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炎嘉

そこは、暗く沈んでいた。

その昔、維月と将維を成したばかりの頃、炎嘉が老衰で亡くなる時でも、これほどに暗いことはなかった。

あの時の炎嘉は、かなり老いた姿でもう、寿命なのだと誰もが納得した終わりだったからだ。

しかし、今回は違った。

闇という神にはどうしようもない力をまともに受けて、炎嘉はまだ数百年という今生での生を終えようとしているのだ。

当然のこと、姿はまだ若かった。

維月は、炎嘉の血の気の無い様子を見て、来る時から涙を流していたが、また次から次へと涙を落とした。

「…待っておると、おっしゃっておったではありませぬか…!」

維月は、そう言って炎嘉の枕元でハラハラと涙を落とし、その手を握った。さすがの維心もそれを咎められずに居ると、炎嘉は、小さく呻いた。

「…炎嘉様?!」

「王?!」

皆が、一斉に呼びかける。炎嘉は、それは重そうに薄っすらと瞼を開くと、真っ直ぐに維月に、視線を向けた。

「炎嘉様…!」

維月が涙を流したまま言うと、炎嘉は薄っすらと微笑んだ。

「お…お、維月。我は…逝く。我が…妃よ。」

維月は、ブンブンと首を振った。

「なりませぬ、私との約束を、違えるとおっしゃるのですか。あの時、これが終わったら待っておるとおっしゃったではありませぬか。終わりましたわ。闇は消えましたの!どうか、どうかここにいらしてくださいませ!」

炎嘉は、維月を見つめたままだった。

「…すまぬ。すまぬの。許せ、維月、維心。すまぬ。誠に…、」

炎嘉の気が、フッと揺らいだ。維月と維心が、同時に叫んだ。

「炎嘉!」

「炎嘉様!」

炎嘉の気が、薄くなっていく。維月は、たまらず叫んだ。

「ああいや!お父様…!お父様助けて…!助けてくださいませ…!!」

そうして、炎嘉の褥の上に突っ伏して泣き崩れた。維心は、維月の肩に手を置いた。小さな頃から、何かあればこうして父か十六夜を呼ぶ生活をしていたので、本当に困った時は今でもこうして思わず呼んでしまうのだろう。

だが、碧黎は無駄なことはしない。だから、来ないだろうと維心は思っていた。

「…困った娘よの…。」

意に反して、後ろからいきなり声がした。維心がびっくりして振り返ると、碧黎が、そこに何の前ぶれもなく、立っていた。

「お父、様…。」

維月が、しゃくり上げて泣きながら、いう。碧黎は、そんな維月に歩み寄り、そうして、炎嘉を覗き込んだ。

「…十日。」

維心は、何のことかと目を見開いた。

「何が十日ぞ?」

碧黎は、維心を見た。

「炎嘉の命ぞ。十日、我がもたせてやろう。その間に、一緒にどうにかして命を繋ぐ方法を考えよ。そもそもこれは、今死ぬ予定では無かったのだ。維心と同じく地を平定するのに必要であるから転生させたのに。だから、機をやろう。その方法を見つけられたら、炎嘉は生きる。だが見つけられなかったら、十日後のこの時間、炎嘉は突然に逝くだろう。分かったの。」

維心は、困惑したように言った。

「そのような…そんな方法が、あると申すか。あるとしてそんな僅かな間に見つけられると申すか。」

碧黎は、維心を見た。

「本来なら今死んでおった。十日あるだけでも良いであろう。我は普通、こんなことはせぬ。」と、泣き顔でぐちゃぐちゃになった維月の頭を撫でた。「あまりに我が愛娘が嘆くゆえ、特別ぞ。維月、我に出来るのはこれが限界ぞ。良いの?」

維月は、何度も頷いて、碧黎に抱き着いた。

「はい!はいお父様、きっと、きっと方法を探し出しまする!」

碧黎は、愛おしそうにその背をそっと抱いてから、そっと離した。

「主は元気でおるのが一番ぞ。ではの。」

そして、碧黎はパッと消えた。

と思ったら、炎嘉がぱっちりと目を開いた。

「王?!」

嘉楠と、開が駆け寄って叫ぶ。炎嘉は、むっくりと起き上がった。

「お。なんとの、今の今まで死にかけておったのに。」と、維月を見た。「維月、すまぬな、死なぬようだわ。維心にも謝ってしもうて損したの。で、ついでであるから今言うが、維心、主、年二回の約束を何だと思うておるのよ。いくらなんでもそろそろ維月をこっちへ来させよ!言おうと思うて忙しゅうて忘れておったわ。」

維心は、呆気に取られていたが、ハッと我に返って、言った。

「主な!本当なら今死んでおったと碧黎が言うておったわ!そんなことをしておる暇などないであろうが!命を繋ぐ方法とやらを、探さねばならぬのに!十日ぞ!」

炎嘉は、顔をしかめた。

「そんなもの見つかると思うかあ?十日であるぞ?ならば我は維月と共に五年ほどの分、前倒しで十日もらって過ごすわ。どうせ死ぬなら、いいではないか。言いたいこともあるし、主とも話しておかねばならぬしな。」

