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それぞれの戦い方

公明は、息をついて浮かぶ新月の足元に座り込んでいた。

どうあっても、目の焦点は合っておらず、ただ浮かんでいるだけで、こちらからの呼びかけには答えない。紫翠は、これが何とかしようと必死に術を押さえておるから、話す時が出来た、と言っていた。つまり、これも術でどうにかされて、自分達をさらったりしたのだろう。

同じ被害者同士なのだから、何とかできないかと思ったが、自分達以上にこの、月の眷属の男のダメージは大きいようだった。

しかし、闇は案外に容易かった。どうした訳か、闇と対峙した時、自分の心の中で、声がした…《どうにでも、言いくるめられる。闇など、我の敵ではないわ。》と。

それは、とても小さな声だったが、確信に満ち、公明に、確かに闇を操れるのだという自信をもたらした。

そして、父譲りの饒舌さを使い、そう、父の真似をして、適当に匂いがどうのとか言って、胸がどうのと何も分からなかったが、作り話をして、自分は闇を騙したのだ。

本当に、案外に容易かった。

闇は、なぜか自分の機嫌を取ろうとした…公明は、それを転がすだけで良かったのだ。

「…陰。主、陰を、持つか。」

頭の上から、急に微かな声がして、公明は驚いて見上げた。月の眷属の男が、こちらを見ていた。

「どういうことぞ?我が、何の陰を持つと?」

相手は、大儀そうに言った。

「月の、陰。それが、我を、正気に、させる。側に。我の、側に居れ。さすれば、我の意識、が…保たれ、る…。」

公明は、困惑した。陰の月など知らぬ。

「我は陰の月など知らぬ。龍王の妃であろう?血のつながりなどない。我は公青と、奏の娘。」

言ってしまってから、公明はハッとした。お祖父様…お祖父様は、晃維。第五代龍王の、第三皇子。龍王・維心と、陰の月の維月の、皇子…。

「陰の月か。我は、陰の月を持っておるか!」

敵ではないとは、陰の月の声だったのか。

その時、フッと目の前に律の姿と、そして知らない男が現れた。公明は、仰天した。こんな突然に、帰って来るのか!

「すまぬの、待たせてしもうた。」

律の型の闇は、なぜか公明の機嫌を取るような言い方をした。公明は、ハッとした。そうだ、我は…これを騙さねば。

公明は、ふいと横を向いた。

「待たせるではないか。何ぞ?誰を連れて参った。我らに術を掛けておるただの神は、その男ではないぞ。」

すると、律は言った。

「これがあれの匂いの原因を知っておる申すのでな。」と、隣りの男を小突いた。「そら、胸のあの術は何ぞ。申せ。」

その男は、軍神らしく膝をついた。

「我は永と申しまする。公明様、匂いと申されましたか?」

公明は、作り話だがと思いながらも、新月を指した。

「こやつの胸の辺りに、下等な匂いがしてとてもこの体を使う気になれぬ。主、さっさとなんとかせよ。我は闇と同化して母上を復活させるのだ。このままでは我慢ならぬ。」

永は、頷いて律の方を見た。

「仙術で、この新月の心の臓に、操る術を掛けておるのでございます。享は、闇がその体を使うことを考えて、心の臓を掴み、使役しようとしておるのでございます。その、術の匂いでありましょう。」

公明は、内心びっくりしていた。本当に何かあったのか。

「そんなものを仕込んでおったのか。だが笑止よな。我は不死で心の臓など要らぬ。体を動かすのにそれが必要ならもぎ取れば勝手にもう一つ作るわ。愚かよなあ。」

勝手に心の臓を作るのか。

「それはまた大したものよなあ。」

公明は、素直にそう思って言った。しかし、律は嬉しそうに公明を見た。

「そうであろうが。少しは見直したであろう?では、我と…」

公明は、グッと眉を寄せると、伸ばして来たその手を、パンと払った。

「何を言うておる。そんな大したことが出来るというに、己の体も己で作ることも出来ぬなど…いつまでもそんな、律の姿など使っておって。ひとの借り物しかない主を、見直せと申すか。」

