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術の終わり

公明、明蓮、紫翠は、義心の手で龍の宮へと連れて来られていた。

新月は、十六夜によって一瞬にしてそこから運び去られて消えて行った。その後は、龍の軍神がわらわらとやって来て、享と永を捕らえ、それからどうなったのかも分からない。

しかし、子供の自分達には、分からないことだらけなのは仕方がない事だった。

「明蓮。」侍女によって着物を着換えさせられた公明が、言った。「主、屋敷へ帰るか。」

明蓮は、公明を見た。

「主とてこれより急ぎ宮へ戻るのだと聞いたぞ。母上が、生きておられるのだな。」

公明は、下を向いた。

「だが、もう危ないのだと。だから父上が急ぎ戻れとおっしゃっておる。」と、明蓮に近付いて、その手を取った。「明蓮、約したこと、覚えておるか。」

明蓮は、少し眉を寄せた。

「…何ぞ主、まだ我の屋敷へ来るとか申しておるか。ならぬぞ、主は皇子であろう。我は臣下の子よ。主の宮へ呼ばれるようなことがあったら、参上するゆえ。本来こんな口をきいてはならぬというにの。」

公明は、首を振った。

「良いではないか。我が良いと申しておるのだ。血筋から言うて主は我の友として他と何の遜色もないではないか。共に学ぼうぞ。」

明蓮は、ため息をついた。

「しようがないの。分かったわ。だが臣下からそのようなことを言うことは出来ぬゆえ、主が父王に申して、こちらへ話をつけよ。我に期待するでない。」

公明は、ホッとしたように、頷いた。

「分かった。必ず参るからの。」と、紫翠を見た。「紫翠、主もここへ来い。学ぶとか何とか言うて来たら良いではないか。父上に頼んでみるゆえ。」

側の椅子にじっと座っていた紫翠は、おおよそ赤子らしくなく、ため息をついた。

「あのな公明。この姿ぞ。まだ母の乳を吸っておってもおかしゅうないのに、急に学びたいだの言い出したら何かが憑りついておると大騒ぎになるわ。我はもう少し、育ってからにする。でなければ、母上が卒倒するわ。前世の記憶は、封じておく。と申して、一部であるが。我とて普通に子供としてゆっくり育ちたいわ。せっかくに幸福に暮らしておるのに、不幸な記憶など要らぬしの。」

明蓮は、声を立てて笑った。

「ほんに赤子がこのように。こうして見たら、我らも同じようかもしれぬぞ?賢しい賢しいと、褒められておるのだと思うておったが、そうでは無かったのかもの。」

公明は、フンと踵を返した。

「馬鹿にされておったなら腹が立つがの。では、我は参る。」と、紫翠をチラと見た。「またの。主とは近いし父同士がよう会うゆえ、我も訪ねて参るわ。」

紫翠は、睨むように公明を見た。

「だから来るなというに。話しておるのを誰かに見られたらどうするのよ。我の中身がこんなだと知れるわ。ほんにもう。」

公明は、素知らぬ風でそのまま、そこを出て行った。

そうして、明蓮も迎えに来た明輪と共に、屋敷へと戻って行き、紫翠もじっとして居られぬと父と一緒に迎えに来た母の綾に抱きしめられて、自分の宮へと帰って行ったのだった。


維心は、維月が目覚める前にと享を牢に放り込み、永を十六夜の求めで月の宮へ送り、その他享の回りに居たその場から散り散りになって行ったという者達の捜索も指示した。

明維から和奏はまだもっているという報告を受け、晃維から奏はもう限界だと報告が来ていた。

そして、炎嘉は、もうこの瞬間でもおかしくはないほど、気の量が減っていて、この中で一番危ないのは炎嘉だろうと思われた。

新月は、心臓を掴み出したのではなかった。

闇に焼かれて術を放てなくなった玉を、闇が出て来る前に掴み出し、そうして十六夜の光に焼かせたのだ。

だが、心臓に負担が掛かったのは確かで、月の宮で治療を続けている。それでも、新月は命を留めていて、命の危険は今のところなかった。

詳しい話はまた落ち着いてからと月の宮には連絡を入れ、そうして維心は、現実と向かい合おうと立ち上がった。

炎嘉を、見舞わねばならぬ。

維心は、維月を目覚めさせるために、奥の間へと向かった。


維月は、まだ眠っていた。もう、碧黎の結界も消え、維心の奥宮に特別に張っていた結界も消えてなかったが、それでも維月は、眠っていた。

その維月を、維心はそっと揺すった。

「維月…起きよ。行かねばならぬ。」

維月は、うーんと長い眠りから目を覚まそうともがいた。維心は、いつもなら維月が目覚めると嬉しくなるのだが、今は重い現実を知らさねばならない事実に気が重かった。

「…維心様…?何やら、よう、寝ておったように思いまする…。」

言ってから、維月はサッと顔色を青くした。碧黎に眠らされる前のことを、思い出したのだろう。

「ああ…皆の、皆の様子は…?!私は…私は見たのですわ!炎嘉様が…軍神達が闇の力に薙ぎ払われて落ちて行く様を…!」

維心は、急いで維月の肩を抱いて、落ち着かせようと言った。

「案じるでない、実際は十六夜と碧黎が守っておったゆえ、命を失うほどだったのは一部ぞ。ほとんどは助かった。嘉韻も嘉楠も重症だったが自力で宮まで帰れたし、今は回復しておるという。明輪も慎也もぞ。それから、闇は消滅した。明蓮と公明、紫翠は助け出してそれぞれの親の元へ戻った。新月も、無事ぞ。詳しいことはまた話すが、生きておるからの。案じるでない。」

維月は、心底ほっとしたように肩の力を抜いた。そして、涙ぐんで維心を見上げた。

「ああ維心様、本当に良かったこと…!案じておりましたもの…新月は、もう駄目かもと、本当に…。」

ホッとして涙を流す維月に、これから炎嘉のことを話すのかと維心はためらった。確かに、半数以上は助かった。だが、奏はもう限界、炎嘉は今すぐにでも、和奏は老衰で今少し…。

誰から話すかと言われても、やはり炎嘉しかなかった。これから宮を出ないと、間に合わないかもしれないからだ。

「…維月。」維心は、覚悟を決めて、言った。「これから行かねばならぬ。炎嘉の、見舞いに。」

維心の腕の下の維月の肩が、硬くなった。

「炎嘉様は…炎嘉様は?!」維月は、自分の見たことの記憶を探った。そう、炎嘉はどうなったのだった…?敵は執拗に炎嘉を狙い、炎嘉はそれを抑えようとして…「…気砲に、貫かれてはおりませんでしたわ!嘉楠が、横から飛び出して来て…!」

維心は、悲痛な顔で頷いた。

「そのお陰で即死は免れた。だが、もう、もたぬ。」

「なんということ…!ああまさか炎嘉様が…!」

維月は、維心の胸に崩れた。維心は、自分の目にも涙が溜まって来るのを感じたが、必死に上を向いてそれを隠して、維月を抱きしめた。

「行こうぞ。炎嘉を見送る席に、間に合わぬようなことがあってはならぬ。」

維月は、頷いて立ち上がった。そうして、侍女達に手伝われて急いで着替えると、維心と共に龍南の宮へと飛び立ったのだった。

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