあったら、教えてくれないか、十六夜。」
十六夜は、立ち上がった。
「分かった。じゃあ、月に帰ってくらあ。維月が必死に炎嘉の命を繋ぐ方法ってのを探してるし、オレも手伝って来るよ。」
蒼は、頷いた。
「ああ。オレも玲に何か無いか聞いとくよ。」
そうして、十六夜は月へと帰って行った。
新月と蒼は、また穏やかに、とりとめのない話に花を咲かせたのだった。