闇は、困ったように言った。

「そのようなことを言うても、今は月のせいで黒い霧が足りぬのだ。あれがもっと増えれば、我とて型を取って存在することが出来る。さすればこの限りではないのだぞ。だから、これで我慢するのだ。」と、永を急かした。「で、この術とやらは心の臓を取り除けば良いのだな?簡単ぞ。」

闇が、手を上げる。公明も慌てたが、永が先に慌てて止めた。

「なりませぬ、そんなことをしたら、闇を復活させる術も途切れまする!そも、この術は享の力では成せなんだもの。この、新月の力を操って発しさせておるのですぞ!心の臓を取ってこれが死ねば、復活することが出来ませぬ!復活してからなら、無くなっても問題ないのやもしれませぬが!」

律は、ピタリと止まった。

「つまらぬ神などに関わったものよな、ほんに。享とは、そんな力も無いのに我にあのような横柄な口を叩いておったのか。」

永は、頷いた。

「はい。なのであの術を剥がすには、術そのものを消し去るよりありませぬ。」

闇は、軽く手を上げた。

「そんな弱い力の術など、焼き消してしまえば良いわ。まあ少し弱るかもしれぬが、術が途切れることはあるまい。」

律は、手を上げた。

その途端に、新月は体を仰け反らせた。

「おおおおお!!」

今まで動けなかったのが、嘘のように突然に胸を掴んで空中でのたうちまわっている。公明は、その様から目を反らした。心の臓に絡みついているとかいう、術を焼いておるのか…!

そのうちに、新月はぐったりと気を失って、どさりと落ちた。

律は、ふふんと笑った。

「さあ、これで匂いなど無くなった…、」

律がそう言った時、うっ、と嗚咽を漏らした新月は、自分の胸を素手で裂き、腕を突っ込んだかと思うと、何かをそこから掴み出した。血でぬめったそれは、コロンと転がり落ちた。

「…石?玉…?」

だが、表面は焼け焦げている。

当然のことそれを掴み出した後の新月の胸には、穴が開いていた。

「…ふ。助かったわ。」

新月は言ったかと思うと、一気にその玉に向けて、真っ白い光を突き刺すようにして放射した。

「おおおおお!!」

律の姿が崩れ、闇が悲鳴のような雄たけびを上げた。

その瞬間、パッと辺りが真っ暗になり、公明はどこかに落下して行くのを感じた。


落ちた先は、あの岩屋の床の上だった。

横を見ると、紫翠と明蓮も岩肌に叩きつけられた状態で倒れている。

新月はと見ると、精神世界の中と同じように、その胸には穴が開き、血が滴っていた。だがそれには構わず、岩屋の下に落下したあの玉をガッツリと掴み、岩屋の外へと足を向ける。享が、金切り声を上げた。

「なぜに…心の臓を掴み出してなぜに生きておられる!」

享はそんなことを言って新月に追いすがろうとしたが、新月は口からも血を吹きながら、岩屋の外へと飛び出した。

「十六夜!闇の種…これを、消せ!」

十六夜から、ドッと多すぎるほどの浄化の光が降りて来た。

その光は、あっさりと新月の手の上にあるその玉を焼いて崩し、そうして中から出て来た、あり得ないほど真っ黒なもやもやとした塊を捉えた。

《おおおおお月!己れ月などに…!一度ならず二度までもと申すか…!!》

しわがれた声が辺り一帯に響き渡る。

明蓮に肩を貸して紫翠を抱いて岩屋の入口まで出て来ていた公明は、その光景を目の当たりにして、呆然と立ち尽くしていた。

断末魔の叫びを残して消え去ったその、闇の小さな種は、そうして消失して行った。

新月は、それを見てホッとした顔をしたかと思うと、そのまま地面へと落下して動かなくなった。

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