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危篤

龍南の宮では、炎嘉がもはや死んでいるのではないかという顔色で、そこに横たわっていた。

回りには、炎嘉がこれまで探し出して拾っては世話をして来た、鳥の治癒の者達、それに龍の宮から来た治癒の者達が炎嘉を囲んで必死に術を放っている。

側には、筆頭重臣である開、筆頭軍神である嘉楠、そしてどうしてもと言うので側に来ることを許した(たける)が控えている。嘉楠は、炎嘉を必死に庇って横から飛び出し、その勢いで気砲から反らして、それが炎嘉の体を貫通することを避けたせいで、自分もその気砲に当たって重傷を負ったが、それでも炎嘉を担いでここまで戻って来たのだ。

ついさっきまでは意識が無かったのだが、意識が回復してすぐに周囲が止めるのも聞かずに、王の間に参じてそこを動かなかった。

しかし、嘉楠が炎嘉を庇ったおかげで、体の損傷は再生できるもので止まっていたので、炎嘉が何とか命を繋いでいるのも、この嘉楠のお陰だった。

嘉楠は、普通の神でありながら、老いを止めて長く炎嘉に仕えて来た、鳥の軍神の生き残りだった。

息子の嘉韻は、月の宮で同じく筆頭軍神をしているが、そちらも同じく老いを止めて仕えている。嘉韻も同じく今度の戦いでかなりの重傷を負っていたが、それでも月の宮までは帰り着いたようだった。

あの戦いで月と地の護りがなかったら、恐らく周辺に居た全ての神は全滅していただろう。

そう思うと、闇という命の力の恐ろしさが迫って来て、今は神世の全ての神が静かに宮で様子を伺っている状態だった。

ふと、軍神の甲冑が擦れる音がして、誰かが入って来るのを感じた。

嘉楠が顔を上げて振り返ると、そこには龍軍筆頭の、義心が立っていた。

「…嘉楠。炎嘉様のご様子はいかがか。」

嘉楠は、自分もあちこち傷を負ってまだ塞がっていない状態で、義心に向かい合った。

「一向にご回復の様子があられぬ。龍王様は、こちらへは。」

義心は、首を振った。

「闇がいつ生まれ出るか分からぬ状況で、宮を離れることがお出来にならぬ。闇と月が戦う時、陰の月が取り込まれるような事態が起これば、また月が消滅するということにもなりかねぬ。ゆえ、維月様だけは闇の手に渡すわけには行かぬのだ。だが、こちらを案じていらして、我を寄越された。」

嘉楠は、頷いた。

「今は世の安定が何より重要なこと。炎嘉様も、そのためにお心を砕かれておったゆえ、我も、それは分かっておるつもりぞ。」

義心は、頷いて炎嘉を見た。真っ青は顔からは、生気は全く感じられない。地の碧黎も、炎嘉はもう死んで居るていで話をするのだ、と維心は言っていた。つまりは、助かる見込みはないのだ。

「あちらもこちらも、重いことになってしもうた。このままでは、炎嘉様も去ってしまわれよう。何とかして、事態を打開する方法はないものか。」

そう、維月が、今は碧黎に眠らされて事態を何も知らないが、目覚めた時に、炎嘉が死に、奏が死に、新月が死に、明蓮が死に、和奏が死んだと聞かされたら、どれほどに嘆いて、苦しむものか。その様を見ることになるのは、義心もつらかった。

「…たった一つだけ、王のお命をお留めする方法がございます。」炎嘉の側から、開が言った。義心と嘉楠が驚いてそちらを見る。すると、治癒の神達も、一斉に開を見ていた。開は、続けた。「誰かの命を、王に与えるのです。それが出来るのは、龍王様しか居られませぬ。」

側に居る神達は、皆困惑した顔をした。嘉楠は、開に身を乗り出した。

「それは、生きている神から、そのまま王にお移ししたら良いのか?誰の命でも?」

開は、思い切ったように頷いた。

「はい。誰の命でも良い。命さえ繋がれば、王はその責務の重さからすぐにその命を己のものとして生きていかれましょう。王が死するなど、あってはならぬ。やっと、やっとお戻りになられた、我らの王であるのに。我は、王にこの命、捧げまする。」

義心が黙っていると、嘉楠が言った。

「主でなく、我が。」義心は、そちらを見た。嘉楠は続けた。「元より我が命は王のもの。我は誰より長く生き、王にお仕えして参った。開は、まだ三百年しか生きておらぬ。ならば我が。」

軍神も臣下も、王に命を捧げて生きている。義心も、恐らくそう判断して自分の命を維心に捧げただろう。

だからこそ、黙っていると、唸るような声が、聞こえて来た。

「…ならぬ。」治癒の者達が、驚いて寝台を見る。寝台の上では、炎嘉が目を開くことも出来ないのに、口を僅かに動かして、声を出していた。「我は、皆を、守るもの。臣下の命など、要らぬ。決して、ならぬと、命じる。」

「王!」

嘉楠と開が、急いで炎嘉の側へと寄る。

しかし、炎嘉はまた、微動だにしない様子に戻っていた。嘉楠と、開は、涙を流して床に崩れた。

「王…ならば我は、どうしたら良いと申される。王にお仕えするため、生きて参った。王が居られぬ世などに、我は何を見出して行けと申される…。」

嘉楠の絞り出すような言葉に、義心は見ていられず、そのままそこを後にした。

そうして、その重い報告を、維心にするしかなかった。


「…そうか。」維心は、義心からの報告に、淡々と答えた。「炎嘉らしいの。我も、そのようなことをしたかどうかは分からぬ。命とは限りあるもの。他の神の命を奪ってまで、生きたいなどと思わぬだろうと我には分かるゆえな。」