維月は、慌てて炎嘉に言った。

「炎嘉様、生きることを考えてくださいませ。きっと、見つかりまするわ。父がああ言うということは、絶対何か近くに有りまするの。ですから、共に探してくださいませ。そのような、十日だけなどと思わないでくださいませ。」

炎嘉は、それを聞いてパッと表情を明るくした。

「おお、主は十日では足らぬと申すか。そうか我とて共に居たいぞ。長らえたなら、子も欲しいしの。主と我の子。そう思うたら何やら生きる気にもなって来るもの。」

維心が、ぶんぶんと首を振った。

「何が子よ!他を当たれ他を!維月が主の子を産んだらややこしいではないか!神世に何と申すつもりよ!」

炎嘉は、真面目に答えた。

「別に我と妃の子だと告示するわ。妃が誰かなど野暮なことは誰も聞かぬだろうが。前世将維が生まれた時だって維月の事は聞かれずであろうが。今更であるぞ。」

維月は、割り込んだ。

「子供の話は置いておいて、とにかくはお命を繋ぐ方法ですわ!宮に戻って調べてまいりますので、炎嘉様にも臣下にも調べさせてくださいませ。」

すると、黙っていた開が進み出た。

「我が。何としてもその方法をお調べして参ります。どうか王よ、お命じくださいませ。」

炎嘉は、仕方ないといったふうに言った。

「では、命じようぞ。だが誰かの命を代わりにとか申したら我は受けぬからの。何やらこっちは死にかけておるのに枕元で誰が身代わりなど言いおって。おちおち死んでもられぬわ。我は誰かを踏み台にしてまで生きようなどとは思わぬ。黄泉へ一度行ってみよ、それは楽なのであるからな。我の代わりに誰かを楽にしてたまるものか。」

炎嘉の言い方は乱暴だが、しかし臣下を気遣っているのは分かった。ここは、龍南の宮と言われてはいるが、実際はいろいろな神の寄せ集めだ。炎嘉が拾っては育てた神達の集合体で、それでも一番多いのは鳥だった。あの戦から逃れた鳥がここで炎嘉に仕え、再び増えて鳥の割合はかなりのものだった。

なので臣下達は、普通の宮の臣下よりもずっと王の炎嘉を敬い、大切にしていた。

そんなわけで炎嘉が居なくなると、ここは再び維心の管轄になり、そうなると臣下達がここに留まるのかは疑問だった。炎嘉に皇子でも居ればいいが、今生維月一人を貫いている炎嘉には、それも無い。

なので炎嘉は、今死ぬわけにはいかないのだ。子が欲しいという言葉も、自分が居なくなった後の維心の統治の事を考えた発言だったのだろう。

だが、維心は複雑だった。維月という月と婚姻した時から、十六夜と共に維月を守って生きて行くことは覚悟したものの、あっちもこっちも維月維月と寄って来る神達にだけは、どうにも我慢が出来なかったからだ。

義心のことだって維心はとても有能で忠実な部下だとその能力と人柄をかってはいたが、維月をとなるとそれは許せない。

炎嘉だって前世ただ一人の親友として共に生き、今生もやはり助け合って生きて来た大切なかけがえのない友ではあったが、それでも維月をとなると、とても許せないのだ。

維心は、進み出て維月の肩を抱くと、言った。

「とにかく、我らは主をこの世に留める術を探す。主も臣下軍神総動員で探せ。我も宮が今、今度のことの後始末で慌ただしいが、主には生きて欲しいのだ。なのであんなもの放って置いて後にするゆえ、主も生きることを考えよ。」

炎嘉は、スッと真顔になると、維心を見た。

「主はわがままなのだ。我に生きよと申すに、維月は抱え込みおってからに。いっそ居らぬ方が維月を取り合うことも無うなって良いではないか。我だって楽になるのだと、どうして主は思わぬのだ。主は、己のためだけに回りを動かそうとする。我だって生きておる。主の求める時だけ友として側に居るのが我の全てではない。主が維月と責務の間に宮でゆっくり過ごしている時、我は独りここで月を見上げておるのだ。なぜに、それを分かってはくれぬのかの…。」

炎嘉は、視線を反らして横を向いた。そして、今起き上がった寝台へと、また沈んだ。

治癒の神達が、慌てて炎嘉に寄って行くと、炎嘉は手を振った。

「ああ、少しだけ休んで、開の報告を待つ。構うでない。」

そうして、こちらに背を向けてもう、何も話す気はないようだ。

維心は、炎嘉に言われたことがショックでしばらく立ち尽していたが、維月にそっと促されて、そこを後にしたのだった。

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