義心は、下を向いた。確かにそうだろう…一度死んで、死とはどういうものなのか知っている維心が、そうまでして生かせたいと思わないだろうからだ。

「しかし、我は炎嘉に生きて欲しいのよ。」維心が続けたので、義心は顔を上げた。維心は、窓の外の空を見上げていた。「炎嘉が居らねば、今の我は無かった。我ら、共に来た。前世も、今生も…数千年を、共に、の。また先に、あれは逝ってしまうのだな。我を案じて、また戻ってなど来ぬと良いが…。」

そういう維心は、本当に残念だと思っているのか、物悲しい気を発してそこに、座っていた。義心は、親しい者達が先に逝く、その生を想っていた。自分も、今老いを止め、同じ思いをしつつある。もっとそれが顕著になって来た時、自分は維心のように穏やかにそれを受け入れられるのか…。

義心には、分からなかった。




十六夜が見張る中、岩屋の外の享の仲間とみられる神達は、段々に散り散りになり始めた。

どうやら、月の強烈な浄化の光を浴び続けたせいで、闇というものが復活することに嫌悪と恐怖を感じ始めたらしい。

今そこに居るのは、なので岩屋の中に居る享と、それに軍神らしい一人、そして囚われの新月と公明、明蓮、紫翠だけだった。

新月の結界は思いもかけず頑張っていて、それは新月が、まだ闇に飲まれぬように踏ん張っている証拠でもあった。

新月という名とは対照的に、新月の力は陽だった。自分なら満月とつけるな、と十六夜は自分に浮かんだ考えに一人苦笑した。

それにしても、闇は行動する時新月…朔を好むと知っていた。それなのに、今は上弦に近い月。そんな、自分の力の制限されない時に、闇を復活させる儀式など始めるとは、どういうことだろう。

十六夜が、そんなことを思いながら見ていると、岩屋の中から、たった一人しかいなかった軍神が、飛び降りて来た。

何事かと十六夜が目を丸くしていると、相手は月の光の中へと物怖じせずに歩み出て、こちらを見上げた。

「我は、永。月よ、取引したい。」

十六夜は、怪訝な顔をした。

《お前、享の軍神じゃねぇのか。享ほっといていいのかよ。》

永は、頷いた。

「あれはこちらのことなど今、気取っておらぬ。それに、我はあれを利用しようと思うて共に居ただけ。闇など復活させられては、地上が闇に落ちて普通の神は生きて行くことは出来ぬだろう。皆狂うてしまうだろうしの。」

十六夜は、不信感バリバリで言った。

《オレを懐柔しようと思ってんなら間違いだぞ。だがまあ、話次第じゃ聞いてやってもいいがな。まず、中は今どうなってるんでぇ。》

永は、スラスラと答えた。

「術が完成するのを待っておる状態ぞ。そも、享にはあの術を放つだけの力はない。ただの神でしかないからな。享が行なったのは、新月を操る術ぞ。元々、胸に仕込まれてあった。」

十六夜は、あ、と叫んだ。

《…そうか玲が封じの魔法陣と一緒に何か下にあるとか何とか言ってた、あれか!それで新月を操って、あれに術を掛けさせてるんだな!》

永は、頷いた。

「そうだ。だから享は愚かなのだ。新月の体を乗っ取った闇を使役しようと思うておるようだが、闇が己より力が下の者の言うことなど聞くと思うか?新月の体を使わなければならないから、と享は言っていた。新月の心の臓を、あれが握っているからだ。」

十六夜の声は、フンと吐き捨てるように言った。

《何言ってんでぇ。闇は不死だっての。心臓なんて必要ねぇよ。あれを殺せるのはオレだけだ。殺すっていうか、消すんだけどよ。》

永は、また頷いた。

「であろうな。我もそうではないかと思うたわ。我は、享が術を失敗することを望んでおる。手を組まぬか。」

十六夜の声は、それでもまだ疑い深そうに言った。

《あのなあお前を信じろってのが難しいんだよ。子どもを連れて出て来たら信じてやってもいいけどな。子どもは無事なんだろうな?》

永は、それには顔を曇らせた。

「…今は、の。しかしもう術の中であるから、後はあれらの良識次第か。」と、足を岩屋へ向けた。「子供を連れて出て来たら、取引に応じるのだな?」

十六夜は、急いで言った。

《生きてる子供だぞ?お前今術中だって言っただろうが。出来るんだな?》

永は、月を振り返った。

「分からぬ。だが、もし連れて出て来れたら、ここから東の、ひょうたん型の池の側にある、房の中の、幼い女を助けてくれ。龍の宮の治癒の神なら、命を繋ぐことが出来るかもしれぬ。生まれながら、命の気が少ない。」

十六夜は、戸惑った。

《何の事だ?誰だ、それは?》

永は、フッと笑った。

「頼んだぞ。行って参る。」

永は、また岩屋の中へと入って行った。

十六夜は、言われた場所を探った。どうして今、そんな所の子供の話が出て来るんだ。永とか言う神は、本当に子どもを連れて出て来るつもりなのか。そんなことが出来るのか。それよりも新月は、享から心臓を取り返すことは出来るのか!

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